第12話 わざと死ぬ攻略者たち
「適応AIへ、偽の行動パターンを食わせるだと?」
帰還室で鬼塚豪が口にした作戦を聞き、俺は鼻で笑った。
可変迷宮は、一歩ごとの速度、視線、回避方向、スキル発動の時刻までフレーム単位で学習している。
数回ふざけて転ぶ程度で騙せるほど甘くはない。
だが、一度の攻略で取得されるのは一つの『死因』ではない。数千、数万の微細な行動ログだ。
そこへ意図的な偽パターンを混ぜ続ければ、理屈の上では学習分布を歪ませられる。
問題は、そのために本当に死ななければならないことだ。
『そりゃっ!』
レイナが平坦な床でわざと大きく転ぶ。直後の魔力刃が背中を捉え、致死判定。
『次、俺!』
豪は大盾を捨て、あり得ない両手上げの姿勢で突っ込み、蜂の巣になった。
『あ、しまったー』
迅は棒読みで後ろ向きに走り、射線へ首を差し出す。
三人同時に帰還室へ吐き出された。
「……何を見せられているんだ、俺は」
だが、適応AIは律儀だった。
『レイナは平地で転ぶ』『豪は盾を捨てる』『迅は後ろ向きに走る』。
一度の短い挑戦から拾った大量のフレームデータを、新しい行動傾向として取り込んでいく。
『再同期まで20分』
一回目。
二回目の死で30分。
三回目で60分。
そしてさらに重ねれば、次は180分のロックが待つ。
だから迅は、最初から一人へ死を集中させなかった。
『次の枠は俺とレイナ。豪は休め。60分ロックの間に魂疲労を抜け』
『おう……頭割れそうだし、寝る』
『私が次に60へ乗ったら交代ね』
「……待機時間を、シフト表に組み込んだのか?」
死の罰を、休憩ローテーションへ変換する。
それだけでも十分に狂っている。
だが、連中はさらに慎重だった。
180分へ入る個体は、その時点で作戦から外す。無理に死を重ね、360分まで魂を削ることはしない。
『勝つために壊れたら意味ねえからな』
豪が床へ寝転がったまま笑う。
『死ぬ順番もリソース管理だ。運営が作ったルールなんだから、こっちもルールの中で最適化する』
「…………」
俺は言葉を失った。
三人合計で九回。
死亡回数だけ見れば、数十回などという無茶ではない。
だが、各突入で意図的に変えた歩幅、視線、フェイント、スキル入力は、AIに数万フレーム分の矛盾した教師データを食わせていた。
『マスター。適応AIの予測信頼度が急落しています』
NAVIが事実だけを告げる。
高速適応を優先して、取得ログを人手確認なしで即座に学習層へ焼き付ける設計にしたのは俺だ。今から外れ値だけを除去するには、第三階層の学習データを丸ごと初期化するしかない。連中は、その自動化の速さまで逆手に取った。
盤面には、ぐちゃぐちゃになった予測線が走っていた。
『レイナは転ぶ』という学習の直後に、彼女は転ばない。
『豪は盾を捨てる』と学習した直後に、盾を最速で展開する。
『迅は後ろ向き』と予測した瞬間、最短ルートを前へ駆ける。
罠は半拍ずつ外れ始めた。
作戦開始から数時間。
三人が可変迷宮の入口へ並ぶ。
装備は削れ、顔には疲労が濃い。だが目だけは異様に冴えていた。
『仕込み終了』
迅が短剣を抜く。
『じゃ、お掃除しよっか』
レイナが笑う。
『本来の動き、忘れてねえよな?』
豪が大盾を構えた。
三人が飛び出す。
AIは偽ログを基準に罠を起動した。
レイナは転ばない。豪は盾を捨てない。迅は後ろ向きに走らない。
以前、最奥の部屋で見せた三位一体の連携が、ズレた射線の間を一気に食い破っていく。
『左! 豪!』
『応ッ!』
『核もらう!』
魔力刃が空を切り、三人は無傷で区画を抜けた。
『っしゃあ!』
『AIざまぁ!』
コメント欄が笑いで埋まる。
「…………」
高度な適応迷宮が、人間どもの原始的な『偽装行動』で汚染された。
俺は肘掛けを握りしめる。
「自分の命と時間を、何だと思っている……!」
『マスター。三名とも、再挑戦意思を維持。好意的反応が恐怖反応を上回っています』
「数字だけ言え。感想を添えるな」
俺は設計盤を乱暴に引き寄せ、適応AIの回路を切った。
「AIが駄目なら、次はAIなど使わん。一切の被弾すら許さない精密さを要求してやる」
黒瀬迅の操作精度を確実に折る。
そのための次なる区画を、俺はゼロから描き始めた。
『なお三名は魂疲労の安全基準を超過。四十八時間の強制休養に入ります』
「……当然だ。壊れるまで死ぬ馬鹿に、次の罠を見せる価値はない」
俺は吐き捨てた。
それでも、四十八時間後にまた来ることを疑っていない自分が、少し腹立たしかった。




