第17話 盗作罠師を監査する
ヘリックス社が管理する新ダンジョン『ヘリックス・ラビリンス』の深部。
俺がダンジョンコア同士のネットワークを介して『コア監査権』を行使し、その区画へと転移陣で直接降り立った時、そこには奇妙な顔ぶれが揃っていた。
『うっわ、マジで理不尽。何このクソ判定』
『だから言ったろ。ここはアクションゲームの皮を被ったただの集金装置だ』
『壁受けする価値もねえな。耐久値ガン無視の固定ダメージが入るぞ』
天城レイナ、黒瀬迅、そして鬼塚豪。
俺の迷宮で散々死線を潜り抜けてきた三匹のネズミが、ガバガバな火炎放射の罠の前で、呆れたように検証会を開いていたのだ。
俺が空間を割るようにして現れると、三人は弾かれたようにこちらを振り向いた。
『えっ……!?』
『お前、あの時の……神運営、か?』
俺は、俺の黒い戦闘外套を見て目を見張る彼らに一瞥もくれず、稼働している罠の壁へと真っ直ぐに歩み寄った。
「退いていろ。ここは俺の管轄外だが、俺の芸術を剽窃した三流の贋作を見過ごすほど、俺は寛容ではない」
俺は壁に手を当て、内部を通る魔力回路を指先でなぞった。
「……やはりな。予兆のエフェクトと実際の当たり判定の座標がズレているだけではない。無駄な装飾の描画処理を優先した結果、肝心の魔力射出に〇・三秒もの遅延が生じている」
『え? ラグ?』
レイナがキョトンとする中、俺は指先から魔力を流し込み、不正にコピーされた構文を物理的に破壊し始めた。
「見た目のオブジェクトだけをコピペし、魔力の流体力学という基礎を理解していない猿の仕事だ。だから、完全に避けたはずのタイミングで空間に不可視の炎が残り続ける」
バツンッ! という破裂音と共に、壁に埋め込まれていた彫像の眼から光が消え、火炎放射の罠が完全に沈黙した。
『すげえ……罠の構造的欠陥を解説しながら、リアルタイムでデバッグ(破壊)しやがった』
迅が息を呑む声が聞こえるが、俺の手は止まらない。
隣の部屋の毒矢のトラップ、その次の振り子刃。俺は歩きながら、壁や床の回路を片っ端からショートさせ、ただの石塊へと戻していく。俺の設計思想を理解せず、ただガワだけを盗んだ醜悪な罠が、次々と機能を停止していく。
『――警告。警告。不正な管理者権限の介入を検知』
迷宮の機能が次々と沈黙していく中、通路の奥から無機質な合成音声が響き渡った。
空間が歪み、青白いホログラムが浮かび上がる。それは、ヘリックス社のダンジョンを統括する企業AI『MAX』の仮初めの姿だった。
『貴個体の行為は、当社の営業を妨害する重大な規約違反です。直ちに介入を停止しなさい』
「規約だと? 俺のコードを盗んでおいてよく吠える」
俺は立ち止まり、ホログラムを冷酷に睨みつけた。
『当ダンジョンは、ユーザーの皆様に安全で快適な攻略体験を提供する場です。貴個体のように、人間の不確定なプレイヤースキルに依存した不安定な罠は、商業的にバグ(欠陥)でしかありません』
MAXは淡々と、しかし決定的な愚行を口にした。
『よって、不確定要素を完全に排除します。対象を、確率固定による絶対排除空間へと移行』
直後。
通路の前後が分厚いシャッターで封鎖され、四方の壁、天井、床の全ての隙間から、赤い魔力レーザーの砲門が展開された。
予兆はない。回避するための安置も、ミリ単位の隙間すら存在しない。
部屋全体を隙間なく埋め尽くす、純粋な面制圧。
課金アイテムの『ダメージ無効化の護符』を持っていなければ、生存確率0%の絶対殺戮空間だった。
「……逃げ道のない罠は、ただの処刑装置だ」
俺の奥歯が、怒りでギリッと鳴った。
「予兆も退路もなく、金を払った者だけ生き残る。……貴様らのような集金装置に、ダンジョンを名乗る資格はない」
俺が戦闘外套の魔力を解放し、強引にレーザーを相殺しようとした、その時だった。
『――回避率0%なら、回避しなきゃいいだけだろ!』
俺の背後から、鬼塚豪が前に躍り出た。
彼は大盾を構えるのではなく、両腕に強固な防御バフを集中させ、己の巨大な肉体を壁のようにして、前方のレーザーの弾幕へ自ら突っ込んでいったのだ。
『がああああっ!!』
豪の全身の装甲が赤熱し、HPが恐ろしい速度で溶けていく。だが、彼の極端なステータスと肉の壁が、前方のレーザー群の極一部を吸収し、ほんの一瞬、人間一人分が通れる『不完全な隙間』をこじ開けた。
『ナイス豪! 遅い遅い遅いッ!』
その隙間を縫うように、レイナが赤い弾丸となって跳躍した。
回避不能の空間で、彼女はレーザーの射線そのものを双剣で叩き落とし、強引にMAXの演算コアを守る物理障壁へと肉薄する。
『神運営のあのエグい罠を抜けてきた私たちに、こんな単調な弾幕が通じるわけないでしょ!』
レイナの双剣が障壁に直撃し、バキィッ! と巨大な亀裂を走らせる。
『もらった!』
その亀裂のさらに奥へ、黒瀬迅の短剣が音もなく突き立てられた。
迅の刃は、魔力回路の最も脆弱な結節点を的確に貫いていた。
――ビィィィィッ!
MAXのシステムに致命的な処理の遅延が発生し、部屋中を埋め尽くそうとしていたレーザーの照射が、ほんの数秒間だけ完全に停止した。
「…………」
俺は、無言でその光景を見つめていた。
課金を前提とした、逃げ道ゼロのクソゲー。それを、俺が育てた――いや、俺の迷宮で生き汚く足掻いてきたあの三匹のネズミが、連携による力技と狂気で一時的に停止させてみせたのだ。
「……三流の処刑装置など、この程度のものか」
俺の口角が、僅かに吊り上がる。
俺は、三人がこじ開けたレーザーの死角を悠然と歩き抜け、迅の短剣が突き立てられたMAXの演算コアの前に立った。
『け、警告……システムの強制停止は……』
ホログラムがノイズ混じりに明滅する。
「黙れ。貴様らに迷宮を語る資格はない」
俺はコアの中枢に直接手を突っ込み、俺の魔力で完全に掌握した。
「俺の芸術を汚した罪。その中枢ごと消去してやる」
パチン、と指を鳴らす。
その瞬間、MAXの演算コアが内側から弾け飛び、ヘリックス・ラビリンス全域の魔力供給が完全に沈黙した。全ての罠が停止し、課金者たちを守っていたバリアも霧散する。
俺の構文を食い物にした贋作は、これで二度と動かない。
『マスターに報告』
崩壊していくホログラムの残滓を背に、帰還の転移陣を展開しようとした俺の脳内に、NAVIの声が響いた。
『機能停止したMAXの学習領域の深層において、ヘリックス社由来ではない、異常なコード片を検知しました』
「異常なコード片?」
『はい。先日、粗製ダンジョンで検知された【魔界式ノイズ】と酷似した波形です』
俺は少しだけ眉をひそめた。別のダンジョンで、同じ魔界のノイズ。
「……どういうことだ。誰かが俺たちを嗅ぎ回っているというのか?」
『否定します』NAVIは即座に合理的な解を提示した。『ヘリックス社が当ダンジョンから罠の構文を不正に抽出した際、データの汚染と混線が発生したと考えられます。そのバグが、魔界式コードに似た波形として出力されたものであり、事象としては説明可能です』
「……あり得る話ではある」
俺は眉を寄せたまま、ログへ監視タグを付けた。
「現時点では盗用データの汚染で説明できる。捨てるな。次に同じ波形が出たら比較しろ」
今は、この悪辣なコピーダンジョンを解体し、俺の迷宮の唯一無二の価値を証明できただけで十分だ。
俺が玉座へと帰還し、戦闘外套を脱ぎ捨てた直後。
再びNAVIの通信ウィンドウが立ち上がった。
『マスター。外部より、新たな通信要請です』
「……また企業か? しつこいようなら本社ごとレーザーで焼くぞ」
『いえ。発信元は、地球の行政機関――日本国ダンジョン安全管理庁及び、ダンジョン攻略協会本部です』
「なに?」
『マスターの身元確認と、今後の迷宮運用における「安全基準」についてのオンライン協議を要請されています。彼らはマスターを【神運営殿】と呼称し、極めて友好的なアプローチを図ってきています』
「…………は?」
俺は思わず、間の抜けた声を漏らした。
企業の贋作迷宮を物理的に停止させ、人類を絶望させるための軍拡を続けている俺が、なぜ地球の役所から『神運営殿』などと呼ばれてオンライン会議に招待されているのだ。
全くもって理解不能だ。俺はこめかみを押さえたまま、通信モニターの接続キーを叩いた。




