第7話 ジャンヌの馬肉料理に対する様々な想い、回想―1
この話の内容ですが、私なりにネット情報について検索を掛けて、史実を調べた上で書きましたが。
(尚、この小説世界は戊辰戦争が発端となって歴史が変わっており、それまでは史実通りの歴史が流れています)
こういったことに詳しい人からすれば、ツッコミ満載になっている気が私もします。
どうか感想欄が殺伐としたモノにならないように、緩やかな御指摘、御感想でお願いします。
ジャンヌ・ダヴ―は、コース料理ということから、前菜として提供された会津野菜を使った先付三品を味わいつつ、土方鈴の問いかけについて、自らの人生で得た様々な知識を想い起こしながら、少なからずの間、物思いに耽らざるを得なかった。
実際のところ、鈴の問いかけが荒唐無稽とは言い難い、とジャンヌ自身も考えざるを得なかった。
遥かな昔、それこそ中世より前、古代欧州では馬肉食が珍しくなかったらしい。
だが、キリスト教、カトリックの布教が広まる中で、中西欧では馬肉に対する忌避が広まり、8世紀にはローマ教皇が馬肉食は異教信仰に通じるとして、馬肉食を禁じるローマ教皇回勅を出したとか。
(この辺りだが、ゲルマン神話の信徒やケルト神話の信徒が馬を生贄にした後、信徒がその馬肉を食べていたことから、そういったことを止めさせて、カトリックに帰依させるという背景があったとか。
それこそイスラム教徒の急激な勃興に対処するために、カトリック教会としては信徒の軍事力強化が急務であり、時代的な背景から騎兵の強化、馬の確保が重要と考えられたことから、馬肉食を禁じることになったとか、私(ジャンヌ)は聞いた覚えがあるが、何処までが真実なのか)
それに加えて、中世社会においては、馬は極めて貴重な存在だった。
それこそ近代に至るまで騎兵は戦場の華であり、中世の騎士は愛馬を大事にしていて、その肉を食べること等は思いもよらないことだった。
又、農民にとっても、輓馬は極めて重要な存在で、食肉にする等は思いもよらなかったのだ。
そんなこんなが相まったことから、中西欧では近代に至るまで殆どの地域で馬肉食は忌避されることになり、法律でも禁止されていたのだ。
勿論、戦場で敗れた結果として、敗走中に糧食に窮する余り、倒れた軍馬の肉を食べたり、又、飢きんの際に空腹に耐えかねる余りに、病死した輓馬の肉を食べたり、ということはそれなりにあった、とも私は聞いたことがある。
だが、それはあくまでも非常事態における緊急避難措置と言っても良いことで、近現代に至るまで中西欧の殆どの地域では、馬肉食はタブーであり続け、21世紀の現代においても英独等では馬肉食はタブー視されるのが現実だ。
(私の記憶に間違いなければ、豚肉を使って作られたソーセージに、馬肉が混入されていた事件が起こった際に、仏では偽装表示は許されない、と叩かれたが、英独では人間に馬肉を食べさせるとは許されない、と叩かれた程、21世紀の現代でも馬肉食のタブーは英独では極めて強いようだ)
だが、フランスでは19世紀に入ってから、少しずつ馬肉食のタブー意識が解消される事態が起きることになったのだ。
医学界からは、馬肉食を公認すれば、貧困層でも肉食が広まることになり、貧困層の栄養問題解消につながる、という意見が出だした。
動物愛護団体からは、馬肉食を公認すれば、老馬がぞんざいに扱われず、丁寧に食肉処理されることになり、動物愛護になるという意見が出るようになった。
又、軍医の世界からも、それこそナポレオン戦争の戦訓(ロシア遠征からの帰還等の際、フランス軍の多くの将兵は、倒れた馬の馬肉を食べることで飢餓を凌いで生還できた)等から、馬肉食を公認すべき、との意見が出るようになったことから。
1866年にフランスは馬肉食を禁じていた法律を廃止して、馬肉食を公認する事態になった。
だが、そうはいっても1000年以上もローマ教皇回勅や法律で禁止されていた馬肉食だ。
直ぐに広まる訳がなく、馬肉を売る店もそうなかった。
だが、普仏戦争にフランスが敗北し、食肉確保が求められたことから、フランス国内で馬肉食が普及する事態が起きた。
御感想等をお待ちしています。




