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第十話「不束者ですが」



 私の止まった脳みそを悠々と追い抜いていくように、疾風のように状況が進んでいく。


 そのせいで、言葉の意味を理解するのにひどく時間がかかってしまう。


(私が、結婚…?この、クロノ公爵、と…?)


 帝国だけではない、大陸全土にも名が轟く、ヴァンタールを支える四竜公爵、その一角。


 その主と、私が…同盟のために…?


 殿下以外の全員が呆然とし、重たい静けさがこの会場の中を包んでいる中、一番初めにその沈黙を破ったのは―――クロノ公爵だった。


 突然何を思ったのかこの(おおやけ)の場で、急にデュラン殿下の胸倉を掴み凄まじい剣幕で言い寄る。



「ふざけるな貴様!婚約だと…?私の家の事を知った上で言っているのか!」


「もちろんだとも、友よ。だが、こんな場所で喧嘩はよくない。話は後でしよう」


「ちっ」



 相当この婚約に納得がいかなかったのか。



「貴様っ、なんだそれは!そんな事が罷り通ると思っているのか!?この女は処刑すると俺が宣言しただろう!横からかっさらうような真似は許さん!」


「あのね、そもそも君にそんな権利はないんだ。それに今の私は皇帝の名代。つまり王太子である君ではなく、奥の寝床で戯女と遊んでいるであろう国王陛下に確認してくれたまえ」


「きっといい返事が貰えると思うよ。というか、元々その旨をベスチア国王と既に話し合って承認も貰っている。つまり君は―――既に決まっているとは知らずに散々喚き散らした、ただの道化なんだよ」


「な、なんだとっ…!父上はそんな事、私には…」



 言い淀むアレクシス殿下。その顔には、明確な焦りが浮かんでいた。


「わかっているのかっ?その聖女は罪を犯し、挙句の果てに今では聖魔法も不備だらけの使えぬ女だ!そんなものを貰って貴様らに得があるのかっ?一体帝国は何を企んでいるっ!」


「いや、君も言っていた通り、元々彼女は処刑するつもりだったんだろう?ではそれよりも、こうして互いの政治の道具として使えるように提案してるんじゃないか。何が不満なんだい?」


全てを見透かすような目で


「くそっ、私とマチルダの計画が―――っ」



「な、失墜の聖女が、黒竜公爵家と…?」


「そんな事、認めてもいいのか!散々苦汁を舐めさせられてきたあの帝国と同盟だと!?」


「ふん、どうせかの悪名高い黒竜公爵家なら、ゴミのように扱われて終いだろう」


 これで本当に大丈夫なのか、と。


「なんでっ、なんでこうなるのよっ!計画が狂ったじゃない…!帝国のクソ坊主が、余計な事をして…!」


 もちろん、私もその一人で、たった今自らの死刑が免れたというのにもかかわらず、状況を咀嚼できずに唖然としていた。

 

 しかしそんな思考の整理をする暇も与えず、デュラン皇太子殿下は私に向かってにこりと笑いかけた。

 


「では、行こうか、ヴァレンティ―ナ嬢」


「えっと、どこに…ですか?」


「もちろん、我がヴァンタール帝国にだよ。それに今は、なるべく早くここを離れた方がいい」




 そんな彼をしたり顔で見上げ、踵を返したデュラン皇太子殿下は、意気揚々と貴族たちの間を割りながら出口へと進んでいく。


 私は背中に刺さる大量の視線を感じながら、その二人に言われるがまま付いていった。


 もしも私に国外追放という処罰が下されるのであれば、この景色はきっと、最期に見る母国の景色だろう。 


 だが今は、そんな感慨にふける余裕も興味もない。


 ただこの胸にあるのは、どうしようもない寂しさだけだ。


(ああ、本当に、これで終わりなの…?)

 

 やがて大きな扉の前でゆっくりと立ち止まり、恭しく頭を下げる皇太子殿下。そのまま凛とした声で、大衆にも聞こえるように私に問いかける。


 

「さて皆様、お騒がせして悪かったね。正式な契約はまた後日に。それじゃ、最期に…何か言い残しておくことはないかな?聖女ヴァレンティ―ナ」



 そう言われたとき、私の頭の中には、色んな言葉が浮かんでくる。

 

 こんな結末になってしまったという哀しみ。

 一生懸命やってきたはずなのに、最期には石を投げられた憤り。

 自らの欲望のために私を貶めた家族への怒り。

 青春も、恋も、人並みの幸せも、全て取り上げられた、王室への憎しみ。


 ―――違う、こんなのは、ただの八つ当たりだ。


 だから。


 私は、最期に浮かんだ言葉。それを、ありのままに放った。



「いままで、ありがとうございました。たくさん迷惑をかけてしまってごめんなさい。どんな事があろうと…この国の民を愛しています」



▽▽▽



「おい、デュラン…。説明しろ、一体どういうことだ」


「あれ?クロノには説明してなかったっけ?」


「とぼけるな。お前が絶対に付いてこいとしつこいから無理くり時間を作って同行したまでだ」


「あははっ、クロノって昔からそういう所あるよね。理由も聞かずに駆け付けてくれたりさ」



 王宮の外。四人は余裕で入れるであろう豪勢な馬車の前で、私達は出立の支度をしていた。

 

 とはいっても私は、適当な着替えといくつかの小物、そして大切な宝物である銀色のカフスだけを鞄に入れただけで、すぐに準備は終わってしまった。


 デュラン殿下は、『年頃の女の子なのにそれだけでいいのかい?』と驚いていたが、あいにく私物は少ないし、このカフス以外で思い入れのあるものも特にないのだ。


 そんな風に微妙に手持ち無沙汰になってしまい、こうして



「いいじゃないか。君たち黒竜公爵家は昔っから我々の言う事なんて何も聞かないんだから、一つくらい」


「ふざるなよ、貴様ら皇族が、今更我々に皇命だと?長年に渡り散々汚れ仕事を押し付けた貴様らが、どの面下げてモノを言っている!」



 私は、そのあまりの迫力に、固唾を呑んで見守ることしか出来なかった。


 本来であれば公爵が王族に食って掛かるという異常な光景を前にすれば、当然諫めなければいけないのだが、クロノ公爵の怒りようはそんな使命感など吹き飛ばすほどの殺気で溢れていた。



「まぁまぁ、落ち着きたまえ。そもそも四竜公爵の一角たる君が、後世を残さないなんて我儘を通せると思っているのかい?」


「養子を取ればいい。私と番わなければ、あの呪いも姿を現さないのだからな」


「その魔法はどうするんだ。君の一家に継承される古代魔法。言っておくがそれがなければ、君が何人養子を取ろうと無駄死にを重ねるだけだ」


「くっ…!」



 そんな彼の激昂に、まるで慣れたかのように対処するデュラン殿下。


 何事もなかったかのように乱れた首元を治すと、やれやれといった感じで一息つく。


 あれほどの剣幕を間近で受けて、汗の一つもかいていない様子を見ると、クロノ公爵の事を心底理解しているのか、はたまた肝が据わっているのか。


 それに対し、心底不愉快そうな顔で押し黙ったクロノ殿下との間に、やたら気まずい沈黙が落ちる。


 いたたまれなくなった私は、ようやく正常に回り始めた頭で一番最初に浮かんだ疑問を尋ねた。



「あ、あの…私も、お聞きしたい事があるのですが…」



「ああ、君が一番懸念している事か。あの聖団の面々の事だが、おそらく私の調べでは、君が罪を一身に受けた事と、マチルダ嬢が新しい聖女になった事でそちらに全員引き継がれるだろう。だから彼らまで罰せられる事はないよ」



「そう、ですか…安心しました。色々とありがとうございます」


 さっきの件と言い、長い期間王国に訪れた経歴もないこの方が、何故こんなにも王国の内情に詳しいのかどうかは、聞くだけ野暮な話だろう。


 あれほど超大国の帝国だ。間者を王宮に入れる事など、赤子の手をひねるくらい容易いことだ。


 いや、そういう生き方しか知らない―――という方が正しいか。




「それで、何故このような判断をされたのですか?もはや力を失った私が、帝国に行っても何かできるとは思えないのですが…」


「ほら、恋って何がきっかけで始まるかわからないじゃないか。まずは二人でデートでもしてみたらどうだい?」



 そう言って、けらけらと笑う殿下。しかしこれは『もう君の問いに答える事はない』と、暗に言っているようなものだ。

 

 明確な遮断。取り付く島もない。きっとこうなってしまっては、彼のいう事に従うほかないのだろう。


 その時―――私はこのデュラン・レックス・ヴァンタールという人の底知れぬ怖さを、垣間見た気がした。


 そして彼は目を薄く開いて、まるで感情を悟らせないような底冷えた目で、私に問いかける。



「受けてくれるかい?ヴァレンティ―ナ・ロマーノ」


「えっと、あの…。婚約者とかではなく、すぐに結婚する…ということでしょうか?」


「そういう事だ。この後黒竜公爵領に入り次第、出来るだけ早く式も挙げてもらう」


「殿下と公爵閣下がいなければ、どの道私はあそこで死んでいました。そんな私に、選択肢はないのでしょう?」



 不敵に口端を吊り上げて返すデュラン殿下。それは無言の肯定だろう。


 おそらく帝国も一枚岩ではない。きっとこの笑みの裏には、確実に様々な考えがあるはずだ。


 だが、それを詮索する余裕も否定する権利も今の私にはない。

 立場上、私はこの人がいなければ処刑されていた身なのだ。


 そう、これはもう、どうしようも出来ない決定事項なのだ―――


 となれば、私の答えは一つ―――私に言える事は一つだけ。


 

 「不束者ですが、よろしくお願いいたします…」



「いい返事だ。まぁ、その他の詳しい話は馬車の中で話そう。それよりも、あの子を放っておいていいのかい?」


「えっ…」



 話をぶった切るようにそう言われ、私はばっと後ろを振り向く。


 すると、そこに居たのは―――



「パトラ…!」


「ヴァレンティ―ナ様…私も、貴女と一緒に行きます」



 ずっと私を支えてくれていた、私と共にあの日々を共にした、かけがえのない友達と言える存在。


 彼女だけは、どんな時も常に私の味方でいてくれた、唯一の人。


 私があの聖女であった過酷な日々を乗り越えれたのは間違いなくこのこの銀色のカフスと、パトラ・ヴァンガードという人間のお陰なんだ。


 私はもうここにパトラが来てくれたという事実だけで目が潤んでくる。



「なっ!ダメよっ、わかってるの?私と一緒に来たら、貴女も一緒くたにされて、二度とこの王国の地を踏めなくなるかもしれないのよっ!?」


「いいんですっ!どうせ私はみなし子ですし、特にこの王国に未練もありません。それよりも、私はヴァレンティ―ナ様と一緒に行きたいのです」



 私はずるい事に―――きっとパトラならこう言ってくれるだろうと予想しながら『ダメよ』なんて、この心の底にあるものと正反対の事を言った。


 そしてやっぱりパトラは、私の予想通りに『いいんです』と。


 きっとパトラも、罪人である私からはこう言うしかないって、分かってて―――



「ありがとう…」



 私はパトラを胸に抱きとめ、大粒の涙を流した。


 こんなに泣いたのは、久しぶりだ。


 というか、最期に泣いたのは、いつだったろうか―――それはきっと遥か昔、あの子の前で一度だけだ。


 まるで数年分のダムが決壊したように、その涙はなかなか止まってくれなかった。



「ふっ、泣けるねぇ…素敵な友情じゃないか」


「嘘をつけ、どうせお前は涙もただの塩水としか思っていないんだろう」


「ひどいなぁ!?僕だって一人の人間だよ!?」


「人間の皮を被った機械だろ、お前は」



 そして走り出した馬車。


 車窓から見える王国の景色は、ゆっくりと移り変わっていく。


 嗅ぎなれた風。遠くに見える山々。人の喧噪。



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