第24話 隠れねえよ
「時間がない」
東雲が、立ち上がった。
「さっき決めたことを、今から分ける」
東雲は、まず水城を見た。
「転移の魔道具。水城さん、場所は分かる?」
「分かってる」
水城は即答した。
「地下三層。近衛騎士団の管轄。入り口に、いつも四人」
「見られる?」
「今は無理。でも、交代がある」
水城は、指を一本立てた。
「三日に一度、深夜に。そのとき一人になる時間がある」
「どれくらい」
「たぶん、短い。調べる」
……こいつ、そんなとこまで見てたのか。
「九条さん」
「はい」
「戦えない人たちを、戦いから外してほしい。九条さんから、王国に」
九条が、顔を上げた。
「わたくしが、ですの?」
「九条さんが、一番信用されてる。聖騎士で、規律を守る人だって、騎士団も知ってる」
九条は、少しだけ黙った。
それから、背筋を伸ばした。
「承知いたしましたわ。わたくしから、申し上げます」
※
「それから、黒崎くん」
東雲が、俺を見た。
「黒崎くんには、隠れてもらう」
「断る」
部屋が、静かになった。
「……黒崎くん」
「隠れねえよ」
「理由を」
「隠れたら、お前らが俺を隠したことになる」
俺は、部屋の中を見回した。
「見つかったとき、罰を食らうのは俺じゃねえ。かくまった側だ」
「…………」
「一人が消えるより、みんなが消えるほうがまずいだろ」
「黒崎、てめえ」
大我が立ち上がった。
「またそれかよ! あんときと同じだろうが!」
「同じじゃねえ」
「同じだ! 一人で背負う気だろ!」
「聞け」
俺は、大我の肩を掴んだ。
「俺は、死にに行くとは言ってねえ」
「じゃあ何だよ」
「自分で行く」
「……は?」
※
「城に、自分の足で行く」
誰も、何も言わなかった。
「神崎が報告するなら、その前に自分から出たほうがいい」
俺は言った。
「見つかったんじゃなくて、出頭したことになる。そうすりゃ、かくまった奴はいねえ」
「……黒崎くん」
「あいつらは俺を殺せねえよ。少なくとも、すぐには」
「どうして」
「死海の森から生きて帰った人間だからだ」
東雲の目が、少し動いた。
「……ああ」
佐伯が、声を出した。
「そうか。そういうことか」
「なんだよ、佐伯」
「立入禁止区域だぞ。二百年、誰も帰ってきてない」
佐伯は、早口になった。
「そこから帰ってきた人間がいたら、王国は絶対に話を聞きたがる」
「殺す前に、聞くってこと?」
姫川が言った。
「そう。中に何があったか。どうやって生き延びたか。……たぶん、そっちのほうが価値が高い」
「……生かしとく理由になるってことか」
大我が言った。
「そうだな」
「……それ、黒崎の見立てでしょ」
水城が言った。
「王国が同じように考えるとは限らない。話も聞かずに、その場で殺すかもしれない」
「かもな」
「かもな、じゃない」
「分かってる。賭けだ」
俺は言った。
「でも、隠れてても、見つかったら同じだろ。だったら、自分で賭けたほうがいい」
「ふざけんな」
大我が言った。
「他に手があるか」
大我は、答えられなかった。
※
そのときだった。
「……だめ」
部屋の全員が、振り返った。
ルナが、そこに立っていた。
外套のフードの下から、赤い目だけが見えていた。
こいつが、あいつらの前で口を開いたのは、初めてだった。
「……行っちゃ、だめ」
「ルナ」
「……だめ」
「聞けって」
「……いや」
ルナは、俺の袖を掴んだ。
破けたほうの袖を。
姫川が、小さく「え」と言った。
白石は、何も言わなかった。
袖を掴んだルナの指から、ルナの顔へ。それから、俺へ。
見比べるように、もう一度ルナへ目を戻した。
俺も、驚いていた。
こいつが、こんなふうに人前で何かを言うとは思っていなかった。
「ルナ。俺は死なねえよ」
「……分からない」
「大丈夫だ」
「……あの人たち、レンを捨てた」
ルナは、袖を離さなかった。
「……森に。死ぬところに」
「……」
「……また、同じことする」
俺は、黙った。
こいつには、話してある。召喚されて、要らないと言われて、あの森に捨てられたことを。
さっきの話も、全部聞いていた。
俺が行こうとしているのは、一度俺を捨てた連中のところだ。こいつは、それを知っている。
「……黒崎くん」
東雲が言った。
「ん」
「三日、待ってほしい」
「三日?」
「水城さんが交代の時間を確かめて、転移の魔道具を見に行く」
「見て、どうすんだよ」
「王国は、魔力が溜まるまで数年かかるって言った。それが本当かどうか分かる」
東雲は、俺から目を逸らさなかった。
「もう溜まっていたら、帰れる。みんなで」
「…………」
「そうなったら、黒崎くんが城に行く理由は、なくなる」
「溜まってなかったら」
「そのときは、黒崎くんの考えに乗る」
俺は、東雲を見た。
「お前、止めてんのか、止めてねえのか、どっちだよ」
東雲は、少しだけ間を置いた。
「止めたい。でも、止めても行くと思う」
「……まあな」
「だから、行かなくていい道を、先に探す」
俺は、笑ってしまった。
「……分かった。待つ」
ルナが、袖を握ったままだった。
俺は、その手を軽く叩いた。
「まだ何も決まってねえ」
「……うん」
「大丈夫だ」
「……うん」
全然、納得していない返事だった。
※
日が落ちてから、俺たちは施療院を出た。
一人ずつ、時間をずらして。
白石だけは残った。ここは、こいつの持ち場だ。
俺とルナが最後だった。
「蓮くん」
扉のところで、白石が呼び止めた。
「なんだよ」
「……あの」
「うん」
「…………」
白石は、口を開けて、閉じた。
もう一度開けて、また閉じた。
「白石」
「……なんでもない」
「なんでもなくねえだろ」
「……ううん」
白石は、首を振った。
それから、少し笑った。
「……傘」
「ん?」
「帰ったら、ちゃんと返すから」
「おう」
白石は、そこで一度だけ言葉を止めた。
「……だから、帰ろうね」
「ああ」
俺は、外へ出た。
扉が閉まる直前。
白石が、ルナのほうを見たのが、視界の端に入った。
※
——白石美咲 Side——
あの子が目に入った瞬間、胸の奥で鐘が鳴った。
《感応》は、鐘みたいなものだ。
魔族が近くにいると、胸の奥で小さく鳴る。強い魔族なら、低く、何度も。
レスタの砦には、四百の魔族が押し寄せた。治癒所にいても、鐘は鳴りやまなかった。
でも、あの子のは違った。
鐘が、いくつも重なって鳴った。どれがどれだか分からないくらいに。
それと一緒に、胸の奥が冷えた。冬の水に手を入れたときみたいに。
手が、勝手に上がった。
私は、自分がそんなに速く動けるとは知らなかった。
……あれは、聖女の身体が覚えていることなんだと思う。
私じゃない、もっと前の誰かが。
※
教会の記録を、私は読んでいる。
毎晩、少しずつ。
聖女が生まれたのは、三度だけだった。
最後の一人は、二百年前。
記録に、こう書いてあった。
——三つの街、三日にて壊滅。
——原因、記載を禁ず。
禁じられていた。
王国の教会の記録で、原因が伏せられているものは、あれしかなかった。
だから私は、その前後を全部読んだ。
そして、たった一行だけ見つけた。
二百年前の聖女が、晩年に書き残した言葉だ。
——あれは、討つべきものではなかった。
意味が分からなかった。
今も、分からない。
※
手を上げたあの一瞬、私は、あの子と目が合った。
あの子は、逃げなかった。身構えもしなかった。
ただ、こっちを見ていた。
何を思っている目なのか、私には分からなかった。二百年前の人が見たものと同じなのかどうかも。
分かっているのは、一つだけ。
蓮くんが、半歩、横に出た。
蓮くんは、何も知らないと思う。
私が何をしようとしたのかも、あの子が何なのかも。
ただ、光があの子のほうを向いていたから。
それだけで、間に入った。
……あの日と、同じだった。
傘立ての前で、五分立っていた私。
たくさんの人が通り過ぎて、誰も止まらなかった。
一人だけ、止まった。
蓮くんは、傘を渡した相手が私だとも知らなかった。
困っている人がいたから、傘を渡して走っていった。
それだけだった。
今日も、それだけだった。
私は、手を下ろした。
※
言おうと思ったことが、いくつかあった。
「あの子、人間じゃないよ」
「危ないよ」
「私、消せるかもしれない」
全部、本当だ。
でも、言ったら。
蓮くんは、少し考えて、それから「そうか」って言う気がする。
それで、終わり。
あの子を見る目も、たぶん何も変わらない。
昇降口で、名前も聞かずに傘を渡してくれた人だ。
相手が誰かなんて、蓮くんには、きっと関係ない。
……そういうところが、いいなと思う。
だから、私は言わない。
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