第6話 会津の馬肉料理屋に到着して
そんな想いを、会津に着いた土方鈴とジャンヌ・ダヴーがそれぞれした後で、予約してあった老舗の馬肉料理屋に共に入った。
「主になるのは、会津味噌仕立ての馬肉鍋になるわね。それ以外にも、馬肉と会津の地元の名産の野菜等を使った料理が出る予定よ」
「そうなんだ」
鈴とジャンヌは、席に着いた早々、そんな会話をした。
「ところで、貴方、本当に味噌仕立ての鍋料理が主で良いの」
鈴は少し探るような問い掛けを、ジャンヌにした。
それこそ味噌は、日本各地において好みの違いが大きい。
(別作では既に何度も描いたが、此処で改めて描くならば)土方鈴は、前世の記憶の影響に加えて、鈴にしてみれば曾祖母になる千恵子が土方家に会津味噌を伝えて、それを土方家では受け継ぎ続けたこともあり、会津味噌、米味噌を好むが。
岸澪は、岸家が基をただせば濃尾地域の出身ということもあり、豆味噌絶対主義者なのだ。
それも岸澪と土方鈴の仲が悪い一因に成っている。
「私は別に構いませんよ。それこそ米味噌仕立ての味噌汁を、(この世界の)母がよく作っていて、私はよく食べていましたから」
「そう言えば、そうか」
ジャンヌの答えに、鈴は納得した。
(既述だが)ジャンヌの(この世界の)母は、生粋の日本人だ。
だから、ジャンヌもそれなり以上に日本料理に慣れ親しんでいて、味噌の味に馴染んでいるのだ。
「ところで、話は変わりますが、馬肉で作った鍋料理のことを、何で桜鍋というのですか」
ジャンヌの問いかけに、真面目な顔をしながら、鈴は言いだした。
「私の最初の人生の祖父を始めとする身内、更に言えば、夫の祖父を始めとする身内も、戊辰戦争の最末期に鶴ヶ城に籠城したわ。
その際に、会津藩主の松平容保公らと共に籠城したのだけど、籠城戦となると糧食が問題になる。
それで、容保公は、愛馬の桜を城内で生きさせるとなると桜の為の糧食が必要で、籠城している者達の糧食に影響する、それに愛馬を餓死させるのはどうにも忍びないとして安楽死させて、その馬肉を籠城している者達に提供したの。
私の祖父達は、主君の愛馬の肉を涙を零しながら食べた、と私は祖父から直に聞いたわ。
尚、それをきっかけに鶴ヶ城内にいた馬全てが安楽死させられて、籠城した者達に馬肉が提供されることで糧食は確保されて、それに依って鶴ヶ城は自主開城するまで、新政府軍の攻撃に耐え抜けたの。
そのことを決して忘れないように、ということで馬肉を使った鍋料理のことを、まずは会津地方で桜鍋というようになったの。
そして、それがいつの間にか事の由来が忘れられて、日本中に広まったのよ」
「そんなことが」
鈴の語りを聞く内に、ジャンヌは、頭の中でその情景を思い浮かべてしまい、涙が零れた。
「尚、私の大嘘だけど」
ジャンヌの涙を見た鈴は(流石に良心が咎めて)そう告白し、ジャンヌは涙を止めて怒った。
「本当の話と想って感動したら、嘘だったのですか」
「本当の処は、馬肉を使った鍋料理が、桜鍋と呼ばれるようになった理由は諸説ありますとしか、言いようが無いようね。
でもね、鶴ヶ城の籠城戦で籠城した者達に、馬肉を使った様々な料理が提供されたのは本当よ。
私の憶測だけど、幕府陸軍はフランス軍から指導して貰っているわね。
そうしたことから、幕府陸軍を介して、馬肉料理がフランスから会津に伝わることになったのでは、と私は考えるのだけど。
これについて、ジャンヌはどう考える?」
「そう言われると、その可能性はありますね」
鈴の問いかけに、ジャンヌは自分の(前世も合わせた)知識から、そう答えざるを得なかった。
その一方、ジャンヌは頭の片隅で考えた。
会津でも戦争がきっかけで馬肉食が広まったのか。
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