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最強付与術師リオルは付与したくない  作者: 逆瀬ゆうり


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ガルド・不動波の開祖編-5 尊敬の不動波

 一夜が明けた。


 不動庵の朝は、やはり静かだった。


 鳥の声が聞こえる。

 風が木々を揺らす。

 池の水面が、朝日を受けてかすかに光る。


 そして庭のあちこちに、不動系の修行者たちがいた。


 大岩の上に座ったままの者。

 片足立ちで目を閉じている者。

 座布団ごと弟子に運ばれている師範代。

 木陰でまばたきせずに瞑想している少年。


 動かない者たちの朝は、妙に規則正しい。


 リゼはそれを見ながら、あくびを噛み殺した。


「朝から全員、置物みたいね」


「失礼です」


 リオルが言う。


「でも否定できないでしょ?」


「……否定は難しいです」


 ミナは少しだけ笑った。


 ガルドはすでに大盾を背負い、庭の中央を見ていた。


 昨日の戦いで、彼らは開祖・巌心に届かなかった。


 物理は無効。

 魔法も無効。

 不動波は戦闘参加者全員へ距離を問わず届く。

 しかも巌心が戦闘終了を認識しない限り、微弱なダメージが入り続ける。


 さらに、終盤に見せた内返し。


 外からではなく、内側から響く不動波。


 それは盾では防げず、回復で凌ぐにも限界があった。


 普通に考えれば、勝ち筋はない。


 けれど、昨日の最後にガルドは何かを掴みかけた。


 仲間と同じ波を受けた瞬間。

 自分だけではなく、仲間の受けた痛みまでもが、自分の足元へ集まりかけた。


 小さな光。


 それが、次の糸口だった。


 そしてリオルは、一晩考えて、別の違和感にたどり着いていた。


「不動波には、矛盾があります」


 朝の庭の隅で、リオルは小声で言った。


 リゼ、ミナ、ガルドが彼を見る。


「矛盾?」


 リゼが聞き返す。


「はい。巌心さんは言いました。不動波は、戦闘参加者すべてに届く。敵味方の区別はない、と」


「言ってたわね。おかげで全員じわじわ削られたわ」


「でも、そこに巌心さん自身は含まれていませんでした」


 その言葉に、ガルドの目がわずかに動いた。


 ミナも表情を変える。


「たしかに……」


 リオルは続けた。


「巌心さんは、戦いの中心にいました。開祖であり、対戦相手であり、道場主です。でも、不動波の対象としては、自分自身を戦闘参加者に含めていなかった」


 リゼが腕を組む。


「つまり、自分は“戦ってる人”じゃなくて、“戦いの場そのもの”みたいに扱ってたってこと?」


「近いと思います」


 リオルは頷いた。


「巌心さんは、自分の不動波が敵味方を問わず傷つけるから、一人で戦うしかないと言いました。でも本当に一人でいいなら、そもそも道場を作る必要はありません」


 ガルドは静かに巌心の座っていた縁側を見た。


 そこには、昨日と同じ座布団がある。


「一人でいいなら、弟子はいらない」


「はい」


 リオルは言った。


「でも、この道場には弟子がいます。不動系の人たちが集まっています。巌心さんは、仲間がいることも強さだと僕たちに言いました」


 ミナがそっと続ける。


「でも、ご自身はその輪に入っていない」


「はい」


 リオルは少しだけ声を落とした。


「思考の極致を経て、一人でいることを選んだように見えます。でも、本当はどこかで寂しさもあるんだと思います」


 リゼは珍しく茶化さなかった。


「まあ、あれだけ弟子に囲まれてて、完全に一人がいいって人には見えないわね」


 ガルドは黙っていた。


 リオルはさらに言う。


「昨日、巌心さんの不動波を止めることばかり考えていました。でも、もしかすると逆です。巌心さんを、戦闘参加者に戻す必要がある」


「戻す?」


「はい。巌心さんが、自分もこの戦いに参加していると認識すれば、不動波は巌心さん自身にも届くはずです」


 ミナは不安そうに言った。


「でも、それは巌心さんにダメージを与えることになります」


「はい。ただ、無理やり認識を変えるのは違います」


 リオルはすぐに言った。


「巌心さんの心を操作するような付与はしません。きっかけを作るだけです。巌心さんが本当に、弟子たちや僕たちと戦いの場に立ちたいと思うなら、その気持ちが届くようにする」


 リゼが少し笑った。


「開祖の心を癒して勝つってこと?」


「結果的には……そうかもしれません」


「なにその謎展開」


 そう言いながら、リゼの目は真剣だった。


 ガルドが低く言う。


「俺は何をすればいい」


 リオルはガルドを見た。


「昨日の最後、ガルドさんの足元に光が集まりました。あれは、仲間と同じ波を受けて、ガルドさんがそれを自分の不動へ集めようとしたからだと思います」


「ああ」


「今日も、それが必要になります。ただし、開祖を攻撃するためではなく、開祖を戦いの輪へ迎えるために」


 ガルドはしばらく黙った。


 そして、ゆっくり頷いた。


「わかった」


「……本当にわかりましたか?」


 リゼが思わず言う。


「私はまだ半分くらいしかわかってないんだけど」


 ガルドは短く答えた。


「尊敬すればいい」


「え?」


「巌心殿を、敵としてではなく、師として尊敬する。その上で戦う」


 リオルは少し驚いた。


 ガルドはもう、自分なりの答えに近づいている。


 ミナが微笑んだ。


「ガルドさんらしいです」


 リゼも肩をすくめた。


「硬いけど、たぶん合ってる」


 その時、庭の中央から声が届いた。


「朝から面白い話をしておるの」


 縁側に、巌心が座っていた。


 いつからいたのかはわからない。


 いや、おそらく最初からいた。


 動かなかっただけで。


 リゼがびくっとした。


「聞こえてた!?」


「不動とは、耳を閉じることではないと昨日も言ったろう」


「便利すぎるわね、不動」


 巌心は楽しそうに笑った。


「さて。昨日の続きをやるかの」


 ガルドは大盾を背負ったまま、庭の中央へ歩み出た。


「お願いします」


 その声は、昨日より静かだった。


 焦りが消えたわけではない。

 だが、焦りに飲まれてはいない。


 巌心は目を細める。


「よい顔じゃ」


   ◇


 二度目の開祖戦が始まった。


 巌心は昨日と同じように、庭の中央に座した。


 リオル、リゼ、ミナ、ガルドはその前に立つ。


 マグナとセナを含む弟子たちは、庭の端で見守っていた。


 昨日と違うのは、弟子たちの表情だ。


 どこか期待している。

 どこか不安そうでもある。


 巌心が昨日見せた内返しは、弟子たちにも衝撃だったのだろう。


 強すぎる師。


 孤高の開祖。


 でも、弟子たちは本当に、彼が一人で戦い続けることを望んでいるのか。


 リオルは、そこに賭けるつもりだった。


 巌心が言う。


「始めよう」


 木槌が鳴る。


 こつん。


 そして、不動波が来た。


 どん。


 身体の内側に、微弱な衝撃が通る。


 昨日と同じ。


 いや、昨日より少し軽い。


 リゼが小声で言う。


「手加減?」


「違うと思います」


 リオルは巌心を見た。


「たぶん、こちらが受け方を知ったからです」


 ミナはすぐに波の周期へ呼吸を合わせた。


「えいっ」


 ぽこん。


 小さな回復が広がる。


 ガルドは盾を構えた。


 ただし、昨日のようにすぐ前へ出ない。


 立つ。


 受ける。


 仲間の呼吸を聞く。


 巌心は穏やかに言った。


「今日はどう来る」


 リゼがスティックを構えた。


「まずは私」


 彼女は火球を撃たない。


 爆発音も出さない。


 代わりに、小さな光をいくつも庭に浮かべた。


 火の光だが、攻撃ではない。


 弟子たちの顔を照らすための光。


 マグナ。

 セナ。

 池のほとりの女性。

 座布団の師範代。

 木陰の少年。

 大岩の上の大男。


 不動庵の弟子たちが、朝の光とリゼの火花に照らされる。


「何のつもりじゃ」


 巌心が尋ねる。


 リゼは答えた。


「見せるためよ。あんたの周りに、こんなに弟子がいるって」


 巌心は目を細めた。


 不動波は止まらない。


 どん。


 だが、ほんの少しだけ、波の間隔が揺れた。


 リオルはその瞬間を見逃さなかった。


「極所付与」


 彼は弟子たちの足元へ手を向けた。


 弟子本人ではない。


 彼らが動かずに立つ場所と、巌心を見つめる視線の間にある“縁”。


「対象、不動庵の弟子たちが巌心さんを見守る不動の縁。性質指定――師を遠くの開祖ではなく、共に場にいる者として見つめる近さ。二十四時間、増大」


 庭の空気が、ふわりと変わった。


 弟子たちの視線が、ただの見学ではなくなる。


 尊敬。

 心配。

 期待。

 そして、ほんの少しの寂しさ。


 師匠と一緒に戦いたい。


 師匠のそばに立ちたい。


 けれど、不動波が味方にも届くから、立てない。


 その本音が、静かに庭に浮かび上がる。


 セナが小さく言った。


「開祖様……」


 マグナも拳を握る。


「俺たちも、いつか隣に立ちたいんです」


 巌心の表情が、ほんの少しだけ揺れた。


 不動波の周期が乱れる。


 どん。


 いつもより弱い。


 リオルは続ける。


「対象、道場の床板に残る弟子たちの稽古の跡。性質指定――一人で極めた技ではなく、受け継がれてきた道としての見えやすさ。二十四時間、増大」


 床板が淡く光る。


 そこには無数の足跡があった。


 座った跡。

 立った跡。

 踏ん張った跡。

 倒れた跡。

 また立ち上がった跡。


 不動の道場は、巌心一人のためにあるのではない。


 ここに集まった動かざる者たちの道だった。


 巌心は静かに目を閉じた。


「小僧。面白いところを突く」


「あなたを変えたいわけではありません」


 リオルは言った。


「ただ、弟子の皆さんの気持ちが、届きやすいようにしただけです」


「それを変えると言う者もおる」


「はい。だから、嫌なら止めます」


 巌心はしばらく黙った。


 そして、ふっと笑った。


「止めるとは言わぬ」


 その瞬間、庭の空気が少し緩んだ。


 巌心の心が、わずかに動いた。


 だが、まだ足りない。


 不動波は続いている。


 巌心自身は、まだ戦闘参加者に含まれていない。


 あと一歩。


 何かが足りない。


   ◇


 ガルドは、静かに大盾を下ろした。


 リオルが驚く。


「ガルドさん?」


 盾を手放す。


 盾役として、それはあまりにも危険な行為だった。


 リゼも目を見開く。


「ちょっと、ガルド?」


 ガルドは盾を自分の横に置いた。


 攻撃の構えではない。

 防御の構えでもない。


 そして、巌心の前に正座した。


 庭が静まり返る。


 ガルドは両手を地面につき、深く頭を下げた。


 正座して、お辞儀。


 完全に無防備な姿勢だった。


 リゼが小声で言う。


「え、今、戦闘中よね?」


 ミナも驚いていた。


 リオルは何も言わなかった。


 ガルドの背中を見ていた。


 巌心が目を開く。


「何の真似じゃ」


 ガルドは頭を下げたまま言った。


「あなたを、尊敬しています」


 不動波が、一瞬だけ止まった。


 巌心の目が、わずかに開く。


 ガルドは続けた。


「強すぎる不動波を抱え、なお道場を作り、弟子を育てた。自分は一人で戦うしかないと知りながら、仲間がいることも強さだと教え続けた」


 ガルドの声は、低く、まっすぐだった。


「そんなあなたを、尊敬しています」


 巌心は黙った。


 庭の弟子たちも、息を止めている。


 ガルドはさらに深く頭を下げた。


「そして、今日この戦いに参加させていただいたことに、感謝します」


 その言葉が、庭に落ちた瞬間。


 何かが確定した。


 リオルは、昨日見た光の正体を理解した。


 ガルドの不動は、仲間の痛みだけを集めるものではない。


 戦いに参加した者たちの思いを、足元へ集める。


 尊敬。

 感謝。

 覚悟。

 受けた波。

 返すべきもの。


 それらが、ガルドの不動を通して、世界へ返る。


 巌心が、小さく息を吐いた。


「……参ったのう」


 その声は、本当に小さかった。


 だが、はっきり聞こえた。


「わしは、戦いに参加しておったか」


 リオルは静かに言った。


「はい」


 巌心は笑った。


 少し困ったように。

 少し寂しそうに。

 そして、少し嬉しそうに。


「そうか。わしも、参加しておったか」


 その瞬間、不動波の対象が変わった。


 戦闘参加者。


 そこに、巌心自身が加わる。


 どん。


 不動波が発動した。


 今度は、リオルたちだけではない。


 巌心の身体にも、波が返る。


「む……」


 巌心の肩が、ほんのわずかに揺れた。


 同時に、ガルドの足元で光が生まれた。


 盾は横に置いたまま。

 ガルドは正座し、頭を下げている。


 その姿勢から、静かな波が広がった。


 攻撃の波ではない。


 尊敬の波。


 心から相手を尊敬し、無防備に頭を下げた時にだけ生まれる、不思議な不動波。


 それが、巌心へ届いた。


 どん。


 二つ目のダメージ。


 巌心の不動波が、自分自身に返った痛み。

 そして、ガルドの尊敬の正座お辞儀による不動波。


 ダブルで入った。


 巌心の座布団が、かすかに後ろへずれた。


 ほんの少し。


 だが確かに、届いた。


 庭が静まり返る。


 リゼがぽかんとした顔で言った。


「……今ので、ダメージ入ったの?」


 ミナも目を丸くしている。


「お辞儀で……?」


 リオルは困惑しながらも頷いた。


「たぶん、入りました」


 巌心は肩を震わせた。


 笑っていた。


「は、はは……ははははは!」


 不動庵の庭に、開祖の笑い声が響く。


「よもや、尊敬されて痛むとは!」


 リゼが小声で言う。


「すごい勝ち方ね」


 ガルドは頭を上げた。


 真面目な顔で言う。


「失礼でしたか」


「いや」


 巌心は首を振った。


「これほど礼儀正しい一撃は、初めてじゃ」


 そして、木槌を取った。


 こつん。


「勝負あり」


 巌心は笑ったまま告げた。


「ガルド、お主らの勝ちじゃ」


   ◇


 庭に歓声が上がった。


 弟子たちが、静かに、けれど確かに喜んでいる。


 不動系なので飛び跳ねる者は少なかったが、座布団の上で小さく拳を握る者や、片足立ちのまま涙ぐむ者がいた。


 マグナは大きく息を吐いた。


「開祖様に届いたか」


 セナは笑いながら言う。


「しかもお辞儀で」


 リゼはまだ半分呆然としていた。


「これ、技として成立するの?」


 巌心は楽しそうに答えた。


「成立してしまったのう」


 ガルドは盾を拾い上げながら、少し複雑そうな顔をしている。


「今のは……不動波なのか」


「そうじゃ」


 巌心は頷いた。


「ただし、かなり面倒な発動条件じゃな」


 リゼが即座に言う。


「自分で言うんだ」


「心から相手を尊敬し、盾を手放し、無防備に正座して頭を下げる。その瞬間、相手に届く不動波」


 巌心はにやりと笑った。


「実戦で使うには、かなり難しい」


「難しいどころじゃないわよ!」


 リゼが叫ぶ。


「盾役が盾を手放して正座してお辞儀って、使い所限定されすぎでしょ!」


 ガルドは真面目に頷いた。


「確かに、戦場で安易に使えない」


「そこ、真面目に受け止めるのね」


 ミナが少し笑いながら言った。


「でも、ガルドさんらしい力だと思います」


 リオルも頷いた。


「はい。攻撃のための攻撃ではなく、相手への敬意が届く力です」


「ダメージ入るけどね」


 リゼが突っ込む。


 巌心は愉快そうに言った。


「不動波とは、受けたものを世界へ返す技じゃ。ガルドよ、お主は尊敬を返した。受け取った側が少々痛んだだけじゃ」


「少々……」


 巌心の座布団は、まだ少し後ろにずれている。


 確かにダメージは入っていた。


 ガルドは巌心へもう一度頭を下げた。


「ありがとうございました」


 巌心は静かに頷いた。


「礼を言うのはこちらかもしれぬ」


 その言葉に、弟子たちが巌心を見た。


 巌心は庭を見回す。


「わしは、長く一人で戦うものと思っておった。不動波は敵味方を問わず届く。ゆえに、弟子を巻き込まぬことが師の務めと考えた」


 彼は少しだけ目を細めた。


「だが、弟子がいる道場を作った時点で、わしは一人ではなかったのじゃな」


 マグナが静かに頭を下げる。


「開祖様」


 セナも笑う。


「たまには、私たちも戦闘参加者に入れてくださいよ」


「痛むぞ」


「ちょっとなら」


「ちょっとで済まぬかもしれぬ」


「そこは鍛えます」


 巌心は呆れたように、しかし嬉しそうに笑った。


 リオルはその光景を見て、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。


 開祖の心を癒すことで勝つ。


 言葉にすると、かなり謎の展開である。


 だが、間違いなくこれが正解だった。


 巌心を騙したのではない。

 力でねじ伏せたのでもない。


 彼が本当は持っていたものを、弟子たちの縁とガルドの尊敬で思い出させた。


 それが、不動波を彼自身へ返した。


   ◇


 その後、巌心はガルドの新しい力について、簡単に整理してくれた。


「名をつけるなら、“礼動波”かの」


 リゼが即座に首を振った。


「ちょっと地味じゃない?」


「では、“尊敬不動波”」


「そのまますぎる」


「“正座波”」


「急に弱そう!」


 ガルドは真面目に考え込んでいる。


「尊敬不動波……」


「採用しようとしないで」


 リゼが慌てて止めた。


 ミナが笑いをこらえながら言う。


「でも、性質はわかりやすいですね」


 リオルも頷いた。


「発動条件はかなり限定的です。相手に対して心から尊敬していること。盾を手放し、無防備な姿勢になること。正座してお辞儀すること」


「戦闘中にやるには危険すぎるわね」


「はい。でも、条件が重いぶん、物理無効や魔法無効の相手にも届く可能性があります」


 ガルドは自分の手を見た。


「使い所は難しい」


 巌心は頷く。


「難しい技ほど、持っている意味がある。乱用できぬからこそ、ここぞという時に己を問うことになる」


「己を問う」


「本当に尊敬しているのか。本当に盾を手放してよい相手なのか。本当に頭を下げる覚悟があるのか」


 巌心はガルドを見た。


「その問いに答えられた時だけ、お主の不動波は届く」


 ガルドは深く頷いた。


「覚えておきます」


 リゼが少し小声で言う。


「めんどくさい技だけど、ガルドには合ってるわね」


「はい」


 ミナも静かに頷いた。


「ガルドさんだから発動したんだと思います」


 リオルもそう思った。


 尊敬して頭を下げることでダメージが入る。


 普通なら、何だそれと言いたくなる。


 だが、ガルドには似合っていた。


 不器用で、真面目で、硬くて、盾役として誰よりも前に立つ男。


 そんな彼が盾を横に置き、無防備に頭を下げた時だけ生まれる波。


 それは、攻撃というより、覚悟の形だった。


   ◇


 不動庵を出る時、巌心は門のところまで見送りに来なかった。


 不動系だからだ。


 代わりに、座ったまま庭の奥から声を飛ばした。


「また来い」


 リゼが門の前で振り返る。


「見送りには来ないのね」


「不動だからの」


「徹底してるわね」


 巌心は笑った。


「来る者歓迎。去る者また歓迎。迎えには行けぬ。見送りにもあまり行けぬ」


「看板に追加したら?」


「検討しよう」


 マグナとセナは門まで来てくれた。


 マグナはガルドへ拳を差し出す。


「次は俺も、お前の新しい波を受けてみたい」


 ガルドはその拳に自分の拳を軽く合わせた。


「その時は、尊敬できる相手として」


「おい、俺に正座して殴る気か?」


「条件が整えば」


「少し怖いな」


 セナはリゼに手を振った。


「次は火花を落としきるよ」


 リゼがにやりと笑う。


「次は落とさせないわよ。あと、爆発音九倍もあるから」


「それは事前に言ってね」


「たぶん言う」


「たぶん?」


 ミナは不動庵の弟子たちへ頭を下げた。


「皆さん、お世話になりました」


 リオルも続ける。


「ありがとうございました。とても勉強になりました」


 リゼが横から言う。


「特に、“相手を尊敬してお辞儀するとダメージが入る”っていう、よくわからない学びがね」


「重要な学びです」


 リオルが真面目に返す。


「そこ真面目に返すのね」


 ガルドは最後に、門の前で不動庵へ一礼した。


 大盾を背負い、背筋を伸ばす。


 その顔は、来た時より少し晴れやかだった。


 焦りが完全に消えたわけではない。


 だが、焦りを恥じて隠す必要はないと知った。


 守るだけではない。

 攻めるだけでもない。


 自分の不動は、仲間と同じ波を受け、必要な時に世界へ返すためのもの。


 そして、心から尊敬した相手には、盾を置いて頭を下げることで届く波がある。


 使い所は、かなり難しい。


 というか、普通の戦闘ではまず使えない。


 それでも、ガルドは新しい可能性を手にした。


「帰るか」


 ガルドが言った。


 リゼが頷く。


「帰りましょ。今回はさすがに疲れたわ」


 ミナも微笑む。


「戻ったら、しっかり休みましょう」


 リオルはガルドを見た。


「ガルドさん」


「何だ」


「新しい力、おめでとうございます」


 ガルドは少しだけ黙った。


 そして、短く答えた。


「ありがとう」


 その声は、いつも通り低くて落ち着いていた。


 けれど、どこか軽かった。


 不動波の開祖に認められ、めんどくさい発動条件の不動波らしきものを習得したガルドは、晴れやかな感覚と共に道場を後にした。


 背後では、不動庵の看板が朝風に揺れている。


【動かぬ者、ここに在り】


 その言葉が、今のガルドには少し違って見えた。


 動かないからこそ、届くものがある。


 動かないからこそ、来てくれる仲間がいる。


 そして、動かない者もまた、心だけは動く。


 ガルドは大盾の重みを確かめながら、仲間たちと山道を下りていった。

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