第9話 桜鍋を共に食べながら、同じ夫、男性と妻二人の馬肉料理の想い出話―1
そうこうしている内に、桜鍋の準備が調い、机の上に出されたコンロの火によって、徐々に馬肉や野菜が煮えていくことになり、土方鈴とジャンヌ・ダヴ―は、お互いに自らの取り皿に、適宜に馬肉や野菜を鍋から取って、共に食べることになった。
少しの間、共に桜鍋の味を愉しんだ後、まずはジャンヌが口を開いた。
「これが会津の桜鍋の味なの」
「そうね。私としては、記憶の中より微妙に味噌の塩気が薄いというか、減塩されている気がするけど」
鈴はそう答えた。
「それは仕方ない気が。昔を想えば長生きする為に塩分を控えるように、と医学指導がされていますし」
「そう言われれば、そうだけど。お互いの今の容姿からすれば、何とも言えない話ね」
「確かに、20歳前の若い女性同士が、長生きする為に塩分を控える話をするとは、笑うしかない話かもしれませんね」
二人は更にやり取りをし、笑いあった。
鈴もジャンヌも、共に20歳前、具体的にはこの世界における18歳の容姿をしている。
だが、その中身はというと、共に150年余りの長い人生の旅を積み重ねた身なのだ。
更に言えば、共に同じ男性、野村雄の生まれ変わりの「彼」と結婚して50年以上、あわよくばそれ以上の歳月を夫婦として過ごしたい、と共に考えている身の上でもある。
何しろ、異世界生活をお互いにすることで、共に50年余りも琴瑟相和す夫婦関係を、「彼」と過ごし合ってきた身なのだ。
言葉は悪いが、相性の良さを完全に証明済みの相手である「彼」と、この世界でも共に結婚して、末永く夫婦生活を営み合いたいのだ。
鈴とジャンヌは、笑い合いながら、共にそう考えざるを得なかった。
とはいえ、単に笑い合って済ませる訳にも行かない。
傍から見れば、お互いにマウントを取り合っているのでは、と思われかねない話が始まった。
まずはジャンヌが口火を切った。
「貴方が赴かれた異世界では、野村雄は陸軍士官になったのですよね。
そして、貴方と結婚した。
其処では、どういう経緯で、野村雄は馬肉料理を好むようになったのですか」
鈴は少し考えた後で、ジャンヌに斜めに答えた。
「何処から話せばよいかしら。少しズレたことから聞くけど、貴方は確か12人も(異世界では)野村雄との間に子どもをつくったのよね」
「ええ。今から考えれば、私が妊娠して、又、乳飲み子を抱えていれば、周りからサキュバスのように見られることは無いだろう、と野村雄が考えた為かもと考えますが。
その一方、野村雄は本当に子ども好きで、子育てでは何時も協力してくれて、オムツ替えとかも嫌な顔一つせずにしてくれました」
ジャンヌは、貴方、鈴は3人しか子どもを産みませんでしたよね、と暗にマウントを取った。
鈴は、ジャンヌの意図を察したが、気づかぬふりで更に言った。
「私は3人しか、子どもを産まなかったけど、訳があったの。
1918年、あの第一次世界大戦末期のときのスペイン風邪の大流行。
その際に私と野村雄の間の初子の真琴は、スペイン風邪で病死した。
そのショックから、私は千恵子と跡取り息子の総司しか、生み育てられなかった。
野村雄としては、子どもがもっと欲しかったみたいだけど。
子どもを折角産んでも、又、子どもを病で失うのでは、と考えてしまう私のことを気遣ってくれたの」
「そんな事情が」
ジャンヌは、鈴が野村雄との間に3人しか生み育てられなかった事情を直に聞いて、衝撃を受けざるを得なかった。
「幸いなことに二人は無事に成長し、千恵子は陸軍軍医士官に、総司も父の後を追うように陸軍士官に成れたけど。
二人共に第二次世界大戦で戦死して、私や野村雄に先立った。
彼はそれ以来、馬肉食に親しむようになったの」
鈴は言った。
少し補足説明を。
異世界生活において、土方鈴は21世紀での生活経験があり、更には前世では自らの兄弟姉妹が夭折した経験も無かったことから、幼児の我が子が夭折した現実に打ちのめされてしまったのです。
この辺り、前世では兄弟姉妹の多くを夭折で失っていたジャンヌ・ダヴ―とは、感覚が完全に異なっていたのです。
(ジャンヌは対照的に、夭折する子どもが多いだろうから、多く子どもを産もう、と楽観的に考えましたが、実際には全て成長して、生活苦にあえぐ事態に陥りました)
この話の背景には、そういった事情があります。
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