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最強付与術師リオルは付与したくない  作者: 逆瀬ゆうり


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王のいない塔編-2 答えに届かない王冠


 黒い両開きの扉の向こうには、白い空間が広がっていた。


 リオルたちはすぐには踏み込まず、入口から内部を観察した。


 円形の広間。


 壁も床も、継ぎ目のない白い石でできている。


 窓はない。

 柱もない。

 上階へ続く階段もない。


 机や椅子はもちろん、灯りを置く台すら見当たらなかった。


 それでも内部は明るい。


 どこかに光源があるわけではなく、空間全体が薄く白んでいるように見えた。


「塔の一階って、普通はもう少し何かあるものじゃない?」


 リゼが入口から顔だけを覗かせる。


「受付とか、階段とか、いかにも触ったら罠が動きそうな像とか」


「最後はない方がいいです」


 リオルは小石を一つ拾った。


 塔の外で見つけた、灰色の小石だ。


 それを広間へ向けて転がす。


 小石は白い床の上を進み、何事もなく止まった。


 燃えない。

 沈まない。

 消えない。


 続いてガルドが大盾の下端だけを室内へ入れる。


 盾にも変化はない。


「罠らしい反応はない」


 ガルドが言った。


「だが、何もないこと自体が不自然だ」


「はい」


 リオルは背後を振り返った。


 離れた場所には、お告げ鳥の依頼によって現れた白い帰還扉が残っている。


 扉の向こうには、王都の通りが見えた。


 引き返す道は確保されている。


「まずは入口付近だけ調べましょう」


 リオルが言う。


「全員が同時に奥へ行かず、帰還扉が維持されていることも定期的に確認します」


「賛成です」


 ミナが頷いた。


 ガルドが先頭に立ち、その後ろにリオル、リゼ、ミナが続く。


 四人が広間へ入っても、黒い扉は閉じなかった。


 塔の内側から外を見ることもできる。


 ただ、外の風は中へ入ってこない。


 境界を一枚隔てただけで、音も空気の流れも完全に分かれていた。


「静かすぎるわね」


 リゼが小声で言う。


 その声は広間に反響しなかった。


 吸い込まれたわけでもない。


 音は聞こえるのに、壁へ返らない。


 ガルドが大盾の縁で床を軽く叩いた。


 こん。


 短い音だけが鳴り、余韻は残らなかった。


「音を返さない構造か」


「可能性はあります」


 リオルは床へしゃがみ込んだ。


 付与術を使わず、まず目と手で調べる。


 床は冷たくも熱くもない。


 石に見えるが、石特有の微細なざらつきがない。


 かといって金属でも、硝子でもなかった。


「分かりません」


 リオルは正直に言った。


「素材が?」


 リゼが聞く。


「はい。見た目は石ですが、僕の知っている石とは少し違います」


「付与で反応を見たら?」


「対象をまだ正確に認識できていません。分からないものに大きな付与をかけるのは危険です」


 リゼは感心したように頷いた。


「リオルが塔全体にいきなり変な付与をしなくて安心したわ」


「僕はいつも慎重です」


「蒸気に付与して真空を作った人が言う?」


「あれは予想外でした」


 ミナが壁の前で白い杖をかざした。


「呪いや病的な魔力は感じません」


「敵意も薄い」


 ガルドは広間の中央を見ている。


「だが、誰かがいる」


 三人が一斉にガルドの視線を追った。


 広間の中央。


 先ほどまで何もなかった場所に、小さな黒い点が浮かんでいた。


 点はゆっくり縦へ伸びる。


 細い線になる。


 さらに線の左右へ、逆向きの文字がいくつも現れた。


 文字は読めない。


 ひっくり返しても、鏡に映しても、おそらく言葉にはならない。


 それらは黒い線を中心に回転し、次第に一つの輪郭を作っていった。


 長い外衣。


 細い腕。


 床から浮いた身体。


 顔があるべき場所には、淡い銀色の仮面。


 足はなく、裾の下には黒い文字だけが流れている。


 そして頭上には、大きな王冠があった。


 王冠の中央には、上下が反転した目の紋章。


 それが開く。


「王がいた」


 リゼが反射的に言った。


 浮遊する魔導士は、彼女の方へ仮面を向けた。


【訂正】


【王ではない】


 声は、口から出たものではなかった。


 広間の空気全体が、同じ言葉を形にする。


 リゼは王冠を指さす。


「でも王冠かぶってるじゃない」


【王冠型演算器】


【統治権限なし】


【領土なし】


【臣下なし】


【王位なし】


「説明が細かい」


【誤解解消には必要】


 リオルはその姿を見つめ、記憶を探った。


 古い冒険記。


 魔導学院の禁書目録。


 国家の歴史書に、ほんの数行だけ記された存在。


 世界のどこかで摂理の乱れが生じると、自律的に現れる浮遊魔導士。


「キングリバース……」


 リオルが名前を口にすると、王冠の目が細くなった。


【個体識別、正解】


【名称:キングリバース】


【分類:自律型摂理解読存在】


【現在の敵対意思:なし】


 ミナが小さく息を吐いた。


「伝説に出てくる、あのキングリバースですか」


【伝説の定義は不明】


【同名個体は当機のみ】


「たぶん、それで合っています」


 リオルは答えた。


 キングリバース。


 国家にも、種族にも属さない。


 世の中のどこかで、本来あるべき理屈が崩れた時に現れるとされる存在。


 海の上へ浮いたまま沈まなくなった都市。


 毎日同じ朝を繰り返した村。


 倒した数より多く増え続けた魔物の群れ。


 そうした通常の手段では原因さえ分からない問題を、逆向きに読み解いたという記録がある。


 ただし、目撃例は極めて少ない。


 長い歴史の中でも、確実な記録は数えるほどしかなかった。


 リゼは少しだけ警戒を解きながら尋ねた。


「あなたも、お告げ鳥の依頼で来たの?」


【否定】


【世界摂理の局所的停滞を検知】


【自律判断により到着】


「いつからいるんですか」


 リオルが聞く。


【経過時間:三百二十八時間】


 リゼが指を折って数えようとする。


「えっと……」


「約十三日と十六時間です」


 リオルが答えた。


「二週間近く、ここを調べているんですね」


【肯定】


「それで、秘密は分かったんですか?」


 キングリバースは沈黙した。


 王冠の周囲を流れていた逆文字が、一斉に止まる。


【未解決】


 短い答えだった。


 だが、それだけで十分に重かった。


 伝説的な解読存在が、二週間近く調査しても答えへ届いていない。


 ガルドが低く言う。


「難題ということか」


【難度評価不能】


【問題の形状を取得できていない】


「問題の形状?」


 ミナが首をかしげる。


【何を解くべきかは依頼名から推定可能】


【王のいない塔の秘密】


【しかし、秘密の所在、構造、発生原因、影響範囲、いずれも未取得】


 リゼが広間を見回す。


「でも、あなたのリバーススキルなら、何でも解析できるんじゃないの?」


【多くは可能】


【万能ではない】


「具体的には、どういう能力なんですか」


 リオルが尋ねた。


 キングリバースは、長衣の内側から一枚の小さな金属板を取り出した。


 古びた円形の板。


 表面には無数の傷がある。


【試験用解析片】


【当機所有物】


【実演する】


 王冠の目が、金属板を見た。


 次の瞬間。


 かち。


 小さな音がした。


 金属板の端に、針先ほどの傷が一つ増える。


【リバース解析】


【対象へ微細損傷を付与】


【損傷結果から構造を逆算】


【取得情報】


【合金比率:鉄七十一、銀十二、魔銀六、その他十一】


【製造時期:二百八十六年前】


【修復歴:四回】


【弱点:外周左下】


 リゼが目を丸くする。


「傷をつける代わりに、答えを取るのね」


【概ね正解】


【認識した対象へマイクロダメージを与え、その結果を解読へ変換する】


 ガルドがキングリバースを見据える。


「生き物にも使えるのか」


【可能】


 ミナの表情が少し硬くなる。


 だが、キングリバースはすぐに続けた。


【現在、諸君への使用予定なし】


【同意なき生体解析は、今回の解決に不要】


【不要な損傷は解決ではなく新規問題を生む】


 ミナは少し安堵したように頷いた。


「それなら、よかったです」


 リオルも同じだった。


 たとえごく小さな傷でも、調査のためだけに仲間へ与えられることは望んでいない。


 キングリバースは、その線を越えるつもりがないらしい。


「バトルでは、とても強い能力ですね」


 リゼが言う。


【戦闘時は有効】


【回避を継続し、対象の動作、装甲、魔力、技能を順次解析】


【微細損傷の蓄積と情報取得により、最適解へ到達可能】


「相手に勝つまで、避けながら答えを探し続ければいい」


【肯定】


「絶対に戦いたくない相手ね」


【当機も不要な戦闘を希望しない】


 キングリバースは試験用解析片を長衣へ戻した。


 リオルは白い床へ視線を落とす。


「この塔にも、リバーススキルを使ったんですか」


【肯定】


【床、壁、扉、空気、内部魔力、外部形状、名称、空間境界を解析】


「結果は?」


【各対象の個別情報は取得】


【ただし、王がいない理由へ接続しない】


「拒絶されたわけではない?」


 リゼが聞く。


【否定】


【解析は成立している】


【回答が誤っている兆候もない】


【しかし、必要な答えに至らない】


 リオルは眉を寄せた。


「正しい情報を集めているのに、秘密が分からない」


【肯定】


「隠し部屋や、封印された階段は?」


【現時点で検出なし】


「上へ行く方法は?」


【未発見】


「塔の外側を登るのは?」


【試行済み】


 リゼが少し驚く。


「登ったの?」


【浮遊により上昇】


【一定地点以降、現在位置の確定に失敗】


【開始地点へ帰還】


「頂上が見えないのと同じ現象でしょうか」


 ミナが言う。


【可能性あり】


【断定不能】


 ガルドはキングリバースの王冠を見る。


「お前がキングであることが、調査を妨げている可能性は」


【検証済み】


【名称、外形、王冠、演算階位を一時的に解析対象から除外】


【結果に変化なし】


 リゼが腕を組んだ。


「キングだから王のいない塔に拒絶されてる、みたいな単純な話じゃないのね」


【肯定】


【当機は本塔の王ではない】


【当機の存在により塔の名称が変化する事実もない】


「ややこしいけど、そこははっきりしてるのね」


 キングリバースは、四人を順番に見た。


 解析の目ではない。


 単に、新たに現れた調査者を確認しているだけの視線だった。


【質問】


【諸君は何を目的として来た】


 リオルは依頼書を取り出した。


「お告げ鳥から、“王のいない塔の秘密をあばけ”という依頼を受けました」


 キングリバースの逆文字が速く流れる。


【お告げ鳥】


【重要度評価を上方修正】


【依頼対象が諸君である理由は不明】


「僕たちにも分かりません」


 リオルは正直に答えた。


「ただ、以前会ったデュラハンからも、王なき塔という言葉を聞いています。僕が探す原初の魔導書にも関係する可能性があります」


【原初の魔導書】


 王冠の目がわずかに開いた。


【関連性、現時点で未確認】


「それでも、調べます」


【理解】


 リゼがキングリバースへ尋ねる。


「あなたは、私たちが来たら何か変わると思う?」


【不明】


「はっきり言うわね」


【不明を既知として扱うことは、解読を遠ざける】


 ガルドが頷いた。


「正しい」


 リオルは少し考えた。


「一緒に調査しませんか」


 キングリバースの文字が止まる。


「あなたは二週間近く、一人で調べてきた。でも答えが出ていない。僕たちはあなたほど解析できませんが、違う見方はできます」


 リゼが続ける。


「私は魔法と音を見る」


 ガルドが言う。


「俺は足場と守るべき位置を見る」


 ミナも白い杖を持ち直した。


「私は、異常によって困っているものがないかを見ます」


 リオルは最後に言った。


「僕は、付与できる対象と、その役目を見ます。ただし、いきなり塔全体へは付与しません」


【合理的】


 キングリバースは即答した。


【異なる観測方法の並列実行は、有効である可能性あり】


【共同調査を承認】


 リゼが少し笑う。


「伝説的存在のわりに、話が早いのね」


【十三日以上、進展なし】


【新規手法を拒む理由なし】


「ちょっと切実なのね」


【肯定】


 キングリバースは隠さなかった。


 答えを導くために存在する者が、答えへ届かない。


 それは彼にとって、疲労とは違う重さなのかもしれない。


 リオルは広間を見回した。


 何もない。


 階段もない。


 印もない。


 キングリバースが残した調査道具らしい、小さな銀の札が壁際にいくつか浮かんでいるだけだ。


「これまでの調査記録を見せてもらえますか」


【可能】


 キングリバースが手を上げる。


 広間の空中に、何百もの逆文字が並んだ。


 床の解析。


 壁の解析。


 空間の解析。


 扉の解析。


 塔の外周。


 上昇試験。


 魔力の流れ。


 音の反応。


 光の反応。


 どれも調べられている。


 どれも答えではない。


 リゼがその量を見て、少し顔を引きつらせた。


「これを全部読んだの?」


【記録した】


「答えを出す存在って大変なのね」


【通常は、ここまで長引かない】


 ミナが静かに言った。


「今回は、答えが隠されているというより、質問そのものが見えていないのでしょうか」


 キングリバースはすぐには答えなかった。


 王冠の目が、白い広間を見渡す。


【可能性あり】


【しかし、その可能性を確定する問いも未取得】


 リオルは依頼書を見た。


 王のいない塔の秘密をあばけ。


 何が秘密なのか。


 なぜ王がいないのか。


 そもそも、何を調べれば“あばいた”ことになるのか。


 お告げ鳥は、そこを何も教えてくれなかった。


 リオルは静かに息を吸う。


「まずは、キングリバースさんの記録を確認します」


「さん付けするの?」


 リゼが小声で聞く。


「協力者なので」


【敬称は不要】


「では、キングリバース」


【受理】


 リゼが少し肩を震わせた。


「律儀同士で相性いいわね」


 こうして、《帰路の灯》は伝説の解読者と共に、王のいない塔を調べることになった。


 調査者は増えた。


 見方も増えた。


 それでも、塔は何も示さない。


 白い広間は静かなまま。


 頂上へ続く道も、王の痕跡も、秘密の在処も見つからない。


 答えを導く王冠でさえ、まだ届いていない。


 リオルは空中を埋める膨大な解析記録を見上げた。


 次に必要なのは、さらに多くの答えではないのかもしれない。


 だが、何が必要なのかは、まだ誰にも分からなかった。


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