第3部3話 勝った人負けた人
「あれ、大崎くんじゃない?」
吉乃も気がついた。大崎は頭ひとつ飛び出しているので、かなり目立つ。
「隣が、えーと、田……町くんだっけ、田端くん?」
「うん、ゴールデン飼ってる田町くん」
吉乃は田町と田端の区別が曖昧だった。真冬は犬で区別をつけていた。
二人は確か一年一組だ。同じクラスの女子テニスの応援に来たのだろう。
試合が終わった一年一組と二組の女子たちは、テニスコートから出ていく。
「雪さん、渡辺さんもお疲れ」
と、大崎が声をかけてきた。先程まで、一組の女子の勝利を祝っていたようだが、いつの間にかこちらに来ていた。
「一組、テニス経験者って、ちょっとずるくない?」
「いや、そこは俺に言われても」
吉乃が、先程の不満を大崎にぶつけている。大崎に言っても仕方ない。でも、一言くらい一組の人間に言ってやりたい。
「雪さん、モモちゃん元気?」
大崎についてきた田町が、真冬に聞く。モモは、真冬の家で飼っている黒柴だ。カラオケのときに飼い犬の話をしたので、お互いの愛犬の情報は知っている。
「うん。田町くんのまるちゃんは?」
真冬も田町の愛犬の様子を聞く。
田町は、わかりやすく真冬狙いである。現状、飼い犬トークをしたくらいだが。
奏音と目黒は、マニアックな趣味。湊と大崎は、バレー部つながり。真冬と田町の犬トークも、そういうものになるのだろうか。
でも、真冬が気になっているのは、自分に仲のよい男子ができるかではない。湊と大崎のことだ。湊は大崎を意識していない。それはわかる。
「水津ちゃんたち、延長戦だって。まだ試合やってるかも。二人もいっしょに行く?」
大崎から、真冬と吉乃へのお誘いである。湊が見たら「あたしを口実に真冬と話したかった」と思いそうだ。
真冬の場合は、そう考えない。
「行くけど……二人は、一組の応援しなくていいの?」
真冬は、大崎に関して疑っていることを悟られないように、なるべく自然な言葉を選ぶ。
「このあと、俺が試合なんだ。体育館行くから、ついでに水津ちゃんの応援もって」
大崎の行き先で、湊が試合をしている。知り合いだし、ついでに応援する。……それなら、湊狙いとまでは断定できない、だろうか。
「あれ? 田町くんはサッカーだって聞いたけど」
「渡辺さん、何で知ってるの」
田町は、真冬と話がしたいために、大崎に着いてきたのだろう。同行を拒まれたくないのか、少し焦っている。
「奏音から聞いたよ。奏音は目黒くんからだって」
「ケン、ちゃんと坂東さんと仲良くやってるんだ」
なぜか喜んでいる大崎。カラオケのとき、湊も言っていたが大崎は目黒の何なのだろうか。
そんなことを話しながら、結局四人で体育館に向かった。
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「真冬と吉乃だ! 勝ったよ、二対一! あたしも一点入れたよ」
体育館に着くと、湊たちの試合は終わっていた。二年生相手に勝利していた。
「湊ちゃん、すごい。おめでとう」
「えへへ、ありがと。そうだ、真冬手貸して」
そう言った湊が真冬の手をとり、ぎゅっと握る。
「水津ちゃん、なんで急に雪さんの手握ってんの?」
田町は、なにがなんだかわかっていない。ちょっと、いや、かなり湊のことがうらやましい。田町にわかるのは、それだけだ。
「湊ちゃんまたやってる。真冬ちゃんの手が冷たくて、気持ちいいんだって」
吉乃には見慣れた光景である。体育の時間に何度かやっていた。隣の男子二人に、湊の行動について説明しておく。
「もしかして、これ、ケンの見たがってたやつ?」
大崎は、それの名称を思い出そうとした。タンポポじゃなくて、薔薇とは絶対間違えるなって言われた、なんか花の名前のやつだ。女の子同士でイチャイチャするやつ。思い出せない。目黒にこの光景を教えて、ついでに聞いてみようか。
「湊ちゃん……」
「もうちょっと。手は洗ってきたから汚くないよ」
そういう問題ではない。
女子同士が手を握って、きゃっきゃするくらい普通ではある。この二人の場合、噂があって、噂が事実で、真冬側だけ意識してしまうのが問題だ。最初のころに比べれば、かなり落ち着いたように見える真冬だが、内心はそうでもない。
「……そろそろ、いい?」
「うん、ありがと!」
湊の方は、まったく気にしていないようだ。たまにからかわれても、女子同士普通じゃない? という反応をしている。十代の女子が、友達と手をつないだり、ぎゅーって抱きついたりなんて珍しくないのである。だから、湊が真冬にするのも普通、という理屈らしい。
「大崎と田町じゃん。なんで真冬と吉乃といっしょにいるの?」
真冬の手を離した湊は、ようやく男子二人に気がついた。二人とも、身長が高いので、それだけで存在感がありそうなものだが。
「私たちの対戦相手、一組だったの」
「クラスの女子応援して、そのあと雪さんと渡辺さんに会ったから一緒に来たんだ」
「あー、二人は一組だもんね」
話を聞いた湊は納得した。一組(同じクラス)の女子の応援に行ったのなら、そのまま一組の女子のところにいればよさそうだ。だが、大崎と田町は、真冬と話したくて声をかけたのだろう。湊のところに一緒に来たのは、少しでも長く一緒にいたかったとか。きっと、そんなところだ。
「三人とも、暇なら俺のこと応援してってくれない?」
と、大崎が言い出した。
真冬は「湊ちゃんに応援してほしいのかな」と捉えた。
湊は「真冬に応援してほしいんだ」と即断した。
田町は「ずるいぞ、大崎……って俺も応援すれば、いっしょにいられるじゃん」と思いついた。
「ごめんねー。わたしたち、奏音迎えに行かなきゃ」
と吉乃が返答したのをきっかけに皆、我に帰る。
「そうだね、奏音ちゃんの試合どうなったか気になるし」
真冬は、すぐに吉乃に賛成した。他のクラスの男子を応援するなんて、ちょっと変だし。応援するなら、同じクラスだよね。別に湊ちゃんと大崎くんを、引き離したいとかじゃないから。と自分に言い訳する。
「奏音たち、勝ったかなあ」
そう言ったのは湊だ。特に、言外に思っていることはなさそうである。
そして、女子三人は、奏音のところに行ってしまった。男子二人は取り残された。
「あー、雪さん、行っちゃったー」
「言うだけ言ってみたけど、友達に勝てるほど仲良くなってないかあ」
残念がる田町と、ダメもとで言ったらしい大崎。
「じゃあ、俺そろそろ試合だから。田町どうする?」
「校庭行くわ。だれかいるだろ。試合までだべってる」
田町は、真冬がいたらギリギリまで粘る気だったが、体育館にいる理由がなくなった。大崎も試合があるので、暇つぶし相手にはならない。男子二人も、こうして解散した。
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「まさかまさかの、二回戦進出ですう!」
卓球場から出てきた、奏音の第一声だった。
「よかったじゃん! バスケも勝ったよ」
「バスケはおめでたいです! でも、卓球は嬉しくないです……」
勝ったのに嬉しくないとはどういうことか。最初に声をかけた湊も、いっしょにきた真冬、吉乃もわからない。
奏音としては、一回戦敗退して、あとはおしゃべりでもしていたかった。
二組の女子で卓球に参加したメンバーは、全員体育が苦手。普通に負けると思っていた。
「ダブルサトウ以外が、勝ってしまいました……」
ダブルサトウとは、奏音のペアのことだ。相方が普通の佐藤さんのため、卓球出場者内でそう呼ばれたらしい。
卓球は、意外な人が強かったりする。小学生が大学生に勝ったり、普通のおばちゃんが運動部の学生に勝ったりなんてことが起こる。
その意外に強い人が、奏音たち以外のペアだったそうだ。
「公開処刑は、一回で十分なのですよう……」
勝利した奏音(奏音のペアは負けたが)を、負けた真冬と吉乃が慰めるという変な構図になった。
二回戦がある湊と奏音は、ずっとおしゃべりしているわけにもいかない。
湊はやる気満々で、奏音はとぼとぼと二回戦の会場に向かうのだった。
一回戦敗退で、試合がもうない真冬と吉乃は、クラスメイトの応援に行くことにした。まずは、湊の出る女子バスケからだ。




