第15話 課金で罠を飛ばすな
【攻略wiki/初心者地獄・暫定版】
推奨レベル:なし
必須行動:入室前停止/足元確認/壁面確認/駆動音確認/声掛け
死亡原因の大半:確認不足と単独先行
備考:死因が必ず見返せるため、新人訓練に向く
総評:まずここで十回死んでから深層へ行け
「……削除しろ」
『外部wikiのため権限外です』
「では見せるな」
NAVIが閉じたページの残像を睨みつけながら、俺は低く唸った。
俺が殺すために作った区画が、翌朝には『新人訓練の定番』として整理されている。
しかも死因と改善点まで、俺より楽しそうに共有している。
「この生ぬるい繋がりを、どうにかして破壊せねばならん」
人間どもの連帯を分断し、利己的な欲望を煽って破滅させる手段はないものか。
そう思案していた時だった。
『マスター。外部のグローバルネットワークより、当コアに対する直接の通信要請を受信しました』
「なんだ? 攻略協会からの視察願いなら弾け。俺は見世物ではない」
『いえ。発信元は世界的なダンジョン運営・攻略支援の複合企業、《ヘリックス社》の極東支部代表です。強固な暗号化回線を通じた、ビジネスの提携申し入れとのことです』
「企業、だと?」
俺が片眉を上げると同時に、空間に通信ウィンドウが展開され、仕立ての良いスーツを着た地球人の男が映像として映し出された。
『初めまして、ダンジョンマスター殿。私はヘリックス社の極東支部を預かる、佐島と申します』
男は慇懃な作り笑いを浮かべて一礼した。
『単刀直入に申し上げます。貴方のダンジョンが現在叩き出しているトラフィックと収益性……我々の言葉で言う「観測熱」は、世界でも群を抜いています。そこで、我々ヘリックス社と業務提携を結びませんか?』
「提携? 俺に何のメリットがある」
『莫大な利益の最大化です』
佐島は自信に満ちた声で、スライド資料を空中に投影し始めた。
『貴方のダンジョンの罠は、確かに素晴らしい。しかし、難易度が高すぎます。現状、コアなゲーマー層や上位探索者しか最前線を楽しめておらず、ライト層の多くが離脱しています。これは非常にもったいない』
「……続けろ」
『そこで、我々のプラットフォームと連携し、課金アイテム――例えば《身代わりの護符》のようなものを販売するのです。これを購入したユーザーは、難しい罠を一つ、強制的にスキップして無傷で奥へ進める』
「ほう」
『さらに、長い再同期待機はライト層の継続率を下げます。プレミアムパス利用者だけ待機を短縮し、難所には有料スキップを用意する。可処分時間の差を金銭で埋めれば、より多くの利用者を残せます』
ペイトゥウィン。金で勝利を買う。
佐島の提案は、攻略できない弱者には金で解決させ、時間のない強者には時間を金で買わせるという、地球のゲーム産業における典型的な手法だった。
『これを導入すれば、貴方の迷宮の収益は現在の十倍、いや数十倍に跳ね上がります。いかがです?』
自信満々に笑う佐島の顔を見つめながら。
俺の心の中の怒りは、炎のように燃え盛るのではなく、絶対零度のように冷たく研ぎ澄まされていった。
「……金で、敗北の理由を消すだと?」
俺の地を這うような低い声に、佐島の作り笑いが僅かに引きつった。
「罠とは、観察と判断を怠った愚者に与える罰だ。己の足で予兆を探し、己の頭で解法を導き出す。その過程を経ずに、金という外部の札束で結果だけを買うというのか」
『い、いや、これはあくまでユーザーのストレス軽減と――』
「黙れ」
俺は通信ウィンドウ越しに、佐島を冷酷な眼差しで射抜いた。
「金で罠を飛ばせる迷宮に、絶望はない。あるのはただの集金装置だ。同じ罠を前にして、知恵と技術で挑む者と、金で通り抜ける者が混在する空間など、俺の美学に対する侮辱以外の何物でもない」
「俺が求めているのは、理不尽に抗い、己の力で死線を越えようとする人間の足掻きだ。痛みを伴うからこそ、貴様らは学習する。それを『ストレス』などという安っぽい言葉で切り捨て、迷宮の品格を金で売り渡す気は毛頭ない」
俺は玉座の肘掛けに腕を置き、決定的な拒絶を突きつけた。
「貴様らのような三流の商人に用はない。二度と俺の迷宮に干渉するな」
俺は盤面を操作し、通信を強制的に切断した。
「……くだらん時間を取らせおって」
俺が忌々しげに息を吐き出すと、NAVIが唐突に無機質な音声で告げた。
『マスターに報告。現在の通信内容に対する、外部からの反響が規定値を突破しました。観測熱の増大を確認』
「……反響? どういうことだ」
『先方が接続に使用したのは、当迷宮の公開運営窓口です。利用条件どおり、通信ログが自動アーカイブされ、公開ミラーへ反映されました』
「……企業交渉を公開窓口から投げてきたのか、あの男は」
NAVIが展開したコメント欄や各種SNSのタイムラインは、すでに大爆発を起こしていた。
『うおおおおお! P2W完全論破キタ――(゜∀゜)――!!』
『「金で敗北の理由を消すな」マジで名言すぎる』
『課金スキップとかいうクソ仕様を提案してきた企業にブチ切れる運営、ゲーマーの心分かってるわ』
『札束で殴るクソゲーを否定して、技術と公平性を守る神運営一生ついていく!』
『札束じゃなくて己の腕で死線を越えろってことだな! よっしゃ行くぞお前ら!』
「…………」
俺は、あまりの頭痛に目を閉じて数秒黙った。
違う。俺は純粋に罠師としての職人美学を語っただけであり、貴様らゲーマーの権利や公平性を守るために怒ったわけではない。
絶望を与えるためのフェアネスが、またしても『悪徳企業からユーザーを守ってくれた』という英雄的行為にすり替えられ、俺への好感度と攻略へのモチベーションを爆発的に高めてしまっている。
完全に逆効果だ。これでは連中の『攻略文化』の繋がりを破壊するどころか、より強固な信仰心を植え付けてしまっただけではないか。
『通信要請。先ほどのヘリックス社・極東支部代表からの再接続です』
「……繋げ」
通信ウィンドウが開くと、そこには先ほどの余裕ある態度はどこへやら、顔を真っ赤にして怒り狂う佐島の姿があった。
『き、貴様! あのような音声を世界中に流すとは、我々ヘリックス社に対する宣戦布告と受け取るぞ!』
世界的な企業が、ダンジョン運営にP2Wの集金システムを持ち込もうとして論破されたのだ。ゲーマー界隈からの大バッシングは免れないだろう。
「俺は何もしていない。勝手に流れただけだ」
『ふざけるな! いいだろう、後悔させてやる!』
佐島は画面越しに唾を飛ばさん勢いで叫んだ。
『我々の資本と最新のAI技術があれば、お前の迷宮のギミックなどすぐに解析できる! 隣県に我々が管理するダンジョンがある。そこで、お前のダンジョンを完全に凌駕する《上位互換》を作ってやる!』
「上位互換、だと?」
『そうだ! 見た目は同じでも、課金すれば誰でも快適にクリアできる、誰もが楽しめるダンジョンだ! 客を全て奪って、貴様を干上がらせてやるから覚悟しろ!』
それだけ喚き散らすと、今度は佐島の方から通信を一方的に切断した。
「……誰もが楽しめるダンジョン、ね」
俺は玉座で、不敵に目を細めた。
金で突破口を買わせるような輩が、俺の芸術である罠を模倣しようというのか。予兆の置き方、空間の誘導、死に至るまでの心理的な圧迫。それらを単なる『見た目のオブジェクト』としてコピーし、課金という名のチートで飾り立てる気らしい。
「いいだろう」
俺は監視水晶をヘリックス・ラビリンスの公開配信へ接続した。
「まずは、三流の商人が作った贋作がどこまで見苦しいか見せてもらう。……俺の構文まで汚しているようなら、その時は直接行く」
自らの美学を汚す者を、俺は絶対に許さない。
水晶の向こうで、新ダンジョンのゲートが派手な宣伝演出と共に開いた。




