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情報の毒、正義の薬

エリスの研究所は、重苦しい沈黙に包まれていた。

モニターに映し出された地下実験場の映像は、あまりにも残酷だった。街から「行方不明」として処理された人々が、騎士団の紋章が刻まれた培養槽の中で、異形の魔導具の核として利用されていたのだ。


「……信じられない。あの人たちが、どうして」


ラミエラの震える声を、レイヴンが鋭い視線で遮った。彼はいつもの柔和な仮面をかなぐり捨て、冷徹な支配者の顔を覗かせていた。


「驚くことはない。これがこの国の、ひいては騎士団の『体面』を保つための代償さ。彼らにとって、数人の命は街の平穏を維持するための帳尻合わせに過ぎないんだ」


レイヴンは立ち上がり、窓の外の夜景を見つめる。

「さあ、ラミエラ。証拠は揃った。これを明日、騎士団長に突きつけるか? それとも、街の広場でバラ撒くか? 選択肢は君にある」


ラミエラは考えた。騎士団長に突きつければ、彼らはその権力で証拠を揉み消し、自分たちを「騎士団を脅かす反逆者」として捕らえるだろう。かといって、ただ広場でバラ撒くだけでは、市民はパニックを起こし、騎士団によって情報は「狂人のデマ」として処理されるのがオチだ。


「……どちらもダメ。これでは、彼らの思う壺よ」


ラミエラはチョウチョさんを見つめた。蝶は静かに翅を動かし、まるで彼女の考えに同意するように触角を揺らした。


「私たちは、騎士団と戦うために戦うわけじゃない。……街の人たちを、これ以上犠牲にしないために戦うの」


ラミエラは決意を込めて言った。

「レイヴン、この証拠を『街中の情報屋』に配るの。でも、一度にじゃない。少しずつ、毒のように広めるのよ。まずは、最近騎士団の不審な動きを噂している小さな新聞社や、街の広場で演説をする詩人たちへ」


「なるほど。情報の『小出し』か」


レイヴンは口元に不敵な笑みを浮かべた。

「騎士団が全容を把握する前に、街全体が『騎士団は何かを隠している』という疑念で満たされるわけだ。逃げ場をなくした騎士団は、自らの潔白を証明するために、自ら調査を始めざるを得なくなる……」


「ええ。そのとき、私たちが持っている『決定的な証拠』が、彼らの逃げ道を塞ぐのよ」


エリスも眼鏡のブリッジを押し上げ、ニヤリと笑う。

「そういうこと! 魔導的な解析結果も、市民でもわかるように翻訳して流してあげる。騎士団がどんなに力で押さえつけても、広がる『好奇心』という名の火は消せないわ」


ルナもまた、使い魔の黒猫を通じて小さく頷いた。

「……ルナも協力する。街中の屋根の上から、人々の反応を監視するわ。騎士団がどこで動き出すか、常に見ておく」


小さな研究所で始まったのは、武力ではない、情報の「静かな反乱」だった。

翌朝、ギネタールの街に流れたのは、小さな噂だった。

「騎士団の地下に、恐ろしい秘密があるらしい」

「行方不明になった兄さんは、騎士団に連れて行かれたんじゃないか?」


それは、かつて騎士団を崇拝していた市民たちの心に、少しずつ疑念の毒を染み込ませていく。


ラミエラは街の広場に立ち、チョウチョさんを指先に止めた。

彼女たちの戦いは、ここから始まる。騎士団の詰所で、かつて自分を撫でてくれた兄のような騎士が、焦燥した面持ちで走り回る姿を想像しながら、ラミエラは力強く一歩を踏み出した。


「さあ、準備はいい? 街を浄化するための、長い長い一日が始まるわ」


F級の蟲使いが仕掛けた「情報の嵐」が、ギネタールという巨大な迷宮を揺らし始めていた。

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