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魔法使いの王子様  作者: はちもく


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13/25

おはよう、アルバ

 次の朝、王子は窓辺に立っていた。


 庭の片隅に、昨日の庭師が見える。


 男は一人で生垣を刈っていた。


 鋏を動かすたび、乾いた枝が地面へ落ちる。遠目では、その顔が笑っているのかどうかわからない。


 王子は窓へ額を寄せた。


「何を見ているのですか?」


 背後から声をかけられ、肩を揺らす。


 ヨシュアが朝食の盆を運んできたところだった。


「昨日の人です」


「昨日の?」


「踊っていた庭師」


 ヨシュアは窓の外を見た。


「ああ。今日も元気そうですね」


「まだ、笑っていますか」


「どうでしょう。こちらからでは見えませんね」


「魔法は解いたのですか」


 ヨシュアは盆を卓上へ置いた。


「笑顔の?」


 王子は頷いた。


「解いてほしいですか?」


 問い返され、すぐには答えられなかった。


 昨日の庭師の目を覚えている。


 笑う口元と、恐怖に見開かれた目。


 あれは、おかしかった。


 見ていて胸がざわついた。


 けれど、自分は笑った。


 笑ったあと、少しだけ気分がよかったことも覚えている。


「……わかりません」


「では、わかるまでそのままにしましょうか」


「ずっと笑っていたら、疲れませんか」


「疲れないようにしてありますよ」


「そういう意味ではなくて」


 王子は言葉を探した。


 なぜ嫌なのか、自分でもうまく説明できない。


 庭師は王子を傷つけた。


 母を殺した悪魔の子だと、皆の前で言った。


 罰を受けても仕方がないのかもしれない。


 それに、ヨシュアは王子のためにしたのだ。


「テオ」


 ヨシュアが呼んだ。


「嫌なら、やめますよ」


 王子は振り返った。


「僕が嫌だと言えば?」


「ええ」


「ヨシュアは、嫌ではないのですか」


「私は、どちらでも」


 ヨシュアは微笑んでいた。


「あの方が笑っていても、泣いていても、私には同じです。テオが嬉しいほうにしましょう」


 人の笑顔と涙が同じ。


 その言葉は変な気がした。


 けれど、ヨシュアは本当にそう思っているようだった。


「では……普通にしてください」


「承知しました」


 ヨシュアは窓へ向かって、指先を軽く振った。


 庭師の手から鋏が落ちた。


 男は両手で顔を覆った。


 しばらくその場に立ち尽くし、やがて膝をつく。遠くて声は聞こえなかった。


「戻しましたよ」


 ヨシュアは朝食の支度を始めた。


「これでよろしいですか?」


 王子は庭師を見つめた。


 胸のざわつきが消えたわけではない。


 けれど、少しだけ息がしやすくなった。


「はい」


「では、朝食にしましょう」


 今日の皿には、丸く焼かれた小さなパンが三つ載っていた。


 一つは熊の顔。


 一つは兎。


 もう一つは、何の形なのかわからない。


「これは何ですか」


 王子は三つ目を指した。


 横に広く、突起がいくつもある。


「猫です」


「猫には見えません」


「では、何に見えますか?」


「潰れた蛙」


 ヨシュアは真剣にパンを見つめた。


「なるほど。たしかに、蛙にも見えますね」


「最初から蛙を作ったのでは?」


「猫ですよ」


「嘘です」


「本当です」


 王子は、潰れた蛙のような猫の耳をちぎった。


 一口食べる。


 中には林檎が入っていた。


「おいしいですか?」


「はい」


「それなら、猫でも蛙でも問題ありませんね」


「ヨシュアは料理が得意なのですか」


「もちろんです」


「これは失敗では?」


「成功した蛙です」


 王子は笑った。


 ヨシュアも笑った。


 窓の外では、庭師が落とした鋏を拾い上げていた。


 王子はもう、そちらを見なかった。


     *


 朝食のあと、王子は白い兎を窓辺へ連れてきた。


 古い熊は寝台に残してある。


 外へ連れ出して汚したくなかった。


「名前を決めました」


 王子が言うと、髪を束ねていたヨシュアが手を止めた。


「本当ですか?」


「アルバ」


「アルバ」


 ヨシュアは名前を口にした。


 音を確かめるように、ゆっくりと。


「朝、という意味ですね」


「はい。目を覚ましたとき、抱いていたから」


「素敵なお名前です」


 王子は兎を見下ろした。


 白い毛。


 紫色のリボン。


 笑ったような片目。


「これで、この子も自分が誰かわかりますか」


「もちろんです」


「名前をつける前は?」


「テオの兎でした」


「今は?」


「アルバです」


 ヨシュアは兎の前へ屈み、丁寧に頭を下げた。


「初めまして、アルバ。私はヨシュアです」


「ぬいぐるみに挨拶をするのですか」


「名前をいただいたのですから、もう立派な一人ですよ」


「一匹です」


「失礼しました」


 王子はアルバを抱き上げた。


 名前をつけただけで、昨日までとは違って見える。


 自分で選んだ名前。


 誰かに命じられたものではない。


 これからヨシュアも、この兎をアルバと呼ぶ。


 そのことが、嬉しかった。

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