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最強付与術師リオルは付与したくない  作者: 逆瀬ゆうり


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3/30

針鳴りの回廊 中編 審問者と、殴るヒーラー


【問う】

【汝の力は、誰がためにある】


 巨大な扉の奥から響いた声は、耳ではなく胸の内側を震わせた。


 針鳴りの回廊、第二区域入口。


 リオルたちは本来、ここで引き返す予定だった。

 依頼内容はあくまで「第一区域から第二区域入口までの安全確認」。

 これ以上の踏破は、依頼の範囲外である。


 だから、リオルは迷わず言った。


「戻りましょう」


 リゼが一瞬だけ驚いた顔をした。


「……あんた、こういう時は好奇心で進むと思ってたわ」


「進みません。ここから先は明らかに危険です」


「まあ、正論ね」


 ガルドも頷く。


「俺も撤退に賛成だ。中の魔力反応が大きすぎる」


 ミナが胸元で手を組んだ。


「はい。皆さん無事に帰るのが一番です」


 四人の判断は早かった。


 無理をしない。

 戦う必要のない相手とは戦わない。

 危険を持ち帰るのも、冒険者の大切な仕事だ。


 だが、迷宮はそれを許さなかった。


 背後の階段から、かぁん、と鐘の音が鳴る。


 次の瞬間、来た道の石段が一段ずつ壁の中へ引っ込んでいった。


「嘘でしょ」


 リゼが振り返る。


 階段は消え、代わりに滑らかな石壁が現れていた。


 ガルドが盾を構える。


「閉じ込められたか」


「正確には、戻る道を消されました」


 リオルは石壁に手をかざした。


 壁の奥に魔力の流れがある。

 ただの壁ではない。

 迷宮全体の機構とつながっている。


「壊せる?」


 リゼがスティックを握る。


「壊すと、壁の中の罠が作動する可能性があります。たぶん、針か落石です」


「この迷宮、針好きすぎない?」


「名前が針鳴りの回廊ですから」


「そこは律儀じゃなくていいのよ」


 再び、扉の奥から声が響く。


【答えよ】

【汝の力は、誰がためにある】


 リオルは巨大な扉を見つめた。


 中央の紋章が、青白く光っている。

 人の手にも、開いた本にも見える七つ目の印。


 その周囲に、これまで見てきた六つの印が刻まれていた。


 針。

 鐘。

 月。

 鍵。

 目。

 羽。


「答えないと開かない仕組みかしら」


 リゼが言った。


 ガルドが低い声で返す。


「答えを間違えると、何か起きるだろうな」


 ミナがリオルを見る。


「リオルさん。どうしますか?」


 リオルは唇を引き結んだ。


 力は誰のためにあるのか。


 そんなもの、すぐに答えられると思っていた。


 誰かを傷つけないため。

 誰かを助けるため。

 仲間を守るため。


 きれいな言葉なら、いくらでも並べられる。


 けれど、それを自分が言っていいのか、リオルにはわからなかった。


 自分の付与は、人の心を変えてしまうかもしれない。

 だから怖い。

 だから人にはかけたくない。


 助けたい気持ちは本物でも、力の使い方を間違えれば、相手の自由を奪うかもしれない。


 リオルは少し考えたあと、扉に向かって言った。


「僕の力は……誰かを無理に変えるためのものではありません」


 扉の紋章が、わずかに明るくなった。


 リオルは続ける。


「できれば、誰も傷つかないようにしたい。けれど、それが本当に正しいのか、まだわかりません」


 リゼが少しだけ目を細めた。


 ガルドは黙って聞いている。


 ミナも何も言わなかった。


「だから今は、少なくとも……僕の手が届く範囲の人を、無事に帰すために使います」


 沈黙。


 やがて、扉の奥で鐘が鳴った。


 かぁん。


【未完の答え】

【されど虚偽にあらず】


 扉が、ゆっくりと開いた。


 リゼが小さく息を吐く。


「正解ってことでいいの?」


「たぶん、通行許可です」


 リオルは慎重に言った。


「正解ではないかもしれません」


「ほんと、面倒な迷宮ね」


 扉の向こうには、円形の大広間が広がっていた。


 床は黒い石でできており、中央には巨大な天秤がある。

 天井からは無数の金属針が吊るされ、わずかな風でちりちりと鳴っていた。


 広間の最奥には、人型の影が立っている。


 背丈は二メートルほど。

 細い体に、金属と石を組み合わせたような外殻。

 顔には目も口もなく、代わりに六つの印が円を描いて浮かんでいる。


 右手には針。

 左手には鐘。

 背中には折り畳まれた羽のような金属板。

 胸の中央には、開いた本の紋章。


 それが、ゆっくりと顔を上げた。


【審問者、起動】

【対象、四名】

【力の行使を記録する】


 リゼがスティックを構える。


「出たわね、番人」


 ガルドが前に出る。


「俺が受ける」


 ミナが祈るように杖を握った。


 リオルは審問者を見据えた。


 魔物ではない。

 ゴーレムとも違う。

 古代魔導師が作った、試験用の自律機構。


 おそらくこの迷宮の中核に近い存在だ。


【第一問】

【守る力とは何か】


 審問者の右手の針が光った。


 次の瞬間、広間の床に赤い線が走る。


 線は四人の足元を囲み、細い円を作った。


「散開!」


 ガルドが叫ぶ。


 直後、円の内側から針が突き上がった。


 リオルは床に手を向ける。


「極所付与!」


 淡い光が床に広がる。


「対象、赤線内の床。性質指定――針を出す気まずさ。二十四時間、増大!」


 突き上がりかけた針が、ぎぎ、と止まった。


 リゼが叫ぶ。


「また気まずくした!」


「実際は作動抵抗です!」


「わかってるけど言い方!」


 針が止まった隙に、四人は円の外へ飛び出す。


 だが審問者の胸の紋章が光った。


【記録】

【リオル:力の行使、一】


 リオルの顔が青ざめた。


「……カウント」


 審問者の横に、青白い文字が浮かぶ。


【リオル:一】


 リオルは一瞬、足を止めた。


 その数字が、彼の記憶を刺した。


 幼い頃、付与をかけた家族や使用人たちのステータスボードに表示された、あの数字。


【リオル:+1】


 あれと似ている。


「リオル!」


 リゼの声で、リオルは我に返った。


 審問者の針が再び光っている。


 ガルドが盾を構えて割り込んだ。


 次の瞬間、針の束が雨のように降り注ぐ。


「ぬうっ!」


 ガルドの盾が針を受け止める。


 金属音が広間に響いた。


 リオルは慌てて空気へ手を向ける。


「対象、ガルドさんの盾前方の空気層。性質指定――針の進路を迷わせる反発。二十四時間、増大!」


 針の雨が盾の前で左右に逸れていく。


 ガルドの負担がわずかに軽くなった。


【記録】

【リオル:力の行使、二】


 また数字が増えた。


 リオルの胸がざわつく。


 リゼが火球を撃とうとして、途中で止めた。


「これ、力を使うたびに記録されるのね」


「おそらく」


 ミナが言った。


「記録が増えると、何か罰があるのでしょうか」


 審問者が答えるように、胸の本紋章を開いた。


【六記録に至る時、断罪を執行】


「六回で何か来るわけね」


 リゼが舌打ちした。


「なら、無駄撃ちはできない」


 ガルドが盾を構えながら言う。


「俺が受ける。リオルは使いどころを絞れ」


「はい」


 リオルは頷いた。


 だが、内心は乱れていた。


 力を使うたびに記録される。

 数字が増える。

 そして断罪される。


 まるで、これまでの自分を責められているようだった。


 リゼが横から言う。


「リオル、考えすぎない」


「でも」


「今の数字は、あんたが誰かの心を変えた数字じゃない。ただの行動記録でしょ」


 リオルは息を呑んだ。


 リゼは審問者を睨んだまま続けた。


「少なくとも、私はそう見てる」


 その言葉は強くも優しくもなかった。

 ただ、事実を指摘するような口調だった。


 だからこそ、リオルの胸に少しだけ届いた。


「……はい」


 リオルは小さく頷く。


「ありがとうございます」


「礼は帰ってから。来るわよ!」


【第二問】

【癒やす力とは何か】


 審問者の左手の鐘が鳴った。


 かぁん。


 その音を聞いた瞬間、四人の体が重くなった。


「なっ……」


 リゼが膝をつきかける。


 ガルドも盾を支える腕に力を込めた。


「疲労を……直接乗せてきたか」


 ミナが顔をしかめる。


「皆さん、呼吸が浅くなっています」


 ただの疲れではない。

 数時間歩き続けた後のような倦怠感が、一瞬で体に積み重なった。


 リオルは自分の指先が震えるのを感じた。


 付与を使える。

 空気の軽さを増やす。

 足元の支えを増やす。

 呼吸のしやすさを空間に与える。


 だが、それも記録される。


 今のリオルの記録は二。

 六で断罪。


 残り四回。


 リゼがスティックを持ち上げる。


「まずいわね。これ、魔力の練りも鈍る」


 ガルドも息を吐いた。


「盾を上げ続けるのが重い」


 ミナが一歩前に出た。


「私がやります」


 リオルはすぐに言った。


「痛み引受はだめです。疲労まで引き受けたらミナさんが倒れます」


「いいえ」


 ミナは首を振った。


「今回は、そちらではありません」


「そちら?」


 ミナは手にした白い杖を握り直した。


 治癒師の杖。

 本来は祈りの媒体であり、殴るための武器ではない。


 その杖を、ミナは両手で構える。


 リゼが目を丸くした。


「ミナ、まさか殴る気?」


「はい」


「ヒーラーが?」


「ヒーラーですが」


 ミナは少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。


「私、打撃はとても弱いです。でも、私のユニークスキルには、もうひとつ性質があるんです」


 審問者が鐘を鳴らす。


 さらに疲労が重くなる。


 ミナはふらつきながらも、前へ出た。


「私が相手に与えた打撃のダメージ分だけ、味方を回復できます。傷だけでなく、疲労も少し戻せます」


 リオルは驚いた。


「そんな能力が……」


「はい。ただ、私の打撃が弱いので、普段はほとんど役に立たなくて」


「弱いなら危険です!」


 リオルが止めようとする。


 ミナは振り返った。


「リオルさん。私は、痛みを引き受けるだけの人ではありません」


 その声は穏やかだった。

 けれど、いつもより少しだけ芯があった。


「私も、皆さんを支えたいです」


 リオルは言葉を失った。


 支えたい。

 その気持ちは、リオルにもわかる。


 だからこそ、止める言葉が見つからなかった。


 ガルドが盾で審問者の針を弾く。


「道を作る!」


 リゼがスティックを振る。


「音を抑える風だけなら、まだいける!」


 小さな風がミナの前を走り、床の針を横へ倒した。


 ミナはその隙に審問者へ駆ける。


 だが、動きは速くない。

 疲労のせいで足取りも重い。


 審問者の右手の針が、ミナへ向いた。


 リオルの体が先に動いた。


「対象、ミナさんの前方一メートルの床!」


 言いかけて、リオルは止まる。


 ミナ本人には付与しない。

 でも、床なら。


「性質指定――踏み込みを裏切らない安定感。二十四時間、増大!」


 ミナの足元の床が淡く光った。


 彼女の靴が滑らず、沈まず、確かに体を前へ運ぶ。


【記録】

【リオル:力の行使、三】


 数字が増えた。


 だが、リオルは今度は目を逸らさなかった。


 ミナが審問者の懐へ入る。


「えいっ」


 ぽこん。


 白い杖が、審問者の脇腹を叩いた。


 音は軽かった。


 ダメージも、おそらく微々たるもの。


 リゼが思わず叫ぶ。


「かわいい!」


「リゼさん、今それどころでは!」


 しかし次の瞬間、ミナの杖から淡い白光が広がった。


 その光がリオル、リゼ、ガルドの体を包む。


 重かった呼吸が、少し楽になる。

 腕のだるさが抜ける。

 足に力が戻る。


 大きな回復ではない。

 けれど、確かに疲労が軽くなった。


 ガルドが目を見開く。


「本当に戻った」


 リゼも肩を回す。


「すごいじゃない、ミナ!」


 ミナは頬を赤くした。


「少しだけです」


「少しでも大きいです」


 リオルは真剣に言った。


「今の回復がなかったら、次の攻撃に対応が遅れていました」


 ミナは一瞬、嬉しそうに目を細めた。


 しかし、審問者は黙っていない。


【記録】

【ミナ:力の行使、一】


【判定】

【癒やす力、受動にあらず】


 審問者の胸の本紋章が開く。


【追加審問】

【痛みを分ける者よ】

【汝は痛みを罰と見るか、橋と見るか】


 ミナの表情が変わった。


「私に……?」


 審問者の鐘が再び鳴る。


 今度はミナひとりの足元に赤い円が生まれた。


 リオルが手を伸ばしかける。


 だがミナは、静かに言った。


「痛みは、罰ではありません」


 赤い円の中から針が出かけて、止まる。


「でも、美しいものでもありません。誰かが我慢すればいいものでもありません」


 ミナの声は震えていた。


 それでも、彼女は続けた。


「痛みは、気づくためのものです。だから私は、ひとりで抱え込むのではなく、皆さんが気づける形で支えたいです」


 審問者の赤い円が消えた。


【未完の答え】

【されど虚偽にあらず】


 リゼが小さく呟く。


「リオルと同じ判定ね」


 ガルドが盾を構え直す。


「この番人、答えを見ているのか」


「たぶん」


 リオルは審問者を見た。


「力の強さではなく、力の意味を見ている」


 審問者が動いた。


 これまでとは違う。


 右手の針。

 左手の鐘。

 背の羽。

 胸の本。


 四つの機構が同時に光る。


【第三問】

【支える力とは何か】


 床全体に、細い線が走った。


 その線は天秤の皿へつながっている。


 広間中央の巨大な天秤が傾き始めた。


 右の皿には、針。

 左の皿には、羽。


 針が重くなり、床全体が右へ傾く。


「足場が!」


 リゼが踏ん張る。


 床は坂になり、右側の壁に開いた無数の穴から針が突き出し始めた。


 右へ滑れば串刺し。

 左へ戻ろうとしても、床はさらに傾く。


 ガルドが盾を床に突き立てる。


「全員、俺につかまれ!」


 リゼとミナが盾の縁を掴む。


 リオルも手を伸ばすが、その前に床の傾きが増した。


 体が右へ流れる。


「リオル!」


 リゼが叫ぶ。


 リオルは滑りながら、床を見た。


 床全体を止めるのは大きすぎる。

 付与対象を広くしすぎると、精度が落ちる。


 極所付与は、限定するほど強い。


 なら、狙うべきは一点。


 リオルは床とガルドの盾が接している一点へ手を伸ばした。


「対象、盾の先端が刺さっている床の一点!」


 盾そのものではない。

 ガルドでもない。


 床だ。


「性質指定――絶対に支点であり続ける意地。二十四時間、増大!」


 盾の先端を受け止める床が、強烈に固定された。


 ガルドの【絶対不動】と噛み合い、盾はその場に根を張ったように動かなくなる。


【記録】

【リオル:力の行使、四】


 リオルは盾の縁を掴んだ。


 四人はなんとか滑落を止める。


「今のは助かった!」


 ガルドが叫ぶ。


「でも、長くは持ちません!」


 リオルは歯を食いしばる。


 傾いた床。

 右の針壁。

 中央の天秤。

 左の羽。


 先ほどの詩。


【羽は落ちる者を救わない】


 つまり、羽は罠。

 だが、この場では羽が天秤の反対側にある。


 救わない羽。

 軽すぎる羽。


 ならば。


「リゼさん、左の皿の羽を狙ってください!」


「燃やす?」


「いいえ、揺らしてください! 音を出さずに!」


「注文が難しい!」


 リゼは杖を構え、小さな風を放った。


 爆発音はない。

 ただ、細い風が天秤の左皿にある金属羽を揺らす。


 羽が、かすかに浮いた。


 審問者の目の印が光る。


【記録】

【リゼ:力の行使、一】


 リゼの横にも数字が出る。


 リゼは嫌そうに顔をしかめた。


「私も数えられるのね」


「気にしないでください。行動記録です」


 リオルは自分に言い聞かせるように言った。


 そして天秤を見た。


 羽は揺れている。

 けれど軽いまま。


 なら、羽そのものではなく、羽の周囲の空気。


「極所付与!」


 リオルの五回目。


 残り一回で断罪。


 それでも、今使わなければ全員が針壁へ落ちる。


「対象、左皿の羽の真下の空気。性質指定――重さを受け取ったふり。二十四時間、増大!」


 羽の下の空気が、まるで重りのように天秤を押し下げた。


 左皿が沈む。


 傾いていた床が、ゆっくり水平に戻っていく。


【記録】

【リオル:力の行使、五】


 五。


 あと一回。


 審問者の胸の紋章が赤く点滅する。


【断罪準備】


 広間の空気が重くなった。


 リオルは息を呑む。


 もう、軽々しく付与は使えない。


 リゼがリオルの横に立つ。


「次、あんたは使わない。いい?」


「状況によります」


「そこは、はいって言いなさいよ」


「皆さんが危なければ使います」


「ほんと頑固ね」


 リゼは呆れたように言ったが、その声に怒りはなかった。


 ミナが杖を握り直す。


「私が、もう少し回復します」


「無理はしないでください」


 リオルが言う。


「はい。無理はしません」


 ミナは頷いた。


 そして、小さく息を吸う。


「でも、できることはします」


 審問者が針を構えた。


 今度は針が一本ではない。


 広間の天井に吊るされていた無数の金属針が、一斉に下を向く。


 リゼが青ざめる。


「全体攻撃……!」


 ガルドが盾を上げる。


「俺の盾だけでは全員を守れん!」


 リオルは付与しようとした。


 残り一回。

 使えば断罪。

 だが、使わなければ針の雨で全員が危ない。


 その時、ミナが前へ出た。


「リオルさん、床を見てください」


「え?」


「針ではなく、私の足元の床を」


 ミナは審問者へ走った。


 リオルは一瞬迷ったが、気づく。


 ミナは自分を付与しろと言っていない。

 足元の床を見るように言っただけだ。


 彼女は、リオルの線引きを守ったまま、協力を求めている。


 リオルは床を見る。


 ミナが踏み込む先。

 審問者までのわずかな距離。


 もう付与は使えない。


 だが、さっき付与した「踏み込みを裏切らない安定感」は、まだ床に残っている。


 範囲は狭いが、使える。


「ミナさん、右足、二歩先です!」


「はい!」


 ミナはリオルの声に合わせて踏み込んだ。


 床が彼女の足を支える。


 針が降る前に、ミナは審問者の胸元へ杖を振った。


「えいっ!」


 ぽこん。


 やはり音は軽い。


 だが、今度はリオルが事前に見ていた。


 審問者の胸の本紋章。

 そこだけ外殻が薄い。

 打撃が通りやすいわけではないが、魔力の流れが集中している。


 ミナの弱い打撃でも、そこなら意味がある。


 白い光が広がった。


 さきほどより強い。


 リオルの体に力が戻る。

 リゼの魔力の練りが安定する。

 ガルドの腕の震えが止まる。


 針の雨が降る。


 だが、回復したガルドが大盾を高く掲げた。


「おおおおおっ!」


 ガルドの【絶対不動】が発動する。


 盾が巨大な屋根となり、針の雨を受け止めた。


 リゼが小さな炎の輪を作り、盾の隙間から入ってきた針だけを焼き落とす。


 リオルは付与を使わない。


 ただ、床の状態を読み、針の落下位置を叫ぶ。


「左、三本! リゼさん、上です!」


「わかってる!」


「ガルドさん、盾の右端に集中!」


「任せろ!」


「ミナさん、一歩下がってください!」


「はい!」


 針の雨が止んだ時、四人はまだ立っていた。


【記録】

【ミナ:力の行使、二】


【判定】

【支える力、依存にあらず】


 審問者の声が響く。


【相互補助を確認】


 リゼが息を荒げながら笑った。


「今の、ちょっとパーティっぽかったんじゃない?」


 ガルドが頷く。


「悪くない」


 ミナは少し照れたように微笑んだ。


「私も、少しは殴れました」


「殴るヒーラー、頼もしすぎるわね」


 リオルはミナを見る。


「ミナさんの能力、すごいです。弱い打撃でも、使い方次第で戦況を変えられます」


「ありがとうございます」


 ミナは静かに頷いた。


 急に距離が縮まったわけではない。


 ただ、リオルは初めて、ミナを「守られるだけの人」ではなく、「一緒に戦う仲間」として見た。


 ミナもまた、それを望んでいた。


 その変化は小さい。

 けれど、確かな一歩だった。


 だが、審問者はまだ倒れていない。


 むしろ、ここからが本番だった。


 審問者の胸の本紋章が完全に開く。


 そこに、青白い文字が浮かんだ。


【四名、未完の答えを保持】

【仮合格】

【これより本審問へ移行】


 リゼの顔が引きつる。


「仮合格? 今までの、前座だったの?」


 ガルドが盾を握り直す。


「魔力が増した」


 審問者の背中の羽が広がる。


 ただし、それは空を飛ぶための羽ではなかった。


 無数の薄い金属板が開き、それぞれに針、鐘、月、鍵、目、羽の印が光る。


 広間全体が変形し始めた。


 床が割れ、壁がせり上がり、天井の針が円形に並ぶ。

 中央の天秤が沈み、代わりに巨大な魔法陣が現れる。


 リオルはその魔法陣を見た瞬間、背筋が冷たくなった。


 魔法陣の構造が、付与術に似ている。


 ただし、リオルの付与とは逆。


 何かを強めるのではない。


 対象から、意味を奪う陣。


「これは……」


 リオルの声がかすれる。


 審問者が告げる。


【本審問】

【力の意味を失いし者、その力を封ず】


 リゼがスティックを構えた。


「どういうこと?」


「たぶん、この陣の中で力を使って、審問者に『意味がない』と判定されると……」


 リオルは唇を噛んだ。


「その力を封じられます」


 ミナが息を呑む。


「ユニークスキルも、ですか?」


「可能性があります」


 ガルドの表情が険しくなった。


「俺の【絶対不動】も封じられるか」


 リゼが苦笑する。


「私の魔法も危ないってことね」


 審問者の目の印が、リオルを見た。


【リオル:力の行使、五】

【次回行使にて、断罪】


 リオルの数字だけが赤く光る。


 あと一回。

 次に付与を使えば、断罪が来る。


 しかも本審問では、力の意味を否定されれば封印される。


 リオルは自分の手を見た。


 付与術。


 自分が恐れてきた力。

 使いたくない力。

 けれど、仲間を守るためには必要な力。


 その意味を問われている。


 リゼが横に立った。


「リオル。今度は、あんただけが解く場面じゃないわ」


 ガルドも盾を構える。


「俺たちもいる」


 ミナが杖を握った。


「私も、殴れます」


 リゼがちらっとミナを見る。


「そこ、ちょっと頼もしいけど面白いわね」


「真面目に言いました」


「わかってる」


 リオルは三人を見た。


 人に付与していない。

 心を操作していない。


 それでも、三人は自分の横に立っている。


 その事実が、リオルの胸の奥を静かに支えた。


 審問者が一歩前へ出る。


 広間全体の針が鳴った。


 ちりん、ちりん、ちりん。


【最終問】

【汝らの力は、互いを縛る鎖か】

【あるいは、帰路を照らす灯か】


 魔法陣が輝く。


 断罪の準備が完了する。


 リオルは息を吸った。


「……倒すだけじゃ、だめですね」


 リゼが笑う。


「じゃあ、答えながら倒す?」


「はい」


 ガルドが盾を構える。


「難儀だな」


 ミナが静かに頷く。


「でも、皆さんならできます」


 審問者の胸の本紋章が、赤く光った。


 次の一手で、リオルに断罪が下る。


 そして、力の意味を間違えれば、誰かのユニークスキルが封じられる。


 針鳴りの回廊、第二区域。


 審問者の真の脅威が、ようやく姿を現した。


 リオルはまだ答えを持っていない。


 だが、ひとつだけ決めていた。


 次に付与を使うなら、それは自分の恐怖を隠すためではない。


 誰かを縛るためでもない。


 この四人で、無事に帰るために使う。


 たとえ、その一回で断罪が来るとしても。

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