騎士の選択と、最後の実験室
地下から噴出した魔力の光は、ギネタールの夜空を切り裂く灯台のようだった。その光は、かつて騎士団が「存在しないもの」として隠蔽してきた数々の罪を、街中の人々の目の前に晒し出していた。
バラン家の私邸は、一瞬にして騒乱の渦に飲み込まれた。
「証拠を消せ! 門を閉めろ!」
幹部の怒号が飛ぶが、時すでに遅し。すでに街中の魔力計測器が異常値を示し、野次馬や、何より真実を求めて集まってきた市民たちが屋敷の周囲を包囲していた。
地下通路の入り口。ラミエラの前に、ガレウスが立ちはだかった。
彼の剣は抜かれているが、その切っ先はラミエラではなく、自分自身に向けられているかのように迷いに満ちていた。
「ラミエラ……なぜ、ここまでした。お前を危険に晒したくなかったから、俺たちは……」
「それは守ることじゃない、ただの逃避だよ、お兄ちゃん」
ラミエラは一歩も引かなかった。彼女の周囲では、何千という蟲たちが微かな羽音を立て、騎士たちの松明の火を次々と消していく。それはラミエラが作り出した、闇のカーテンだった。
「この地下に閉じ込められていた人たちの苦しみは、私たちの平穏なんかよりずっとずっと重い。……見て。あのお兄ちゃんたちの瞳は、もう騎士団の誇りなんて宿っていない」
ラミエラの言葉に従い、ガレウスが背後の地下室を振り返る。
培養槽の中でかすかに動く影。そこには、ただの「実験材料」として扱われた人々の、絶望と怒りが渦巻いていた。
そのとき、地下の奥底から、さらに禍々しい地響きが聞こえた。
レイヴンが商会の通信魔導器を通じて叫ぶ。
「ラミエラ、逃げろ! バランが狂った! 実験室の崩落装置を起動させたぞ! この地下を埋めて、証拠ごと全部隠滅するつもりだ!」
「なんですって!?」
「あぁ、それに……『それ』が目覚めるぞ。未完成の禁忌の魔導具が、暴走を始めたんだ!」
地下実験場の中央で、巨大な培養槽が砕け散った。そこから現れたのは、幾つもの魔力回路を無理やり繋ぎ合わされた、異形の「守護兵」だった。その核となっているのは、街の貴族たちの歪んだ欲望そのもの。
「行くぞ、ラミー!」
ガレウスが叫ぶ。彼は剣を構え直すと、ラミエラを守るように前に出た。
「騎士団としてではなく、一人の兄として……お前を守る! それと、この醜い実験を終わらせる!」
「……ええ、一緒に行くわ!」
ラミエラは、チョウチョさんたちに指示を出す。蟲たちは光の粒子となってガレウスの剣に宿り、彼の魔力を増幅させた。同時に、ルナの黒猫が影から飛び出し、暴走する守護兵の「核」へと繋がる回路を特定する。
「ここよ、ラミエラ! その光の先!」
ルナの指示が脳内に響く。
ラミエラとガレウスは、同時に駆け出した。騎士の剣術と、蟲使いの戦術。かつては相容れなかった二つの力が、この地下室で初めて重なり合う。
「終わらせるわ、この街の呪いを!」
ラミエラが放った一筋の魔力の糸が、守護兵の核を絡めとる。その瞬間、ガレウスの剣が火花を散らして核を砕いた。
地下室全体が激しく揺れ、崩落が始まる。
瓦礫の雨の中、ラミエラは意識を失いかける視界の中で、レイヴンが差し出した手、エリスが必死に詠唱する防御障壁、そしてルナの黒猫が窓際で導く光を見た。
小さな冒険者たちの絆が、街の闇を飲み込み、そして夜明けを迎えようとしていた。




