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最強付与術師リオルは付与したくない  作者: 逆瀬ゆうり


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7/30

デュラハン編-1 山頂に立つ首なし騎士

 陽だまり草の依頼を終えた翌朝。


 リオルは、宿屋の自室で目を覚ました瞬間、真っ先に枕元を見た。


「……生えてない」


 枕元に陽だまり草は生えていなかった。


 机の上には、小瓶に入れた検査用の葉が置かれている。

 葉の端には、まだかすかに金色の文字が残っていた。


【リオル:+1】


 だが、葉は静かにしている。

 リオルへ這い寄る気配もない。

 好意を示すように揺れることもない。


「経過観察、一日目。異常なし」


 リオルは真面目な顔でメモを取った。


 その時、隣室からリゼの声が響いた。


「リオル! 薬草に朝の挨拶してないで、下りてきなさい!」


「してません!」


「してたでしょ!」


「経過観察です!」


 返事をしながら、リオルは小瓶を鞄にしまった。


 昨夜、孤児院へ薬を届けたあと、《帰路の灯》の四人は久しぶりにまともな食事と休息を取った。


 霧鳴りの迷宮。

 針鳴りの回廊。

 訳あり薬草採取。


 立て続けに奇妙な依頼をこなした彼らにとって、今日は何もない日になるはずだった。


 少なくとも、朝食の前までは。


   ◇


 宿屋の食堂は、いつもより騒がしかった。


 冒険者、商人、旅人、配達人。

 それぞれが食事そっちのけで、同じ話題を口にしている。


「見たか? 山頂のあれ」


「ああ、雷が落ちたと思ったら、石像が立ってたって話だろ?」


「石像じゃねえ。デュラハンだ」


「首なし騎士か?」


「いや、兜はあるらしいぞ。首がないんじゃなくて、兜付きの鎧だけが動くとかなんとか」


「近づいた冒険者が襲われたって聞いたぞ」


「でも死者は出てねえらしい。負けを認めたら見逃すんだと」


「魔物のくせに?」


「だから騒ぎになってるんだろ」


 リオルは席につくなり、動きを止めた。


「デュラハン……?」


 リゼが焼きたてのパンをちぎりながら、眉をひそめる。


「朝から物騒ね」


 ガルドは水を一口飲んでから言った。


「デュラハンは高位のアンデッド系に分類される。普通なら、低ランク冒険者が近づいていい相手ではない」


 ミナも表情を曇らせた。


「でも、負けを認めたら撤退を許すというのは、不思議ですね」


「アンデッドなのに礼儀正しいのかしら」


 リゼが言う。


 リオルは少し考え込んだ。


「被害が出ていないなら、討伐対象というより調査対象になるかもしれません」


「また調査?」


 リゼがパンを口に運ぶ。


「私たち、最近ずっと調査してない?」


「冒険者の基本は調査と生存です」


「それはそうだけど、もう少し普通に宝箱を開けたりしたいわ」


「宝箱は罠の可能性が高いです」


「あんたの中の宝箱への信頼、低すぎない?」


「針鳴りの回廊で学びました」


 リゼは反論しかけたが、あの金属糸の網を思い出したのか黙った。


 そこへ、宿屋の扉が勢いよく開いた。


 入ってきたのは、冒険者ギルドの受付嬢エリナだった。

 朝から走ってきたのか、少し息を弾ませている。


「リオルさん、リゼさん、ガルドさん、ミナさん。よかった、こちらにいらっしゃいましたね」


 リゼが嫌そうな顔をする。


「その顔、絶対に面倒な依頼でしょ」


「はい」


「そこは否定しなさいよ」


 エリナは苦笑しつつ、真剣な顔で言った。


「王都北西のクラウ山頂に、昨夜未明、謎のデュラハン像が出現しました」


「像?」


 ガルドが尋ねる。


「最初に確認された時は、完全に石化した騎士像だったそうです。ですが、接近した冒険者に反応して石化を解除。騎馬状態で戦闘を仕掛けてきたとのことです」


「騎馬?」


 リゼが目を丸くする。


「山頂に馬までいるの?」


「はい。黒い石馬です。デュラハン本体と同じく、普段は石化しています」


 リオルは静かに聞いていた。


「負けを認めると撤退を許す、という話は本当ですか?」


「本当のようです。現在までに三組の冒険者が接触しましたが、全員生還しています。いずれも戦闘不能になる前に降参を宣言したところ、デュラハンは追撃せず、山道の出口まで退くよう身振りで促したそうです」


「言葉は?」


「ほとんど発しないそうです。ただ、一度だけ“退け”と聞こえたという証言があります」


 ミナが小さく息を呑む。


「討つためではなく、追い返すために戦っているのでしょうか」


「その可能性があります」


 エリナは頷いた。


「ですが問題は、デュラハンそのものだけではありません。山頂周辺の魔力濃度が急激に上昇しています」


 ガルドの表情が険しくなる。


「魔物が集まるな」


「はい。今のところ大きな群れは確認されていませんが、この濃度が続けば、周辺の魔物が引き寄せられる危険があります」


 リゼがパンを皿に置いた。


「つまり、放置するとスタンピードの火種になるかもしれない」


「まだ可能性の段階です。ただ、調査は必要です」


 エリナは四人を見た。


「皆さんにお願いしたいのは、山頂のデュラハンとの接触、および周辺魔力濃度の原因調査です。討伐は必須ではありません。危険と判断した場合は、撤退を優先してください」


 リオルはすぐに言った。


「撤退条件があるなら、事前に決めましょう」


 リゼが腕を組む。


「戦う前から撤退の話?」


「大事です。相手が撤退を許すなら、こちらも無理をしない判断ができます」


 ガルドは頷いた。


「賛成だ。相手の目的が不明な以上、倒すことだけを考えるべきではない」


 ミナも続ける。


「相手が本当に被害を避けているなら、理由を知りたいです」


 エリナは安堵したように依頼書を差し出した。


「引き受けていただけますか?」


 リオルは仲間たちを見た。


 リゼはため息をつきながらも、もう杖を手にしている。

 ガルドは盾の留め具を確認している。

 ミナは静かに頷いた。


「受けます」


 リオルはそう答えた。


 休息の日は、朝食前に終わった。


   ◇


 クラウ山は、王都北西にそびえる岩山だった。


 険しい山ではない。

 山道も整備されており、晴れた日には山頂から王都を一望できる。


 だが今日は、空気が明らかに違った。


 山の中腹に差しかかった頃から、肌にまとわりつくような魔力が濃くなっていく。


 リゼが眉をひそめた。


「うわ、魔力が濃い。呼吸が重い感じがする」


 ミナも胸元に手を当てる。


「魔力に敏感な人は、長時間いると気分が悪くなるかもしれません」


 ガルドは周囲を警戒する。


「小型魔物の足跡が増えている」


 リオルは道端の石へ手をかざした。


 石の表面に、細い魔力の粒が付着している。


「山頂から魔力が降りてきています。風に乗っているだけではありません。地面にも染み込んでいる」


「原因はデュラハン?」


 リゼが尋ねる。


「可能性はあります。でも、デュラハンが魔力を出しているというより、何かの魔力がデュラハンを中心に集まっているように見えます」


 ガルドが言う。


「磁石のようなものか」


「近いです」


 リオルは地面へ手を向けた。


「極所付与」


 淡い光が、山道の小石に宿る。


「対象、この山道の小石の表面。性質指定――魔力の流れる向きの見えやすさ。二十四時間、増大」


 小石の表面に、青白い筋が浮かんだ。


 筋は山頂へ向かっている。


 リゼが覗き込む。


「道案内みたいね」


「魔力の流れを可視化しただけです」


「便利すぎるわよ、それ」


「人に付与していないので」


「はいはい、そこ大事ね」


 リオルは少しだけほっとした。


 リゼがもう自然に受け流してくれることに、彼はまだ気づいていない。


 山道をさらに進むと、岩場に三人の冒険者が座り込んでいた。


 ひとりは剣士。

 ひとりは弓使い。

 ひとりは魔術師。


 全員、傷は浅いが、疲れ切った顔をしている。


 ガルドが近づいた。


「大丈夫か」


 剣士が顔を上げる。


「ああ。命はある。あいつに負けた」


「あいつ?」


「山頂のデュラハンだ」


 リゼが尋ねる。


「戦ったの?」


「ああ。石像に近づいたら、石が剥がれて動き出した。黒い馬に乗ってな」


 弓使いが震える声で続ける。


「速かった。山頂なのに、まるで平地を駆けるみたいに馬を操るんだ。こっちの矢は鎧に弾かれた」


 魔術師も顔をしかめる。


「火も氷も通りにくい。あの鎧、ただの金属じゃない。魔力を滑らせる」


「メタルアーマーか」


 ガルドが呟いた。


 剣士は頷く。


「しかも重いはずなのに動きが鈍くない。俺たちが降参したら、剣を引いて山道を指した。追ってこなかった」


 リオルは少し身を乗り出した。


「デュラハンは、何か言いましたか?」


「一度だけ」


 剣士は記憶を探るように目を閉じた。


「“まだ足りぬ。退け”と」


「まだ足りぬ……」


 リオルはその言葉を繰り返した。


 何が足りないのか。


 力か。

 覚悟か。

 それとも、別の何かか。


 ミナが冒険者たちに治療を施した。


 軽い切り傷と打撲。

 命に関わるものではない。


 リオルはそれを見て、デュラハンへの印象を少し修正した。


 攻撃はしている。

 しかし、殺すつもりは薄い。


 相手の力量を測り、敗北を認めたら退かせる。


 まるで、山頂へ近づく者を選別しているようだった。


 針鳴りの回廊の審問者を、リオルは思い出した。


「また試験型でしょうか」


 リゼが嫌そうに言った。


「勘弁して。最近、行く先々で試されすぎよ」


「でも、その可能性はあります」


 ガルドが言う。


「デュラハンが門番なら、山頂に何かある」


 リオルは山頂を見上げた。


 空には、薄い黒雲が渦を巻いている。

 時折、雲の中を紫色の雷が走った。


 雷鳴はない。


 だが、魔力の圧だけが山肌を震わせている。


「行きましょう」


 リオルは言った。


「ただし、戦闘になったら、無理はしません。相手が撤退を許すなら、こちらもその選択肢を持ちます」


 リゼが肩をすくめる。


「はいはい。帰路の灯らしく、帰り道は確保ね」


 リオルは頷いた。


「はい。それが一番大事です」


   ◇


 山頂は、円形の広場のようになっていた。


 周囲は切り立った崖。

 足元は黒い岩盤。

 中央には、雷に焼かれたような円形の焦げ跡がある。


 その中心に、騎士がいた。


 石の馬にまたがった、兜付きのデュラハン。


 全身は灰色の石像だった。

 馬も、鎧も、長い槍も、風になびくはずの外套までもが石化している。


 だが、異様な存在感があった。


 兜の奥は暗い。

 顔は見えない。

 首があるのかないのかも、鎧の構造で判別しにくい。


 ただ、兜だけが重々しく前を向いている。


 リゼが小声で言う。


「本当に石像ね」


 ガルドは盾を構えた。


「近づけば動く」


 ミナが周囲を見る。


「魔力濃度が、ここだけさらに高いです」


 リオルは足元に目を向けた。


 山頂の岩盤には、巨大な魔法陣の痕跡がある。

 焦げ跡のように見えた円は、古代文字を含む陣だった。


 だが、半分以上が雷で焼き切れている。


「召喚陣……?」


 リオルが呟いた。


 その瞬間、デュラハン像の兜がわずかに動いた。


 石の表面に亀裂が走る。


 ぱき。


 ぱきぱき。


 石化していた外殻が剥がれ落ち、中から黒銀の鎧が現れた。


 馬も同じだった。

 石の殻を脱ぎ捨て、黒い金属の馬体を露わにする。


 瞳のない兜の奥に、青白い火が灯った。


 デュラハンは長槍をゆっくりと持ち上げる。


 そして、低い声で告げた。


「挑む者か」


 ガルドが一歩前に出る。


「調査に来た。こちらに敵意はない」


 デュラハンは答えない。


 兜の奥の青火が、四人を順に見た。


「力なき者は退け」


 リゼがスティックを握る。


「交渉する気は薄そうね」


 リオルは一歩前へ出た。


「あなたは、なぜここにいるんですか」


 デュラハンの兜が、わずかにリオルへ向いた。


「まだ足りぬ」


「何が足りないんですか」


「止める力」


「何を?」


 沈黙。


 デュラハンは槍の石突で、岩盤を叩いた。


 ごん。


 山頂の魔法陣が青白く光る。


 周囲の魔力がさらに濃くなった。


「示せ」


 デュラハンが言った。


「退く資格か、進む資格か」


 次の瞬間、黒い馬が地を蹴った。


 速い。


 山頂の岩場だというのに、馬は風のように駆ける。

 蹄が岩を打つたび、青白い火花が散った。


 ガルドが盾を構える。


「来るぞ!」


 デュラハンの槍が、一直線にガルドへ突き込まれる。


 ガルドは大盾で受けた。


 轟音。


 盾ごとガルドの体が後ろへ押される。


「重い……!」


 ガルドの【絶対不動】が発動している。

 それでも、踏みとどまるのがやっとだった。


 リオルはすぐに手を向ける。


 ガルドにではない。

 盾にでもない。


「対象、ガルドさんの足元の岩盤一点。性質指定――支点としての根性。二十四時間、増大!」


 岩盤が淡く光る。


 ガルドの足が沈まず、滑らず、その場に固定される。


「助かる!」


 デュラハンの槍が盾から離れた。


 馬が横へ流れる。

 重装鎧の騎士とは思えない旋回速度。


 リゼが火球を放つ。


「火よ!」


 火球はデュラハンの背中へ向かった。


 だが、黒銀の鎧に触れる直前、火球が表面を滑るように逸れた。


 爆発は鎧の横で起きる。


 どおんっ!


「弾かれた!?」


「魔力を滑らせる鎧です!」


 リオルが叫ぶ。


「あのメタルアーマー、魔法の直撃を受け流しています!」


 リゼが舌打ちする。


「面倒な鎧ね!」


 デュラハンは馬上で槍を回転させた。


 槍先が青白く光る。


 次に狙われたのはリゼだった。


 馬が斜めに跳ねる。


 突進ではない。

 岩場の段差を利用した、立体的な馬術。


 リゼの死角へ一瞬で回り込む。


「速っ!」


 リオルは足元の小石を拾い、投げた。


 ただの小石ではない。


「対象、小石の表面。性質指定――鎧に当たった時の引っかかりやすさ。二十四時間、増大!」


 小石はデュラハンの肩鎧に当たった。


 通常なら弾かれる。


 だが、小石は一瞬だけ鎧に引っかかり、魔力の流れを乱した。


 リゼの目が光る。


「そこ!」


 彼女は大きな火球ではなく、細い火線を放った。


 火線は小石が乱した魔力の隙間へ入り込み、デュラハンの肩をかすめる。


 黒銀の鎧に、わずかな焦げ跡が残った。


「通った!」


 しかし、デュラハンは怯まない。


 むしろ兜の奥の青火が、わずかに強くなった。


「工夫あり」


 デュラハンが呟いた。


 褒めたのか、ただ記録したのかはわからない。


 次の瞬間、馬が後ろ脚で立ち上がった。


 前脚が岩盤を叩く。


 青白い衝撃波が広がった。


「足元!」


 リオルが叫ぶ。


 衝撃波は地面を伝い、四人の足をすくおうとする。


 ミナが素早く動いた。


 彼女は白い杖を地面に軽く打ちつける。


「えいっ」


 ぽこん。


 地面を叩いた音は小さい。


 だが、彼女のユニークスキルが発動する。


 打撃で与えたわずかな衝撃が、仲間の疲労回復へ変換される。


 同時に、リオルが地面の震動へ付与した。


「対象、僕たちの周囲の岩盤振動。性質指定――足首への遠慮。二十四時間、増大!」


 衝撃波の角が丸くなる。


 完全には消えない。

 だが、足をすくわれるほどではなくなった。


 リゼが叫ぶ。


「振動に遠慮させた!」


「転倒防止です!」


「もう慣れたけど!」


 ミナの小さな回復も重なり、全員の体勢が立て直される。


 デュラハンは馬をゆっくり旋回させた。


 その姿は圧倒的だった。


 馬術。

 重槍。

 魔力を滑らせるメタルアーマー。

 そして、高い判断力。


 ただのアンデッドではない。


 戦士だ。


 いや、試す者だ。


「力なき者は退け」


 デュラハンは再び言った。


 だが、その槍先は四人の急所を外している。


 威圧し、追い詰め、力量を測る。

 殺しに来ているわけではない。


 リオルは息を整えながら考えた。


 この相手を倒す必要があるのか。

 それとも、目的を聞き出すことが重要なのか。


 魔力濃度の異常。

 召喚陣らしき焦げ跡。

 止める力が足りないという言葉。


 デュラハンは、何かを守っている。


 あるいは、何かが来るのを止めようとしている。


 ガルドが盾を構えたまま言う。


「リオル、どう見る」


「デュラハンは、僕たちを殺すつもりではありません」


「だろうな」


「ですが、退く資格と進む資格を試しています」


 リゼがスティックを構え直す。


「つまり、勝てば話を聞ける?」


「おそらく」


 ミナが静かに言った。


「でも、負けを認めれば帰してくれる」


「はい」


 リオルは頷いた。


「だから無理はしません。ただ、今退けば、山頂の魔力濃度の原因はわからない」


 リゼは小さく笑った。


「なら、もう少しだけ踏ん張るしかないわね」


 ガルドが盾を鳴らす。


「俺が止める」


 ミナが杖を握る。


「私が支えます」


 リオルは足元の岩盤を見る。


「僕が、道を作ります」


 デュラハンの馬が再び駆けた。


 今度は真正面ではない。

 円を描くように周囲を回り、速度を上げていく。


 黒い馬体が残像を作り、デュラハンが何体もいるように見える。


「幻影?」


 リゼが目を細める。


「違います。速すぎて視線が追えていないだけです」


 リオルは山頂の岩盤へ手を向けた。


「対象、馬の蹄が接地する岩盤表面。性質指定――足跡の残りやすさ。二十四時間、増大!」


 黒い馬が走るたび、岩盤に青白い蹄跡が残る。


 残像ではなく、本当の位置が見える。


「リゼさん、蹄跡の先!」


「見えた!」


 リゼは火球ではなく、細い火花をいくつも放った。


 火花は蹄跡の流れを照らし、デュラハンの進路を浮かび上がらせる。


 ガルドがその進路上へ盾を構えた。


「ここだ!」


 デュラハンの槍と盾が激突する。


 今度は、ガルドが受けるだけではない。


 リオルが盾前方の空気層へ付与する。


「対象、盾前方の空気。性質指定――槍の勢いを横へ案内する滑らかさ。二十四時間、増大!」


 槍の威力が真正面からではなく、斜めへ流れる。


 ガルドは押し潰されずに済んだ。


 同時に、リゼの火花が槍の柄を照らす。


 ミナが走る。


「えいっ!」


 ぽこん。


 ミナの白い杖が、馬の前脚近くの岩盤を叩いた。


 敵ではなく、地面を叩く。


 その小さな衝撃が、仲間へ疲労回復として広がる。


 リオルがすぐに気づく。


「ミナさん、地面経由でも回復を回せるんですね!」


「少しだけです。でも、皆さんが動けるなら!」


 ミナの回復は小さい。

 だが、この高速戦では、その少しが大きい。


 ガルドの踏ん張りが戻る。

 リゼの魔力の練りが保たれる。

 リオルの集中が切れない。


 四人は、少しずつデュラハンの動きに対応し始めた。


 だが、デュラハンもただの番人ではない。


「ならば」


 デュラハンが槍を天へ掲げた。


 山頂の黒雲が反応する。


 紫の雷が、槍先へ落ちた。


 音はない。


 しかし、凄まじい魔力が槍に宿る。


 リゼの顔色が変わった。


「まずい、あれは直撃したら盾でも危ない!」


 ガルドが一歩前へ出る。


「受ける」


「だめです!」


 リオルが叫んだ。


「あれは物理衝撃じゃありません。魔力が鎧と槍を通じて流れ込む攻撃です。盾で受けたら、ガルドさんの体まで抜けます!」


 ガルドは止まらない。


「なら、どうする」


 リオルは周囲を見た。


 雷。

 槍。

 黒雲。

 山頂の岩盤。

 焦げた召喚陣。


 雷を受ける場所を作る。


 人でも盾でもなく、山頂そのものに。


「リゼさん、火で目印を!」


「どこに!」


「召喚陣の外周、焼き切れている部分です!」


 リゼは即座に小さな火球を放った。


 火球が焦げ跡の一部を照らす。


 そこは、魔法陣の線が途切れている場所だった。


 リオルはそこへ手を向ける。


「極所付与!」


 淡い光が、焦げた岩盤に走る。


「対象、召喚陣外周の焼け跡。性質指定――雷にとっての落ち着き先としての魅力。二十四時間、増大!」


 紫雷を宿した槍が振り下ろされる。


 だが雷は、途中で槍先から逸れた。


 リオルが付与した焼け跡へ、雷が吸い込まれるように落ちる。


 轟音。


 山頂が揺れた。


 焦げ跡が青白く輝き、魔法陣の一部が浮かび上がる。


 デュラハンが初めて、明確に動きを止めた。


「……陣を読んだか」


 リオルは息を切らしながら言った。


「あなたは、この陣から現れたんですね」


 デュラハンの兜の奥の青火が揺れる。


「呼ばれた」


「誰に?」


「知らぬ」


「では、なぜ戦うんですか」


 デュラハンはしばらく沈黙した。


 そして、ゆっくりと槍を構え直す。


「門が開きかけている」


 四人の表情が変わった。


 デュラハンは続ける。


「我は門番として刻まれた。弱き者を退け、強き者を通すために」


「門……?」


 リオルは召喚陣を見た。


 これはただデュラハンを呼ぶ陣ではない。


 何かの門を開くための陣。

 デュラハンはその門の番人として現れた。


 リゼが小声で言う。


「じゃあ、山頂の魔力濃度は、その門のせい?」


「可能性が高いです」


 ガルドが盾を構える。


「その門から何が来る」


 デュラハンは答えた。


「群れ」


 短い言葉だった。


 だが、それだけで十分だった。


 魔物の群れ。

 スタンピード。


 ミナの顔が青ざめる。


「王都へ向かう可能性は?」


「門が完全に開けば、山を下る」


 デュラハンは槍を構えたまま言った。


「ゆえに試す。止める力ある者かを」


 リオルは理解した。


 デュラハンは、敵ではない。


 いや、戦闘を仕掛けてくる以上、危険な存在ではある。


 だが目的は殺戮ではない。


 門を止められる者を選び、それ以外を退けている。


 だから敗北を認めた者には撤退を許した。


 余計な死者を出さないために。


 リゼが苦笑した。


「首なし騎士かと思ったら、意外と責任感あるじゃない」


「まだ足りぬ」


 デュラハンが言った。


「言葉を聞いただけでは通せぬ。示せ」


 槍先が、再びリオルたちへ向く。


 ガルドが静かに言った。


「つまり、もう一勝負か」


 リゼがスティックを握り直す。


「いいわ。ここまで来たら、資格とやらを見せてやろうじゃない」


 ミナは白い杖を胸の前で構える。


「誰も倒れないように、支えます」


 リオルは山頂の魔法陣を見た。


 雷で浮かび上がった線。

 焼き切れた外周。

 中心に眠る門の気配。


 そして、デュラハンのメタルアーマーに流れる魔力。


 倒すだけではだめだ。


 門を止めるためには、デュラハンを納得させ、陣の構造を読まなければならない。


「わかりました」


 リオルは一歩前へ出た。


「あなたを壊すためではなく、門を止めるために戦います」


 デュラハンの青火が、少しだけ強くなる。


「ならば来い」


 黒馬が前脚を上げる。


 紫雷が空を裂く。


 山頂の魔法陣が、低く唸り始める。


 そしてリオルは、誰にも付与しないまま、世界そのものへ手を伸ばした。


「極所付与」


 淡い光が、山頂の岩盤を走る。


「対象、この山頂に残る僕たちの足跡。性質指定――戦うためではなく、帰るための位置取りとしての見えやすさ。二十四時間、増大」


 四人の足元に、淡い道筋が浮かぶ。


 避ける場所。

 支える場所。

 踏み込む場所。

 戻る場所。


 帰路の灯が、戦場に地図を描いた。


 デュラハンは槍を構え、低く告げる。


「よかろう」


 次の瞬間、黒い騎馬が雷をまとって突進してきた。


 山頂の戦いは、まだ終わらない。


 だが、ひとつだけ判明した。


 これは単なるデュラハン討伐ではない。


 山の上に開きかけた門。


 そこから押し寄せようとしている、魔物の群れ。


 もし門が完全に開けば、王都へ向かうスタンピードが始まる。


 デュラハンは、その最初の警告だった。

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