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最強付与術師リオルは付与したくない  作者: 逆瀬ゆうり


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針鳴りの回廊-後編 帰路を照らす付与

後編 帰路を照らす付与


【最終問】

【汝らの力は、互いを縛る鎖か】

【あるいは、帰路を照らす灯か】


 審問者の声が、円形広間に響いた。


 床に浮かぶ巨大な魔法陣が赤く染まっていく。

 中央に立つ審問者は、胸の本紋章を完全に開いていた。


 針。

 鐘。

 月。

 鍵。

 目。

 羽。


 六つの印が、審問者の背中に広がった金属羽の一枚一枚に浮かんでいる。


 リオルの横には、赤い文字。


【リオル:力の行使、五】

【次回行使にて、断罪】


 あと一度。


 次にリオルが付与術を使えば、審問者の断罪が下る。


 それが何を意味するのか、はっきりとはわからない。

 だが、審問者が告げた言葉から考えれば、ただの攻撃ではない。


 力の意味を否定し、力そのものを封じる。


 もしリオルの付与術が封じられれば、帰還は絶望的になるかもしれない。


「リオル」


 リゼが小声で言った。


「次は、あんたが使わなくてもいいように動くわ」


「でも、それでは」


「でもじゃない」


 リゼはスティックを構えたまま、審問者から目を逸らさない。


「私たちは、あんたの付与を使うためだけにいるわけじゃないでしょ」


 リオルは言葉を詰まらせた。


 ガルドも大盾を持ち上げる。


「俺が前に立つ」


 ミナも杖を握り直した。


「私も、回復します。少し変わった方法ですけど」


 リオルは三人を見た。


 誰も、彼に付与を求めていない。

 誰も、彼の力だけを当てにしていない。


 そのことが少し不思議で、少し怖くて、けれど確かに心強かった。


【第一執行】

【火を問う】


 審問者の背中の羽から、赤い針が一本放たれた。


 針はまっすぐリゼへ向かう。


 ただの針ではない。

 針の周囲に、薄い魔法陣が巻きついている。


「魔力封じ!」


 リゼが叫んだ。


 針が刺されば、おそらくリゼの魔法が封じられる。


 ガルドが盾で受けようとした。

 だが針は軌道を曲げ、盾を避けてリゼを追う。


 リゼは舌打ちした。


「追尾までついてるなんて、性格悪いわね!」


 彼女はスティックを振る。


「火よ!」


 詠唱は短い。

 リゼのユニークスキル【詠唱省略・ただし爆発音三倍】によって、魔法は即座に形になる。


 だが、リゼが放ったのは火球ではなかった。


 小さな火花。

 針を焼き払うには、あまりにも弱い火。


 リオルは一瞬、驚いた。


「リゼさん?」


「うるさい火だけが、私の魔法じゃないわよ」


 リゼの火花は、針の周囲をくるりと回った。


 火花に照らされ、針に巻きつく魔法陣の継ぎ目が浮かび上がる。


「そこ!」


 リゼがスティックを突き出す。


 次の瞬間、火花が一点だけ爆ぜた。


 どんっ!


 音はやはり大きい。

 けれど爆発は小さく、正確だった。


 魔法陣の継ぎ目だけを弾き飛ばし、赤い針は床へ落ちる。


【記録】

【リゼ:力の行使、二】


【判定】

【火、破壊のみにあらず】

【灯として認識】


 リゼはふっと笑った。


「ほらね。火は照らすこともできるのよ」


 リオルは胸の奥が少し熱くなるのを感じた。


 リゼの魔法は派手だ。

 爆発音も大きい。

 本人も自信家で、よく胸を張る。


 けれど今の火は、仲間を守るための小さな灯だった。


【第二執行】

【盾を問う】


 審問者の目の印が、ガルドを捉えた。


 広間の床から黒い鎖が伸びる。

 鎖はガルドの足元に絡みつき、盾ごと彼を床に縫い止めようとした。


【不動は停滞なりや】

【動かぬ者、石となれ】


 ガルドの鎧が、足元から灰色に染まり始める。


「ガルドさん!」


 リオルは反射的に手を伸ばしかけた。


 付与すれば止められる。

 床の石化伝達を鈍らせることも、鎖の絡みつく力を弱めることもできる。


 だが、それをすれば六回目。


 断罪が来る。


 ガルドが低く言った。


「リオル、使うな」


「でも!」


「俺の問いだ」


 ガルドは盾を床に叩きつけた。


 彼のユニークスキル【絶対不動】は、足を止めている間だけ防御力を跳ね上げる。

 動かなければ強い。

 だが、それはただ立ち止まるための力ではない。


 ガルドは盾を支点にして、石化しかけた足を無理やり一歩だけ後ろへ引いた。


 不動のはずの盾役が、動いた。


 だが、その一歩は逃げではない。


 後ろにいたミナとリゼを、盾の内側へ入れるための一歩だった。


「俺の不動は、俺だけが立つためじゃない」


 ガルドは鎖を引きちぎるように盾を構え直した。


「仲間が戻れる場所になるためだ」


 黒い鎖が砕ける。


【記録】

【ガルド:力の行使、一】


【判定】

【盾、停滞にあらず】

【帰還点として認識】


 リゼが息を吐いた。


「相変わらず、言うことが硬いわね」


「盾役だからな」


「そこ、関係ある?」


「ある」


 短いやり取りだった。


 だが、その間にも審問者の羽は次の針を準備している。


【第三執行】

【癒やしを問う】


 今度は、白い針がミナへ向かった。


 針そのものに殺意は薄い。

 だが、触れればミナの治癒能力を封じる類のものだと、リオルには直感できた。


「私が行きます」


 ミナは前へ出た。


 リオルは思わず言う。


「ミナさん、無理は――」


「無理はしません」


 ミナは振り返らずに答えた。


「でも、隠れているだけもしません」


 ミナは白い杖を両手で握り、審問者へ向かって走った。


 動きは速くない。

 攻撃職のような鋭さもない。


 けれど、足取りは確かだった。


 審問者の白い針がミナの肩を狙う。


 リゼが小さな火花で針の軌道を照らし、ガルドが盾の縁で針を弾く。


 その隙に、ミナは審問者の胸元へたどり着いた。


「えいっ」


 ぽこん。


 やはり、音は軽い。


 杖が審問者の外殻を叩いた。

 打撃としては弱い。

 おそらく、熟練の戦士なら気にも留めない威力。


 しかし、ミナのユニークスキルは、そこからが本領だった。


 審問者へ与えたわずかな打撃ダメージが、白い光に変わる。

 その光が、リオルたち全員へ広がった。


 重かった疲労が、少し抜ける。

 ガルドの石化しかけた足の痛みが和らぐ。

 リゼの魔力の乱れが落ち着く。

 リオルの震えていた指先にも、力が戻った。


【記録】

【ミナ:力の行使、三】


【判定】

【癒やし、逃避にあらず】

【循環として認識】


 ミナは息を弾ませながら、少しだけ笑った。


「少しは、効きました」


「かなり効いたわよ!」


 リゼが叫ぶ。


「打撃はかわいいけど、回復がえげつない!」


「かわいい打撃……」


 ミナが少し複雑そうな顔をした。


 リオルは真剣に言った。


「ミナさんの力は、すごいです」


「そうでしょうか」


「はい。痛みを引き受けるだけじゃない。戦って、返して、支え直せる力です」


 ミナは一瞬だけ目を丸くし、それから静かに頷いた。


「ありがとうございます」


 それは大きな感情の爆発ではなかった。

 けれどミナにとって、たぶん大切な一言だった。


 リオルはそこでようやく気づいた。


 自分はミナを、守らなければならない人だと思いすぎていたのかもしれない。


 もちろん、傷ついてほしくはない。

 それは変わらない。


 でも、彼女もまた、戦う理由を持っている。


 支えるだけではなく、並んで立つ意思を持っている。


 そのことを、リオルは初めてきちんと見た。


 だが、審問者はそれすらも試すように、胸の本紋章を赤く光らせた。


【三者、灯を提示】

【残る一者、付与術師】


 全ての針が、リオルへ向いた。


 リゼが前に出ようとする。


 ガルドが盾を構える。


 ミナも杖を握る。


 しかし、床に浮かんだ魔法陣が四人を分断した。


 リオルだけが、審問者の正面に取り残される。


【問う】

【汝の付与は、他者を縛る鎖か】

【あるいは、帰路を照らす灯か】


 リオルの横で、赤い数字が揺れる。


【リオル:五】


 五。


 それは、付与を使った回数。


 ただの記録。


 そう言われても、リオルの胸はざわついた。


 幼い頃、家族や使用人や友人のステータスボードに増えていった数字。


【リオル:+1】

【リオル:+2】

【リオル:+3】


 みんな優しかった。

 みんな笑ってくれた。

 だからリオルは、怖くなった。


 自分が付与したから、優しくなったのではないか。

 自分が心を変えてしまったのではないか。


 その罪を消したくて、原初の魔導書を探している。


 リオルは唇を噛んだ。


「僕は……」


 言葉が出ない。


 審問者が右手の針を持ち上げる。


【断罪準備、完了】

【六度目の行使をもって、意味を裁定する】


 つまり、逃げられない。


 付与を使わなければ、仲間と分断されたまま審問者の攻撃を受ける。

 使えば、断罪が下る。


 リゼが魔法陣の向こうから叫んだ。


「リオル!」


 ガルドも声を張る。


「自分だけで抱えるな!」


 ミナが続ける。


「帰りましょう、皆さんで!」


 帰る。


 その言葉が、リオルの中に落ちた。


 力は何のためにあるのか。

 誰のために使うのか。


 まだ、答えは完全ではない。


 でも今だけは、はっきりしている。


 この力は、誰かの心を縛るためではない。

 誰かを自分のものにするためではない。


 四人で、帰るために。


 リオルは顔を上げた。


「極所付与」


 六度目の光が、彼の手から広がった。


【記録】

【リオル:力の行使、六】

【断罪執行】


 審問者の針が赤く輝く。


 だがリオルが付与した対象は、審問者ではなかった。

 自分でもない。

 リゼでも、ガルドでも、ミナでもない。


「対象――僕たちがここまで歩いてきた足跡」


 黒い床に残っていた、ほとんど見えない靴跡。

 罠を避け、落とし穴を越え、問いに迷いながら進んできた四人の足跡。


「性質指定――帰路としての見えやすさ」


 足跡が淡く光り始めた。


 リオルのものだけではない。

 ガルドの重い足跡。

 リゼの軽い足跡。

 ミナの小さな足跡。


 四人分の足跡が、一本の光の道になって広間を走る。


「二十四時間、増大」


 光の道は魔法陣を貫き、分断をほどいた。


 赤い断罪の針がリオルへ迫る。


 しかし、足跡の光が針を照らした瞬間、針に刻まれていた文字が浮かび上がった。


【鎖】


 リオルはそれを見た。


「違う」


 彼は静かに言った。


「これは、鎖じゃない」


 光の足跡が、針にまとわりつく赤い魔力を剥がしていく。


「誰かを縛るためじゃない。帰る場所を見失わないための、道です」


 断罪の針が砕けた。


【裁定不能】

【鎖、検出されず】


【再判定】

【付与、灯として認識】


 審問者の胸の本紋章が、大きく揺らいだ。


 リオルの横に浮かんでいた赤い数字が、青白い文字へ変わる。


【リオル:六】

【記録、保持】

【断罪、不成立】


 リオルはその文字を見て、息を呑んだ。


 記録。


 保持。


 断罪、不成立。


 やはり、数字は好意ではないのか。


 心を縛るものではなく、ただの記録なのか。


 その考えが一瞬だけ頭をよぎる。


 けれど、今は考え込む時ではない。


 審問者の魔法陣が乱れている。


 倒すなら、今だ。


「皆さん!」


 リオルが叫んだ。


「審問者の胸の本紋章が中核です。ただし直接攻撃すると、意味封じが反応します!」


 リゼがスティックを構える。


「じゃあ、どう壊すの?」


「壊すんじゃありません。読ませます」


「読ませる?」


 リオルは審問者の足元へ手を向けた。


 断罪は不成立。

 審問者の記録機構は乱れ、リオルへの制限が解けている。


 それでもリオルは、人には付与しない。


「対象、審問者の足元の床。性質指定――問いから逃げにくさ。二十四時間、増大!」


 審問者の足元が光り、動きを封じる。


【記録】

【リオル:力の行使、七】


 だが、断罪は来ない。


 リオルは続ける。


「対象、審問者の胸部外殻。性質指定――打撃の意味を受け取りやすさ。二十四時間、増大!」


 審問者の胸の本紋章が開ききる。


 そこへミナが走った。


「ミナさん、お願いします!」


「はい!」


 ミナは白い杖を振りかぶる。


「えいっ!」


 ぽこん。


 やはり音は軽い。


 けれど、今度は違った。


 審問者の外殻が、リオルの付与によって「打撃の意味」を過剰に受け取った。

 ミナの弱い一撃が、本紋章の奥まで届く。


 白い光が爆発するように広がった。


 それは攻撃であり、回復でもあった。


 リオルたちの疲労が一気に軽くなる。

 ガルドの足の石化が完全に消える。

 リゼの魔力が満ちる。


 ミナ自身も、息を整えて立ち直った。


 リゼが目を輝かせる。


「今の回復、すごい!」


「リオルさんが、通りやすくしてくれたので」


 ミナは少し照れたように言った。


「でも、殴ったのはミナさんです」


 リオルが返す。


 ミナは小さく頷いた。


 審問者が胸を押さえるように後退しようとする。


 だが足元の床が逃がさない。


【異常】

【癒やしと打撃の同時記録】

【判定不能】


「判定不能なら、こっちのものね!」


 リゼがスティックを掲げた。


「火よ、照らして、焼き切りなさい!」


 小さな火花が無数に生まれ、審問者の胸の本紋章を照らす。


 リオルはそこへさらに付与する。


「対象、本紋章の文字列。性質指定――読まれやすさ。二十四時間、増大!」


 審問者の胸に、古代文字が浮かび上がった。


 リゼの火が、その文字列の継ぎ目を照らす。


「見えた! 中核は文字の裏!」


 リゼは火花を一点へ集めた。


 どんっ!


 爆発音は大きい。

 けれど、今度も狙いは正確だった。


 外殻が砕け、中の青い魔核が露出する。


 審問者が両腕を広げる。


【最終防衛】

【針の眠りを執行】


 天井の針がすべて落下準備に入る。


 広間全体を覆う針の雨。

 避ける場所はない。


 ガルドが前へ出た。


「全員、俺の後ろへ!」


「盾だけでは足りません!」


 リオルは叫びながら、ガルドの盾ではなく、その前の空間へ手を向けた。


「対象、ガルドさんの盾前方の空気層。性質指定――屋根としての説得力。二十四時間、増大!」


 空気が見えない屋根になる。


 さらにリオルは床へ手を向けた。


「対象、四人の足元の床。性質指定――ここが帰る場所だという主張。二十四時間、増大!」


 床が四人の足を支える。


 針の雨が降った。


 無数の金属音が響く。


 ガルドの盾が揺れる。

 空気の屋根がきしむ。

 床が震える。


 だが、崩れない。


「リゼさん!」


「任せなさい!」


 リゼが盾の隙間から火花を飛ばす。


 火花は針を焼くのではなく、針の影を照らした。

 どこに落ちるか、どこに隙間があるかを示すために。


「ミナさん!」


「はい!」


 ミナが審問者の胸元へもう一度走る。


 針の雨の中、ガルドの盾が道を作り、リゼの火が安全な一歩を照らし、リオルの床付与が踏み込みを支えた。


 そしてミナの白い杖が、露出した魔核を叩く。


「えいっ!」


 ぽこん。


 最後まで、音は軽かった。


 だが、魔核には十分だった。


 ぱきん。


 青い魔核に亀裂が入る。


 審問者の全身から光が抜けた。


 天井の針が止まり、床の魔法陣が消えていく。


 審問者は膝をつき、胸の本紋章を閉じた。


【最終判定】

【四名の力、鎖にあらず】

【灯として承認】


 広間に静寂が戻る。


 審問者の体は崩れなかった。

 ただ、戦う意思だけを失ったように動きを止めている。


 そして、胸の紋章から一枚の薄い石板が落ちた。


 リオルが慎重に拾い上げる。


 石板には、古代文字が刻まれていた。


【原初の書庫へ至る者】

【記録を恐れるな】

【記録は心を縛らず】

【ただ、歩みを残すものなり】


 リオルは、その文字をじっと見つめた。


「記録は……心を縛らない」


 胸の奥が揺れる。


 なら、あの【リオル:+1】も、ただの記録だったのか。


 いや、まだわからない。


 この石板が言う記録と、自分の付与のカウントが同じものだとは限らない。


 そう考えてしまうあたり、リオルの思い込みは根深かった。


 それでも、ほんの少しだけ。


 本当に少しだけ、息がしやすくなった。


 リゼが横から石板を覗き込む。


「これ、原初の魔導書の手がかりっぽいわね」


「はい。原初の書庫、とあります」


 ガルドが周囲を確認する。


「帰り道も開いたようだ」


 見ると、リオルが付与した足跡の光が、広間の出口へ続いていた。

 消えたはずの階段も戻っている。


 ミナがほっと微笑む。


「帰れますね」


「はい」


 リオルは頷いた。


 四人はしばらく、その光の道を見ていた。


 針鳴りの回廊は危険な迷宮だった。

 罠は悪意に満ち、審問者は容赦なく力の意味を問うた。


 けれど、帰る道は残った。


 いや、残したのだ。


 四人で歩いた足跡が、道になった。


「ねえ」


 リゼがぽつりと言った。


「パーティ名、少し思いついたかも」


 ガルドが振り返る。


「爆炎の星以外で頼む」


「わかってるわよ」


 リゼは少し照れくさそうに、光る足跡を見た。


「《帰路の灯》とか」


 ミナが目を細めた。


「素敵ですね」


 ガルドも頷く。


「悪くない」


 リオルは少し驚いた顔をした。


「僕たちのパーティ名、ですか?」


「そうよ。仮だけどね」


 リゼはそっぽを向く。


「今日のところは、それっぽいでしょ」


 リオルは光の道を見つめた。


 帰路の灯。


 縛るためではなく、帰るための光。


 その名が、自分たちにふさわしいのかはまだわからない。


 けれど、嫌ではなかった。


「……いいと思います」


 リオルがそう言うと、リゼは少しだけ満足そうに笑った。


 ミナは杖を胸に抱え、静かに言う。


「帰ったら、皆さんで休みましょう。かなり疲れていますから」


「ミナさんの回復があっても、さすがに疲れたわ」


 リゼが肩を回す。


「殴るヒーラー、今後も頼りにしてる」


「殴るヒーラーという呼び方は、少しだけ恥ずかしいです」


「じゃあ、ぽこんヒーラー?」


「もっと恥ずかしいです」


 ガルドが低く笑った。


 リオルも、ほんの少しだけ笑った。


 その笑いは小さかったが、迷宮に入る前より自然だった。


   ◇


 針鳴りの回廊を出た時、外は夕暮れだった。


 山間の空が赤く染まり、入口の石柱が風に鳴っている。


 ひゅうううん。


 来た時は不気味に聞こえたその音が、今は少しだけ違って聞こえた。


 リゼが大きく伸びをする。


「帰ったら絶対に甘いもの食べる」


 ガルドが頷く。


「俺は肉だ」


 ミナが微笑む。


「では、両方食べられるお店を探しましょう」


 リオルは石板を鞄にしまい、迷宮の入口を振り返った。


 原初の書庫。

 記録は心を縛らない。


 それは、原初の魔導書へ近づくための手がかりであり、リオル自身の誤解を解くための小さな鍵でもあった。


 もちろん、彼はまだ完全には信じていない。


 長年抱えてきた恐れは、一枚の石板で消えるほど軽くない。


 それでも。


 今日、リオルは六度目の付与を使った。


 断罪は下らなかった。


 自分の付与は、鎖ではなく灯だと認められた。


 その事実だけは、胸に残った。


 リゼが振り返る。


「リオル、置いてくわよ」


「あ、はい」


 リオルは慌てて歩き出した。


 ガルドが先を歩き、ミナがその少し後ろを行く。

 リゼが振り向きながら、早く来いと手を振っている。


 リオルはその背中を見た。


 まだ、彼らに付与はしていない。


 それでも一緒に歩いている。


 そのことが、今は少しだけ嬉しかった。


 四人の足音が、夕暮れの道に重なる。


 針鳴りの回廊で得たものは、古い石板だけではない。


 火は照らし、盾は帰る場所となり、癒やしは循環し、付与は道を示した。


 そして、まだ名も定まらなかったパーティは、ひとまず仮の名を得た。


 《帰路の灯》。


 無自覚最強の付与術師リオルと、クセの強い仲間たちの旅は、まだ始まったばかりだった。

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