デュラハン編-2 雷をまとう門番
黒い騎馬が、雷をまとって突進してくる。
山頂の岩盤を蹴る蹄音は、ただの音ではなかった。
一歩ごとに地面へ魔力が打ち込まれ、足元から痺れるような震動が走る。
リオルの付与で、四人の足元には淡い道筋が浮かんでいた。
避ける場所。
支える場所。
踏み込む場所。
戻る場所。
針鳴りの回廊で生まれた《帰路の灯》の戦い方。
それは、攻めるためだけの地図ではない。
誰も倒れず、誰も置き去りにせず、全員で帰るための位置取りだった。
「右へ二歩!」
リオルが叫ぶ。
リゼが即座に動く。
その横を、雷を帯びた槍がかすめた。
空気が焼け、髪がふわりと逆立つ。
「近いっ!」
「でも避けました!」
「それはそうだけど、褒められてる気がしない!」
リゼは杖を構え直し、小さな火花をいくつも散らした。
大きな火球ではない。
デュラハンのメタルアーマーは、魔力を滑らせる。
正面から魔法をぶつけても、鎧の表面を流されるだけだ。
だから、照らす。
火花はデュラハンの鎧に付着した岩粉や煤を浮かび上がらせ、魔力が滑る方向を見せた。
「肩から胸へ流れてる! 継ぎ目は左脇!」
「見えました!」
リオルはデュラハン本体ではなく、鎧に付着した煤へ手を向ける。
「極所付与!」
淡い光が、黒銀の鎧の表面を走る煤に宿った。
「対象、鎧表面に付着した焦げ粉。性質指定――魔力の流れを示す線としての見えやすさ。二十四時間、増大!」
鎧の表面に、細い青白い線が浮かんだ。
魔力が滑っていく筋道。
鎧が攻撃を逃がすための流れ。
リゼが目を細める。
「そこね!」
彼女は火線を一本だけ放った。
火線は大きくない。
けれど、リオルが浮かび上がらせた魔力線の切れ目へ正確に入る。
ぱんっ!
小さな爆発。
デュラハンの左脇に、浅い焦げ跡が走った。
「通った!」
リゼが叫ぶ。
しかしデュラハンは、怯むどころか槍を返した。
「見抜く目あり」
低い声。
次の瞬間、黒馬が横へ跳んだ。
山頂の端ぎりぎりを駆け抜け、崖側から回り込む。
普通の馬なら足を滑らせる岩場を、まるで平地のように走る。
馬術。
それが、このデュラハンの本当の厄介さだった。
メタルアーマーの防御。
雷をまとった槍。
そして、騎馬による圧倒的な機動力。
どれか一つでも厄介なのに、それらが完全に噛み合っている。
「ガルドさん、正面です!」
「任せろ!」
ガルドが大盾を構える。
デュラハンの槍が、真正面から突き込まれた。
轟音。
盾と槍がぶつかる。
ガルドの足元の岩盤は、リオルの付与によって支点として強化されている。
それでも、膝がわずかに沈んだ。
「重い……!」
ガルドの額に汗が浮かぶ。
ただ受けるだけなら、いつか押し切られる。
リオルは即座に盾の前方、槍と盾の間の空気へ手を向けた。
「対象、盾前方の空気層。性質指定――真正面から受けず、横へ案内する礼儀正しさ。二十四時間、増大!」
「礼儀正しさ!?」
リゼが突っ込む。
だが、効果はあった。
槍の勢いが空気の層に触れた瞬間、ほんのわずかに横へ流れる。
ガルドはその流れに合わせて盾を傾けた。
槍先が盾の端を滑り、岩盤を削って逸れる。
「助かる!」
ガルドが叫ぶ。
「でも、今の付与の言い方は後で聞くわ!」
「後でお願いします!」
デュラハンは槍を引き、馬を旋回させた。
その動きに、乱れはない。
まるで、こちらの工夫を一つずつ記録しているようだった。
「止めるだけでは足りぬ」
デュラハンが言った。
「門を閉じる者は、群れを退けねばならぬ」
「群れって、魔物の群れのこと?」
リゼが叫ぶ。
「山の向こうから来るんですか!」
リオルが問いかける。
デュラハンは答えず、槍を天へ掲げた。
空の黒雲が渦を巻く。
紫色の雷が、無音で槍先へ落ちた。
雷は槍を伝い、デュラハンの鎧へ流れ、黒馬の蹄まで巡る。
山頂全体の魔力が、一気に跳ね上がった。
ミナが顔をしかめる。
「魔力酔いが来ます。長引くと危険です」
「なら、早めに決める!」
リゼがスティックを構えた。
だがリオルは、デュラハンではなく山頂の魔法陣を見ていた。
雷が落ちるたび、焦げた外周の線が一瞬だけ浮かび上がる。
召喚陣。
いや、門の制御陣。
デュラハンはこの陣から呼ばれた。
だが同時に、この陣を通じて門を押さえている。
雷は攻撃であると同時に、陣を動かす燃料でもある。
「……この雷、全部攻撃に使っているわけじゃない」
リオルは呟いた。
「半分は、門を押さえるために流しているんだ」
ガルドが盾を構えながら言う。
「つまり、デュラハンを倒すと門が緩む可能性があるか」
「はい。だから壊しきってはいけません」
リゼが顔をしかめる。
「また難しいこと言うわね。倒さず、でも認めさせる?」
「そうです」
「ほんと、最近の敵は倒すだけじゃ終わらないわ」
デュラハンの槍が振り下ろされた。
紫雷が地面を走る。
リオルは焦げた魔法陣の一部へ手を向けた。
「対象、焼き切れた封印線の端と端。性質指定――一時的につながっていると思い出しやすさ。二十四時間、増大!」
途切れていた陣の線が、淡く光で結ばれた。
紫雷は四人へ向かわず、その光の線へ吸い込まれる。
山頂の魔法陣が低く唸った。
黒雲が一瞬、薄くなる。
デュラハンの兜の奥の青火が揺れた。
「封を読むか」
「完全には読めていません!」
リオルは正直に叫んだ。
「でも、あなたが門を止めようとしていることはわかりました!」
「ならば示せ」
デュラハンは槍を構え直す。
「門を前にして、退かぬ力を」
黒馬が再び駆ける。
今度の突進は、先ほどまでと違った。
まっすぐではない。
左右に跳ね、岩場を蹴り、空中で向きを変える。
騎馬というより、雷そのものが馬の形をしているような動きだった。
リオルの足跡付与による道筋でも、追いきれない。
「速すぎる!」
リゼが火花を散らすが、照らした時にはもう位置が変わっている。
ガルドの盾も間に合わない。
デュラハンの槍先が、リオルへ向いた。
「リオル!」
ミナが叫ぶ。
リオルは逃げようとして、足を止めた。
逃げ道はある。
だが、そこへ逃げればリゼの射線を塞ぐ。
ガルドの盾の内側からも外れる。
なら、道を作る。
自分の体ではなく、世界に。
リオルは目の前の岩粉へ手を伸ばした。
「対象、僕の前方一歩分に舞う岩粉。性質指定――蹄が踏む場所を先に教える親切さ。二十四時間、増大!」
空中の岩粉が、デュラハンの蹄が次に踏む位置へ吸い寄せられるように流れた。
進路が見えた。
「ガルドさん、左前!」
「応!」
ガルドが飛び込む。
大盾がリオルの前に入った。
デュラハンの槍が盾を打つ直前、リオルは盾ではなく、槍先と盾の間の空気をもう一度見る。
「対象、槍先の周囲空気。性質指定――勢いを言葉にする前に息を整える間。二十四時間、増大!」
「今度は詩みたいになった!」
リゼの叫びが聞こえる。
だが、槍の速度がほんの一瞬だけ鈍った。
ガルドはその一瞬で盾を斜めに入れ、槍を受け流す。
デュラハンの体勢がわずかに崩れた。
「今です!」
リオルが叫ぶ。
ミナが走った。
白い杖を両手で握り、黒馬の前脚近くへ踏み込む。
デュラハンは槍を戻そうとするが、リゼの火花が鎧の継ぎ目を照らし、動きを一瞬遅らせた。
「ミナ、いける!」
「はい!」
ミナは黒馬の蹄そのものではなく、その直前の岩盤を叩いた。
「えいっ!」
ぽこん。
小さな音が、山頂に響く。
岩盤への打撃は弱い。
だが、ミナのユニークスキルは、その衝撃を仲間の回復へ変える。
疲労が抜ける。
息が戻る。
痺れた指先に感覚が戻る。
さらに、叩かれた岩盤がわずかにへこんだ。
黒馬の蹄が、そのへこみに入る。
転ばせるほどではない。
傷つけるほどでもない。
ただ、一歩だけ勢いを殺す。
デュラハンの突進が止まった。
ガルドが盾を押し込む。
「おおおおっ!」
盾が槍を弾き上げる。
リゼが火線を放ち、鎧の魔力線を一瞬だけ焼き切る。
リオルはデュラハン本体ではなく、馬の周囲の空気へ付与した。
「対象、黒馬の周囲の空気。性質指定――急停止しても落馬しない支えやすさ。二十四時間、増大!」
リゼが目を丸くする。
「敵の落馬まで心配するの!?」
「落としたら危ないです!」
「戦闘中よ!?」
「だからです!」
黒馬の勢いは止まった。
だが、デュラハンは落馬しない。
代わりに、馬上で槍を弾かれ、完全に姿勢を崩した。
その胸部、メタルアーマーの中央。
魔力を滑らせる線が、リゼの火で一瞬だけ途切れている。
リオルは叫んだ。
「ミナさん、胸の中央ではなく、少し下の空気を叩いてください!」
「空気を?」
「はい!」
ミナは迷わなかった。
白い杖を振る。
「えいっ!」
ぽこん。
杖はデュラハンの鎧に触れていない。
だが、リオルがすぐに付与する。
「対象、ミナさんの杖と鎧の間に挟まった空気。性質指定――打撃の意味を届ける伝言役としての誠実さ。二十四時間、増大!」
空気を通じて、ミナの小さな打撃が鎧の内側へ届いた。
衝撃はわずか。
だが、デュラハンの青火が揺れるほどには届いた。
同時に、ミナの回復がパーティへ広がる。
疲労がさらに軽くなる。
リゼが笑った。
「空気越しぽこん、成功!」
「その呼び方は恥ずかしいです!」
ミナが頬を赤くする。
デュラハンは馬上で槍を下げた。
青白い火が、静かに揺れている。
「……届かせたか」
その声には、初めて明確な感情があった。
驚き。
そして、わずかな納得。
だが戦いは終わらない。
デュラハンは槍を両手で構えた。
黒馬も再び体勢を整える。
山頂の魔法陣が、これまでで最も強く光った。
空の黒雲が渦を巻き、紫雷が何本も槍先へ集まる。
リゼの顔色が変わる。
「さっきより大きい!」
ガルドが盾を構える。
「今度は受け流しきれんかもしれん」
デュラハンが告げる。
「最後に問う」
槍先に集まった雷が、黒い光を帯びる。
「退くか、進むか」
リオルは息を吸った。
退けば、おそらく命は助かる。
デュラハンは撤退を許す。
これまでの冒険者たちと同じように。
だが、門は開きかけている。
魔力は山を下り、魔物を集めている。
ここで退けば、王都へ迫る危機の正体を誰も止められないかもしれない。
リオルは仲間を見る。
リゼは杖を構えている。
ガルドは盾を下ろさない。
ミナも白い杖を握り、静かに立っている。
誰も、無理をしているわけではない。
怖くないわけでもない。
それでも、退く理由より進む理由が勝っている。
「進みます」
リオルは言った。
「ただし、あなたを壊して進むのではなく、門を止めるために」
デュラハンの槍が、わずかに上がる。
「ならば受けよ」
黒馬が駆けた。
雷をまとった最後の突進。
山頂の岩盤が割れ、空気が震え、魔法陣が悲鳴のように光る。
リオルは走らない。
逃げない。
足元の光る道筋を見て、必要な場所へ手を伸ばす。
「リゼさん、外周の切れた線を全部照らしてください!」
「全部!? やるわよ!」
リゼの火花が山頂に散る。
針鳴りの回廊で覚えた、照らす火。
それが、焼き切れた封印線の位置を次々と浮かび上がらせる。
「ガルドさん、中心に盾を!」
「任せろ!」
ガルドが魔法陣の中央へ盾を突き立てる。
盾そのものではなく、盾が立つ場所が要になる。
「ミナさん、ガルドさんの足元を叩いてください!」
「はい!」
ミナがガルドの足元の岩盤を叩く。
「えいっ!」
ぽこん。
小さな打撃が、ガルドの疲労を戻す。
盾を支える腕に力が戻る。
そしてリオルは、山頂の魔法陣へ手を向けた。
人ではない。
デュラハンでもない。
仲間でもない。
門を止めるための、壊れた線へ。
「極所付与!」
淡い光が、リゼの火花で照らされた封印線を結んでいく。
「対象、山頂の封印陣に残る全ての途切れた線の端。性質指定――今だけ、ひとつの輪として思い出す力。二十四時間、増大!」
焼け焦げた線が、光の輪になる。
デュラハンの雷槍が、その輪へ突き込まれた。
本来なら、四人を吹き飛ばす一撃。
だが雷は、リオルの付与した封印線へ吸い込まれていく。
リゼの火が道を照らし、ガルドの盾が中心を支え、ミナの回復が全員の踏ん張りを保つ。
雷が輪を巡る。
山頂全体が青白く輝いた。
デュラハンの槍が、ガルドの盾の前で止まる。
わずか一寸。
届かない。
槍先の雷が消え、黒馬の蹄が岩盤に沈むように止まった。
静寂。
風だけが、山頂を抜けていく。
デュラハンは槍を引かなかった。
ただ、兜の奥の青火でリオルを見ていた。
長い沈黙のあと、彼は槍を下ろした。
「……認める」
黒馬が前脚を折り、静かに膝をついた。
デュラハンも馬上で槍を横に伏せる。
「汝ら、退く資格を持ち、なお進む資格を示した」
リゼがその場に座り込みそうになりながら言う。
「つまり、合格ってこと?」
「そのようだ」
ガルドも盾に体重を預けた。
ミナはほっと息を吐く。
「皆さん、怪我は?」
「ありません」
リオルは答えた。
「疲労はありますが、ミナさんのおかげで動けます」
ミナは少しだけ嬉しそうに笑った。
「よかったです」
デュラハンは馬上から降りた。
黒銀のメタルアーマーが、重い音を立てる。
近くで見ると、その鎧には無数の古い傷が刻まれていた。
だが、どの傷も致命的ではない。
戦い続けるための鎧。
守り続けるための鎧。
デュラハンは、山頂の魔法陣を指した。
「これは雷門」
「雷門……」
リオルが繰り返す。
「古き封印の一部。門の向こうは、獣哭きの谷。魔力に飢えた魔物が集う場所」
リゼが眉をひそめる。
「そんな場所とつながってるの?」
「本来は閉じていた」
デュラハンは、焼け切れた封印線を見る。
「だが、封標が欠けた。根、針、雷。三つの封標のうち、雷が裂けた」
リオルは息を呑んだ。
「根……もしかして、陽だまり草の丘にあった根標石も?」
「根は揺らぎ、されど戻った」
デュラハンはリオルを見た。
「汝らが整えた」
リゼが小声で言う。
「薬草採取、やっぱり本筋だったの?」
ガルドが腕を組む。
「偶然ではなかったということか」
リオルは考え込んだ。
陽だまり草の根標石。
針鳴りの回廊の審問者。
そして、山頂の雷門。
すべてが古代の封印系統につながっている。
原初の書庫。
原初の魔導書。
それは単なる付与術の根源ではなく、この国の古い封印網にも関係しているのかもしれない。
「雷門は、完全に開きかけているんですか?」
リオルが尋ねる。
デュラハンは首を横に振るように、兜をわずかに動かした。
「今はまだ裂け目。されど魔力は漏れる。漏れた魔力は魔物を呼ぶ」
「つまり、門が完全に開く前に、魔物が山へ集まる」
「そうだ」
ミナの顔が曇る。
「それが、スタンピードの原因になるんですね」
デュラハンは頷いた。
「群れは門より早く来る。飢えた魔物は濃き魔力を追い、山を登り、溢れれば麓へ下る」
リゼが唇を噛む。
「王都方面へ?」
「風と谷の道が、王都へ向く」
重い沈黙が落ちた。
門が完全に開くのを防ぐだけでは足りない。
すでに漏れた魔力に誘われ、魔物が集まり始めている。
その群れが一定数を超えれば、門が開く前にスタンピードが起きる。
ガルドが尋ねた。
「猶予は?」
「三度、黒雷が落ちるまで」
「時間にすると?」
リオルが魔法陣を見る。
黒雲の動き。
魔力の流れ。
封印線の損傷。
「おそらく、二日から三日」
リオルは言った。
「ただし、魔物の集まり方次第ではもっと早いかもしれません」
リゼが立ち上がる。
「急いでギルドに報告ね」
「はい」
リオルは頷いた。
デュラハンは、胸元の鎧から小さな黒い金属片を取り外した。
鐙の一部のような形をしている。
「持て」
リオルは慎重に受け取った。
「これは?」
「雷門の欠片。魔力の濃き場所を示す。群れの集まる道も、これで読める」
黒い金属片には、紫の細い線が走っていた。
リオルが触れると、山の斜面に向かって線が伸びるように見えた。
「これがあれば、魔物が集まっている地点を探せます」
ガルドが頷く。
「防衛線を作る必要があるな」
「討伐だけではなく、誘導も必要です」
リオルは言った。
「魔物を王都へ向かわせないために、魔力の流れをずらす方法を考えます」
リゼが肩を回す。
「また世界に変な付与するわけね」
「必要なら」
「いいわよ。今さら驚かない」
ミナが静かに微笑む。
「でも、休む時間も少しは取りましょう。皆さん、かなり消耗しています」
リオルは頷いた。
「はい。無理をすると判断を誤ります」
リゼが意外そうに見る。
「最近、そこはちゃんとわかってきたじゃない」
「皆さんを無事に帰すためです」
「うん。それでいいんじゃない」
デュラハンは再び黒馬にまたがった。
その体が、少しずつ石へ戻っていく。
戦闘を終えた門番は、また山頂の像となって門を押さえるらしい。
リオルは一歩前へ出た。
「あなたは、ここから動けないんですか」
「我は雷門に刻まれた番人。門ある限り、ここに在る」
「名前は?」
デュラハンはしばらく沈黙した。
「名は失われた」
ミナが少し悲しそうな顔をする。
リゼも珍しく何も言わなかった。
リオルは考え、静かに言った。
「では、また来ます。門を閉じる方法を探して」
デュラハンの兜が、わずかにリオルへ向いた。
「付与術師」
「はい」
「汝は我に付与しなかった。敵である我にも」
リオルは少し迷ってから答えた。
「あなたには、戦う理由があるように見えました。だから、勝手に変えたくありませんでした」
デュラハンの青火が、ほんの少しだけ揺れた。
「ならば、その力を忘れるな」
「え?」
「力は、相手を変えるためだけにあらず。道を整え、選ばせるためにもある」
リオルは息を止めた。
デュラハンの体が、石へ戻っていく。
「敗者には退路を。勝者には重き道を」
最後に、兜の奥の青火が小さく瞬いた。
「進め。帰路の灯」
完全に石化したデュラハン像が、山頂に立つ。
黒馬も、槍も、外套も、再び灰色の石となった。
だが、その周囲の魔力は少しだけ落ち着いていた。
リオルたちが一時的に封印線をつなげたことで、雷門の漏れが弱まったのだ。
それでも、危機は去っていない。
山の下では、魔物が集まり始めている。
王都へ向かう風と谷の道。
そこに群れが流れ込めば、スタンピードになる。
リゼが大きく息を吐いた。
「薬草採取の次が、王都防衛になりそうなんだけど」
ガルドが盾を担ぐ。
「冒険者らしくなってきたな」
「規模が急に大きいのよ」
ミナがリオルの持つ黒い欠片を見る。
「まずは報告ですね」
「はい」
リオルは黒雷の欠片を握った。
そこから伸びる紫の線が、山の斜面のいくつかの地点を示している。
魔力溜まり。
魔物が集まる場所。
スタンピードの芽。
「急ぎましょう」
リオルは言った。
「門が開く前に、群れを散らします」
四人は山頂を後にした。
背後では、石像に戻ったデュラハンが、黒雲を見上げるように立っている。
敗者には退路を。
勝者には重き道を。
その言葉の意味を、リオルは胸の奥で繰り返した。
付与は、人を縛る鎖ではない。
道を整え、選ばせるための灯。
だが、その灯で照らされた先には、もう日常の依頼では済まない危機が待っていた。
王都へ迫るかもしれない、魔物の群れ。
《帰路の灯》の次の戦いは、すでに山の麓で始まりかけていた。




