↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/36

第27話 満ちてる

 翌日、謁見を終えて、俺は正式に「召喚者」に戻された。


 部屋を与えられ、装備を支給され、記録に名前が戻された。


 宰相は、一度だけ俺に詫びた。だが、王国としての謝罪はなかった。説明もない。二ヶ月前に捨てた男のために、椅子を一つ足しただけだった。


「気に入らねえ」


 大我が言った。


「同感だ」


「なんで謝らねえんだよ、あいつら」


「謝ったら、捨てたって認めることになる。俺は、隔離されてたことになってんだよ」


 城の一室に、みんなが集まっていた。


 神崎は呼んでいない。柊は、来ていない。どこにいるのかも分からない。


「黒崎くん」


 東雲が言った。


「監視がついてる」


「だろうな」


「扉の外にも、中庭にも。黒崎くんの部屋の向かいにも」


「よく見てんな」


「見てないと、落ち着かないから」


「あの、黒崎」


 姫川が手を挙げた。


「あの子は?」


「あの子?」


「フードの子。ルナちゃんっていうんでしょ」


 ……ルナちゃん。


「宿にいる」


「一人で?」


「ああ」


「ずっと?」


「……ああ」


 姫川が、口を尖らせた。


「行ってくる」


「え?」


「あたし、明日の朝行ってくる。飯とか持って」


「いや、でも」


「だって一人じゃん」


 俺は、少し迷った。


 ルナは、人に慣れていない。それに、あいつを他人に近づけるのは——


 ……何が心配なんだ、俺は。


「……頼む」


「まかせて」


  ※


 その夜、水城が来た。


「今日」


「あ?」


「交代、今日」


 俺は起き上がった。


「三日に一度の、あれか」


「うん」


「何時だ」


「深夜二の鐘。前の組が上がって、次の組が降りてくるまで、入口に一人しか残らない」


「どれくらいだ」


「次の組が来るまで。……長くはない」


「足りるか?」


「分からない」


 水城は即答した。


「だから、確かめるだけにする。触らない。見るだけ」


「見て、分かんのか」


 水城は、扉のほうを見た。


「だから、あいつを連れていく」


  ※


 佐伯陽一は、白目を剥きそうな顔をしていた。


「無理だって」


「無理じゃない」


「いや無理だよ水城さん! 僕、走るの遅いんだよ!?」


「知ってる」


「知っててなんで!」


「あんたしか読めないから」


 佐伯は、しばらく口をぱくぱくさせた。


 それから、眼鏡を外して、拭いて、かけ直した。


「…………ああ、もう」


「行くのか」


「行くよ」


 佐伯は、震える手で杖を掴んだ。


「言っとくけど、僕、めちゃくちゃ怖いからな」


「知ってる」


「怖いって言いながら行くのは、上出来なんだろ」


 ……こいつ、覚えてやがる。


「上出来だ」


「うるさい」


  ※


 深夜。


 部屋の前の見張りは、俺が出ても何も言わなかった。


 城の中を歩くことまでは、止められていない。


 城の地下へ降りる階段は、東棟の奥にあった。


 水城が先頭を歩いた。靴を脱いで、手に提げている。


 石の床に、足音は立たなかった。


 俺と佐伯は、その後ろを息を殺してついていく。


 一層。二層。


 どちらも倉庫だった。樽と、木箱と、埃。


 三層の入口に、扉があった。


 鉄。錠。その前に、兵が一人。


 水城は、暗がりで矢を抜いていた。


 射るためじゃない。矢尻で、床の目地を軽く叩いた。


 小さな音が、廊下の反対側で鳴った。


 兵が、そっちを向いた。


 その背後に、水城が回った。


 何をしたのかは、見えなかった。


 兵が、崩れるように座り込んだ。


「殺してねえよな」


「首の後ろ。四半刻で起きる」


「弓聖ってのは、そういうこともできんのか」


「訓練で習った」


 水城は、兵の姿勢を直しながら言った。


「騎士団の人が教えてくれた。前線で捕虜を取るときに使うって」


「……女子高生が覚えるもんじゃねえだろ、それ」


「教わったから、覚えた」


 錠は、佐伯が開けた。


 術式に指を当てると、すぐに、かちりと鳴った。


「……お前、それ」


「《魔導理解》だよ。一度見た術式は、再現できる。この錠、書庫の入口と同じだから」


「便利すぎるだろ」


「便利じゃない。一度見ないと駄目なんだ。初見だと何もできない」


「……じゃあ、下の陣は。初めて見るんだろ」


「だから、今から見る」


 佐伯は、眼鏡を押し上げた。


「《解析》で全部読めたら、それで一度見たことになる。そしたら、僕にも動かせるはずなんだ」


 扉が開いた。


  ※


 地下三層は、思っていたより広かった。


 円形の広間だった。


 天井が高い。壁一面に、細かい文字が彫られている。


 そして、中央。


 床いっぱいに、大きな陣が描かれていた。


 その中心に、水晶の柱が立っている。


 俺の背丈の倍はある。両腕を回しても、半分も届かないだろう。


 中で、白い光が、ゆっくりと渦を巻いていた。


「……これか」


「たぶん」


 水城が言った。


「転移の魔道具」


 佐伯が、陣の縁にしゃがみ込んだ。


 文字を、指でなぞっている。


 唇が動いていた。声は出していない。


 時間がないのは分かっていた。


 それでも、こいつの邪魔をするわけにはいかなかった。


 やがて、佐伯が顔を上げた。


 眼鏡の奥の目が、大きく開いていた。


「……黒崎」


「なんだ」


「これ、魔力の蓄積量を示してる」


「蓄積量?」


「うん。柱の中に線があるだろ」


 言われて、俺は目を細めた。


 水晶の内側に、細い線が一本、横に走っている。


「あれが、この陣を動かせる量だ」


「……動かせる量」


「越えてれば動く。足りなきゃ動かない。召喚のときも、帰すときも、要るのは同じだ」


 佐伯は、陣の縁を指でなぞった。


「呼ぶときは、出てくる場所を決められる。だから僕たちは、上の広間に出た。帰すときは、この円の中に乗る。乗った人間を、まとめて向こうへ押し出すんだ」


 白い光の渦は、その線を越えていた。


 越えて、だいぶ上まで来ている。


「……越えてるじゃねえか」


「うん」


「二ヶ月ちょっとだぞ?」


 佐伯は、黙って水晶を見た。


「書庫で調べたんだ」


「何を」


「この王都の真下に、魔力の源があるらしい」


「源?」


「――魔脈」


 その言葉を口にした佐伯の声は、妙に小さかった。


「地下を流れる、天然の魔力の流れだよ。それが湧いてるのが、この王都の真下なんだって」


「それが、この柱に入ってるのか?」


「たぶん。正確には、この陣そのものが魔脈から魔力を引いてる」


 佐伯は、水晶の柱に手を当てた。


「だから、召喚で一度ほとんど空になっても……」


「……勝手に溜まる」


「そういうこと」


「……それなら」


 俺は呟いた。


「帰れるんじゃないのか」


「たぶん」


「たぶん?」


「まだ術式の全部は読めてない。でも、これだけ魔力があるなら……」


 佐伯は、柱の上のほうを見た。


「少なくとも、数年待つ必要はない」


 胸の奥が、ざわついた。


 あの広間で、宰相はこう言った。


 ――再び皆様を送り返すだけの魔力が溜まるまでには、数年を要します。


 ――本来であれば、一年ほどで済むはずでした。


 ――ですが今、この世界の魔力の巡りは著しく滞っております。


「……魔力の巡りが滞ってるから、数年かかる」


 佐伯は、黙っていた。


「でも、実際は違う」


「うん」


「魔脈から、勝手に魔力が流れ込んでる」


「その可能性が高い」


 俺は、拳を握った。


 握って、壁を殴りかけて——やめた。


 音を立てるわけにはいかない。


 召喚で空になったのは、たぶん本当だ。


 この柱は、俺たち三十四人を引きずり込んだんだから。


 だが、嘘はその先にあった。


 いつ線を越えたのかは、分からない。印がないから、誰にも分からない。


 それでも、越えたあとは、ずっと帰れたはずだ。


 三浦も。


 ほかに死んだ連中も。


 全員、帰れた。


「黒崎」


 水城が、小さく言った。


「時間」


「……ああ」


 出ようとしたとき、佐伯が動かなかった。


「佐伯」


「……待って」


「時間ねえぞ」


「待って、これ」


 佐伯は、陣の外側を指していた。


 俺には、ただの模様にしか見えない。


「ここ、直されてる」


「直されてる?」


「書き足された跡がある」


 佐伯の指が、震えていた。


「陣の本体じゃない。呼ぶほうの術式だ」


「呼ぶほう」


「召喚のほう。……誰かが、召喚の術式に手を加えてる」


 俺は、その模様を見た。


 やっぱり、ただの模様にしか見えなかった。


「何を足したんだ」


「分からない。でも、たぶん」


 佐伯は、唾を飲んだ。


「呼ぶ数か、呼ぶ質か、そのどっちかだ」


 その意味を、俺はしばらく考えていた。


 答えが出る前に、水城が俺の袖を引いた。


「次の組が来る。戻ろう」


  ※


 三層を出て、二層を抜けて、一層の階段を上がった。


 誰にも会わなかった。


 東棟の廊下に出たとき、俺たちは汗だくになっていた。


 角を曲がった。


 そこに、人が立っていた。


 蝋燭を一本、手に持って。


 宰相バルドだった。


 誰も、動けなかった。


 佐伯の膝が笑っているのが、横目に見えた。


 宰相は、俺たちを見た。


 一人ずつ、順番に。


 そして、静かに言った。


「夜更かしは、お身体に障りますよ」


 それだけだった。


 彼は、脇をすり抜けて歩いていった。


 蝋燭の光が、遠ざかっていく。


 角を曲がる直前、一度だけ止まった。


「黒崎殿」


「……なんだよ」


「三層は、冷えます。次は上着をお持ちください」


 足音が、消えた。


 佐伯が、その場に座り込んだ。


「……なあ、黒崎」


「言うな」


「知ってたよな、今の」


「言うなって」


 部屋の前の見張りは、何も言わなかった。


 止めなかっただけだ。見ていなかったわけじゃない。


  ※


 昼前に、姫川が宿から戻ってきた。


「行ってきたよ、宿」


「……どうだった」


「うん、あのね」


 姫川は、少し困ったような顔をした。


「ルナちゃん、窓のとこから動かないの」


「……そうか」


「ご飯置いてきたけど、食べないと思う」


「……そうか」


「あとさ、あの子、あんたのブレザー着てた」


「……ああ」


「ぶかぶかの。袖、余ってんの」


 姫川は、にやっとした。


「あれ、あんたのでしょ」


「……貸してるだけだ」


「ふーん」


 それから、姫川は少しだけ声を落とした。


「それとね。『レンは?』って。それだけ聞かれた」


 俺は、窓の外を見た。


 商業区の外れ。


 昨夜の、蝋燭の明かりが浮かんだ。


 ……まだ、呼べない。

『ブックマークの登録』『いいね』『評価点』を付けていただけると大変うれしいです。宜しければお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。