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魔法使いの王子様  作者: はちもく


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新しい庭

「庭へ連れていきますか?」


 ヨシュアが尋ねた。


 王子の腕に力が入った。


 昨日の出来事が蘇る。


 笑う庭師。


 揃った使用人たちの声。


「今日は、誰もいませんか」


「誰にも会いたくありませんか?」


「……はい」


「では、庭を二人だけにしましょう」


「そんなことができますか」


「私を誰だと思っているのです?」


「王宮魔導士」


「正解です」


 ヨシュアは得意そうに胸を張った。


 王子は、ヨシュアが王宮魔導士らしい仕事をしているところを一度も見たことがない。


 料理を作り、部屋を掃除し、髪を梳き、ぬいぐるみを増やしているだけだ。


 そのことを言うと、ヨシュアは少し考えた。


「王子様のお世話より大切な仕事がありますか?」


「国王を助けたり、国を守ったり」


「ありませんね」


「あります」


「私にはありません」


 ヨシュアは迷いなく答えた。


「私がお仕えしているのは、テオだけですから」


 冗談ではなかった。


 王子はアルバの耳へ顔を隠した。


 頬が熱くなっている。


「では、支度をしましょう」


 ヨシュアが楽しそうに言った。


「今日は、とびきり忙しい一日になりますよ」


     *


 庭に、人の姿はなかった。


 ヨシュアと王子が外へ出る前に、使用人たちは全員、城の中へ戻されたらしい。


 窓にも厚い幕が引かれている。


 誰にも見られていない。


 誰も王子を悪魔の子と呼ばない。


 それだけで、昨日とは違う場所のように思えた。


 王子は自分の足で玄関の石段を降りた。


 ヨシュアは手を繋いでいるだけで、抱き上げようとはしなかった。


「青い花を見に行きますか?」


「その前に」


 王子は庭全体を見渡した。


「忙しい一日とは、何をするのですか」


「庭を作ります」


「もうあります」


「テオの庭を、です」


 ヨシュアは王子の手を離した。


 外套の袖を捲り上げる。


「どんな庭がお好きですか?」


「わかりません」


「では、試してみましょう」


 ヨシュアが両手を打ち合わせた。


 乾いた音が、庭へ響いた。


 地面の下で、何かが目を覚ました。


 足元から低い音が伝わる。


 王子は驚き、アルバを強く抱いた。


 荒れていた生垣が揺れた。


 枝が伸び、葉が生え、互いに絡み合う。枯れていた部分には新しい緑が広がり、無秩序だった形が少しずつ整っていく。


 大きな熊。


 耳の長い兎。


 尻尾を立てた猫。


 生垣は、次々と動物の姿になった。


 緑の熊が首を振る。


 葉の兎が跳ねる。


 猫は背を伸ばし、欠伸をした。


「動いています」


「寝ていたのですよ」


「生垣が?」


「このところ、誰も遊んでくれなかったようです」


 葉の兎が、王子の前へ跳んできた。


 鼻先を近づけ、腕の中のアルバを覗き込む。


 アルバと同じように、片目を閉じた。


「真似をしています」


「お友達になりたいのでしょう」


 生垣の兎は、その場で一回転した。


 王子の口元が緩む。


「次は、噴水ですね」


 ヨシュアが指を振った。


 枯れ葉に埋もれていた噴水が震える。


 積もっていた葉が一斉に舞い上がり、無数の鳥へ変わった。赤、黄、橙。秋の色をした鳥たちが空へ飛び立つ。


 噴水の中央に立つ石像が、水瓶を傾けた。


 透明な水が流れ出す。


 水面から魚が跳ねた。


 陽光を受けた魚は銀色に輝き、空中を泳いだまま地上へ戻らない。


 一匹、二匹。


 やがて何十匹もの魚が庭の空を泳ぎ始めた。


「魚が飛んでいます」


「泳いでいるのです」


「空を?」


「水も空も、広いことに変わりはありません」


 銀色の魚が王子の周りを巡る。


 尾が空気を打つたび、小さな水滴が舞った。


 王子は手を伸ばした。


 魚は指先のすぐ先をすり抜ける。


「捕まえられますか?」


「試してみます?」


 王子はアルバをヨシュアへ預けた。


「持っていてください」


「承知しました」


 もう一度、魚へ手を伸ばす。


 銀の尾が逃げていく。


 王子は一歩追いかけた。


 魚はまた遠ざかる。


「待って」


 魚は待たない。


 噴水の周りを泳ぎ、動物の形をした生垣の間を抜けていく。


 王子は足を速めた。


 外套の裾が草を撫でる。


 革靴が地面を蹴った。


 歩くより速く。


 もう一歩。


 身体が前へ傾く。


 気づいたときには、走っていた。


 銀色の魚を追い、庭の中を。


「こちらですよ、テオ!」


 ヨシュアの声がした。


 振り返ると、白髪の青年がアルバを抱き、高く手を振っている。


 魚はヨシュアの頭上を泳いだ。


 王子は方向を変える。


 足がもつれそうになった。


 それでも止まらなかった。


「捕まえます!」


「どうぞ!」


 銀の魚が、白い髪のすぐ上を通り過ぎる。


 王子は手を伸ばした。


 あと少し。


 指先が尾に触れた。


 魚は水へ変わり、王子の頭から降り注いだ。


「わっ」


 冷たい。


 驚いて足を滑らせた。


 倒れる前に、ヨシュアの腕が身体を受け止める。


 勢いのまま、二人で草の上へ転がった。

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