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第九話「金色の皇太子と漆黒の公爵」



「デュラン・レックス・ヴァンタール…!皇太子、殿下…」


「やぁ、久方ぶりだね、アレクシス。挨拶が遅れてしまってすまない、少し立て込んでいたものでね」


「貴様っ!久しぶりに顔を見せたと思ったら、何をふざけた事を言っている!帝国の皇族が、王国の事情に首を突っ込む気か!?」


「いやぁ、だって可哀そうだろう…身を粉にしてこの王国に従事してきた彼女の最期が、石を投げられ首を晒されるなんて。あまりにも悲劇的だとは思わないか?」



 まるで演劇の主演のように、身振り手振りを使ってこの場の会場の皆へと語り掛ける金髪(ブロンド)の青年。


 その髪は光に照らされ、まるで金色(こんじき)の宝石のようにきらきらと輝いていた。黄金比のように配置された顔のパーツはどれも彫刻で作られているかのように整っていて、まだ皇太子の立場だというのに既に神々しさを感じさせる。


 誰何(すいか)などするまでもなく、その身から溢れ出る気品と威厳が、彼が本物であると証明している。


 この目の前に現れたのは、間違いなく隣国の超大国、ヴァンタール帝国の次期皇帝・デュラン・レックス・ヴァンタールその人だ。


(ヴァンタール帝国、その次期皇帝が、この王国に何の用かしら…)


 まだ先ほどの衝撃から逃れ切れていない私は、ぼんやりとした頭で目の前の光景をただ眺めていた。


 私に手を伸ばそうとしていた兵士達もこの予想外の展開に手を止め、固唾を呑んで見守っている。


 いや、この場にいる人間全員が、突如現れたデュラン皇太子殿下に釘付けになり、一挙手一投足まで見逃すまいと手に汗を握っている。



「て、帝国の…皇太子殿下だとっ…」


「国葬にも顔を出さなかった帝国の人間が、何故今になって…」


「待て、滅多な事を口にするな。相手はあの帝国だぞ。奴らにとって我々など吹けば飛ぶような存在だ…」



 隣国に接するヴァンタール帝国とベスチア王国は、長い期間休戦の状態にある。


 しかし圧倒的な国力と軍事力のあるヴァンタール帝国からすると、昔の戦争で劣勢に立たされていたベスチア王国われわれなどと休戦協定を結んだところでほとんどメリットはなかった。


 どうやら当時、西側の属国との紛争に集中するために、(なか)ば仕方なく結んだものが現在まで漫然と続いているだけのものらしい。


 つまりこの協定は、婚姻などの繋がりやギブアンドテイクの関係によって強固に維持しているものではなく、いつ破棄されても不思議ではない希薄なものだという事は誰もが理解している。


 つまり両国間の実情は、なんとも微妙な関係性なのである。


 それ故にこの場に集まっている王国の中枢に近い貴族達からすると、突如現れた帝国の皇太子など警戒せざるを得ない、いつ爆発するかわからない爆弾のようなものだ。


 しかし会場中から集まる針を刺すような視線を気にも留めず、デュラン皇太子殿下はそのまま意気揚々と言葉を続けた。



「もう一度言おう。君たちは本当にそれでいいのかと聞いている。君たちを貴族たらしめているのはそれぞれの領地に住む民草だろう。

 その民草を救ったのは誰なんだ?君たちが深刻なる魔獣被害から目を背け続けている時に、奔走していたのは誰かと聞いている。

 それともまともな感性を持った人間は、この場に一人もいないのかな?」



 それは、まるで私を擁護するような言葉だった。


 一体なぜ彼が私を助けるような言葉を放っているのかは分からない。でも、その言葉にわずか数人の貴族だけが目線を下に落としたのが見えた。


 私は彼らを知っている。魔獣の巣くう森に隣接しており、特に魔獣被害が酷かった領地の貴族だ。

 何も言わず唇を噛みしめながら、わなわなと拳を握りしめ、ぎゅっと目を瞑る。


 何重もの逡巡。やがてその数人の貴族は意を決したかのように―――ばっと顔をあげて叫んだ。 



「アレクシス王太子殿下!恐れながら申し上げます、彼女は確かに聖女としての力を失ったのかもしれません、ですが…!ですが我が領土を必死に護ろうと、命を削って奮闘してくれていたのです!どうかご慈悲をっ…!」


「わ、私からも、お願いしますっ…!我々のような魔獣の巣くう森に隣接した領地の人間からすると、本当に聖女様の存在は救いだったのです…!だから、どうか極刑だけはお考え直しください…!どうか寛大な措置を…!」



 なんとその数人の貴族たちは、王太子殿下に処される可能性もあるというのに、この(おおやけ)の場で直接殿下に諫言してみせたのだ。


 私はその言葉の節々をゆっくりと咀嚼し、ほんの少しだけ胸が軽くなる。


 醜聞や噂話などに惑わされず、これまでの私の(おこな)いを、しっかりと見てくれていた人間も存在したんだ。その事実が、これまで必死にやってきたことは無駄ではなかったと証明してくれる。

 

 しかしこのプライドが青天井の王太子殿下が、こんな面前で堂々と反論される―――そんな現状を許すわけがない。



「っ…!黙れっ!私はこのベスチア王国の王太子だぞっ!この私に指図するなっ!いいかっ!このヴァレンティ―ナの処刑は、決定事項だっ!この俺の言葉に二言はないっ!」



 そう一喝されると、先ほどまで覚悟を決め拳を握りしめていた貴族達も、首(こうべ)を垂れて一歩下がってしまう。


 例えそれがどれだけ正しい言葉だろうと、王族に上からモノを言われてしまえば、誰であろうと口を噤んでしまうのがこの国に産まれ堕ちた者の道理なのだ。


 

「だそうだよ、どうする?クロノ」


「俺に話を振るな」



 その様子をやれやれと言った様子で眺めていた皇太子殿下は、隣にいた更に背丈の大きい黒髪の青年に問いかける。


 どうやらその青年も皇太子殿下と共にこの会場へ赴いていたようで、心底面倒そうに紫紺の瞳を細め、口を堅く結びながらこの状況を静観していた。


 すると、その『クロノ』という名前を聞いた貴族達は更にざわめきだしてしまう。どうやら皇太子殿下の陰に佇んでいたその青年も、噂に名高い帝国の人間らしい。



「ク、クロノ…?」


「まさか、かの帝国の四竜公爵の一角、シュバルツ家の当主か…!?」


「鬼人と恐れられる彼が、なぜここに…!?」



 帝国の『黒竜公爵』―――その名前だけは耳にした事がある。


 聖女として魔獣の事を習った際に、どうやら帝国の北部には大陸一の魔獣発生地帯が隣接していて、その魔獣地帯を一身に担っている公爵家があると―――。


 そんな頭の中の記憶を辿っていた私をよそに、デュラン皇太子殿下とクロノ公爵閣下は絶妙な距離感で言葉を交わしている。


 なんというか友というには遠すぎるが、近くにいる事は許しているような、微妙な間だ。 

 


「いやぁ、似たような立場にある君になら、彼女の気持ちが分かってあげられるんじゃないか?」


「お前がそれを言える立場か?全く、相変わらずデリカシーのない奴だ」



 皇太子殿下でもあるデュラン殿下に対し、そのクロノ公爵は全く遠慮している節がない。それどころか、皇族に対して普通では考えられないような不躾な口調で言葉を交わしているのだ。


 不機嫌さを隠そうともせずにそう言って吐き捨てると、クロノ公爵は何故か私の方へとカツカツと歩みを進めた。


(え…この人、近くで見ると、すごい迫力…。まるで殺気を全身にまとってるみたい…)


 その佇まいは頭のてっぺんからつま先まで一分の隙もなく、圧倒的な覇気を纏いながらこちらへと向かって来た。


 仮にも他国の王宮であるというのにも関わらず、そのあまりにも堂々とした振る舞いに、私を取り囲んでいた兵士たちは無意識的に慄いて後ろへ下がってしまう。


 そして自分でも気が付かぬうちにいつの間にか膝をついてしまっていた私の前で―――ぴたりと止まる。

 


「おい、立てるか…?」


「え、ええ…ありがとう、ございます…」



 どういう訳か、私にそっと手を差し伸べてきた。


 私は言われるがままにその手を取りながら、ゆっくりと立ち上がる。

  

(えっと、どういうつもりかしら…?)


 その掌は剣ダコが何度も潰され、ごつごつとして固いものだったが、それに反して私の手を引く所作は優しく、ふらつく背中をさりげなく支えてくれた。


 頭には疑問符が大量に浮かぶ私を差し置いて、クロノ公爵はこの会場中を見渡し、ゆっくりと彼らに言い聞かせるように語り始める。



「俺はこの国の詳しい事情など知らん。だが、魔獣がどれだけ恐ろしいのかは身をもって知っている。それをこの女は一人で抑えていたんだ。それこそ神の御業といっても差し支えない」



 その声色は低く、声を張り上げているわけでもない。


 ただ平然と、淡々と、言葉を紡いでいる。


 それなのに、その声は私を含めこの会場の全員が固唾を呑んでしまうほどの語気があり、一つ一つの言葉に底知れぬ含蓄を感じさせる。


 先ほどまでざわめいていた貴族達も口を結び、否が応でも彼の言葉に耳を向けてしまっているようだ。



「この女のおかげで貴様らは安寧を享受してきた。それは事実だ。故に情状酌量の余地くらいはあるだろう。

 実際、彼女を斬首刑にまで処せば、必ず疑問を持つ国民は少なからず現れてしまうのは想像に難くない。それとも、この国の次期王太子はその程度の想像力も欠如しているのか?」



 瞬間、会場の熱が一気に冷める。


 まるで吹雪が吹いたようにぴしりと凍り付き、ごくりと喉を鳴らす音と、衣擦れの音だけがこのだだっ広い大広間に響いた。


 挑発的な言葉。先ほどの貴族達の諫言とは全く違う。この国のど真ん中で、この国の次期国王に対して真っ向から侮辱するような言葉を言い放つクロノ公爵。


 この国でそんな愚かな行為をするのは、まさに死に等しい。それにも関わらずこの黒髪の青年は、さも当たり前のように、一切の表情を崩さず口にしてしまった。


 私はそれを見て、不思議な事に少し憧れのような感情を抱いてしまった。


 これだけ毅然とした態度で、はっきりとモノを言えた事などなかったから。


 胸の中で殺した言葉の数々を、こうして吐き出してしまったら何かが変わったのだろうか。


 そんな事、今更になって考えたところで、栓のない事だというのに。


 そして数秒の間、あまりの信じられない言葉に唖然としていたアレクシス王太子殿下は、やがてその意味をゆっくりと理解し、顔を真っ赤にしてきっと眉を吊り上げる。

 


「貴様っ!誰に向かってモノを言っているっ!」


「お前だ、アレクシス王太子殿下」


「なっ…」



 ぴしゃり、と即答するように睨み返すクロノ公爵。それと同時に、彼の全身から殺気ともいえる剣呑な雰囲気が針を刺すように飛んでくる。


 圧倒的な強者の覇気。それを受け、まるで蛇に睨まれた蛙のように反射的に身がすくんでしまう。それはおそらく、私以外の全員も同じ感覚に陥っているだろう。


 現に先ほどまであれほど頭に血が上っていたアレクシス殿下でさえ、さっと顔を青白くして悔しそうにに何かを言い淀んでいる。


 そんな彼らを見て、『頃合いか』と頷いたデュラン皇太子殿下は、ゆっくりと歩きクロノ公爵の隣に並んだ。



「誰に向かってモノを言っている、か。その言葉、そのまま返そう。先ほどから侘しい小国の君ら如きが、誰に向かってそんな暴言を発しているのか、理解したまえ」


「っ…!!く、くそっ…!飛んで入ってきた分際でっ…!」


「ははっ、残念ながらそれが弱肉強食という名の(ことわり)だよ、アレクシス」



 彼らは超大国でもある帝国の皇太子殿下と、その真下に位置する公爵閣下だ。これほど自分勝手に振る舞ったとしても、我々は何かを申し立てる事など出来ない。


 これが絶対に埋まらない国力の差。


 王国の貴族が集まる完全な敵地であるにも関わらず、彼らの横暴に誰も文句ひとつ言うことは出来ない。 


 ここまで完全に場を掌握した二人に対し、口を挟むものはもはやただの愚か者だけだろう。

 

 そしてそんな()()()が、空気も読まずに口を開いた。



「待ってくださいまし、皇太子殿下、黒竜公爵閣下…!そうなりますと、姉は無罪放免といことですかっ!?心苦しいですが…同じ聖女として、民を危険に陥れた姉を、許す事なんてできませんっ!」



(はぁ…そんなに私を殺したいの…?仮にも家族でしょ…?)


 異を唱えたのは、まさかの私の妹だった。


 どうやら彼女にとって、私は本当に邪魔な存在らしい。


 ここまでくるともはやショックも悲しみもないのだが、(おおやけ)の場で身内の恥を晒しているようで、いたたまれない気持ちに襲われてしまう。

 


「ははっ、その様子だと随分()()が進んでるようだね…マチルダ。

 まぁいいや、実際に結界に綻びが生まれ、民に犠牲が出たの事実。それを甘んじて受け入れるつもりはあるんだろう?ヴァレンティ―ナ・ロマーノ」


「は、はい…」



 急に話を振られて私ははっとしてしまい、少しどもってしまう。


 もちろん、皇太子殿下の言う通り、結界の綻びが生まれた原因が分からない以上、これは私の責任だ。


 聖女という立場として、その罪から逃げるつもりも隠れるつもりもない。



「では、僭越ながら私から提案させてもらおう。もちろんこれは私の独断ではない。我が父上でもあるヴァンタール帝国15代皇帝・ジルド・ヴァンタールからの言葉だと思ってくれたまえ」



 皇帝―――その言葉を聞いたとき、我々王国側の人間は全員一斉に固唾を呑んだ。


 我々は今までこの変わり者の皇太子殿下は何らかの目的があり、皇太子としてこの会場に足を運んだのだと誤解していた。


 しかしどうやら今の彼は、明確に皇帝の名代(みょうだい)としてこの場に現れたらしい。


 それを開示した瞬間から彼の紡ぐ言葉の重さはこれまでの比ではない、国を左右するほどの大きなものとなる。



「俺をダシにして、このタイミングでそれを開示するのか。相変わらずいい性格をしているな、お前は」


「君が僕を褒めてくれるなんて、珍しい事もあるものだね」


「褒めてなどいない」



 またもや絶妙な距離感で軽口を交わす皇太子殿下と公爵閣下。皮肉を言いながらもお互い背中を預けあうように佇んでいるので、仲がいいのか悪いのかもよく分からない。


 再び我々へと視線を戻すと、先ほどよりも少し威厳の籠ったような低い声で、会場全員へ語りかけるように口を開く。



「我々帝国と王国は現状何とも言い難い微妙な関係である。先の戦争で休戦協定を結び、それが恒常的に続いている状態だ。だがこの数十年、その国境での(いさか)いは頻発し、王国が虎視眈々と攻め込む好機を伺っているという情報が入ったのだが、それは本当かな?」



 この皇太子の警告ともいえる問いに、心臓が飛び出そうになった人間は少なくないだろう。


 実際に王国軍部は先の戦争で取られた領土を取り戻す事が長年の悲願である。彼らからするとその指摘はまさに図星だろうし、その内情を知っている貴族の人間も大勢いる。


 そんな風に手をこまねいている中、我々の次期国王が堂々とそれに応える。



「ふん、先の戦争でも貴様らから仕掛けてきたのだろう?それに隣接している部分はいくつか貴様らに奪われている。それを取り返そうと思って何が悪い」


「はは、まぁ国境沿いの小競り合いなんてどこの国でもある事だからいいんだけど―――これから帝国は重大な事態に向き合う必要があるんだ。だからしばらく君たちとは仲良くしたいんだよ」



 共にブロンドの髪を持つ次代の王が、真っ向から言葉を交わす。


 その様子はまさに一触即発で、私達王国は立場も力も圧倒的に劣っているというのに、一歩も引かず言いたい放題に胸の内を晒すアレクシス殿下。


 胆力(たんりょく)があるといえば聞こえはいいのだが、それはただのプライドからくる無神経さのようにも感じてしまい、我々王国陣営は目の前の様相に肝を冷やしている。



「デュランよ、先ほどから偉そうにペラペラと(のたま)っているが、結局のところ何が言いたいのだ」


「あれ?分からない?つまり我々帝国と、正式に同盟を組んでもらいたいってこと」


「なっ!ふざけるなっ!先の戦争でも、貴様らの都合を押し付けてきよって!我々は貴様らの属国でも何でもないんだぞ!そんな書面だけの同盟を結んだところで、なんの意味もないわ!」


 

 



「では、婚約によって同盟を結ぼうか」


「は?」





「この黒竜公爵家当主・クロノ・アレクサンドラ・シュバルツと、王国の聖女・ヴァレンティ―ナ・ロマーノでね」



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