第29話 けりをつける
翌日の夜、俺たちはもう一度集まった。
場所は、昨夜と同じ部屋にした。明かりも、同じ一本だけだ。
椅子を寄せて、その明かりを囲むように座った。
「決めよう」
東雲が口を開いた。
「何をだよ」
「これから、どうするか」
「その前にさ」
姫川が言った。
「帰れるんだよね? あたしたち」
「帰れる、とは思う」
佐伯が答えた。
「魔力は足りてる。でも、今すぐは無理だよ。術式をまだ全部は読めてない。それに、今は地下に近づけない」
「……そっか」
「もう一つある。あれを何回動かせるのかも、まだ読めてない。一回きりかもしれない」
「一回きりって」
「全員で一度に、ってことになる。誰かだけ先に、はできないかもしれない」
部屋が、静かになった。
「じゃあ」
東雲が言った。
「帰れるようになる日まで、どうするか。それを決めたい」
※
「……あたしさ」
姫川が、小さく言った。
「帰りたいよ。正直」
「うん」
「魔族と戦うの、もう嫌なんだよね。怖いし。人が死ぬの見るのも嫌だし」
姫川は、膝の上で拳を握った。
「でも。……今度も見捨てたら、たぶん一生、自分を許せないと思う」
今度も、と言うとき、姫川は一瞬だけ俺を見た。
すぐに、目を逸らした。
俺は、何も言わなかった。
「だから、残る。帰れる日まで」
「……じゃあ、俺も残る」
大我が言った。
「なんでよ。あんた、王国のこと一番怒ってたじゃん。『気に入らねえ』って」
「怒ってるよ。今も」
「じゃあ、なんで」
「……お前、まっすぐ突っ込むだろ。俺が盾になってねえと、危なっかしくて見てられねえんだよ」
「は? 何それ」
姫川は、眉を寄せた。本当に分かっていない顔だった。
大我は、そっぽを向いた。耳が赤い。
……こいつ。
俺は、見なかったことにした。
「王国は許せません。わたくしも同じですわ」
九条が言った。背筋は、伸びたままだった。
「ですが、王国と、王国の民は、別ですわ。レスタで、わたくしの盾の後ろにいたのは、ただの兵でしたもの。あの方々を置いては、帰れませんわ」
「私も」
白石が、静かに言った。
「施療院に、まだ寝ている人がいるから」
佐伯は、俯いていた。
「……僕は、帰りたい」
「うん」
「正直に言うけど、僕、毎日怖い。書庫にいるだけで手が震える」
佐伯は、眼鏡を外して、拭いて、かけ直した。
「でも、あの陣を読めるの、僕だけなんだよね。僕が残らないと、誰も帰れない」
「……そうだな」
「最悪だ」
誰かが、少しだけ笑った。
※
「黒崎くんは、どうしたい?」
東雲が聞いた。
俺は、少し黙った。
あの地下で水晶を見てから、ずっと考えていた。
「俺は帰らねえ」
「……なんで。あんたが一番、この国に義理ないじゃん」
姫川が言った。
「ねえよ。王国は許せねえ。それは変わらねえ」
「じゃあ」
「ここへ来るまでに、世話になった奴らがいる」
俺は言った。
「泥だらけの俺を、何も聞かずに泊めた宿の女将がいた。字の読めねえ俺に、掲示を読んでくれた商人がいた。街道で、荷を守って死んだ護衛がいた」
「……」
「あいつらは、王国じゃねえ。ただ、ここに住んでるだけだ。魔王をこのままにしたら、あいつらが困る」
誰も、口を挟まなかった。
「それに、死んだ十一人が報われねえ。三浦は最後に聞いたんだろ。役に立ったか、って。あいつらの名前は、この国のどこにも書いてねえ」
「……うん」
「このまま帰る気には、なれねえ」
俺は、自分の手を見た。
「けりをつける。魔王にも、王国にも。帰るかどうかは、そのあとだ」
理由は、もう一つあった。
商業区の外れの宿で、窓のところに立っているはずの奴のことだ。
それは、ここでは言わなかった。
「帰る日が来たら」
東雲が言った。
「そのとき、一人ずつ決めりゃいい」
俺は答えた。
「それまで、もう誰も死なせねえ」
「お前もだぞ、黒崎」
大我が、低く言った。
「お前も死ぬなよ」
「……ああ」
※
扉が開いたのは、そのときだった。
「——帰る? 冗談だろ」
神崎蓮司が、入口に立っていた。
「……神崎くん」
「悪いね、聞かせてもらった」
神崎は、まっすぐ入ってきた。誰も、席を勧めなかった。
「帰る日がどうとか、もう誰も死なせないとか。そういうセリフは、お前が言うもんじゃないだろ、黒崎」
「じゃあ、誰が言うんだよ」
「勇者の俺に決まってんだろ」
こいつは、胸に手を当てた。
「勇者ってのは、この世界に今まで一度も現れなかった職だ。聖典にしか載ってない、伝説の職なんだよ。それが、俺なんだよ」
「……」
「つまり、俺がこの世界の救世主ってことだろ」
誰も、答えなかった。神崎は、それを気にしなかった。
「凱旋式、見ただろ。広場が全部、俺の名前を呼んでた。民も、兵も、みんな俺を見てる。あいつらを導けるのは、俺しかいない」
気持ちよさそうに喋っていた。自分の言葉を、自分で聞いている顔だった。
「魔王を倒すのは俺だ。お前らは、その横にいればいい。帰りたきゃ、俺が倒してから帰れ」
「神崎くん」
「それまで、余計な話を広めるな。兵が動揺する。俺の足を引っ張るな」
誰も、頷かなかった。
「白石。お前もそう思うだろ。勇者と聖女が揃ってるんだ。俺たちがいれば勝てる」
白石は、少しだけ間を置いた。
「……私は、神崎くんのために残るんじゃないよ」
神崎の笑みが、止まった。
ほんの一瞬だった。すぐに、また笑った。
「……はは。なんだよ、それ」
誰も、笑わなかった。
「お前らは、分かってないんだよ。勇者ってのが、どれだけすごいのか」
神崎は、髪をかき上げた。
「……まあいいさ。魔王を倒せば、全員分かる。誰が正しかったのか」
彼は、扉のほうへ歩いた。
途中で止まって、振り返った。
「言っとくけど、俺は俺で動くから」
扉が閉まった。
悪意は、たぶんない。
こいつは本気で、自分が真ん中にいると思っている。
だから、厄介だった。
「……あいつ」
大我が言った。
「言うぞ、また」
「今度は何を」
「今ここで聞いたこと、全部だ」
「今日が初めてじゃない」
水城が言った。
「え?」
「神崎は、前から宰相のところに出入りしてる。昨日の夜も、執務室に入るのを見た」
※
東雲が立ち上がった。
「今できることを、やろう」
「僕は、術式の続きを読む」
佐伯が言った。
「地下には行けないけど、書庫に陣の写しが残ってないか探してみる」
「戦えない方々のことは、わたくしが引き続き掛け合いますわ」
九条が言った。
「次の戦いからは、戦いの場そのものに出させません。まずは、それですわ」
「頼む」
俺が言うと、九条は小さく頷いた。
※
その夜のうちに、伝令が城に駆け込んだ。
北の国境が、破られた。
レスタではない。
レスタは、戦わずに放棄されたという。
落ちたのは、その南にある砦だった。
俺は、名前を知らなかった。
守備隊、全滅。
生存者、なし。
そして、報告の最後に一行あった。
——黒い霧が、南下している。
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