仮面の下の亀裂
街中に広がった「地下の噂」は、騎士団の詰所にも容赦なく浸透していた。
かつてラミエラに「帰れ」と告げた幼馴染の騎士・ガレウスは、詰所の廊下で部下たちが交わすヒソヒソ話を聞き、苛立ちを隠せずにいた。
「おい、その噂を誰から聞いた! 出所を叩き潰せ!」
ガレウスの怒号が響くが、部下たちの表情はどこか冷めている。市民からの視線も、かつての尊敬から、探るような猜疑心へと変わっていた。
その頃、ラミエラたちはレイヴンの商会の一室に集まっていた。ルナの黒猫が屋根の上から持ち帰る情報は、騎士団が焦っている様子を鮮明に伝えていた。
「騎士団内部にも混乱が生じているわ。噂を打ち消そうとする派閥と、真実を恐れて隠蔽を急ぐ派閥……。彼らは今、内部で分裂し始めている」
レイヴンが地図を広げ、駒を動かすように告げる。
「今夜、騎士団の幹部がバラン家の私邸で密会を行う。おそらく、地下の実験場を別の場所へ移送するつもりだ。証拠を消すための最終手段に出る」
「逃がしちゃダメ。今の私たちなら、その現場を公にできるわ」
ラミエラがそう言うと、エリスが即座に頷いた。
「魔導回路のハッキングは準備万端。彼らが移動させようとする魔導具を起動させれば、街中の魔力計測器が反応するように細工したわ。彼らが自分たちの手で『証拠』を街中にさらけ出すことになる」
作戦は決まった。
だが、ラミエラには一つだけ、心に引っかかっていることがあった。
「……ねえ、もしあの中に、あのお兄ちゃんたちがいたら? 私は、彼らを追い詰めることになるのよね」
ラミエラの呟きに、部屋が静まり返る。
ルナが傍らにいた黒猫を抱き上げ、静かに言った。
「……ラミエラは、間違ったことをしていない。守るべきものは、騎士団の制服じゃなくて、この街に生きる人たち……でしょ?」
その言葉に、ラミエラは深く息を吐き、覚悟を決めた。
深夜、街が静寂に包まれる中、四人はそれぞれの持ち場へ向かった。
レイヴンは商会の人脈を使ってバラン邸周辺の警備を撹乱し、エリスとルナは遠隔から魔力回路をジャックする。そしてラミエラは、蟲たちを操り、邸宅の地下へと続く隠し通路の入り口で待機していた。
やがて、松明の灯りを揺らしながら、騎士団の幹部たちとバラン家の当主が現れた。
その列の中に、ガレウスの姿があった。彼は苦渋に満ちた表情で、重たい培養槽を運ぶ騎士たちの最後尾を歩いている。
「チョウチョさん、今よ」
ラミエラが合図を送ると、彼女の周囲に待機していた数千の小さな蟲たちが、一斉にバラン邸の地下へと流れ込んだ。
「何だ、これは!? 蟲か!?」
騎士たちが悲鳴を上げる中、エリスの魔術が地下の魔導回路を逆流させる。培養槽が激しい光を放ち、地下の秘密が通気口を通じて、街中に溢れ出した。
その光の洪水の中で、ラミエラはガレウスと視線を合わせた。
幼い頃、優しく頭を撫でてくれたその手は、今、街を腐らせる「禁忌」の重みに耐えかねて震えている。
「……お兄ちゃん」
ラミエラは毅然と立ち上がった。彼女の肩には、チョウチョさんが静かに羽を休めている。
その姿は、もう騎士を必要とするか弱い令嬢ではなく、真実を見据える探偵のそれだった。
「もう隠せないよ。……すべて、終わらせるんだから」
地下から吹き上がる魔力の光が、ギネタールの夜空を白く染め上げていた。




