デュラハン編-1 山頂に立つ首なし騎士
陽だまり草の依頼を終えた翌朝。
リオルは、宿屋の自室で目を覚ました瞬間、真っ先に枕元を見た。
「……生えてない」
枕元に陽だまり草は生えていなかった。
机の上には、小瓶に入れた検査用の葉が置かれている。
葉の端には、まだかすかに金色の文字が残っていた。
【リオル:+1】
だが、葉は静かにしている。
リオルへ這い寄る気配もない。
好意を示すように揺れることもない。
「経過観察、一日目。異常なし」
リオルは真面目な顔でメモを取った。
その時、隣室からリゼの声が響いた。
「リオル! 薬草に朝の挨拶してないで、下りてきなさい!」
「してません!」
「してたでしょ!」
「経過観察です!」
返事をしながら、リオルは小瓶を鞄にしまった。
昨夜、孤児院へ薬を届けたあと、《帰路の灯》の四人は久しぶりにまともな食事と休息を取った。
霧鳴りの迷宮。
針鳴りの回廊。
訳あり薬草採取。
立て続けに奇妙な依頼をこなした彼らにとって、今日は何もない日になるはずだった。
少なくとも、朝食の前までは。
◇
宿屋の食堂は、いつもより騒がしかった。
冒険者、商人、旅人、配達人。
それぞれが食事そっちのけで、同じ話題を口にしている。
「見たか? 山頂のあれ」
「ああ、雷が落ちたと思ったら、石像が立ってたって話だろ?」
「石像じゃねえ。デュラハンだ」
「首なし騎士か?」
「いや、兜はあるらしいぞ。首がないんじゃなくて、兜付きの鎧だけが動くとかなんとか」
「近づいた冒険者が襲われたって聞いたぞ」
「でも死者は出てねえらしい。負けを認めたら見逃すんだと」
「魔物のくせに?」
「だから騒ぎになってるんだろ」
リオルは席につくなり、動きを止めた。
「デュラハン……?」
リゼが焼きたてのパンをちぎりながら、眉をひそめる。
「朝から物騒ね」
ガルドは水を一口飲んでから言った。
「デュラハンは高位のアンデッド系に分類される。普通なら、低ランク冒険者が近づいていい相手ではない」
ミナも表情を曇らせた。
「でも、負けを認めたら撤退を許すというのは、不思議ですね」
「アンデッドなのに礼儀正しいのかしら」
リゼが言う。
リオルは少し考え込んだ。
「被害が出ていないなら、討伐対象というより調査対象になるかもしれません」
「また調査?」
リゼがパンを口に運ぶ。
「私たち、最近ずっと調査してない?」
「冒険者の基本は調査と生存です」
「それはそうだけど、もう少し普通に宝箱を開けたりしたいわ」
「宝箱は罠の可能性が高いです」
「あんたの中の宝箱への信頼、低すぎない?」
「針鳴りの回廊で学びました」
リゼは反論しかけたが、あの金属糸の網を思い出したのか黙った。
そこへ、宿屋の扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは、冒険者ギルドの受付嬢エリナだった。
朝から走ってきたのか、少し息を弾ませている。
「リオルさん、リゼさん、ガルドさん、ミナさん。よかった、こちらにいらっしゃいましたね」
リゼが嫌そうな顔をする。
「その顔、絶対に面倒な依頼でしょ」
「はい」
「そこは否定しなさいよ」
エリナは苦笑しつつ、真剣な顔で言った。
「王都北西のクラウ山頂に、昨夜未明、謎のデュラハン像が出現しました」
「像?」
ガルドが尋ねる。
「最初に確認された時は、完全に石化した騎士像だったそうです。ですが、接近した冒険者に反応して石化を解除。騎馬状態で戦闘を仕掛けてきたとのことです」
「騎馬?」
リゼが目を丸くする。
「山頂に馬までいるの?」
「はい。黒い石馬です。デュラハン本体と同じく、普段は石化しています」
リオルは静かに聞いていた。
「負けを認めると撤退を許す、という話は本当ですか?」
「本当のようです。現在までに三組の冒険者が接触しましたが、全員生還しています。いずれも戦闘不能になる前に降参を宣言したところ、デュラハンは追撃せず、山道の出口まで退くよう身振りで促したそうです」
「言葉は?」
「ほとんど発しないそうです。ただ、一度だけ“退け”と聞こえたという証言があります」
ミナが小さく息を呑む。
「討つためではなく、追い返すために戦っているのでしょうか」
「その可能性があります」
エリナは頷いた。
「ですが問題は、デュラハンそのものだけではありません。山頂周辺の魔力濃度が急激に上昇しています」
ガルドの表情が険しくなる。
「魔物が集まるな」
「はい。今のところ大きな群れは確認されていませんが、この濃度が続けば、周辺の魔物が引き寄せられる危険があります」
リゼがパンを皿に置いた。
「つまり、放置するとスタンピードの火種になるかもしれない」
「まだ可能性の段階です。ただ、調査は必要です」
エリナは四人を見た。
「皆さんにお願いしたいのは、山頂のデュラハンとの接触、および周辺魔力濃度の原因調査です。討伐は必須ではありません。危険と判断した場合は、撤退を優先してください」
リオルはすぐに言った。
「撤退条件があるなら、事前に決めましょう」
リゼが腕を組む。
「戦う前から撤退の話?」
「大事です。相手が撤退を許すなら、こちらも無理をしない判断ができます」
ガルドは頷いた。
「賛成だ。相手の目的が不明な以上、倒すことだけを考えるべきではない」
ミナも続ける。
「相手が本当に被害を避けているなら、理由を知りたいです」
エリナは安堵したように依頼書を差し出した。
「引き受けていただけますか?」
リオルは仲間たちを見た。
リゼはため息をつきながらも、もう杖を手にしている。
ガルドは盾の留め具を確認している。
ミナは静かに頷いた。
「受けます」
リオルはそう答えた。
休息の日は、朝食前に終わった。
◇
クラウ山は、王都北西にそびえる岩山だった。
険しい山ではない。
山道も整備されており、晴れた日には山頂から王都を一望できる。
だが今日は、空気が明らかに違った。
山の中腹に差しかかった頃から、肌にまとわりつくような魔力が濃くなっていく。
リゼが眉をひそめた。
「うわ、魔力が濃い。呼吸が重い感じがする」
ミナも胸元に手を当てる。
「魔力に敏感な人は、長時間いると気分が悪くなるかもしれません」
ガルドは周囲を警戒する。
「小型魔物の足跡が増えている」
リオルは道端の石へ手をかざした。
石の表面に、細い魔力の粒が付着している。
「山頂から魔力が降りてきています。風に乗っているだけではありません。地面にも染み込んでいる」
「原因はデュラハン?」
リゼが尋ねる。
「可能性はあります。でも、デュラハンが魔力を出しているというより、何かの魔力がデュラハンを中心に集まっているように見えます」
ガルドが言う。
「磁石のようなものか」
「近いです」
リオルは地面へ手を向けた。
「極所付与」
淡い光が、山道の小石に宿る。
「対象、この山道の小石の表面。性質指定――魔力の流れる向きの見えやすさ。二十四時間、増大」
小石の表面に、青白い筋が浮かんだ。
筋は山頂へ向かっている。
リゼが覗き込む。
「道案内みたいね」
「魔力の流れを可視化しただけです」
「便利すぎるわよ、それ」
「人に付与していないので」
「はいはい、そこ大事ね」
リオルは少しだけほっとした。
リゼがもう自然に受け流してくれることに、彼はまだ気づいていない。
山道をさらに進むと、岩場に三人の冒険者が座り込んでいた。
ひとりは剣士。
ひとりは弓使い。
ひとりは魔術師。
全員、傷は浅いが、疲れ切った顔をしている。
ガルドが近づいた。
「大丈夫か」
剣士が顔を上げる。
「ああ。命はある。あいつに負けた」
「あいつ?」
「山頂のデュラハンだ」
リゼが尋ねる。
「戦ったの?」
「ああ。石像に近づいたら、石が剥がれて動き出した。黒い馬に乗ってな」
弓使いが震える声で続ける。
「速かった。山頂なのに、まるで平地を駆けるみたいに馬を操るんだ。こっちの矢は鎧に弾かれた」
魔術師も顔をしかめる。
「火も氷も通りにくい。あの鎧、ただの金属じゃない。魔力を滑らせる」
「メタルアーマーか」
ガルドが呟いた。
剣士は頷く。
「しかも重いはずなのに動きが鈍くない。俺たちが降参したら、剣を引いて山道を指した。追ってこなかった」
リオルは少し身を乗り出した。
「デュラハンは、何か言いましたか?」
「一度だけ」
剣士は記憶を探るように目を閉じた。
「“まだ足りぬ。退け”と」
「まだ足りぬ……」
リオルはその言葉を繰り返した。
何が足りないのか。
力か。
覚悟か。
それとも、別の何かか。
ミナが冒険者たちに治療を施した。
軽い切り傷と打撲。
命に関わるものではない。
リオルはそれを見て、デュラハンへの印象を少し修正した。
攻撃はしている。
しかし、殺すつもりは薄い。
相手の力量を測り、敗北を認めたら退かせる。
まるで、山頂へ近づく者を選別しているようだった。
針鳴りの回廊の審問者を、リオルは思い出した。
「また試験型でしょうか」
リゼが嫌そうに言った。
「勘弁して。最近、行く先々で試されすぎよ」
「でも、その可能性はあります」
ガルドが言う。
「デュラハンが門番なら、山頂に何かある」
リオルは山頂を見上げた。
空には、薄い黒雲が渦を巻いている。
時折、雲の中を紫色の雷が走った。
雷鳴はない。
だが、魔力の圧だけが山肌を震わせている。
「行きましょう」
リオルは言った。
「ただし、戦闘になったら、無理はしません。相手が撤退を許すなら、こちらもその選択肢を持ちます」
リゼが肩をすくめる。
「はいはい。帰路の灯らしく、帰り道は確保ね」
リオルは頷いた。
「はい。それが一番大事です」
◇
山頂は、円形の広場のようになっていた。
周囲は切り立った崖。
足元は黒い岩盤。
中央には、雷に焼かれたような円形の焦げ跡がある。
その中心に、騎士がいた。
石の馬にまたがった、兜付きのデュラハン。
全身は灰色の石像だった。
馬も、鎧も、長い槍も、風になびくはずの外套までもが石化している。
だが、異様な存在感があった。
兜の奥は暗い。
顔は見えない。
首があるのかないのかも、鎧の構造で判別しにくい。
ただ、兜だけが重々しく前を向いている。
リゼが小声で言う。
「本当に石像ね」
ガルドは盾を構えた。
「近づけば動く」
ミナが周囲を見る。
「魔力濃度が、ここだけさらに高いです」
リオルは足元に目を向けた。
山頂の岩盤には、巨大な魔法陣の痕跡がある。
焦げ跡のように見えた円は、古代文字を含む陣だった。
だが、半分以上が雷で焼き切れている。
「召喚陣……?」
リオルが呟いた。
その瞬間、デュラハン像の兜がわずかに動いた。
石の表面に亀裂が走る。
ぱき。
ぱきぱき。
石化していた外殻が剥がれ落ち、中から黒銀の鎧が現れた。
馬も同じだった。
石の殻を脱ぎ捨て、黒い金属の馬体を露わにする。
瞳のない兜の奥に、青白い火が灯った。
デュラハンは長槍をゆっくりと持ち上げる。
そして、低い声で告げた。
「挑む者か」
ガルドが一歩前に出る。
「調査に来た。こちらに敵意はない」
デュラハンは答えない。
兜の奥の青火が、四人を順に見た。
「力なき者は退け」
リゼがスティックを握る。
「交渉する気は薄そうね」
リオルは一歩前へ出た。
「あなたは、なぜここにいるんですか」
デュラハンの兜が、わずかにリオルへ向いた。
「まだ足りぬ」
「何が足りないんですか」
「止める力」
「何を?」
沈黙。
デュラハンは槍の石突で、岩盤を叩いた。
ごん。
山頂の魔法陣が青白く光る。
周囲の魔力がさらに濃くなった。
「示せ」
デュラハンが言った。
「退く資格か、進む資格か」
次の瞬間、黒い馬が地を蹴った。
速い。
山頂の岩場だというのに、馬は風のように駆ける。
蹄が岩を打つたび、青白い火花が散った。
ガルドが盾を構える。
「来るぞ!」
デュラハンの槍が、一直線にガルドへ突き込まれる。
ガルドは大盾で受けた。
轟音。
盾ごとガルドの体が後ろへ押される。
「重い……!」
ガルドの【絶対不動】が発動している。
それでも、踏みとどまるのがやっとだった。
リオルはすぐに手を向ける。
ガルドにではない。
盾にでもない。
「対象、ガルドさんの足元の岩盤一点。性質指定――支点としての根性。二十四時間、増大!」
岩盤が淡く光る。
ガルドの足が沈まず、滑らず、その場に固定される。
「助かる!」
デュラハンの槍が盾から離れた。
馬が横へ流れる。
重装鎧の騎士とは思えない旋回速度。
リゼが火球を放つ。
「火よ!」
火球はデュラハンの背中へ向かった。
だが、黒銀の鎧に触れる直前、火球が表面を滑るように逸れた。
爆発は鎧の横で起きる。
どおんっ!
「弾かれた!?」
「魔力を滑らせる鎧です!」
リオルが叫ぶ。
「あのメタルアーマー、魔法の直撃を受け流しています!」
リゼが舌打ちする。
「面倒な鎧ね!」
デュラハンは馬上で槍を回転させた。
槍先が青白く光る。
次に狙われたのはリゼだった。
馬が斜めに跳ねる。
突進ではない。
岩場の段差を利用した、立体的な馬術。
リゼの死角へ一瞬で回り込む。
「速っ!」
リオルは足元の小石を拾い、投げた。
ただの小石ではない。
「対象、小石の表面。性質指定――鎧に当たった時の引っかかりやすさ。二十四時間、増大!」
小石はデュラハンの肩鎧に当たった。
通常なら弾かれる。
だが、小石は一瞬だけ鎧に引っかかり、魔力の流れを乱した。
リゼの目が光る。
「そこ!」
彼女は大きな火球ではなく、細い火線を放った。
火線は小石が乱した魔力の隙間へ入り込み、デュラハンの肩をかすめる。
黒銀の鎧に、わずかな焦げ跡が残った。
「通った!」
しかし、デュラハンは怯まない。
むしろ兜の奥の青火が、わずかに強くなった。
「工夫あり」
デュラハンが呟いた。
褒めたのか、ただ記録したのかはわからない。
次の瞬間、馬が後ろ脚で立ち上がった。
前脚が岩盤を叩く。
青白い衝撃波が広がった。
「足元!」
リオルが叫ぶ。
衝撃波は地面を伝い、四人の足をすくおうとする。
ミナが素早く動いた。
彼女は白い杖を地面に軽く打ちつける。
「えいっ」
ぽこん。
地面を叩いた音は小さい。
だが、彼女のユニークスキルが発動する。
打撃で与えたわずかな衝撃が、仲間の疲労回復へ変換される。
同時に、リオルが地面の震動へ付与した。
「対象、僕たちの周囲の岩盤振動。性質指定――足首への遠慮。二十四時間、増大!」
衝撃波の角が丸くなる。
完全には消えない。
だが、足をすくわれるほどではなくなった。
リゼが叫ぶ。
「振動に遠慮させた!」
「転倒防止です!」
「もう慣れたけど!」
ミナの小さな回復も重なり、全員の体勢が立て直される。
デュラハンは馬をゆっくり旋回させた。
その姿は圧倒的だった。
馬術。
重槍。
魔力を滑らせるメタルアーマー。
そして、高い判断力。
ただのアンデッドではない。
戦士だ。
いや、試す者だ。
「力なき者は退け」
デュラハンは再び言った。
だが、その槍先は四人の急所を外している。
威圧し、追い詰め、力量を測る。
殺しに来ているわけではない。
リオルは息を整えながら考えた。
この相手を倒す必要があるのか。
それとも、目的を聞き出すことが重要なのか。
魔力濃度の異常。
召喚陣らしき焦げ跡。
止める力が足りないという言葉。
デュラハンは、何かを守っている。
あるいは、何かが来るのを止めようとしている。
ガルドが盾を構えたまま言う。
「リオル、どう見る」
「デュラハンは、僕たちを殺すつもりではありません」
「だろうな」
「ですが、退く資格と進む資格を試しています」
リゼがスティックを構え直す。
「つまり、勝てば話を聞ける?」
「おそらく」
ミナが静かに言った。
「でも、負けを認めれば帰してくれる」
「はい」
リオルは頷いた。
「だから無理はしません。ただ、今退けば、山頂の魔力濃度の原因はわからない」
リゼは小さく笑った。
「なら、もう少しだけ踏ん張るしかないわね」
ガルドが盾を鳴らす。
「俺が止める」
ミナが杖を握る。
「私が支えます」
リオルは足元の岩盤を見る。
「僕が、道を作ります」
デュラハンの馬が再び駆けた。
今度は真正面ではない。
円を描くように周囲を回り、速度を上げていく。
黒い馬体が残像を作り、デュラハンが何体もいるように見える。
「幻影?」
リゼが目を細める。
「違います。速すぎて視線が追えていないだけです」
リオルは山頂の岩盤へ手を向けた。
「対象、馬の蹄が接地する岩盤表面。性質指定――足跡の残りやすさ。二十四時間、増大!」
黒い馬が走るたび、岩盤に青白い蹄跡が残る。
残像ではなく、本当の位置が見える。
「リゼさん、蹄跡の先!」
「見えた!」
リゼは火球ではなく、細い火花をいくつも放った。
火花は蹄跡の流れを照らし、デュラハンの進路を浮かび上がらせる。
ガルドがその進路上へ盾を構えた。
「ここだ!」
デュラハンの槍と盾が激突する。
今度は、ガルドが受けるだけではない。
リオルが盾前方の空気層へ付与する。
「対象、盾前方の空気。性質指定――槍の勢いを横へ案内する滑らかさ。二十四時間、増大!」
槍の威力が真正面からではなく、斜めへ流れる。
ガルドは押し潰されずに済んだ。
同時に、リゼの火花が槍の柄を照らす。
ミナが走る。
「えいっ!」
ぽこん。
ミナの白い杖が、馬の前脚近くの岩盤を叩いた。
敵ではなく、地面を叩く。
その小さな衝撃が、仲間へ疲労回復として広がる。
リオルがすぐに気づく。
「ミナさん、地面経由でも回復を回せるんですね!」
「少しだけです。でも、皆さんが動けるなら!」
ミナの回復は小さい。
だが、この高速戦では、その少しが大きい。
ガルドの踏ん張りが戻る。
リゼの魔力の練りが保たれる。
リオルの集中が切れない。
四人は、少しずつデュラハンの動きに対応し始めた。
だが、デュラハンもただの番人ではない。
「ならば」
デュラハンが槍を天へ掲げた。
山頂の黒雲が反応する。
紫の雷が、槍先へ落ちた。
音はない。
しかし、凄まじい魔力が槍に宿る。
リゼの顔色が変わった。
「まずい、あれは直撃したら盾でも危ない!」
ガルドが一歩前へ出る。
「受ける」
「だめです!」
リオルが叫んだ。
「あれは物理衝撃じゃありません。魔力が鎧と槍を通じて流れ込む攻撃です。盾で受けたら、ガルドさんの体まで抜けます!」
ガルドは止まらない。
「なら、どうする」
リオルは周囲を見た。
雷。
槍。
黒雲。
山頂の岩盤。
焦げた召喚陣。
雷を受ける場所を作る。
人でも盾でもなく、山頂そのものに。
「リゼさん、火で目印を!」
「どこに!」
「召喚陣の外周、焼き切れている部分です!」
リゼは即座に小さな火球を放った。
火球が焦げ跡の一部を照らす。
そこは、魔法陣の線が途切れている場所だった。
リオルはそこへ手を向ける。
「極所付与!」
淡い光が、焦げた岩盤に走る。
「対象、召喚陣外周の焼け跡。性質指定――雷にとっての落ち着き先としての魅力。二十四時間、増大!」
紫雷を宿した槍が振り下ろされる。
だが雷は、途中で槍先から逸れた。
リオルが付与した焼け跡へ、雷が吸い込まれるように落ちる。
轟音。
山頂が揺れた。
焦げ跡が青白く輝き、魔法陣の一部が浮かび上がる。
デュラハンが初めて、明確に動きを止めた。
「……陣を読んだか」
リオルは息を切らしながら言った。
「あなたは、この陣から現れたんですね」
デュラハンの兜の奥の青火が揺れる。
「呼ばれた」
「誰に?」
「知らぬ」
「では、なぜ戦うんですか」
デュラハンはしばらく沈黙した。
そして、ゆっくりと槍を構え直す。
「門が開きかけている」
四人の表情が変わった。
デュラハンは続ける。
「我は門番として刻まれた。弱き者を退け、強き者を通すために」
「門……?」
リオルは召喚陣を見た。
これはただデュラハンを呼ぶ陣ではない。
何かの門を開くための陣。
デュラハンはその門の番人として現れた。
リゼが小声で言う。
「じゃあ、山頂の魔力濃度は、その門のせい?」
「可能性が高いです」
ガルドが盾を構える。
「その門から何が来る」
デュラハンは答えた。
「群れ」
短い言葉だった。
だが、それだけで十分だった。
魔物の群れ。
スタンピード。
ミナの顔が青ざめる。
「王都へ向かう可能性は?」
「門が完全に開けば、山を下る」
デュラハンは槍を構えたまま言った。
「ゆえに試す。止める力ある者かを」
リオルは理解した。
デュラハンは、敵ではない。
いや、戦闘を仕掛けてくる以上、危険な存在ではある。
だが目的は殺戮ではない。
門を止められる者を選び、それ以外を退けている。
だから敗北を認めた者には撤退を許した。
余計な死者を出さないために。
リゼが苦笑した。
「首なし騎士かと思ったら、意外と責任感あるじゃない」
「まだ足りぬ」
デュラハンが言った。
「言葉を聞いただけでは通せぬ。示せ」
槍先が、再びリオルたちへ向く。
ガルドが静かに言った。
「つまり、もう一勝負か」
リゼがスティックを握り直す。
「いいわ。ここまで来たら、資格とやらを見せてやろうじゃない」
ミナは白い杖を胸の前で構える。
「誰も倒れないように、支えます」
リオルは山頂の魔法陣を見た。
雷で浮かび上がった線。
焼き切れた外周。
中心に眠る門の気配。
そして、デュラハンのメタルアーマーに流れる魔力。
倒すだけではだめだ。
門を止めるためには、デュラハンを納得させ、陣の構造を読まなければならない。
「わかりました」
リオルは一歩前へ出た。
「あなたを壊すためではなく、門を止めるために戦います」
デュラハンの青火が、少しだけ強くなる。
「ならば来い」
黒馬が前脚を上げる。
紫雷が空を裂く。
山頂の魔法陣が、低く唸り始める。
そしてリオルは、誰にも付与しないまま、世界そのものへ手を伸ばした。
「極所付与」
淡い光が、山頂の岩盤を走る。
「対象、この山頂に残る僕たちの足跡。性質指定――戦うためではなく、帰るための位置取りとしての見えやすさ。二十四時間、増大」
四人の足元に、淡い道筋が浮かぶ。
避ける場所。
支える場所。
踏み込む場所。
戻る場所。
帰路の灯が、戦場に地図を描いた。
デュラハンは槍を構え、低く告げる。
「よかろう」
次の瞬間、黒い騎馬が雷をまとって突進してきた。
山頂の戦いは、まだ終わらない。
だが、ひとつだけ判明した。
これは単なるデュラハン討伐ではない。
山の上に開きかけた門。
そこから押し寄せようとしている、魔物の群れ。
もし門が完全に開けば、王都へ向かうスタンピードが始まる。
デュラハンは、その最初の警告だった。




