第七話「婚約破棄」
【翌日:ベスチア王国・王都】
「…さま…ヴァレンティーナさま…!」
「え…?」
私を何度も呼ぶ声で現実に引き戻される。
顔をあげてピントを合わせると、そこには心配そうにこちらを見つめるパトラの姿があった。
「もうすぐ王宮に着きますよ。ほら、身なりを整えてください」
「あぁ…そっか。ごめんごめん、寝ちゃってたみたい」
「寝ちゃってたどころじゃありません、爆睡してましたよ!?だからあれほど休んでくださいっていったのに、言う事聞かずに朝まで働いて…。
次倒れたら、無理やりにでもお布団にぶち込みますからね!」
「物騒すぎない!?」
ここは馬車の中。聖務を終えた私たちは、今日行われる王太子殿下が急遽開催した夜会に招待されていたため、そのまま王城へと向かっていた。
どうやらまた疲労を限界まで溜めていた私は、揺れる馬車の中であまりの爆睡をかましてしまい、部下に心配をかけていたようだ。
聖務を理由に夜会を欠席してもよかったのだが、何故か今夜は『王家に縁のある者は必ず顔を出せ』と王太子殿下からの触れ込みがあったため、王国全土の貴族が集まっているらしい。
そんな夜会に婚約者の私が現れないのはさすがに不自然だろうと思い、疲れ切った体に鞭を打って王都にとんぼ返りしている最中だ。
「まぁでも、これも仕方ありませんよね。だってまた各地の結界に綻びが出てくるなんて…今までこんなこと、一度もなかったのに…。」
「そうね…巷の噂通り、私…『失墜の聖女』になっちゃったのかしら」
「そんな事はありません!上位魔導士の私が保障します、ヴァレンティーナ様の結界は完璧です!それに、ヴァレンティーナ様のおかげでこの五年間、この王国は安寧を保ってきたのです!
それなのに、こうなった途端、皆、言いたい放題で…!」
「パトラ…」
そう言ってわなわなと拳を握るパトラ。
パトラだけは、ずっと私と一緒にこの王国を周り、共に酸いも甘いも経験してきた。
だからこそ、唯一私の立場に立って、この現状に憤ってくれている。
各地での不備が絶えない結界。それが続いて『失墜の聖女』と揶揄され、後ろ指を刺されるようになっても、こうして私の傍に居ることを選んでくれている。
私はその温かさを感じて潤みそうになる目頭を押さえ、ありったけの笑顔を作る。
「いいのよパトラ、実際に被害が出ているのは事実なんだし、私の力に疑いがかかるのは、仕方のないことだわ。それを払拭するためには、これからもっと頑張って、この汚名を返上していくしかないでしょ」
「うー…それは、わかっていますけど…。ヴァレンティーナ様は大人すぎます!もっと暴れたりしてもいいんですよ!」
「ごほんっ…ざっけんなこらー!おい、だれに向かってモノいっとんじゃ!…みたいな感じ?」
「ええ…?それは酔っぱらいですよ?言い方もオヤジくさいし…」
そう言って、笑い合う私達。
聖女として聖務を果たしている時は意図して堅苦しく振舞っている私にとって、こうやって軽口を叩き合いながら素を出せる人が一番近くにいてくれるのは、本当に助かるのだ。
ひとしきり笑い合った後、パトラは『でも…』と切り出し、何かを思い出したように再び神妙な面持ちに戻って口を開いた。
「そもそも結界に不備が起こるなんて、冷静になるとおかしくないですか?」
「おかしい?」
「ええ、私を含め、何人もの聖団の人達がチェックして、術式自体に不備がない事は確認済みです。それなのにこうも各地で結界が破られている…」
「でも、魔法なんてイレギュラーの塊でしょ?それこそ気候や湿度の僅かな変化にですら影響される繊細なものだもの。それこそ原因を追究するのは、雲を掴むようなものだと思っているけど」
「普通の魔法であればそうですけど、ヴァレンティーナ様の使う聖魔法は絶対不可侵の神代の魔法ですよ?そう…それこそ同じ聖魔法でしか侵せない、神聖な…」
パトラが何かに気が付きかけた時、馬車がぴたりと止まり、従者が扉をノックした。
「あら、もう着いちゃったみたいね。パトラ、今日はおめでたい席ではあるけれど、お酒は控えましょう。あなたも私も、きっと寝不足と疲労ですぐに回っちゃうわ」
「そう、ですね…」
パトラは、まだ何か引っかかるような、難しい顔をして扉を開けた。
▽▽▽
【ベスチア王国王宮:大広間】
私たちが身なりを整え、大広間に着いたのは、夜会が始まって数刻が過ぎた頃だった。
我々教会側の人間は、聖務のためにこういった催し物に遅れて参加するのは日常茶飯事なのだが、聖なる神の使いとしてある程度は目をつぶってもらっている。
だからこそ不自然に思う。なぜなら遅れて到着した夜会は、いつもある程度宴もたけなわといった感じで、そこかしこで盛り上がっているにも関わらず、今日の大広間はどこか異様な雰囲気が漂っていた。
いつもなら忙しなく挨拶や陳情事で様々な言葉が飛び交うこの会場。しかしながら、今日は水を打ったように静まり返っていたのだ。
それを扉の向こうで感じていた私とパトラは、無言で顔を見合わせる。
「どうしたんでしょうか。誰かが王太子殿下の琴線に触れたのですかね?」
「いえ、それだったら殿下の怒号が聞こえるはずよ。ここまで静寂に包まれた夜会なんて、これまで経験したことがないわ。今夜は王国全土の貴族が集まってるって聞いたけれど…」
「ま、まぁ…どちらにしろ引き返すわけにもいきませんし、目立たないように入っちゃいましょうか…」
互いに小声で話す私たち。
溢れ出す嫌な予感を押さえてゆっくりと大きな扉を開くと―――
待ってましたとばかりに、一斉に会場に居た大勢の目線が、私達―――いや、私に集中した。
「ようやく来たな!ヴァレンティーナ…いや、『失墜の聖女』よ!これまでよくも我々を騙していたな…!」
「アレクシス、殿下…?」
王国全土の貴族、そしてその子息令嬢、大勢が佇む一番上座から私に向かってそう叫んだのは、この国の次期国王でもり、私の婚約者でもある、アレクシス王太子殿下だ。
私は殿下の口から発した言葉に面喰らい、一瞬思考が硬直してしまう。
(だ、騙す…?殿下、こんな公の場で一体何を…?)
その言葉の意味を咀嚼しようとした私を差し置いて、殿下は意気揚々とまくし立てた。
「貴様はずっと前から、聖女としての力を失っていたようだな…!それにも関わらず、我々王族と国民を騙しながら自らは数多の報酬を得て、多くの犠牲を出した!このヴァレンティーナ・ロマーノこそが、この国を陥れ、混乱に導いた元凶なのだ!」
「なっ…!殿下、言いがかりはよしてください!私は皆様を騙してなど…!」
「黙れ!罪深い悪女め!ではここ数か月の結界の綻びはどう説明する…!これこそ貴様が聖女としての力を失った証左ではないか!」
「そ、それは…」
私は反論しようとして口を噤む。
確かにそれに関してはまだ原因も解明できておらず、明確な答えが出せていない。
そんな状況で不確かな言葉を口にすれば、墓穴を掘るのはこちら側だ。
「やはり事実だったようだな…。残念だ、俺は君との婚約を心から喜んでいたのに…。このような裏切りに逢うとは…居た堪れない気持ちでいっぱいだ」
「あぁ、王太子殿下…なんとお労しい…」
「まさかあの聖女様が、アレクシス様を騙すなんて…」
わざとらしく胸を押さえる演技をしたアレクシス殿下は、苦しそうに顔を歪める。
それを見て辺りの貴族達は殿下に同情し、ひそひそと私への失望や侮蔑を口にしながらこちらを伺い始めた。
「待ってください、確かに結界の不備は私に責があります…しかし、国民を騙したという事は決してありませんっ!恣意的なものはないと、教会側も検分し認めております…!」
「ふん、白々しい…。ではなぜ最初の不備から半年経った今でも貴様はその清き装衣を身にまとっている!何故すぐに聖女の座を妹に譲らず、無様にもその地位にしがみついたのだ!」
「…それは、私に出来ることを必死にやったまでですっ…!」
「知っているぞ?聖魔法の結界に干渉出来るのは、現状聖女である貴様だけだ。つまりもっと前から結界の不備があったのに知らぬ存ぜぬを通し、不当に高給を受け取っていた可能性もある」
(なぜその事まで知っているの…。殿下は今までそんな話、微塵も知らなかったはず―――)
そこで私は、ようやく理解したのだ。
先ほどまでの異常な静寂、タイミングよく開かれた夜会、王国全土の貴族を招待した理由。
これは―――何かを仕組まれている?
この場に集められた貴族たちの表情がそれを裏付けていた。誰もが驚きながらどこかで待っていたような顔をし、信じられないと目を丸くする者の裏側に期待が透けて見える。
気の毒そうに眉をひそめる者の口元には、薄い笑みが浮かんでいる者もいた。
―――もしかして皆、『聖女が断罪される瞬間』に立ち合いに来たの?
そんな私の心の中の問いに答えるように、殿下はひとつ息を吸い込み―――あまりにも晴れやかな声で、高らかに宣言をした。
「この私、アレクシス・ディアロ・ベスチアは、ヴァレンティ―ナ・ロマーノとの婚約を破棄する!」




