第14話 初心者向け地獄
「神運営のダンジョンだ!」
「俺たちもあの神ギミックってやつ、体験してみようぜ!」
玉座から見下ろす監視水晶には、ここ数日、見飽きるほど繰り返されてきた不快な光景が映し出されていた。
俺と黒瀬迅たち上位勢との、ミリ単位の知略戦。それが連日配信で世界中を賑わせた結果、このダンジョンの知名度は限界を突破し、あろうことか『俺も神運営の罠を見てみたい』と、実力も覚悟も伴わない素人(初心者)たちが大量に押し寄せてくるようになったのだ。
彼らは、迅たちのように罠の予兆を探ろうとはしない。
ただ浮かれた観光気分のまま、何もない通路を不用意に駆け抜け、俺が仕掛けた最低限の落とし穴や毒矢に掛かっては、悲鳴を上げて死に戻っていく。
「……イナゴの群れめ」
俺は吐き捨てるように呟いた。
死に戻りというシステムがあるからといって、己の命をチップにした運試しをしている輩。それは、俺の用意した『観察と判断の試験』に対する冒涜だ。
俺の迷宮は、テーマパークではないのだ。
「予兆の『よ』の字も読めない素人どもが、観光気分で俺の迷宮を荒らすなど許さん。早々に心を折って、二度と近寄れないようにしてやる」
俺は設計盤を引き寄せ、入り口からほど近い浅層のルートを大幅に改築し始めた。
迅たちのような上位勢を殺すためには、極限の精密さや裏の裏をかく知略が必要だ。だが、この素人どもを絶望させるのに、そんな高度なギミックは必要ない。
俺が構築した新たな区画――通称『初心者地獄』のコンセプトは、極めてシンプルだ。
高度なステータスも、複雑な計算も一切不要。
ただし、『探索における基礎動作』を一つでも怠れば、確実に死亡(致死判定)する。
数時間後。
新たな区画が解放されたとも知らず、三人の初心者パーティーがヘラヘラと笑いながら足を踏み入れた。
『うおっ、なんか部屋の雰囲気変わった?』
『まあ行けるっしょ。死んでも20分待てばいいだけだし』
先頭を歩く男が、何の警戒もなく最初の部屋へと足を踏み入れた。
――その瞬間。
男の足元の床がスコンと抜け、彼は鋭い棘が敷き詰められた落とし穴へと真っ逆さまに転落した。
『ぎゃあああっ!?』
グチャッという音と共に、男は光の粒子となって消滅する。
「当然だ。部屋に入る前に立ち止まり、『足元を確認する』。その基本すらできない馬鹿は死ぬ」
残された二人は慌てて後退りしたが、俺は彼らにも容赦しない。
彼らが後退りしたその足元。そこには、俺が『微かな土の盛り上がり』として残しておいた感圧板がある。彼らはそれを見落とし、踏み抜いた。
シュッ、と壁から射出された毒針が二人の首筋を貫き、彼らもまた致死判定を受けた。
「進む前に『耳を澄ませる』。罠の駆動音を聞き取る努力をしない者も、等しく死ぬ」
その日から、初心者地獄の区画には、文字通り死の山が築かれた。
部屋に入る前の足元確認。
壁の不自然な模様のチェック。
微かな駆動音に対する静止。
そして何より――前衛が危険を察知した際、後衛に向かって『止まれ』と声を掛ける連携。
どれか一つでも欠ければ、容赦なく即死ギミックが発動し、パーティーは全滅する。一切の妥協も温情もない、純然たる殺意による間引きだ。
入り口の帰還室は、次々と吐き出されてくる初心者たちの悲鳴と、帰還酔いの嘔吐、そして魂疲労による苦悶の呻きで、まさに地獄絵図と化していた。
「……さて。これだけ痛い目を見れば、自分が如何に場違いな場所にいるか理解できただろう。とっとと泣いて家に帰るがいい」
俺は玉座で、満足げにワイングラス(中身はただの果実水だが)を揺らした。
だが。
俺の想定に反して、帰還室から去ろうとする者は、驚くほど少なかった。
監視水晶の映像を拡大すると、床に座り込んで激しい頭痛に耐えながらも、初心者たちが互いに声を掛け合っているのが聞こえてきた。
『……クソッ、ごめん。今の、俺が部屋に入る前に立ち止まらなかったからだ。床の色が違ってたのに』
『いや、俺もだ。お前が先行した時に、後ろから「待て」って声を出せなかった。だから俺まで巻き込まれたんだ』
『次はどうする?』
『絶対に、一部屋ごとに全員で止まる。俺が足元を見て、お前が壁を見る。少しでも変な音がしたら、大声で「止まれ」って叫ぶ。それでいこう』
「…………は?」
俺は、ワイングラスを口に運ぶ手を止めた。
なぜ、泣き言を言って逃げ出さない?
なぜ、自分たちが死んだ理由を、的確に分析できているのだ。
理由は明白だった。
俺の設計する罠には、常に『必ず攻略可能である』という絶対のルールがある。逃げ道のない理不尽なランダム即死は、美しくないからだ。
そして、必ず『見返せばわかる予兆』を残している。
つまり、この迷宮において死ぬ理由は、「不運」でも「レベル不足」でもない。完全に『己の不注意と基礎の欠如』であると、挑んだ者自身に痛いほど理解させてしまう仕様だったのだ。
「なっ……」
失敗すれば、次回の攻略情報が最低一つ増える。
俺が絶望を与えるために仕組んだそのルールが、皮肉にも彼らに『次はどうすれば生き残れるか』という明確な道筋を与えてしまっていた。
『よし、行くぞ!』
『一歩目、足元異常なし!』
『壁の窪み確認! そこ、射線になるかもしれないから身を低くして!』
幾度も死に戻り、ペナルティで待機時間を増やされ、魂疲労を蓄積させながらも。
彼らは愚直に、俺の用意した基礎動作の徹底を繰り返した。
その過程で、浮かれていた素人の顔つきが消え去っていく。代わりに現れたのは、慎重な足運びと確実な安全確認、そして徹底した声掛けで互いの命を守り合う、一人前の『探索者』の顔つきだった。
そして数時間後。
あの時、最初の落とし穴で無様に死んだパーティーが、ついに初心者地獄の最終区画を、一度のミスも連携不足も起こすことなく、無傷で突破した。
『っしゃああああ!』
『抜けた! ノーミスで抜けたぞ!』
彼らは抱き合い、涙を流して歓喜に沸いた。
「…………」
俺は、玉座に深く沈み込み、両手で顔を覆った。
違う。俺は貴様らの心を折るために殺したのだ。
なぜ、俺の殺意を『痛みを伴う教訓』として受け取り、己を律するための成長の糧にしてしまうのだ。
『マスターに報告』
NAVIが、いつものように無慈悲な事実を突きつけてくる。
『現在、配信のコメント欄及び各種SNSにおいて、新設された区画が極めて高い評価を得ています』
空中に展開されたウィンドウには、俺の苛立ちを何倍にも増幅させる言葉が並んでいた。
『あそこ、探索の基礎を学ぶのに最適すぎるだろ』
『理不尽じゃないから、死ねば死ぬほど自分が上手くなるのが実感できる』
『調子乗ってる初心者は、まずあのエリアで死にまくって基本を叩き込まれてこい』
『神運営の初心者教習所、ここに爆誕』
「俺は……貴様らを教え導く教師になった覚えはない……!」
上位探索者たちからも、『俺たちもあそこで基礎の重みを思い出した』などという好意的な評価が寄せられているらしい。
俺の純然たる悪意が、またしても『厳しくも愛のある指導』として勘違いされ、この星の攻略文化の厚みをさらに強固なものにしてしまったのだ。
『さらに、追加の報告があります』
NAVIの声が、一段と冷徹に響いた。
『地球のダンジョン攻略協会(公式機関)が、当迷宮の初心者区画の構造と録画映像を、「新人探索者向けの非公式教材」として採用を検討し始めました。現在、当ダンジョンへの視察申請が多数寄せられています』
「…………」
俺の思考が、一瞬だけ停止した。
人類を絶望させるために構築した殺戮兵器が。
あろうことか、人類の生存率を引き上げ、探索者を育成するための『教材』として採用されるだと?
ピキッ、と。
俺が握りしめていたワイングラスに亀裂が入り、ついに粉々に砕け散った。
「……舐めるなよ」
手から滴る果実水もそのままに、俺は血の滲むような声で唸った。
俺の罠師としての尊厳を、ここまでコケにしてくれたな。
「教材だの、教習所だのと……生温い言葉で俺の殺意を汚す連中を、二度とその口が利けないようにしてやる」
この勘違いの連鎖を、力でねじ伏せる。
俺は、これまで自らに課していたルールを逸脱してでも、彼らのその『攻略文化』という反吐が出るような繋がりを、金と欲望で完全に破壊するための悪辣な手段を模索し始めた。




