夢の雑談
嘘か真かの雑談。
今回はどちらでしょうね?
仕事が暇になる時間。それはあの人物がやってくるかもしれない期待感が増す瞬間。といっても確実に来るわけではない。あくまでも私が期待しているだけ。
「やってきたのはいいけど、凄く眠そうね」
「寝不足なので。注文はいつもので。珈琲は濃い目でお願いします」
「承ったわ」
すでに店員としての言葉遣いすら止めている私にやっぱりというか突っ込んですらこないわね。しかし、何で寝不足になっているんだろう。理由は色々とありそうだけど、この人のことだからね。
「何で睡眠不足になっているの?」
「夢見が悪いのです。最近は碌な夢を見ていません」
そういう理由か。基本的に悪夢だろうけど、その内容がちょっとだけ気になる。だってこの人が見るような夢だと普通と違うかもしれないじゃない。勝手な期待だけどさ。
「基本的にどんな夢を見るの?」
「大体は自分が死ぬ夢ですね。もう夢の中で何回死んだのか分かりません」
そんなに見ているんだ。何か自分が死ぬ夢って悪い意味合いが強い気がするんだけど。ネットに書かれている内容だと、いい意味合いの場合もあるね。
「ネットで調べてみたけど、環境の変化が望めるとか現状が解決されるとかあるけど」
「そんなもの当てになりません。環境に振り回されて、新たな問題に直面したりと色々と大変ですよ」
なるほど。そうなると確かに当てにはならないわね。それならどうしてそんな夢ばかりを見ているのだろう。精神的な理由が主な原因だと思うけど。
「最悪なので夢で死に、起きてまた死んで、更に死んでやっと本当に目が覚めた時がありましたね」
「何、その最悪な三段落ち」
「三回目の時は流石に夢であることに気づきましたけどね。あとは気合で目を覚ましました」
相変わらず訳の分からないことを言い出す。気合で目を覚ますとかそんなことを聞いたことないわ。むしろ夢の中で、これが夢であるなんて気づくのも滅多にはないことだと思う。それを平然と言っているあたり、それが初めてではのだろう。
「この間なんて入浴中に居眠りして、夢の中で溺死しました。目を覚ました時は流石に焦りましたね」
「むしろ入浴中に寝るなと言いたいわね」
「無理です」
せめてそこは努力するとかの言葉が出てこないのだろうか。お風呂で絶対に寝ないといけない理由でもあるのかな。それこそ現実で溺死する可能性の方が高いと思うのだけど。
「夢ね。私は基本的に見たとしても覚えていないことが殆どだわ」
「インパクト次第では覚えていますね。幽霊に襲われて目を覚まして、そうしたら目の前に幽霊がいて、そこでやっと目を覚ましましたけど。あれは心臓に悪かったですね」
「何でそんな悲惨な夢ばかり見ているのよ」
「私が聞きたいくらいです」
本人の意思とは関係ないだろうからね。見たい夢を見れるなんてそれこそ滅多に起こりえないことだろう。私ならどんな夢を見てみたいかな。
「あとは見た夢に感情移入しすぎて号泣して、本気で死ぬことを考えたこともありました」
「重症ね」
「あれはストーリー性と第三者視点だったのが致命的にやられました。あれだけ救いのないストーリーも夢がありません」
「夢だったのよね?」
夢を見ていたのに、夢がないというのは盛大に矛盾していると思う。現実的な夢というのも結構ありきたりだと思うのだけど。それにそれこそこの人にとってネタにはならないのだろうか。
「それを書いてみたらいいんじゃない?」
「無理です。圧倒的に文才が足りません」
この人が趣味で小説みたいなものを書いているのは知っている。よくノートPCを持ってきて作業しているから。でも一体どんなものを作成しているかは教えてくれないのよね。理由は恥ずかしいから。今更だと思うのだけど。
「私だって自分の実力くらい知っています。あれを書くのは無理だと思っています」
「一応聞いておくけど、それは何年前の夢なの?」
「もう十年以上前でしょうか。インパクトが強すぎて今でも覚えていますね」
どれだけ感情移入したのかが分かるわね。普通、夢の内容なんて一時間程度で忘れるというのに。でもそれだけのものとなると内容が気になるわね。本人が表現できないとなっても。
「どんな内容なの?」
「暗殺者の一生といったものでしょうか。中身の説明は省きます。それなりに長いですから」
だから何でそんな夢を見るのよ。精神的な影響が夢に出てくるとは思うけど、暗殺者が出てくるような精神状態とは一体どんなものなの。相変わらず、中身がよく分からない人よね。
「そういえば最初から夢だと分かった夢もありましたね。内容は忘れましたが、好き勝手やっていたような気がします」
「何か色々と規格外な発言だと思うわよ」
何で夢の最初から自覚できるのよ。普通ならありえない現象でやっと夢かもしれないと気付く程度でしょうが。しかも夢の中で好きに動くとか。だったらどうやって目覚めたのか疑問に思うのだけど。
「起きるのは簡単ですよ。気合です」
「またか!?」
気合で何でも解決しすぎでしょう。恐らくだけどこの人の場合、大概のことに慣れ過ぎて精神的にマヒしているのだと思う。痛みに強いのも経験しすぎていると本人も言っていたから。
「内容が支離滅裂な夢もありますが、それよりも死亡している夢の方が多いですね」
「どれだけ追い詰められているのよ?」
「今はそうでもないですけどね。以前の職ですと毎日限界まで追い詰められていましたから」
軽く前職について話を聞いたことがある。ハッキリ言おう。私ならそんなブラック企業に勤めたくはない。しかも割と大手企業なだけに、会社だけで判断するのは危険だと思ったわね。現実に夢なんてないのよ。
「金縛りだったのか、単に過労だったのかは分かりませんが身体が動かなかったこともありました」
「絶対に過労よ。あれでしょう、一日朝食のみ。平均勤務時間十六時間とか馬鹿みたいな状況だった時でしょう?」
「それですね。毎日が悪夢でした」
寝ても悪夢で、起きても悪夢。そりゃ精神的に追い詰められていくわよ。一日一食のみだから体調だって壊す。聞けば休憩時間すらなかったらしい。むしろ過労死一歩手前の状況だったのではないのかな。
「今ですと悪夢を見る回数自体は減っていますね。小説のネタになりそうなものも見ますから」
「それは良かったわね。でもこれだけ悪夢の話しているのに、全く悲壮感を感じないのは何でだろうね?」
「単に私だからでしょう。大抵のことは流していますから。私が辛そうに見えますか?」
「見えないわね。眠そうではあるけど」
それ以外に変化が見られないのよ。私と馬鹿な話をする時もあるけど、現状に不満を持っているようには見えない。この人が辛い状況というのは、それこそかなり追い詰められているときじゃないかな。
「人生山あり谷ありね」
「崖下から這い上がっている途中だと思っています」
ネガティブ思考の癖に、それが表情に現れないのは何でなのよ。平然というから冗談なのかの判断がつかないのよ。それはいつものことだけど。だらか基本的にスルーしている。一々反応していたらこっちが疲れるわ。
「夢かぁ。そういえば子供の頃は将来の夢とかなかったの?」
「漠然としたものしか持っていなかったと思います。記憶に残っていないですから、強いものはなかったのでしょう」
夢は持っていなかったと。一つくらいは出てきても不思議じゃないのに。その割にはインパクト強い悪夢は見るのね。
「今は?」
「作家というものには興味がありますが、それこそ夢のような話だと思っています。私の実力ですと通用するとは思っていませんから」
「本当に夢がないわね。趣味が仕事になれば、それこそ楽しいと思うのに」
「やってみれば分かります。地獄を見ますよ」
何か経験したみたいに言うわね。小説関連なのかは分からないけど、趣味で何かしらあったのだろうか。他のことについてはそこまで聞いていないから分からないわね。
「一回だけ依頼がきましたが、丁重にお断りしました」
「何で?」
「官能恋愛小説紛いのものなんて書けません!」
今までで一番声に力が入っているわね。多分だけど、この人にとってそこは譲れない一線だからだろう。しかし官能小説ね。もし書いていたらそっちの道に進んでいたのかな。
「途中まで真面目に考えて構想を練ってみましたが、中盤で恋人を殺して物語を崩壊させました。あんなことは初めてです」
「あはは」
乾いた笑いしか出てこないわ。嫌だという割には真面目に考えてみたのね。そこら辺はやっぱり性格なのだろう。多分、原稿なんかに書いていたら盛大に破っていたのだろう。
「まだ雑誌に取り上げられた時の方がマシですよ」
「載ったことあるの?」
「随分前のことですが。載った雑誌が送られてきましたが今ですと何処にあるのかすら覚えていません」
意外なこともあるものね。前ということはここ数年のことではないだろう。むしろそんな以前から書いていたのかな。結構な年数を書いているみたいだけど、どこかに掲載していたのかな。
「評価というか紹介文を見て笑いましたね。確かにその通りだと」
「何て書かれていたの?」
「登場人物が死に過ぎと。最終的に残ったの数人だったでしょうか。ありふれたファンタジーでしたけど」
何でありふれたものでそこまで人が死ぬのだろう。やっぱり本人が見ている悪夢が関係しているのだろうか。それを考えると自殺願望でも持っていそうだけど。それはないか。
「基本的に私は夢を見ないことにしています。将来についても、宝くじとかも。現状が良ければ全て良いのです」
「夢がないわね」
人の考え方なんて、それこそ人それぞれか。私も人のことは言えないけど。バイトはしているけど、将来こういった職に就きたいという明確なものは持っていないから。
「何で悪夢の話をしていて現実の方になったのでしょう?」
「雑談だから仕方ないわよ」
雑談なんてその時の気分でどんどん話の流れは変わっていくのだから。私とお客さんの会話だって基本的にそんなもの。前の流れなんて一切無視して他の方面に流れるのなんて珍しくもない。
「それではそろそろ帰って寝ます」
「おやすみー」
そういえば寝不足だったのよね。話し込んでいてすっかり忘れていたわ。今度は悪夢を見ないことを祈ってあげましょう。
真面目に体調壊していました。
初めて上司から帰れ、そして頼むから休んでくれと言われました。
相当顔色が悪かったんでしょうね。
現在は元気に忙殺されています。