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第十二話「忘れてた…」



「どれも美味しかったけど…特にあのポタージュ、何重にもうま味が凝縮されてたわね。今まで食べた中で一番美味しかったわ」


「いつまで食事のレビューしてるんですか…。それに今日で何回『今までで一番』って言いました?うさんくさい詐欺師みたいですよ?」


「し、仕方ないでしょ?聖女時代なんて、ほとんど出先で水と塩パンだけだったもの!パトラも覚えているでしょ?」


「まぁ確かに、ヴァレンティ―ナ様があんなにまともに食事をとっているの、久しぶりに見たから安心しましたけど…。もしかして聖女っていう重荷から解放されたお陰ですか?」


「あはは、確かにそうかもしれないわね。でも一番は、本当にこの家のシェフが腕利きなのよ」



 ここは私にあてがわれた寝室だ。


 流石は四竜公爵のシュバルツ家と言わざるを得ないほどの豪勢なベットに、いくつかの煌びやかな装飾品。


 それらは品位を保ちながら適度に配置されており、このシックな内装とマッチしていて、この部屋を彩ったであろう執事長・ルーカスのセンスを賞賛せずにはいられない。


仮初(かりそめ)の妻である私に、こんなにしっかりとした部屋を用意してくれるなんて)


 豪勢な食事に、絢爛な自室。


 その他にも、大きなお風呂から上がれば侍女達が召物を用意してくれるし、一つ頼めばお茶を出してくれる。


 当然このような扱いをされた経験がない私は、そのどれもに戸惑ってしまい、慣れるまでは時間がかかりそうだ。


 そんな風に考えながら、ふかふかのベットにぼすん、と寝転んだ。



「ちょ、ちょっと待って。このベッド、ふかふかすぎない?逆に落ち着いて寝れないんだけど。少し綿抜いちゃおうかな…」


「何言ってるんですか!ベッドってこういうものなんですっ!もう…床で寝るなってあれほど言ったのに、全然いう事聞かないから…」


「あはは、大丈夫よ、これからはちゃんとした所で寝れるみたいだから。でも、本当にこんなにいい部屋貰っちゃってもいいのかしら?なんだかそわそわしちゃうわ」


「確か聞いた話によれば、一応正式に婚約を結んだんでしょう?でしたら思う存分満喫しちゃってもいいと思いますけど」



 王国から私に付いてきてくれた、私の元部下であり友でもあるパトラ・ヴァンガードが、そのまま慣れたように隣に寝転ぶ。


 一緒に入った浴室の中で、彼女にもクロノ公爵やこの家の事について一通り説明していた。


 ―――もちろん『一年後に私が殺される』なんて衝撃的な事実を除いて。


 正直唯一の友であるパトラに隠し事をするのは忍びないのだが、今そんな事を優しいこの子に話したら『はぁ!?ヴァレンティーナ様を殺すぅ!?』なんて激昂して、何をしでかすか分からない。


 パトラは普段温厚な分、キレると本当に見境がないので、どこかでボロを出してしまわないよう気を引き締めなければ。



「改めてありがとう、パトラ…ここまで付いてきてくれて。私、あなたがいなかったら途中でへこたれてたかもしれないわ」


「ふふ、それは言いっこなしですよ。私もあんなブラックな職場、辞めれて清々してます。あのまま務めていたら、本当に過労死するところでしたから」



 パトラはそんな発言とは裏腹に、哀愁が残っているような表情で遠くを見つめている。


 共に必死に走り、人々を助け、国を守った日々。


 だが私たちはもう追放された立場なのだ。二度とあの地に足を踏み入れる事はない。


 でも、だからといって祖国を願う気持ちも、残された人々を想う権利も無いのだろうか。


 私は、ふいにあの屈託なく笑っていた村人達が思い浮かび―――かぶりを降って話題を変えた。



「でも、本当にいいの…?グレイ様と話し合って、私の侍女って立場に落ち着いたみたいだけど、友達を侍女という立場に置くのはなんというか…」


「いいんですよ。というかそもそも私はヴァレンティーナ様の部下でしたからね。むしろこのポジションは落ち着きますよ」



 彼女は一応、そのまま帝国の市井に下る事も出来たのだが、この公爵家に私の侍女という立場で入ってくれた。


 私は何度も本当にいいのかと押し問答したのだが、『どうせ帝国のことなんて何も知らないんですし、しばらくはここでお世話になりたいです』という言葉に押し負けてしぶしぶ了承した。


 正直なところ、私もこれから先もパトラが私の側にいてくれるのは本当に心強し、心の底から嬉しい。


 でも、彼女は公爵家とはなんら関係のない、私と共に付いてきてくれただの女の子なんだ。出来れば自分の人生を歩んでほしいという思いもあり、その中で葛藤してしまう。



「とりあえず私としては一安心ですよ。あの鬼人公爵が住まう家って聞いていたので、どんな仕打ちを受けるか不安で仕方なかったんですけど…」


「いえ、きっとそんなに甘くない。おそらくこの家の人達にも、私たちの事をよく思ってない人だっているわ。それにシュバルツ家にはまだ見えていない、抱えている問題が山ほどあるはず。だから―――」



 そう、重鎮の四名やデュラン皇太子殿下―――なによりクロノ公爵のやり取りから推察するに、この家にはまだまだ私の知らない事が沢山ある。


 きっとこの家の方々も表に出さないだけで、『隣国から追い出された無知な聖女が、この家にノコノコとやってきた』そう思っている人間は少なくない。



「だからまずはこの家の人達に認めてもらう事からね。これから公爵夫人として、出来る事はやらなくちゃ」


「出来る事…?」


「ええ、タダ飯食らいなんて性にあわないわ。もうこの家の公爵夫人になってしまったんだから、やれる事はやっておきたいの。それがどんな事かはまだわからないけれど」


「無理やり婚約させられたのにですか?」



 そう、結果だけ見れば祖国に裏切られ死にぞこないの私を皇太子殿下が政略結婚に使い、無理やり婚約させられた事になる。


 そのような実情を明かせば、きっと同情してくれる人もいるかもしれないが、だからといって立場に甘えて怠惰な生活を送っていいという理由にはならない。


 何よりこの公爵家の人々は腹の内がどうであれ、表向きではしっかりと私を公爵夫人として扱ってくれているのだ。であれば、私だってそれに見合うだけの働きをしなければいけない。



「もちろん。例えどんな風に思われようと関係ない、私は、私がするべきだと思った事はやる。これが私の結論よ」


「はぁ…今するべき事がそれなんですね。ヴァレンティ―ナ様らしいというか、真面目というか…」



 そう決心した私は、明日クロノ公爵を訪ねて、何かやれる事はないかと聞く事にした。


 私が殺されるまでの1年間は、正式に私を公爵夫人として扱う事は決定事項なのだ。であれば多忙な彼だとしても、お願いすれば多少の時間は作ってくれるだろう。多分。



「公爵夫人としての勤めを果たすですか…それなら、まず大事な事してませんよね?」


「え?大事な事…?」



 そんな時、パトラがふいに顎に手を当てながらそんな事を言ってくる。


 なんだろう、と頭を捻っても答えは出てこない。今日、夕食を取り次第自室で休むように言いつけてきたのは私の旦那であるクロノ公爵だ。


 それに、ある程度重鎮への挨拶は済ませたし、家の人たちへの顔合わせはまた後日のはず―――


 そうやって思考に耽っていた私に、パトラはため息を吐きながら答え合わせをしてくれる。



「ほら、今日って結婚初夜でしょう?そんな日に、私なんかとくっちゃべってていいんですか?」


「あっ―――」



 そうだ、忘れてた。

 

 クロノ公爵と婚姻を結んだ以上、今日は結婚初夜ということになるのだ。


 つまり―――本来なら夫と共に寝室を共にし、そういった事を行うのが通例である。その事に気が付いた私は、焦りに焦ってパトラに詰め寄って質問攻めしてしまう。



「ど、どうしよう…。色々ありすぎて、完全に忘れちゃってた。今すぐクロノ公爵の方に向かった方がいいのかしら?もう一回お風呂入るべき?下着もなんか凄いのつけるんでしょう?」


「落ち着いてください!下着は凄いのつけません!変な知識で挑もうとしないでください!」


「で、でも…ここは由緒正しき公爵家よ?そういうしきたりはしっかり守らいといけないんじゃ…」


「まぁ別にいいんじゃないですか?執事長もここで寝ろっていってましたし、公爵様にも用がないときは話しかけるなと言われているんでしょう?なにより籍を入れただけで、まだ式も挙げていないんですから」


「まぁ…それもそうだけど。でも、その事にもしっかり向き合わないといけないわね」



 見た通り、当のクロノ公爵はそういった素振りなど一切なく、あのまま自室に籠って音沙汰もない。


 つまりあの感じからするに今日は私の仕事の邪魔をせず自由にしていろ、といった意味だろうが、あの人は跡継ぎについてどう考えているのか。『考えがある』とは言っていたが、あのグレイ様の過剰な反応も気になる。


 ただ正直な事を言うと、あまりにも激動の数日間だったので今日だけでもパトラと一緒にこうして寝れる事は何よりもありがたい。今の状態で慣れていない夜伽(よとぎ)なんてしてしまったら、余計に醜態をさらしそうだ。


 そう思い、ほっと肩の力が抜けるとともに、ほんの僅かだが複雑な思いが募る。


 とりあえず明日、もう一度彼と話した方がいいだろう。私に何か出来る事はないか、それと、その…跡継ぎについても。



「あはは、ヴァレンティ―ナ様って顔は綺麗なくせにそういうのからっきしですもんね。ああいうのは勢いでいいんですよ、ちゅってやって押し倒しちゃえば。あなたが本気で着飾ったら、きっとあのお堅い公爵様もオオカミさんになりますって」


「へぇ…妙に慣れた言い方するわね、あなたにそんな経験あったかしら?」


「なっ…!ヴァレンティ―ナ様よりはありますよっ!」



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