エピローグ―1 二人の妻の手料理を食べた後の「彼」の直接の想い
エピローグになります。
尚、エピローグは視点が変わり、「彼」の視点で、僕という形で独話します。
土方鈴とジャンヌ・ダヴ―それぞれの馬肉料理を食べた後、「彼」は一人きりで暫く物思いに耽った。
二人が会津に行く、と言い出したのは、僕に馬肉料理を食べさせるためだったか。
恐らく僕が長命した異世界では、彼女達が作った馬肉料理を、僕は好物として食べたのだろう。
更に言えば、その異世界なりの事情があって、僕は馬肉料理を好んだのだろう。
異世界なりの事情か。
僕は、それなりに二人から、僕の前世の野村雄が、その異世界では長命したのを教えられた。
そして、どんな人生をたどったのかも。
更に言えば、ジャンヌの赴いた異世界には、共に岸澪や村山愛も赴いていたので、その二人からもそれなりのことを教えられているが。
僕は、二人の作った馬肉料理を想い起こし、余りにも対照的だ、と少し他所事を考えた。
「女性とワインは古いほうがいい」、「女房と畳は新しいほうがよい」だな。
更に言えば、余りにも対照的な料理を作ったモノだ。
鈴の方は、本当にお互いの前世を思い起こさせる馬肉料理だった。
それに対し、ジャンヌの方は、新たな馬肉料理を勧めて来た。
ジャンヌなりに鈴に勝とうとして、フランスでの馬肉料理を勧めてきたのだろう。
更に言えば、共に異世界の僕が、鈴やジャンヌの傍で好んで食べた料理ではないだろうか。
僕は前世では、そう馬肉料理を好んで食べた覚えがない。
勿論、会津の名物料理である以上、馬肉を食べたことが無い訳では無いのだが、それこそ戊辰戦争のことを想い出すとして、両親等が馬肉を余り好まなかったことから、自分も余り食べなかったのだ。
だが、鈴やジャンヌの言動からすれば、異世界では、僕は鈴やジャンヌの傍で馬肉料理を好んで食べていたようだ。
何故に、僕の、自分のし好が変わってしまったのだろうか。
恐らくだが、様々な戦禍や肉親、故郷との別離から、異世界の僕は、馬肉を好んで食べるようになったのでは、そう鈴やジャンヌ、及び岸澪や村山愛の言動から、そう僕は想われてならない。
鈴が赴いた異世界では、僕は陸軍大学校を卒業して、第二次世界大戦では、将官として様々な武功を挙げたこと等から、営門大将まで出世して退役した。
更に言えば、陸軍に止まれば、三顕職に補されるのは、ほぼ確実とも目されていたらしい。
そんな僕が営門大将で退官したのは、鈴の言葉に依れば、全ての子ども、特に娘の千恵子までが戦死したことから、とのことだった。
更に言えば、第二次世界大戦の戦禍も相まって、軍人という仕事を、自分が厭うようになったからかも、とも鈴は言っていた。
この辺りの鈴の言葉は、それなり以上の真実なのだろう。
全ての子どもを戦死させ、更に第二次世界大戦の多大な戦禍を、間近で見続けていては。
今の自分の感覚からしても、退官という決断を自分が下してもおかしくない気がする。
又、ジャンヌ、及び澪や愛が赴いた異世界では、僕はジャンヌと駆け落ちして、フランス人になり、更にはフランス軍の将軍として、更にはフランスの英雄として、人生を終えることになった。
だが、その一方で、日本に残した3人の子とは完全に断絶した、と言っても過言ではない関係になってしまったのだ。
完全に断絶したとはいえ、異世界の僕は、子ども3人が成人するまで養育費をそれなりに払い続けたのは間違いない。
ジャンヌはそう主張するし、愛はそれを肯定して、澪も顔を背けつつ、認めざるを得ない。
だが、子ども達3人にしてみれば、銭金の問題じゃない、と言いたいことだったのだろう。
そんなことを、鈴とジャンヌが作った馬肉料理を食べた後、異世界の僕やその周囲のことを、僕は考えざるを得なかった。
更に僕は考えた。
本当に色々と違うことが起きたものだ。
御感想等をお待ちしています。




