第十一話「という事がありまして」
「―――という事があったのです」
「そ、それは…なんというか」
私はここに来るまでの身の上話を長々と話してしまった。
今考えると、来たばかりの夫人がただの不幸話を垂れ流しているという何ともいたたまれない状況だというのに、ここにいた四人は黙りながら最後まで耳を傾けてくれた。
しかもその時の彼らの表情は、退屈そうにしているどころか常に深刻な表情を保っていて、理由は分からないが何か思うところがあったようだ。
「先ほどの説明では端折りすぎでしょう!兄上、これが皇命だったなんて聞いてませんよ?」
「俺もさっき聞いたからな」
「そんな呑気な…」
そっけないクロノ公爵の返答に対し、がっくりとうなだれるグレイ様。
きっと彼は兄とは違い、感情が表に出るタイプなのだろう。初対面の時から気さくに話しかけてくれるので、私としてはとても有難いのだが、ここまで兄と正反対だと可笑しく思えてくる。
「というか、いくら皇帝に言われたとはいえよく兄上がその話を呑みましたね。兄上の事ですから、またデュラン皇太子殿下に何か吹っ掛けたのかと思い心配しました」
「お前、兄を何だと思っている。この年になれば、流石に少しは弁えているぞ」
(いや、貴方思いっきり胸倉掴んでたわよね?あんな公の場で…)
「どうやら公爵家の立場上、これ以上嫁を娶らないというのは無理があったな。だがこれで鬱陶しい縁談も来なくなるだろう。何より皇室に一つ大きな貸しが出来た」
「いや、呪いの事はどうなさるおつもりですか?兄上はあれほど強固な意志があったではありませんか」
「ああ、それは勿論妻と話し合っている。公の場で以外は極力近づかない事にした。その分お前達も、色々と配慮してやれ」
「なっ…放任なんて、妻として、あんまりではないですか!?ヴァレンティ―ナ様は、本当にそれでいいのですか?」
「え、ええ…先ほどもそのお話は済んでおります。」
一年後に殺す―――という話を除いて
(はぁ、よくもこんなスラスラと偽りの言葉が出てくるわね。私、嘘つくのあんまり得意じゃないのよね…。この先もバレずにやっていけるかしら)
「待ってくれ、っつーことはそんな酷い思いをしたお嬢ちゃんに、うちの当主様はそんな不躾な事を言ったってことか?レディの扱いがなってねぇぜクロノ様よぉ」
「黙れ、貴様に女の扱いをどうこう言われたくはない。いつまで幼馴染一人に手を焼いている。さっさと覚悟を決めろ」
「なっ…!リリアの事は言いっこなしだぜ…!」
この一見粗暴に見える筋骨隆々の青年は、エリオット・バーサーク団長だ。
キリっと揃えられた短髪に、掘りの深い整った顔。私の三倍はあろうかという腕には、無数の古傷がついている。
彼はこの黒竜公爵家に仕える黒竜騎士団の団長で、クロノ公爵からこの場に呼ばれた重鎮の一人。
先ほど私が話している時、パトラと私の下りで涙腺を潤ませていたのを見るに、どうやら悪い人ではないらしい。話し方は見た目通り粗暴だが、その言葉の節々からはこの家への尊敬と感謝が見て取れる。
「はて…という事は、今日からヴァレンティ―ナ様を正式に妻として扱えばよろしいのですね。もし何かございましたら、このルーカスめに何なりとお申し付けください」
「あ、ありがとうございます…。というか、みなさん、受け入れてくれるのですか…?」
この初老の執事長・ルーカスを含めた四人がこの家の中心の人物達なのだが、先ほどからの様子を見るに、こんな私に対して好意的に接してくれている。
正直言うとノコノコやってきた隣国の女なんか拒絶されて当然だと思っていたので、私としては拍子抜け八割、安堵が二割といったところだ。
だが、この黒竜公爵家は恐ろしい―――そう誰もが口にしていたので、私はまだその不安をぬぐい切れていない部分がある。
「まぁ、正直、お嬢ちゃんの話を聞くまではどこぞの箱入り娘が来んのかと高を括ってたが、アンタの身の上話聞いたら、他人事とは思えなくてな」
「そう、ですね…。きっと全員が全員そうではないと思いますが、きっとこの家の人達なら分かってくれると思います」
「ど、どういうことですか?」
そんな私の漠然とした疑問を払拭してくれるように、エリオット団長とグレイ様がぼそりと呟く。
この黒竜公爵家は私と同じく、あの凶悪な魔獣を相手に戦っている。もしかしたらそういった部分で、共感してくれる部分があったのかもしれない。
何かの核心に迫れそうな予感がしていた時、残念ながらそれは私の夫の一言で霧散してしまった。
「そのうち分かる。俺は溜まった仕事があるから、席を外すぞ。ルーカス、適当に案内してやれ」
話を唐突に切るようにそう言いながら立ち上がった彼は、そのままそさくさと扉に手をかけた。
先ほども言っていた通り、きっと無理を通して王国へ足を運んでいたのだろう。往復で二日も仕事を休んでしまった分の皺寄せが来ているようだ。
そんな中で時間を作ってもらっていた事に、申し訳なさが込みあがってくると同時に、何故そこまでして彼は王国へ足を運んだのかと疑問に思う。
(皇太子殿下に言われて来たって言ってたけど…あの二人、一体どんな関係なの…?)
するとクロノ公爵はそんな思考に耽っていた私に対し、振り返って思い返したように口を開いた。
「あと、そこの聖女」
「な、なんですか?」
「さっきから俺の隣で腹の虫がずっと鳴り響いていたぞ?心配せずとも我が家の飯は帝国で一番美味い。期待しておけ」
「なっ―――!」
そう言われ、恥ずかしさと共に顔が赤くなっていくのがわかる。話に集中していたので実際鳴っていたかどうかは分からないが、現にお腹はすっからかんなので信ぴょう性はある話だ。
(あんの公爵―――ほんと、いい性格してるわっ…!)
したり顔で見下ろす旦那の顔をそのまま睨んでいると、グレイ様が呼び止めるように後ろから声をかける。
「ちょ、ちょっと待ってください兄上、まだ話は終わって―――」
―――瞬間、クロノ公爵の周りに魔力の残滓が集まる。
その後に、彼の境界から、空気の歪が生まれた。
やがて、シュ、という風切り音と共に、彼の姿はどこにも見えなくなっていた。
(なに…?今の…見たこともない魔法だわ)
「ちっ、まーた『門』で逃げられちまったぜ。あれがなけりゃあ、俺もいい勝負出来んのによぉ」
「はぁ、都合が悪くなるとすぐにあの魔法で逃げるんですから…」
「はっはっは、そこは坊ちゃんも先代と変わりませぬな」
彼が居た場所を見ながら、呆れたようにそれぞれ口にする三人。
しかしその声も空しく閉じたドアに跳ね返ってきただけだったので、グレイ様は申し訳なさそうに私に向き直る。
「気になさらないでください、兄上はいつもこうなんです。自らにかけられた呪いを考慮して、いつも私達と必要以上に関わらないんです」
「ちっ、どう考えても心配しすぎだとは思うけどな。それに見くびってもらっちゃ困るぜ。俺たちはとっくに覚悟してんのによ」
「呪い…」
それは、この家に来てから度々耳に入るワードだ。
クロノ公爵が抱えている呪い。おそらくそれはこの家の根幹に関わる話で、あの人が『一年後にお前を殺す』だなんて言ったのも、それが原因である事は間違いない。
きっとこの家が恐れられている理由と何か関係があるのだろうが、今のところ部外者に近い私がそれを不躾に聞いてしまってもいいのだろうか。
そんな風に頭を悩ませていると、グレイ様とルーカス執事長が私を気遣うように手を促してきた。
「長旅で疲れているところすみません、とりあえず今日はゆっくり休んでください。ルーカス、後は任せてもいいかな?」
「勿論です。私が案内いたしますよ、ヴァレンティ―ナ様。それに、先ほど当主様が仰ったように、我が家の料理は絶品でございます。見たところ貴女は歳の割に細いですから、しっかりと食べて英気を養ってください」
「あ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて…」
その時、私は久しぶりにお腹が空いている事に気が付く。
そうだ、王国にいた時は、食事なんて適当に済ませて、その時間を仕事に割いていた。
料理が楽しみだなんて、いつぶりだろうか。
(クロノ公爵のさっきのセリフ…もしかして、痩せすぎてる私に配慮してくれたの…?いえ、考えすぎかしら)




