第16話 神ゲーを真似たクソゲー
「上位互換、ね」
俺は玉座でワイングラスを片手に、空中に展開された複数の監視水晶を見つめていた。
あの日、俺に『P2W』の導入という下劣な提案を持ちかけてきたヘリックス社が、鳴り物入りでオープンさせた新ダンジョン。その名も『ヘリックス・ラビリンス』。
彼らは大々的な広告を打ち、「現在話題の神運営ダンジョンのギミックを完全再現し、さらにストレスフリーで快適な環境を提供します」と豪語していた。
監視水晶には、その迷宮へと視察(検証)に訪れているS級探索者、天城レイナの配信映像が映し出されている。
『みんなー! 今日はヘリックス社の新しいダンジョンに来てるよ! なんでもあの神運営の罠を再現したらしいから、お手並み拝見ってことでね!』
ドローンカメラに向かって元気よく手を振るレイナ。
彼女の後ろに広がる通路や石壁の質感は、確かに俺の迷宮の第一階層の入り口をそっくりそのまま模倣していた。苔の生え方や、松明の配置まで完コピだ。
だが、俺の目は誤魔化せない。
「……吐き気がするな。表面のテクスチャだけを貼り付けた、ただのハリボテだ」
壁の向こうを流れるマナの脈動が、酷く雑で不規則だった。罠師としての魂が込められていない、機械的な継ぎ接ぎの産物。
その構造的欠陥は、レイナが最初の罠部屋に足を踏み入れた瞬間に、最悪の形で露呈した。
『あ、ここ! 第一階層にあった火炎放射の部屋の完コピじゃん!』
レイナが足を止めた。床には、俺が意図して配置したのと同じように、罠の射線を示す微かな『煤』の跡が残っている。
『神運営の時は、この煤の跡を避ければ絶対安全だったんだよね。よし、サクッと行こ!』
レイナは双剣を抜き放つと、俺の迷宮で鍛え上げられた完璧なステップで、煤の予兆を綺麗に避けながら安全地帯へと滑り込んだ。
――そのはずだった。
バォォォォンッ!
『えっ、きゃああっ!?』
壁の彫像から噴き出した炎が、安置にいるはずのレイナの体を理不尽に舐め上げた。
レイナは反射的に床を転がり、炎から逃れる。幸いHPの減少は僅かだったが、彼女の顔には明確な困惑と怒りが浮かんでいた。
『ちょっと、今完全に避けてたよね!? 予兆の煤の跡から1メートルは離れてたのに、なんで炎に当たるの!?』
俺は玉座で、忌々しげに舌打ちをした。
「当たり前だ。予兆の視覚的エフェクトと、実際のダメージ判定(当たり判定)の座標が完全にズレているからだ」
プログラムの数値を根本から理解せず、俺の迷宮の『見た目』だけをコピペした結果、致命的なバグを引き起こしているのだ。
予兆が予兆として機能していない。これでは観察も分析も意味を成さない。
「こんなものを罠と呼ぶなど、おこがましいにも程がある」
混乱するレイナの横を、別の探索者パーティーが通り抜けていった。
彼らは、ヘリックス社が販売している『月額プレミアムパス』の証である光るバッジを胸に付け、腰には高額な課金アイテムである『ダメージ無効化の護符』をぶら下げている。明らかな素人の集団だ。
『お先ーっす!』
彼らは床の予兆など一切見ず、堂々と罠のど真ん中を歩いていく。
再び彫像から炎が噴き出し、彼らを直撃する。だが、護符から展開された強固なバリアが炎を完全に相殺し、彼らのHPは1ミリも減らなかった。
『やっぱ課金バリア最強だわwww』
『罠とか避けるの面倒くせーし、これでサクサク進めるからヘリックス社マジ神』
下劣な笑い声を残して、彼らは奥へと消えていった。
『…………は?』
レイナの顔から、すべての表情が抜け落ちた。
そして数秒後、彼女の中で何かがプツンと切れた。
『ふざけんなああああッ!!』
レイナはドローンカメラを引っ掴み、画面の向こうの視聴者たちに向かってブチギレた。
『何これ!? 避ける意味全くないじゃん! 予兆も当たり判定もガバガバで、無課金だと見えない判定で理不尽に削られて、課金すれば頭空っぽでも進めるってどういうこと!?』
彼女の怒号と共に、配信のコメント欄が凄まじい勢いで流れ始める。
『判定ガバガバすぎだろwww』
『安置が安置じゃないとかアクションゲームとして終わってる』
『ただの札束で殴る集金装置じゃねえか』
『上位互換(課金すれば)ってことか。ヘリックス社終わってんな』
『これ見ると、あの神運営の罠がどれだけミリ単位で正確に作られてたか分かるわ』
『神運営の足元にも及ばない劣化パクリクソゲー』
大炎上だった。
ヘリックス社のコピーダンジョンへの批判が殺到し、それと比較される形で、俺のダンジョンが持つ『殺意による完璧な調整』の価値が、ゲーマーたちに再認識されていたのだ。
通常であれば、俺の迷宮の評価が上がり、コピー企業が自滅していく様を見て「ざまぁみろ」と笑う場面だろう。
だが、俺の怒りは全く別の地点にあった。
『マスター。当該ダンジョンの深部より、不審な魔力波形を検知しました』
NAVIの報告を受け、俺は監視水晶の解析モードを起動し、ヘリックス・ラビリンスの内部構造をスキャンした。
ガバガバな当たり判定を引き起こしている魔力回路の奥底。
そこには、俺の迷宮から不正に抽出され、継ぎ接ぎされた罠構文の断片が組み込まれていた。
「…………三流の商人が」
俺の殺意が、冷たく研ぎ澄まされていく。
俺の設計思想を金で売り飛ばそうとしたばかりか、俺の芸術である罠の構文を剽窃し、こんな見苦しいクソゲーへ貶めただと。
隣県の粗製コアで見た異常ノイズとの関係までは分からない。今ここで確かなのは、ヘリックスが俺の罠を盗んだという一点だけだ。
「この罪は、万死に値する」
俺は玉座から立ち上がり、ダンジョンコアの制御卓へと向かった。
設計盤に両手を置き、俺自身の全魔力をコアへと叩き込む。
『マスター? コアの出力が危険領域に達しています』
「NAVI。ヘリックス・ラビリンスのダンジョンコアの座標を特定し、ロックしろ」
『座標固定完了。……マスター、まさか』
「ああ。企業だろうが何だろうが関係ない。俺の芸術を汚す者は、物理的に消去する」
俺は魔王軍時代の黒い戦闘外套を翻し、ダンジョンコア同士のネットワークを介して行使できる絶対権限――『コア監査権』の起動コードを詠唱した。
「俺が直接出向いて、あの薄汚い盗作ごと、迷宮の奥底から解体してやる」
パチン、と俺の指が鳴ると同時に、玉座の間に巨大な転移の魔力陣が浮かび上がった。




