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魔法使いの王子様  作者: はちもく


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22/28

誕生日の朝

 十八歳の誕生日を迎えた朝、王子は目を覚ます前に名前を呼ばれた。


「おはようございます、テオ」


 柔らかな声が、夢の向こうから届く。


 目を開けると、ヨシュアの顔がすぐ近くにあった。


 白い髪が肩から流れ、寝台へ落ちている。金色の瞳には、朝日の代わりに天井の星が映っていた。


「……近い」


「よく眠っていらしたので」


「見てたの?」


「はい」


「いつから」


「テオが眠ってから、ずっと」


 王子は毛布を引き上げ、半分だけ顔を隠した。


「それ、前にも言ってなかった?」


「そうでしたか?」


「眠ってる人を見続けるのは変だよ」


「テオですから」


「理由になってない」


 ヨシュアは笑った。


「お誕生日、おめでとうございます」


 毛布の中から目だけを出す。


「ありがとう」


「十八歳ですね」


「そうみたいだね」


「大きくなられました」


「ヨシュアが変わらないんだよ」


 王子は毛布から腕を出し、白い髪へ触れた。


 初めて会った日と同じ髪。


 柔らかさも、長さも、光を受けたときの色も変わらない。


 ヨシュアは王子の手を拒まなかった。


 むしろ触れやすいように、少しだけ頭を下げる。


「切らないの?」


「お嫌ですか?」


「嫌じゃない」


「では、このままで」


「僕が好きだから?」


「はい」


 いつもの答えだった。


 王子は指に髪を絡めた。


 昔は遠く見えた金色の瞳が、今は同じ高さにある。


 ヨシュアの顔立ちも、纏う雰囲気も変わっていない。自分だけが子供の輪郭を失い、手足が伸び、声が低くなった。


「今日は、何をしたいですか?」


 ヨシュアが尋ねる。


「何でも?」


「もちろん」


「まだ行ったことのない場所へ行きたい」


 ヨシュアは目を瞬いた。


「城の中に?」


「うん」


「もう、ほとんど巡りましたよ」


「ほとんど、なら残ってるだろ」


「さて、どうでしょう」


「隠してる?」


「まさか」


 ヨシュアは笑っている。


 何かを知っている顔だった。


 王子は白い髪を軽く引いた。


「痛いです」


「嘘。ヨシュアはこれくらいで痛がらない」


「では、もっと優しくしてください」


「どこにあるの?」


「何がですか?」


「まだ行ってない部屋」


 ヨシュアはしばらく考え込むふりをした。


「一つだけ、ございます」


「どこ?」


「西の塔の地下です」


「地下?」


「ええ」


「海になった貯蔵庫とは別?」


「さらに下です」


 王子は起き上がった。


「行く」


「今からですか?」


「着替えたら」


「朝食は?」


「持っていく」


「お誕生日のご馳走を用意しているのですが」


「昼に食べる」


 王子は寝台から降りた。


 古い熊とアルバが、枕元からこちらを見ている。


「二人も連れていきますか?」


「熊は置いていく。アルバも」


「なぜです?」


「今日は僕が探検するから」


「もう、お一人で?」


「ヨシュアも来るだろ」


 振り返る。


「来ないの?」


 ヨシュアは、ひどく嬉しそうに笑った。


「どこへでも、お供しますよ」


###


 西の塔の地下へ続く扉は、海になった貯蔵庫の奥にあった。


 透明な水の底を歩き、歌う貝や色鮮やかな魚の群れを抜ける。


 大きな岩の陰に、古い鉄扉が隠されていた。


「こんなもの、前にはなかった」


「ありましたよ」


「絶対になかった」


「気づかなかっただけでは?」


「ヨシュアが隠してたんだろ」


 鉄扉には鍵穴がない。


 表面には蔓草のような模様が刻まれていた。


 王子が手を触れると、指先から微かな光が広がる。


 模様の一部が青く輝いた。


「魔法に反応してる」


「そのようですね」


「開けられる?」


「テオなら」


 ヨシュアは手を出さなかった。


 王子は扉を見つめる。


 開け、と望む。


 鉄の奥で、何かが軋んだ。


 重い扉がゆっくりと開く。


 向こう側から、冷たい空気が流れてきた。


 水の中にあるはずなのに、内部は乾いている。


 狭い階段が、さらに地下へ続いていた。


「ここは、魔法で作ったの?」


「いいえ」


「ずっと前からある?」


「ええ」


 ヨシュアの答えは短かった。


「離宮が建つより、ずっと前から」


 王子は階段を覗き込んだ。


 光は届いていない。


 底が見えないほど暗かった。


「怖いですか?」


 ヨシュアが尋ねる。


「少し」


「戻りましょうか」


「行く」


 王子は掌へ光をともした。


 青白い光の球が浮かび、先に階段を降りていく。


「私が前を歩きましょう」


「僕が見つけたんだから、僕が先」


「転んだら危険です」


「転ばないよ」


「では、手を」


 ヨシュアが差し出した手を取る。


 王子が一段先を歩き、ヨシュアがその後ろへ続いた。


 石段には埃が積もっている。


 城のほかの場所と違い、ここにはヨシュアの魔法が届いていなかった。


 壁には、古い燭台が並んでいる。


 王子が通るたび、一つずつ火をともした。


「上手になりましたね」


「誰に教わったと思ってるの」


「優秀な先生だったのでしょうね」


「自分で言う?」


「事実ですから」


 王子は笑った。


 声が石壁へ反響する。


 長いあいだ、誰の声も聞かなかった場所が、目を覚ましていくようだった。


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