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最強付与術師リオルは付与したくない  作者: 逆瀬ゆうり


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ガルド・不動波の開祖編-4 VS 開祖――届かない一撃


 不動波の開祖、巌心は動かない。


 ただ、庭の中央に座っている。


 それだけなのに、戦況は完全に巌心の手の中にあった。


 どん。


 波が来る。


 痛みは小さい。

 だが、逃げ場がない。


 どん。


 胸の奥を、鈍い衝撃が通り抜ける。


 どん。


 呼吸が浅くなる。


 リゼが歯を食いしばった。


「これ、本当に地味に嫌ね……!」


 派手な炎に焼かれるわけではない。

 鋭い刃で斬られるわけでもない。

 ただ、一定間隔で身体の内側を叩かれ続ける。


 それが、思った以上にきつい。


 ミナが白い杖で地面を叩いた。


「えいっ」


 ぽこん。


 小さな打撃が、回復へ変わって広がる。


 リオルの息が少し楽になる。

 リゼの指先に力が戻る。

 ガルドの肩のこわばりがわずかに解ける。


 だが、そのすぐあとに、また波が来る。


 どん。


 回復した分が、薄く削られる。


 ミナは眉を寄せた。


「やはり、回復だけでは追いつきません」


「わかってる」


 リゼはスティックを握り直した。


「でも、止める方法がないんじゃ、どうしようもないじゃない」


 巌心は庭の中央で、穏やかな表情のまま座っている。


 魔法は通らない。

 物理も通らない。

 音は届くが、揺らすだけでダメージにはならない。

 戦場の境界を曖昧にしても、巌心はすぐに波の認識を変えた。


 理不尽。


 その言葉が、ここまで似合う相手も珍しい。


 けれど、巌心は理不尽であることを隠していない。


 むしろ、最初から全部説明している。


 その上で、届かない。


 それが余計に厄介だった。


 ガルドは大盾を地面に突き立て、静かに立っていた。


 彼の足元には、先ほど小さく生まれた波の名残がある。


 巌心の不動波を受け、自分の【絶対不動】を通して、わずかに地面へ返した波。


 不動波の芽。


 だが、それはまだあまりにも弱い。


 巌心には届かない。


 ガルドは自分の手を見た。


 焦りは、また少しずつ戻ってきている。


 ここまで来ても、まだ届かない。


 また守るだけなのか。


 また仲間に支えられるだけなのか。


 その思考を、ガルドは強く押し込めた。


 焦りは禁物。

 だが、焦るなと思うほど、焦りが形を持つ。


 巌心が、目を閉じたまま言った。


「絶対不動の者よ」


 ガルドは顔を上げた。


「焦りは悪ではない」


「……」


「焦りを恥じて隠すと、足元から腐る。焦っていると知り、その上で立つ。それが不動じゃ」


 ガルドの眉が、わずかに動いた。


 巌心は続ける。


「守る者は、よく焦る。守りたいものが多いほど、焦る。遅れれば失うと知っておるからの」


 その声は静かだった。


 だが、ガルドの胸に深く届いた。


「ただし」


 巌心の足元の砂が震える。


「焦りで動けば、盾は中心を失う」


 どん。


 不動波が来る。


 ガルドは受けた。


 胸の奥が鈍く揺れる。


 盾の内側で、彼は小さく息を吐いた。


「……わかっている」


「ならば、どう立つ」


 その問いに、ガルドはまだ答えられなかった。


   ◇


 次に試したのは、リゼだった。


「魔法が通らないなら、魔法じゃなくすればいい」


 リゼはそう言って、杖を構えた。


 リオルがすぐに反応する。


「リゼさん、無茶はしないでください」


「しないわよ。炎の鏡で学んだもの」


「それならいいのですが」


「本当よ」


 リゼは、火球を撃たなかった。


 炎の指輪編で、彼女は火そのもの以外の使い方をいくつも覚えた。


 照らす火。

 熱と光を分ける火。

 音を生む空気弾。

 詠唱をパックにする発想。


 ならば、今回は魔法ではなく、現象を作る。


 リゼはスティックの先に小さな熱源を生み、それをすぐに消した。


 火はない。


 だが、空気には温度差が残る。


 その温度差で、小さな風が生まれる。


「火じゃなくて、熱の名残で風を起こす」


 リゼが言った。


「これなら魔法そのものじゃないでしょ」


 リオルは頷いた。


「現象としての風なら、巌心さんの魔法無効に触れにくいかもしれません」


 リゼは、何度も小さな熱の名残を作った。


 庭の空気が、わずかに流れる。


 それは攻撃ではない。


 ただ、巌心の周囲の空気を揺らすための風。


 リオルはすかさず、その風の通り道へ付与する。


「極所付与」


「対象、リゼさんが作った温度差から生まれた風の縁。性質指定――魔法ではなく、ただの通り風として気づかれにくさ。二十四時間、増大」


 風が庭を流れた。


 巌心の袖が、かすかに揺れる。


 リゼの目が光る。


「揺れた!」


 だが、巌心は動かない。


 次の瞬間、巌心の周囲で風が静止した。


 止められたのではない。


 風が、巌心の不動に触れた瞬間、そこを通る意味を失ったように消えた。


 巌心が言う。


「よい工夫じゃ。魔法を現象へ変えた。だが、わしを動かすには足りぬ」


「ほんと、足りないばっかり言うわね!」


 リゼが叫ぶ。


「修行とは、足りぬを知ることじゃ」


「ありがたいけど腹立つ!」


 どん。


 また不動波。


 リゼは舌打ちしながら後ろへ下がった。


「だめ。風じゃ袖が揺れるだけ」


「でも、袖は揺れました」


 リオルが言う。


「つまり、周囲の現象は完全に拒絶されるわけではありません」


「袖を揺らして勝てるならよかったんだけどね」


「それは難しいです」


「わかってるわよ」


   ◇


 次に、ミナが試した。


「痛みを利用できるかもしれません」


 ミナの言葉に、リオルはすぐに首を横に振りかけた。


「痛み引受は――」


「使いません」


 ミナは穏やかに、しかしはっきり言った。


「私も、もう無理に引き受けるだけではありませんから」


 リオルは口を閉じた。


 ミナは白い杖を両手で持ち、巌心ではなく、自分たちの足元を見た。


「巌心さんの不動波は、戦闘参加者すべてに微弱なダメージを与えています。なら、そのダメージを受けた瞬間に、私の打撃回復を合わせれば、波の周期を読むことができるかもしれません」


「回復で波を読む?」


 リゼが聞く。


「はい。傷が生じる瞬間は、回復が反応しやすいので」


 ミナは地面に杖を置いた。


 目を閉じる。


 不動波が来る。


 どん。


 その直後、ミナは地面を叩いた。


「えいっ」


 ぽこん。


 回復が広がる。


 ミナは目を開けた。


「次は、少し早く」


 どん。


「えいっ」


 ぽこん。


 また回復。


 リズムが合い始める。


 不動波が来る直前、ミナは小さく息を吸う。


 波が来た瞬間に、地面を叩く。


 回復が、ダメージの直後に入る。


 完全に打ち消すことはできない。


 だが、消耗はかなり減った。


 リオルが驚く。


「すごいです、ミナさん」


「まだです」


 ミナは巌心を見た。


「この周期を利用して、ガルドさんの波を合わせられないでしょうか」


 ガルドが反応する。


「俺の波を?」


「はい。巌心さんの波が来た直後、ガルドさんが受けた力を返す。タイミングが合えば、飲み込まれずに残るかもしれません」


 巌心が目を細めた。


「よい。治癒師が波を読むか」


 ミナは少しだけ緊張したが、杖を握り直した。


「やってみます」


 どん。


 不動波。


 ミナが即座に地面を叩く。


「えいっ」


 ぽこん。


 回復。


 その直後、ガルドが盾の下端で地面を押した。


 どっ。


 小さな波が広がる。


 巌心の波の直後を追うように、ガルドの波が生まれた。


 庭の砂が円形に揺れる。


 先ほどより、少しだけ強い。


 リゼが声を上げる。


「出た!」


 リオルも足元を見た。


「確かに、巌心さんの波に飲まれず残っています!」


 ガルドは感覚を掴もうとした。


 波を受ける。

 ミナの回復で芯を戻す。

 直後に盾から地面へ落とす。


 もう一度。


 どん。


「えいっ」


 ぽこん。


 どっ。


 ガルドの波が広がる。


 さらに少し強い。


 巌心の座布団の端が、かすかに揺れた。


 リゼが目を見開く。


「今、揺れた!」


 だが、巌心は静かに手を膝へ置き直した。


 次の不動波の周期が変わる。


 どん。


 さっきより半拍遅い。


 ミナの回復が、わずかにずれた。


「っ……!」


 ぽこん。


 回復は入るが、タイミングが遅い。


 ガルドの波も崩れた。


 巌心は言った。


「周期を読むのはよい。だが、わしは時計ではない」


「変えてきた……!」


 ミナは唇を噛む。


 さらに巌心は、不動波の強弱も変えた。


 弱い波。

 強い波。

 短い波。

 長く残る波。


 ミナの回復は追いつくが、合わせることが難しい。


 ガルドの波も、安定しない。


 巌心は穏やかに言った。


「読まれるなら、変える。それもまた不動じゃ」


 リゼが思わず叫ぶ。


「それは不動なの!?」


「心は動いておる」


「そこは動くんだ!」


 巌心はにこりとした。


「不動とは、何も考えぬことではない」


 また、届かない。


 ミナの読みは有効だった。

 ガルドの波も強まった。


 しかし、開祖はその場で対応した。


 動かずに。


   ◇


 リオルは次に、巌心の“不動波が戦闘参加者へ届く”という性質へ踏み込もうとした。


 戦闘参加者。


 それは誰が決めているのか。


 巌心か。

 道場か。

 本人たちの認識か。


 もし、自分たちの戦闘参加状態を一時的に曖昧にできれば、波を弱められるかもしれない。


 ただし、自分たちに直接付与するわけにはいかない。


 なら、戦闘の記録そのものへ。


 リオルは庭の端に置かれた木槌を見た。


 勝負開始の合図に使われた木槌。

 巌心が戦闘開始を認識したきっかけ。


 そこへ手を向ける。


「極所付与」


 淡い光が木槌に宿る。


「対象、勝負開始を告げた木槌の音の余韻。性質指定――今が本当にまだ勝負中なのか、少しだけ迷う余白。二十四時間、増大!」


 リゼが言う。


「勝負開始の音に迷わせた!」


「戦闘状態の認識に干渉できるか試します!」


 木槌の余韻が、庭に薄く戻る。


 かすかに、こつん、という音が聞こえた気がした。


 次の不動波。


 どん。


 わずかに弱まる。


 リオルは手応えを感じた。


「効いています!」


 だが、巌心が目を開けた。


「面白い」


 その一言で、空気が変わる。


「ならば、わしが改めて認識しよう」


 巌心は静かに言った。


「これは、まだ戦いである」


 どん。


 不動波が元に戻る。


 いや、少し強い。


 木槌の余韻へかけた付与は、巌心の再認識で上書きされた。


 リオルは息を呑む。


「認識を更新された……」


「開祖、ずるくない?」


 リゼが言う。


 巌心は穏やかに返す。


「修行で相手が工夫したら、こちらも工夫する。それが礼じゃ」


「礼で理不尽を返してくる!」


「よい言葉じゃな」


「褒めないで!」


 リオルは悔しさを感じた。


 戦闘参加という状態に触れるのは、方向として間違っていないかもしれない。


 だが、巌心の認識が強すぎる。


 こちらが曖昧にしても、彼が「戦闘中」と認識し直せば、不動波は再び届く。


 つまり、巌心に戦闘終了を認識させるか、あるいは――。


 そこまで考えて、リオルは首を振った。


 まだ早い。


 戦闘終了を誤認させるのは、ルールの抜け道に近い。

 修行の目的から外れる。


 ガルドが求めているのは、開祖を騙して勝つことではない。


 不動の次の形を見つけることだ。


   ◇


 次にガルド自身が試した。


 彼は、巌心へ近づくことをやめた。


 盾を構え、庭の中央よりやや手前に立つ。


 その場で、完全に止まる。


 【絶対不動】。


 ミナが不動波の周期を読み、回復を合わせる。

 リゼが風と音で巌心の周囲を揺らす。

 リオルがガルドの足元に、受けた波を残しやすくする付与をかける。


「対象、ガルドさんの足元に残る不動波の反響。性質指定――消える前に、次の波と手をつなぐ残りやすさ。二十四時間、増大」


 ガルドは受ける。


 どん。


 巌心の波。


 どっ。


 ガルドの小さな波。


 どん。


 巌心の波。


 どっ。


 ガルドの波。


 小さな波が重なっていく。


 不動波の反響を蓄積する。


 庭の砂が、少しずつ円形に震え始めた。


 マグナが見守りながら呟く。


「いい。受けて溜めている」


 セナも弓を下ろしたまま言う。


「でも、開祖様はたぶん許さないよ」


 その言葉通りだった。


 巌心は静かに片手を上げる。


 そして、不動波を一度だけ強く放った。


 どん。


 それまでガルドの足元に蓄積されていた小さな反響が、まとめて吹き散らされた。


「ぐっ……!」


 ガルドの膝が、わずかに沈む。


 ミナが回復を入れる。


「えいっ!」


 ぽこん。


 だが、ガルドの波は崩れた。


 巌心は言う。


「溜めるのはよい。だが、溜めたものは壊される」


 ガルドは息を整えた。


 また、届かない。


 蓄積もだめ。

 周期合わせもだめ。

 境界の曖昧化もだめ。

 音も、風も、物理も、魔法もだめ。


 試せることはかなり試した。


 それでも、巌心に一撃は届かない。


 リゼが膝に手を置き、荒い息を吐く。


「そろそろ、本当にきついわよ」


 ミナも顔色が白い。


「継続ダメージが積み重なっています。回復はできますが、精神的な疲労も大きいです」


 リオルも肩で息をしていた。


 付与を重ねすぎている。


 対象は全部違う。

 人には直接付与していない。


 だが、集中力は確実に削られていた。


 ガルドは三人を見た。


 自分のために、ここまで付き合わせている。


 自分が強くなりたいと言ったから。

 自分が足りないと思ったから。


 そのために、リゼもミナもリオルも不動波を受け続けている。


 また焦りが胸を刺した。


 もう降参すべきか。


 そう思った瞬間。


 リオルが言った。


「ガルドさん、まだです」


 ガルドは振り返る。


 リオルの顔色はよくない。

 それでも、目はまっすぐだった。


「僕たちは、まだ立っています」


 リゼが息を整えながら笑う。


「そうよ。まだ文句を言う元気もあるわ」


 ミナも頷く。


「もう少しなら、支えられます」


 ガルドは、三人を見る。


 そして、深く息を吸った。


 不動系は、本人が動かないのが前提。


 だから、来てくれる仲間を大事にする。


 仲間がいることも、強さのうち。


 開祖は、そう言った。


 だが、今のガルドはまだ、仲間を“守る対象”としてしか見ていないのかもしれない。


 守りたい。

 傷つけたくない。

 だから不動波から遠ざけたい。


 でも、巌心の不動波は敵味方を問わず届く。

 距離も関係ない。


 なら、遠ざけることはできない。


 では、どうする。


 ガルドは大盾を見た。


 盾は、攻撃を遮るもの。

 だが、それだけではない。


 仲間が後ろにいると知るためのもの。

 仲間が動く時間を作るもの。

 仲間が戻る場所を示すもの。


 自分は、守るために立つ。


 だが、守るとは、相手を戦いから外すことだけではない。


 仲間が戦える場所を保つことも、守ることだ。


 その考えが、まだ形にならないまま胸に残った。


 巌心が静かに言う。


「そろそろ限界かの」


 ガルドは顔を上げた。


「まだだ」


「では、何を試す」


 ガルドは答えられなかった。


 まだ見えない。


 糸口はある。

 不動波は攻撃ではなく、受けたものを世界へ返す技。

 傷つけようとする者には痛み。

 支えようとする者には足場。


 だが、その意味をどう使えば開祖へ届くのか。


 わからない。


 巌心は少しだけ笑った。


「ならば、もう一段見せよう」


 庭の空気が、さらに重くなる。


 リゼが目を見開いた。


「まだ上があるの?」


「当然じゃ」


 巌心は膝の上の手を、静かに重ねた。


「不動波・内返し」


 次の波は、外から来なかった。


 内側から来た。


 どん。


 心臓のすぐ近くを、鈍い衝撃が叩く。


 リゼが膝をつく。


「っ……!」


 ミナも顔をしかめる。


 リオルは息が詰まり、片手を胸に当てた。


 ガルドも盾を握る手に力を込める。


「これは……」


 巌心の声が、遠く聞こえた。


「外を守る盾では防げぬ。内に返る波じゃ」


 ミナがすぐに地面を叩く。


「えいっ……!」


 ぽこん。


 回復は入る。


 だが、内返しの波は、身体の奥へ届く。


 今までより危険だ。


 リオルは歯を食いしばった。


 このまま続ければ、倒れる者が出る。


 撤退。


 その判断が頭をよぎる。


 だが、ガルドが言った。


「一度だけ」


 その声は静かだった。


「一度だけ、次を受ける」


 リゼが顔を上げる。


「ガルド?」


「その一度で、何か掴む」


 ミナは不安そうに見たが、ガルドの目を見て頷いた。


「わかりました。でも、一度だけです」


 リオルも言った。


「僕も支えます」


「頼む」


 巌心は目を細めた。


「よかろう。受けてみよ」


 次の内返しが来る。


 ガルドは盾を構えない。


 盾を地面へ立て、両手を添えた。


 守るためではない。


 受けるため。


 仲間たちの息遣いが聞こえる。

 リゼの荒い呼吸。

 ミナの小さな祈る声。

 リオルが付与の対象を探す気配。


 そのすべてを背に、ガルドは立った。


 巌心の波が来る。


 どん。


 内側から、衝撃が走った。


 ガルドはそれを受けた。


 胸に。

 足に。

 盾に。

 地面に。


 そして、初めて思った。


 この波は、自分だけが受けているのではない。


 仲間も同じ波を受けている。


 なら、自分の不動が返すべきものは、敵への反撃だけではない。


 仲間が受けた波も、自分の足元へ集められないか。


 そう思った瞬間、ガルドの足元で、小さな円が光った。


 リオルが叫ぶ。


「今、何か集まりました!」


 巌心の目がわずかに開く。


 しかし、その光はすぐに消えた。


 ガルドは片膝をついた。


「ガルドさん!」


 ミナが駆け寄ろうとする。


 巌心が木槌を鳴らした。


 こつん。


「そこまで」


 その声と同時に、不動波が止まった。


 庭に静寂が戻る。


 リゼがその場に座り込む。


「はあ……やっと止まった……」


 ミナはすぐに全員へ回復をかける。


 リオルも息を整えながら、ガルドの足元を見ていた。


 さっき、一瞬だけ光が集まった。


 あれは何だったのか。


 ガルドは片膝をついたまま、盾に手を置いている。


 巌心は静かに言った。


「今のを忘れるな」


 ガルドは顔を上げた。


「今の、とは」


「お主が受けようとしたのは、己の痛みだけではなかった」


 巌心の声は穏やかだった。


「じゃが、まだ形になっておらぬ。今日はここまでじゃ」


 ガルドは悔しそうに目を伏せた。


「届かなかった」


「うむ。届いておらぬ」


 巌心は容赦なく言った。


 だが、その口元には小さな笑みがある。


「だが、届くものを見つけかけた」


 ガルドは黙った。


 リオルも、リゼも、ミナも、その言葉を聞いた。


 届くもの。


 物理ではない。

 魔法でもない。

 音でもない。


 仲間と同じ波を受けた時、ガルドの足元に集まりかけた何か。


 それが、次の糸口になる。


 巌心は立ち上がらないまま、静かに言った。


「明日、もう一度やろう」


 リゼが目を丸くした。


「明日も!?」


「嫌ならやめてもよい」


「やめるとは言ってないけど!」


 ミナは少し疲れた顔で微笑んだ。


「今日はしっかり休みましょう」


 リオルはガルドへ手を差し出した。


「立てますか」


 ガルドはその手を見て、一瞬だけ迷った。


 そして、掴んだ。


「助かる」


 リオルが引き、ガルドは立ち上がる。


 大盾は重い。


 身体も重い。


 だが、胸の奥に残ったものは、ただの悔しさではなかった。


 まだ攻略できない。


 開祖には届いていない。


 それでも、何かが見えかけている。


 仲間と同じ波を受け、自分の不動へ集める。


 その先に、新しい力があるのかもしれない。


 ガルドは巌心へ深く頭を下げた。


「明日、もう一度お願いします」


 巌心は満足そうに頷いた。


「うむ。動かぬ者は、明日もここにおる」


 リゼが小声で言った。


「そりゃそうでしょうね」


 その言葉に、疲れ切った一同の間に、少しだけ笑いが戻った。


 不動波の開祖は、まだ遠い。


 だが、完全に見えない相手ではなくなった。


 次こそ、届かせる。


 ガルドはそう決めて、静かな庭を後にした。

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