レンズ越しの真実
商業区画の喧騒を離れ、ラミエラが向かったのは、街の端に建つ古い時計塔。その最上階が、幼馴染である天才学者エリスの研究所だ。
扉を叩くと、中から「今、最高に面白いところなんだから!」と早口な叫び声が聞こえた。中に入ると、書物と魔導実験の機材が迷路のように積み上がっており、その中心でエリスが大きな眼鏡をずり上げながら、顕微鏡を覗き込んでいた。
「エリス、ちょっと調べてほしいものがあるの」
ラミエラは、例のカフスボタンと、そこから蟲たちが採取した微量の『魔力の残り香』を小瓶に入れて差し出した。エリスはそれを受け取ると、一瞬で瞳を輝かせ、表情を好奇心一色に染め上げた。
「……ッ! なにこれ、すごい。この魔力の波長、グルミダン国の正規の魔術回路とは決定的に違うわ。どこで拾ったの?」
「バラン家の私邸よ。禁忌の魔導具実験が行われている可能性があるの」
「バラン家……!」
エリスは唇を噛み締め、手際よく機材を操作し始めた。彼女にとって、騎士団の政治的思惑や貴族の権力争いなどどうでもいい。ただ「未知の現象を解明したい」という純粋な探究心が、彼女を突き動かすエンジンだった。
実験台の上で、小瓶の中の魔力がエリスの手によって精密に分析されていく。彼女が愛用する特殊なレンズ越しに見ると、カフスボタンに付着していた黒い塵が、幾何学的な紋様を浮かび上がらせた。
「ラミエラ、これを見て。この結晶構造……単なる魔鉱石じゃないわ。意志を持つ魔力、いわゆる『呪詛』が定着している。これは古代の魔導具よ。正規の流通ルートには絶対に流れないシロモノだわ」
「やっぱり……。騎士団が黙殺しようとする理由も、そこにあるのね」
「そうね。これを扱える貴族なんて限られているし、もしこれが公になれば、街のバランスは崩壊する。お兄ちゃんたちが『帰れ』って言ったのは、単に過保護だからだけじゃなくて……関わったら命に関わるからよ」
エリスは眼鏡を掛け直し、いたずらっぽく笑った。
「でも、解明しちゃった以上、私はもう後戻りできないわ。この呪詛の発生源を突き止めるには、魔力回路の逆探知が必要よ。ラミエラの蟲たちと、ルナの使い魔に、私の魔導観測網をリンクさせて」
エリスが複雑な魔方陣を描くと、研究所全体が淡い光に包まれた。ラミエラの肩で羽を休めていたチョウチョさんが、エリスの魔力に反応して青白く発光する。
「私たちのチームなら、絶対に暴ける。……ねえ、ラミエラ。この事件、最後まで付き合ってあげる。その代わり、この魔導具の真の構造を、私に全部見せてよね」
ラミエラは頷き、かつてない高揚感を覚えた。
ただの「猫探し」の依頼から始まった旅は、今や街の根幹を揺るがす真実の探求へと姿を変えていた。
「ありがとう、エリス。……さあ、次の手は?」
「決まってるわ。バラン家がこの魔鉱石を地下のどこへ運んでいるか、ルナの猫と一緒に追跡するのよ」
少女たちの小さな、しかし確実な反撃が、静かに幕を開けようとしていた。




