第11話 攻略者が学習するなら、罠も学習する
玉座に深く腰掛けた俺は、自身の黒い戦闘外套の裾を、忌々しげに指先で撫でていた。
刃によって斬り裂かれた、僅か一センチの裂け目。
魔力による自動修復機能であっという間に元通りになったとはいえ、あの三匹のネズミ――迅、レイナ、豪の連携が、俺の絶対防壁を掻き潜ったという事実は消えない。
「個の力で劣るなら、役割を分担し、他者の失敗から学び、最適な解を導き出す。それが人間どもの生存戦略か」
俺は冷たい声で独りごちた。
連中は、死に戻るたびに情報を共有し、俺の罠の法則性を『学習』している。だからこそ、理不尽とも思える難易度を乗り越えてくるのだ。
「だが、俺だけが立ち止まったままだと思ったら大間違いだぞ」
俺は手元の設計盤に触れ、ダンジョンコアの深層領域へとアクセスした。
攻略者が学習し、進化してくるというのなら。
罠自身にも学習させ、進化させればいいだけの話だ。
「NAVI。黒瀬迅、天城レイナ、鬼塚豪。この三名の過去の全ての攻略ログ、行動パターン、回避の癖、スキルの発動タイミングを抽出。ダンジョンコアの適応AIに組み込め」
『了解しました。行動解析アルゴリズムを迷宮構造と統合します』
盤面上で魔力回路が複雑に絡み合い、新たなシステムが構築されていく。
名付けるならば『可変迷宮』。
挑戦者の過去の行動をリアルタイムで読み取り、同じ解法を繰り返すほどにメタ(対策)が働き、致死率が跳ね上がるシステムだ。
奴らの『いつもの必勝パターン』は、二度と通用しない。
「さあ、あの一センチの屈辱、完全なる絶望で雪いでやる」
数日後。
新たな階層である第三階層へと足を踏み入れた三人の姿が、監視水晶に映し出された。
彼らが最初に直面したのは、細い通路の左右の壁から、不規則なタイミングで魔力刃が射出される罠だ。これまでの彼らなら、こんな罠は一瞬で突破していただろう。
『豪! 三秒後、左右から同時に来るぞ!』
『おう! 【要塞化】!』
迅が予兆を読み上げ、豪が前に出て大盾を構える。その影からレイナが飛び出し、罠の射出装置を破壊する。彼らが第二階層の最奥でも見せた、三位一体の完璧な連携だ。
だが、彼らがその通りに動いた瞬間。
壁からの魔力刃の射出タイミングが、豪が大盾を展開して地面に固定する『コンマ数秒後』へと、意図的にズラされた。
『なっ!?』
タイミングを外された豪の防御は空を切り、遅れて射出された魔力刃が彼の巨体を容赦なく貫く。
さらに、残りの魔力刃の射線が、豪の影から飛び出したレイナの『踏み込むであろう位置』へとピンポイントで修正されていた。
『うそっ――』
回避不能の空中で、レイナは十字の刃に切り裂かれた。後方にいた迅も、二人を貫通してきた魔力刃の余波を避けきれずに被弾する。
ズバァァァンッ!!
完全に意表を突かれた三人は、為す術もなく串刺しにされ、致死判定を受けて光の粒子となった。
あっけない全滅だった。
「当然の結果だ」
俺は玉座で冷たく笑った。
迷宮のAIは、迅の指示のタイミング、豪の盾の展開速度、レイナの飛び出しの初速を完全に記憶している。彼らが『最も得意とする動き』をした瞬間に、それが最大の隙となるように罠の挙動が自動で書き換わるのだ。
俺は監視水晶の視点を帰還室へと移した。
石の床に転がり、激しい帰還酔いと痛みに呻く三人。さぞ、己の必勝パターンが通用しなかった不条理に絶望していることだろう。
迅が痛みを堪えながら、震える手で自身の端末を操作し、死亡直前のログと映像を呼び出した。
『……おい、見ろこれ』
迅の声は、驚愕に震えていた。
『俺たちの過去の動きが、完全に読まれてる。罠の射出タイミングも射線も、俺たちの「いつもの連携」を殺すためだけに、コンマ一秒単位で調整されてたんだ』
その事実を聞いた瞬間。
レイナと豪の顔から、苦痛の色がスッと消え去った。
『えっ……?』
レイナが顔を上げ、目をキラキラと輝かせる。
『つまり、運営がリアルタイムで私たちを対策してきてるってこと!?』
『マジかよ!』
豪も大声で笑い出した。
『最高じゃねえか! ただ決まった動きをするプログラムじゃなくて、相手は俺たちの動きを見て、学習して、本気で殺しに来てるんだぞ!』
絶望するどころか、彼らは顔を見合わせて歓喜の声を上げていた。
空中に展開された配信のコメント欄も、それに同調するように滝のような勢いで流れ始める。
『うおおおお! 運営からの個別メタキタ――!!』
『お前ら愛されすぎだろwww』
『プレイヤーが学習するなら、ダンジョンも学習する。これぞ神ゲー』
『軍拡競争熱すぎる! 投げ銭(観測熱)ポチー!』
「……なぜ喜ぶ!」
俺は玉座の肘掛けをドンッと叩いた。
貴様らの勝ち筋を完全に潰し、無様に殺したというのに。なぜそれを「自分たちを見てくれている」という愛情表現のように受け取るのだ。
「狂っている……! ならば、その狂気ごとすり潰すまでだ!」
20分後。再突入した三人は、前回の必勝パターンを完全に捨て去っていた。
『豪、盾を捨てろ! 回避に徹しろ!』
『おっしゃ!』
『私が罠の射線を散らす!』
豪が重い大盾を背負ったまま不格好に床を転がり、レイナがあえて速度を落としてフェイントをかける。そのイレギュラーな動きの隙を突き、迅が直接罠の魔力回路を叩いて解除する。
彼らのアドリブ力は見事だった。俺の可変迷宮の裏をかき、一度はその罠を突破してみせた。
だが、二回目、三回目と奥へ進むにつれて、彼らの動きは再び迷宮に読み切られ始めた。
『しまっ……! またタイミングが変わった!』
ズドォォンッ!
レイナのフェイントを無視して射出された罠が、本命である迅を正確に射抜く。
死に戻り。
同じ手は二度と通じない。彼らが新しい解法を見つければ見つけるほど、可変迷宮のAIはそれを即座に学習し、さらに凶悪なメタ罠へと進化させていく。
彼らが足掻けば足掻くほど、迷宮は彼ら専用の完璧な殺戮装置へと仕上がっていくのだ。
三人は幾度も死に戻りを繰り返し、その度に待機時間が20分、30分、60分と延びていく。魂疲労が限界に近づき、彼らの顔には明確な疲弊の色が濃くなっていた。
「思い知ったか。学習能力があるのは貴様らだけではない」
俺は玉座で、彼らのもがき苦しむ様を見下ろして優越感に浸っていた。
同接は高止まりしたままだが、このジリ貧の状況に、さすがの彼らも心折れるはずだ。
何度目かの強制帰還の後。
帰還室の床に座り込み、肩で息をする三人。
『……ハァ、ハァ……。これじゃジリ貧だ』
迅が、汗に濡れた前髪を掻き上げながら冷静に分析する。
『俺たちが新しい手を見せれば見せるほど、迷宮はそれを学習していく。手札を切り尽くした時点で、俺たちの詰みだ』
レイナも双剣を杖代わりにしながら、悔しげに唇を噛んだ。
『分かってるけど……これ、どうしようもないじゃん』
打つ手なし。いよいよ絶望が彼らを覆い尽くそうとした、その時だった。
これまでサンドバッグのように死に続け、一番魂疲労が蓄積しているはずの豪が、ふはっ、と不敵に笑ったのだ。
『……なら、俺たちも運営を「学習」させるか』
迅とレイナが、弾かれたように豪を見た。
『おい、豪。お前、何を……』
豪は青ざめた顔にニヤリと邪悪な笑みを浮かべ、俺の監視ドローンを真っ直ぐに見据えた。
『あいつが俺たちのログを食って対策してくるってんならよ。……わざと「間違ったログ(偽パターン)」を大量に食わせて、あの頭のいいAIにノイズをぶち込んでやればいいんじゃねえか?』
「…………!」
俺は玉座で息を呑んだ。
豪のその逆転の発想(逆利用の提案)に、迅の目がハッと見開かれ、レイナが悪戯っぽく笑い声を上げた。
『なるほど……! そういうことか、豪!』
『最高。私たちから迷宮を騙しに行くってわけね』
帰還室の床で、疲労困憊のはずの三人が、まるで悪い悪戯を企む子供のように身を寄せ合い、ヒソヒソと作戦会議を始めた。
「……何を企んでいる、ネズミども」
俺は監視水晶に顔を近づけ、ギリッと奥歯を鳴らした。
学習する迷宮の構造を、さらに学習して逆手に取るというのか。
この軍拡競争、俺が一方的に盤面を支配しているつもりが、気づけば俺自身が奴らの土俵に引きずり込まれようとしていた。




