青い花
朝食は、柔らかく焼いた卵と、野菜のスープだった。
王子が林檎の次に好きだと言った蜂蜜も、焼きたてのパンへ添えられている。
食べられる量は、まだ多くない。
それでも七日前よりは、少しずつ増えていた。
ヨシュアは向かいに座り、王子が食べる様子を眺めている。
「今日は、よい天気ですね」
窓の外へ目を向けた。
青い空が広がっている。
数日前まで汚れで曇っていた窓は、今では庭の奥まで見渡せるほど透き通っていた。
王子の部屋は、城の東側にある。
窓の下には、長く手入れされていない庭園が広がっていた。
生垣は形を失い、雑草が石畳を覆っている。水の止まった噴水には枯れ葉が積もり、蔓草が白い像へ絡みついていた。
それでも、荒れた庭の向こうには森が見える。
さらに遠くには、低い山々。
王子は窓から外を見るのが好きだった。
誰もこちらを見ていないときに限る。
「庭へ行きませんか?」
ヨシュアが言った。
王子の手から、パンが落ちた。
皿の上へ転がる。
「外へ?」
「はい」
「どうして」
「よい天気ですから」
理由になっていないと思った。
晴れた日は、これまでにも何度もあった。空が青いからといって、外へ出なければならないわけではない。
「行きません」
「そうですか」
ヨシュアはあっさり頷いた。
それ以上、何も言わない。
王子は落としたパンを拾った。
蜂蜜が指につく。
「怒らないのですか」
「なぜです?」
「せっかく、誘ったのに」
「嫌なことをさせるために誘ったのではありませんよ」
「でも」
「行きたくなったら、行きましょう」
ヨシュアは布巾を取り、王子の指についた蜂蜜を拭いた。
責める様子はない。
王子は窓の外へ目を向けた。
庭へ出たのは、いつが最後だっただろう。
この離宮へ送られたばかりの頃、一度だけ部屋から逃げ出したことがある。
父が迎えに来たと思ったのだ。
城の前に見慣れない馬車が停まり、王都の紋章が見えた。
裸足のまま廊下を走り、階段を降りた。
庭まで出たところで、衛兵に見つかった。
その男は剣を抜いた。
六歳の子供に向かって。
悪魔の子が逃げた、と叫びながら。
父の馬車ではなかった。
食料を運んできただけだった。
王子は庭で捕まり、部屋へ戻された。
それから、外へ出ていない。
「人が、います」
王子は言った。
「庭に?」
「廊下にも、階段にも」
「使用人のことですか」
頷く。
「皆、僕を怖がります」
「気にしなくてよいのですよ」
「気になります」
「そうですか」
ヨシュアは少し考えた。
「では、誰にも会わない道を通りましょう」
「そんな道はありません」
「作ればよいのです」
「魔法で?」
「はい」
王子は黙った。
ヨシュアの魔法は、少しずつ日常の一部になっていた。
火をつける。
部屋を掃除する。
湯を温める。
新しい衣服を、王子の身体へぴったり合う大きさに直す。
どれも禁じられた力とは思えないほど、優しかった。
けれど、魔法という言葉を聞くたび、母の倒れた姿を思い出す。
「魔法は使わなくていいです」
「承知しました」
「それでも、庭には行けません」
「わかりました」
ヨシュアは微笑んだ。
何も強要しない。
そのことに安堵して、同時に少し落胆している自分がいた。
本当は、行ってみたかったのかもしれない。
一人ではなく。
ヨシュアと一緒なら。
*
昼を過ぎる頃、ヨシュアは窓辺へ鉢を置いた。
土だけが入っている、小さな鉢だった。
「何ですか、これは」
「庭です」
「土しかありません」
「小さな庭ですよ」
ヨシュアは土の上へ種を置いた。
王子にも一粒を渡す。
黒く、小さな種だった。
「埋めてください」
「僕が?」
「ええ」
王子は人差し指で土へ穴を作った。
種を入れ、上からそっと土をかぶせる。
「水を?」
「必要ありません」
ヨシュアは鉢へ手をかざした。
指先から淡い光が落ちる。
土の中で、何かが動いた。
小さな芽が顔を出す。
芽は王子の目の前で茎を伸ばし、二枚の葉を開いた。
さらに蔓が伸び、窓枠へ巻きつく。
白い蕾が一つ、二つ、三つと膨らみ、次々に花開いた。
星の形をした、小さな青い花だった。
王子は息を呑んだ。
「きれい……」
「庭には、もっとたくさん咲いていますよ」
ヨシュアは窓の外を見た。
王子も目を向ける。
荒れた庭の片隅に、同じ色の花が見えた。
生い茂った雑草の間で、小さく揺れている。
「あれも、魔法ですか」
「いいえ。あちらは自分で咲いた花です」
「誰も世話をしていないのに?」
「だからこそ、咲いたのでしょう」
王子は窓辺の花へ触れた。
薄い花びらが指先に震える。
「触ってみたいですか?」
「触っています」
「外の花を」
王子は答えなかった。
ヨシュアも、それ以上は尋ねない。
ただ隣に立ち、同じ庭を眺めていた。




