のじゃろり神様、迷子の女子高生とおでかけする
ねねは後悔し始めていた。なんで、女子高生の自分が、ひとりで田舎の山の中をさまよわなければならないのか──まあ、自分のせいなのだけど。原因は今はどうでもいいから、早く知っている場所に出たい。
スマホの地図アプリがあるから、迷っても大丈夫なんて考えていた。それが甘かった。アプリの地図が真っ白だ。おばあちゃんの家ではちゃんと見られたのに。
GPSってネット使えなくても平気なんじゃなかったっけ? あ、地図アプリがネット使えないとだめなのか。田舎って怖い。スマホがただの置物になる。電波がほしい。
そんなことを頭の中でぐるぐる考えながら、ひたすら歩いていた。遭難したときは、むやみに歩き回らない方が良いって聞いた気もするけど。
歩き続けているうちに、ねねはある場所にたどり着く。
「鳥居……神社かな?」
古びた鳥居に、小さな崩れかけの社。真夏の真っ昼間なのに、なんとも不気味である。でも、ねねにとっては、いるかわからないお化けなんかより、現実に起こりかけている遭難の方が重大だった。
「神様仏様! いるならどうか、おばあちゃんの家に帰れるようにしてください!」
藁にもすがる気持ちで祈った……いや、正確にはやけくそだろう。
一呼吸おいて、なにをやっているんだろう、とマイボトルに入っているお茶を飲もうとしたときだ。
「かなえてやろうか」
声が聞こえた。女性の声だ。でも、どこから?
「こっち、こっちじゃよ」
後ろを振り返る。一人の女性が立っていた。いつの間に? さっきまで、ねねひとりだったはずだ。
「妾は、ずっとここにおったぞ。其方が訪ねてきたのではないか」
変な喋り方をする人だ。格好も変わっているし。初詣の神社で見かける巫女さんのような服、長い薄茶色の髪の毛、そして──。
「耳……きつね?」
「まあ、そんなところじゃな」
「お化け?」
「失礼な。神として祀られておったのじゃぞ──昔は」
昔は、が少し寂しそうだった。
「かみさま? は、さあ……」
「不知火でいいぞ」
「あたしのこと、元の道に戻してくれるの?」
「条件次第じゃな」
お化けだか神様だかわからない。でもとりあえず人間ではない不知火。ただで願いをかなえてくれるなんて、都合のいい展開になるだろうか。
「かわりに魂を差し出せ! とかなら、お断りだよ。自力で帰る」
「妾は悪鬼ではない。そんなことより、ちと頼みがあるのじゃ」
不知火の頼みとは──。
「人間の街に行ってみたい。今時の若い女子として」
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ねねは、無事におばあちゃんの家に戻れた。
夕飯前に帰ることができたので、遭難しかけたことはバレていない。
「最近は、このあたりも熊が出るのよねえ」
夕飯の時、おばあちゃんが話していた。今日、出会ったのが狐でよかった。うん。
さて、その狐のことだ。頼みを聞くことにしたから、こうして帰ってこれたのだ。で、その頼みだ。数時間前にした会話を思い出す。
「しらぬい? 街に遊びに行きたいの?」
「うむ」
狐耳、巫女服、よく見たら後ろに尻尾もある。こんな格好でうろついたら、目立ってしょうがない。
「その格好なら、街っていうか街角コスプレイベントだよ。ハロウィンは十月」
「こすぷれ、とは仮装のことよな? それなら心配無用、姿は変えられる」
不知火は神様を自称している。神様なら変身くらいできそうだ。神様じゃなかったとしても、狐なら変化の術とか使えそう。
「え、すごい。変身できるの? 見たい見たい!」
「では、今時の女学生……ではなく、女子高生に変化してみよう」
ねねがわくわくしながら見守っていると、不知火は何やらムニャムニャと呪文のようなものを唱えた。一瞬、ふわふわした煙のようなものに巻かれた。煙が晴れたと思ったら、不知火がいた場所に、ねねと同じくらいの年頃の女の子がいた。
「どうじゃ!」
「確かに女子高生っぽいけど。なんか違うなあ」
短すぎるスカート、くしゃくしゃした靴下、茶髪にブランド物のバッグ。ねねの周りにはいない。でもどこかで見た。
「そうだ! お母さんが高校生のときの写真! こんな子いっぱいいた!」
「母御の時代とな!? もうそんなに経っているのか」
不知火は、時間の経過をわかっていないらしい。でも母と娘ほどの年齢差があれば、流行が変わることは理解しているようだ。
「もしかして、今どきの若い女子は『チョベリバ』とか言わんのか……」
「ちょ……ば? なに?」
「……あとで母御に聞くが良い」
少しいじけた様子の不知火・平成女子高生verは、また、ムニャムニャと呪文を唱えた。そして元の姿に戻る。
「ではまず、おでかけふぁっしょんを学ばねばならぬ」
「いいねいいね。今風女子高生ファッション教えるよ! あっ!!」
「どうした?」
スマホを取り出して気がついた。ここでは電波が届かない。流行りのファッションをSNSで見せるなんてことはできないのだ。
「まあ、これでいいか。あたしとか友達、こんな感じだよ」
ネットワークに繋がなくても、写真は見ることができる。ねねは、自分や友達が写っている写真を見せた。不知火は、「ほうほう」と感心していたのだが、二枚目の写真を見ると驚いた。
「……これらは、写真か?」
「そうだよ、写真だよ?」
一枚目と大差ない、制服姿のねねと友達が写っているだけだ。なにかびっくりするようなことがあっただろうか。
「この板? に映し出された写真を指で弾くと別の写真がでてくるのか。便利になったものよなあ」
不知火は何かに感心している。ねねには訳がわからない。スマホの写真ってそういうものだし。
そんなことより、一緒に遊びに行くなら「今どきの普通の女の子」に化けられるようになって欲しい。
ねねの写真をもとに、不知火が変身する。何度かNGはあったものの、なんとか現在の普通の女の子に化けられるようになった。
街に遊びに行くときは、その姿に化けるはずだ。
おばあちゃんの家の周りには、高校生が遊んで楽しいようなところはない。だから、遊びに行くのは、ねねが自宅に戻ってからとなった。
「こんなんで本当に呼べるのかなあ。しらぬいもスマホ持てばいいのに」
不知火から連絡用だといって渡された手鏡をくるくる回しながら、ねねはぼやくのだった。
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ねねの両親のお盆休みが終わる。おばあちゃんの家への帰省も終わり、ねねは自宅に戻った。
避暑目的で、なんの娯楽もない田舎に行った。だって、夏は暑すぎる。おばあちゃんの家も昼間は暑いけど、夜はクーラーなしで寝られるのだ。そんなの、行くしかない。スマホがあれば、時間は潰せる。
でも、行ったらやることがなさすぎた。スマホいじるのも飽きてしまった。思いつきで山に入り、狐の神様っぽいのに出会った。そして今に至る。
「おお、本当に出てきた」
「なんじゃ、疑っておったのか」
ショッピングモールのフィッティングルームの中、ねねは不知火に教わったとおりに鏡をいじってみた。もやもやとした煙が出てきたと思ったら、いつの間にか目の前に不知火がいた。最初に会ったときと同じ姿で。
「ほらほら、早く普通の女子高生に変身!」
「わかっておる」
ねねに急かされ、変身する不知火。ムニャムニャと呪文を唱えて、煙っぽいのが出たと思ったら変身完了。長すぎた髪の毛はセミロングくらいに、服はフリルキャミソールの可愛い系になっていた。
「どうじゃ?」
「前より今っぽい!」
「ふぁっしょん雑誌で勉強したからの」
どうやって雑誌を手に入れたのだろうか。少し気にはなるが、これなら普通に遊べるだろう。
「早速遊びに行こう!」
「おお! 何をするのじゃ?」
「最初は、プリ撮ろう」
東京の原宿や渋谷に行ってみたい。SNSで話題のスポットは憧れる。しかし、現実はこんなものである。住んでる場所とか、お金のこととか考えると、簡単に行けはしない。事前に、そのことは伝えてある。そうしたら、不知火はこう言った。
「そういうのがいいんじゃよ。まあ、都会が気にならないといったら嘘になるが」
フィッティングルームを出てきたふたりはゲームコーナーに向かった。ゲームコーナーというより、プリクラコーナーだ。ねねと同年代であろう女子グループが何組もいる。
「これが、今のぷりくら……」
「しーちゃん、プリクラ知ってるの?」
「知っとるぞ。前に撮ったときは、もっと小さな機械だったがのう」
どうも不知火の知識は、ねねの母親世代のようである。平成の初期とかそのへん。もっとお母さんに昔話を聞いておいたら、言ってることがわかったかもしれない。でもいいや、あんま興味ないし。
「それじゃ、最新のプリクラ初体験いってみよー」
「おお!」
数分後、フードコートで一休みしている二人がいた。
「今のぷりはすごいのう……。落書きに加工に……。」
「しーちゃん興奮しすぎだよ」
最新のプリ機を体験した不知火は、テンションが上がりすぎてダウンした。ねねは知らないが、昔のプリはこんな豪華ではない。フレーム選んでパシャリだ。値段も今より控えめではあったが。
不知火が落ち着いてきたので、ショッピングモール内をぶらぶらすることにした。バイトをしていないねねに使えるお金は、あまり多くない。そういえば、不知火のお金はどうなっているのだろう。
「賽銭じゃ。ちと古い銭じゃが使えるじゃろう」
「古いって、寛永通宝とかは使えないよ?」
「そこまで、古くはない! 日本銀行券じゃ。ねねは妾を何だと思っておるのじゃ」
「狐? の神様? で、常識が平成の人」
「疑問符が多い」
そんな会話をしながら、十代女子向けのアパレルショップに入る。買う予定はない。ウィンドウショッピングだ。
見るだけでも楽しいし、トレンドを知ることだってできる。スマホで見るのもいいけど、やっぱり実物を見たい。
「いいなー。これかわいい」
「ねねには、これが似合いそうじゃ」
「しーちゃんはこっちかな」
十代の少女らしい会話をしている。片方は神様(?)だし、口調は女子高生以前に現代人らしくないのだが。
服の次はアクセサリーを見て、雑貨店も冷やかす。あれもこれも欲しくなって困ってしまう。
そんなことをしていたら、お腹が減ってきた。そろそろ、お昼ごはんにしていい頃だ。もう一度フードコートに行って昼食にした。
「しーちゃん何食べたい?」
「こんなにお店があると、迷ってしまうのう」
散々迷った末、二人は有名チェーン店のハンバーガーセットにした。
「はんばーがーは美味しいのう。久しぶりじゃ」
「食べたことあるの?」
「うむ、前に遊びに出たときな」
最初に変身したのが、平成初期の女子高生だった。そのころにも、こうやって誰かと遊んだのだろうか。その誰かは、ねねの親世代だろうか。それなら……。
「しーちゃんの友達って、もうみんな大人?」
「じゃろうなあ。孫やひ孫もいるかもしれんな」
ねねの親世代、めちゃくちゃ早く結婚していれば孫がいるかもしれない。それでもギリギリだろう。
「平成で女子高生なら、ひ孫はいないでしょ」
「平成のときの友ならな」
「もっと前のひともいるの?」
「まあな、こーらも美味じゃなあ」
他の友達のことを聞いてみたかったけれど、なんだか話をそらされた気がした。
まあ、しーちゃんと遊ぶの楽しいからいいか。切り替えの早さは、ねねの長所かもしれない。
「ごちそうさまー! 次はどこ行こうか」
「三階にまだいっとらんぞ」
「そうだった。三階はね、本屋とー、百均とー」
昼食を終えたふたりは、再びウィンドウショッピングに戻る。本屋と百均なら、買い物もするかもしれないが。
エスカレーターで三階に上がると、ふたりは近くの百均に入る。
そこそこ大きめの、品揃えの良い店舗だ。
「相変わらず、いろんな品があるのう。これが全て百円とは」
「え? 100円じゃないのもあるよ」
ねねはそう言って、近くにあった300円や500円の品を手にとって見せる。
「……百円均一で百均じゃろ」
とても納得がいかなそうな顔をしている不知火。
「お母さんが同じこと言ってた。でも、他のお店より安いよ。ハズレもあるけど」
不知火はしばらく納得のいかなそうな顔をしていたが、様々な商品を見ているうちに機嫌が直ってきた。
そして、狐のマスコットキーホルダーを買っていた。
次は本屋に行った。本屋なら、平成からそんなに変わるような店ではないだろう。
ねねはそう思ったのだが、ちょこちょこ違うところがあったらしい。
「これが雑誌か? おまけの方が大きいではないか」
「まんがこーなーが、増えとる。ん? 中身は活字じゃな」
「……全体的に値が上がっておるな」
ねねにとっては当たり前のことに、不知火はいちいち驚いている。そんな光景を見るのは、新鮮だ。いまどき、お年寄りだってここまで驚かないだろう。あんな山の中の神社に、ひとりでいるからだろうか。
これで、ショッピングモールの中はほとんど見終わった。行っていない場所といえば、病院とか保険の見直しコーナーくらいだ。まだ帰るのは早い。フードコートとは別の場所にあるカフェでおしゃべりをした。
「あー、楽しかったのじゃ」
不知火は満足そうだ。最初っから、テンション上げすぎてダウンしたり、途中で文句も言ったりしていたけど。
「しーちゃんは、いつもはあの神社にいるの?」
「そうじゃ。そうそう出歩けんしの」
神様? が出歩けない理由なんて、わからない。ねねは、自分なりに考えて聞いてみた。
「口うるさいお母さんでもいるの? また抜け出してきて遊ぼうよ」
不知火は、一瞬、目を見開いたあと、楽しそうに笑った。
「そうじゃなあ。口うるさい母上ならそれで良いが……いろいろあるのじゃ、神様というやつは」
「んーと、つまり、また遊ぶの難しいってこと?」
「そういうことじゃ」
不知火は神様らしい。でも、今日いっしょに遊んだのはちょっと変わった友達だ。友達なら、また会いたいし、いっしょに遊びたい。
ふてくされた顔のねねの前に、不知火が何かを取り出した。
「友にぷれぜんとじゃ。百均の品じゃがの」
さっき買っていた、狐のマスコットキーホルダーだ。
「……なんかご利益ある?」
「たまに、らっきーが起こる。あと、これを持って近づけば妾にはわかる」
「じゃあもらう。どのくらい近くに行けばいいの?」
「あの山の中じゃな」
おばあちゃんの家の近くの山。行くのは難しくない。つい最近迷ったばかり。熊も出るとか。
「せめて麓まで! もう一声!」
「そう言われても無理なんじゃ。というか、もう一声ってなんじゃ」
そんなことを話している間に、夕暮れ時になった。
ねねは「友達とショッピングモールで遊んでくる。夕飯までには帰る」と、お母さんに言ってきた。約束を破ると、後が怖い。そろそろ時間である。
待ち合わせのときと同じく、フィッティングルームで解散だ。ムニャムニャと呪文を唱え、不知火は元の姿に戻る。
「今日は本当に、楽しかったぞ。感謝する」
「バイバイ。絶対また遊ぼうね!」
別れの挨拶をすると、例の煙っぽいものが出てきた。そして不知火はいなくなっていた。
一人になったねねは、家に向かいながら考えていた。不知火と普通に友達みたいに遊ぶ方法を。
学校の友達みたいに、毎日会えるわけじゃない。たまにでいいのだ。次に会うのが、ねねの子供が高校生なんてことにはしたくない。
さて、どうしたものか──。
二人が、夏休みのショッピングモールで遊んでから、どのくらいの時が経ったのだろうか。
「……思ったより早く来たな」
「もっちろん!」
「学校はどうしたのじゃ?」
学校なんて、当然──。
「休みだよ! シルバーウィークの!」
ねねがやってきたのは、最初に遊んでから約一ヶ月後だった。
「嬉しいが、学校の友はいいのか」
「学校帰りと土日に遊んでる」
「……神や神域について学んだねねと再会、というのを期待しておったのに」
「そういう方法もあるんだ! でもこっちのが早いよ」
と言うねねが選んだ方法は、また山の中で迷うことだった。
「怪我でもしたら、どうするんじゃ。最近は熊も出るというのに」
「これがあるから、大丈夫!」
不知火が、ねねにプレゼントした、狐のマスコットキーホルダーを取り出す。ご利益なのか、熊には会わず、不知火に会えた。
「まったく、仕方のないやつじゃのう」
そう言った不知火の顔は、なんだか嬉しそうだった。




