ガルド・不動波の開祖編-2 磁石の不動と、追尾弓
不動庵の庭は、静かだった。
だが、その静けさは休息のものではない。
動かぬ者たちが、動かずに戦うための場所。
その中央で、ガルドは大盾を地面に下ろした。
向かいに立つのは、不動波の開祖の一番弟子、マグナ。
黒い稽古着をまとった青年で、体格はガルドより少し細い。
だが、立ち姿が奇妙だった。
足を肩幅に開き、両手を自然に下ろしているだけ。
構えらしい構えはない。
それなのに、動かせる気がしない。
まるで、地面に釘で打ちつけられているようだった。
その後方に、追尾弓のセナが立つ。
短い緑髪。
軽装。
小ぶりな弓。
彼女は弓を構えながら、少し楽しそうに笑っていた。
「最初に言っとくね。魔法は落とすよ」
リゼがスティックを肩に乗せる。
「へえ。私の火も?」
「撃てばわかるよ」
「いい度胸じゃない」
リゼの口元が上がった。
リオルは足元の土を見ていた。
庭はよく踏み固められている。
ただし、単なる土ではない。
細かな砂鉄のようなものが混じっている。
おそらく、マグナの磁石の不動に合わせた修行場だ。
ガルドは静かに言った。
「相手は二人。マグナは不動。セナは遠距離。俺が前に立つ」
「正面から盾で受けるの?」
リゼが聞く。
「まずはな」
ガルドの声は落ち着いていた。
しかしリオルには、彼が普段より少し深く息を吸っているのがわかった。
焦りではない。
覚悟だ。
開祖の老人が縁側から言う。
「始める前に、勝ち筋をもう一度告げておく」
老人は指を一本立てた。
「一つ。マグナを一歩動かせば、お主らの勝ち」
次に、二本目。
「二つ。セナの弓を使えなくすれば、お主らの勝ち」
三本目。
「三つ。マグナかセナが参ったと言えば、お主らの勝ち」
リゼが尋ねる。
「こっちの負けは?」
「ガルドが倒れるか、パーティが継続不能と判断されれば負けじゃ」
老人はにこりと笑った。
「もちろん、殺し合いではない。だが、甘くはない」
マグナが軽く肩を回した。
「俺は動かない。でも、お前たちは動かされる」
セナが矢をつがえる。
「私は動くよ。いっぱいね」
ガルドは大盾を構えた。
「来い」
その瞬間、マグナの足元の砂鉄が黒く波打った。
「磁石の不動」
マグナが低く告げる。
「引き」
次の瞬間、ガルドの大盾が前へ引かれた。
「ぬっ」
ガルドの腕がわずかに伸びる。
盾が、マグナへ向かって吸い寄せられる。
盾だけではない。
ガルドの鎧の留め具。
腰の金具。
ブーツの鋲。
金属という金属が、マグナへ向かって引っ張られた。
リゼが目を見開く。
「うわ、面倒!」
ガルドは足を止め、【絶対不動】を発動した。
引き寄せる力に対して、彼自身は動かない。
だが、盾は違う。
ガルドの体は止まっていても、盾だけが前へ持っていかれそうになる。
ガルドは歯を食いしばった。
「盾を奪いに来るか」
「まずは盾役の盾を取る。不動相手の基本だ」
マグナは一歩も動かないまま、淡々と言った。
同時に、セナが矢を放つ。
狙いはリゼ。
リゼは即座に火花を撃った。
「火よ!」
火花が矢を迎撃しようとする。
だが、矢は空中で曲がった。
火花へ向かったのだ。
ぱんっ。
矢が火花を射抜く。
魔法が落とされた。
リゼが眉を跳ね上げる。
「本当に落とした!」
「言ったでしょ」
セナは次の矢をつがえながら笑う。
「追尾弓。魔力の気配も追えるんだ」
リオルはすぐに状況を整理した。
マグナは動かない。
だが、磁力のような引きと離しを調整できる。
金属を引き寄せる。
金属を弾く。
おそらく、砂鉄を介して範囲も作れる。
セナは遠距離から追尾矢を撃つ。
矢は生き物だけでなく、魔法の気配も追う。
リゼの火は撃ち落とされる。
正面から攻めれば、ガルドの盾は引かれ、リゼの魔法は落とされる。
厄介だった。
「ミナさん、下がってください!」
リオルが叫ぶ。
セナの二本目の矢が、ミナへ向かった。
ミナは白い杖を構える。
だが矢は、途中で軌道を変えた。
ミナ本人ではなく、彼女の杖先に集まりかけた治癒魔力へ向かう。
「治癒の気配も追うのですか」
ミナは慌てて魔力を散らした。
矢は目標を失い、地面に刺さる。
セナが感心したように言う。
「へえ。今のを散らすんだ」
ミナは静かに息を吐いた。
「治す前に落とされるのは困りますから」
リオルは足元の土へ手を向けた。
まずはガルドの盾を守る。
盾そのものに付与はしたくない。
盾を持つガルドに影響が流れる可能性があるからだ。
なら、盾とガルドの間。
腕でも盾でもない、接触の外側。
「極所付与」
淡い光が、ガルドの盾の周囲に宿る。
「対象、ガルドさんの盾の外側にまとわりつく磁力の流れ。性質指定――盾を持ち主から引き離す前に、少しだけ礼儀を思い出す遠慮。二十四時間、増大」
リゼが叫ぶ。
「磁力に礼儀!」
「引き寄せを鈍らせました!」
盾を引く力が、少しだけ弱まる。
ガルドはその隙に盾を胸元へ戻した。
「助かる」
マグナが目を細めた。
「磁力そのものに干渉したのか?」
「流れの外側だけです」
リオルが答える。
「本人にも盾にも付与していません」
「律儀だな」
マグナは少し笑った。
「だが、次は離す」
彼の足元の砂鉄が、逆向きに波打つ。
ガルドの盾が今度は強く弾かれた。
引くのではなく、押す。
ガルドの腕が横に流され、盾の面が開く。
そこへセナの矢が飛ぶ。
狙いはガルドではない。
ガルドの盾が開いた隙間を通って、後方のリオルへ。
「リオル!」
ミナが叫ぶ。
リオルは足元の小石を蹴った。
「極所付与!」
矢ではない。
矢の進路上にある、庭の砂。
「対象、飛来する矢の前方に舞う砂粒。性質指定――追尾する相手を一瞬だけ多く見せる紛らわしさ。二十四時間、増大!」
砂粒が淡く光る。
矢の先端が揺れた。
追尾対象が増えたように錯覚したのか、矢は一瞬だけ軌道を乱す。
その隙に、リオルは横へ避けた。
矢が地面に刺さる。
セナが目を輝かせた。
「へえ、追尾先を増やしたんだ」
「矢には付与していません」
「そこ、大事なんだ?」
「はい」
「面白いね、君」
リゼが前に出る。
「リオルばっかり狙わせないわよ!」
彼女は火球ではなく、三つの小さな火花を生む。
セナが矢を放つ。
矢は火花へ向かう。
リゼはにやりと笑った。
「そこまでは予想通り!」
三つの火花は、矢が近づいた瞬間にぱっと散った。
火花そのものが消えたのではない。
熱と光を分離したのだ。
矢は魔力の濃い熱を追い、光だけが残る。
矢は熱を射抜いた。
だが、光は残り、セナの視界を一瞬だけ白く染めた。
「まぶしっ」
セナが目を細める。
リゼが叫ぶ。
「ガルド、今!」
ガルドは盾を構えたまま、一歩踏み出そうとした。
だが。
マグナが地面を軽く踏む。
「引き」
庭の砂鉄が、ガルドの足元へ集まる。
ブーツの鋲が地面に吸い寄せられ、足が重くなった。
ガルドは動けない。
いや、動かないことは得意だ。
だが、今必要なのは前へ出る一歩だった。
マグナは動かない。
ガルドも動けない。
このままでは、マグナを動かすどころか距離を詰められない。
ガルドの胸の奥に、重いものが沈んだ。
まただ。
守ることはできる。
止まることもできる。
だが、動いて戦況を変える場面で足が止まる。
だからここへ来たのに。
「ガルドさん!」
リオルの声が飛ぶ。
ガルドは目だけを動かした。
「足元を見てください!」
足元。
ブーツは砂鉄に引かれている。
だが、地面はまだガルドを支えている。
リオルはそこへ手を向けた。
「極所付与」
「対象、ガルドさんの足元の土と砂鉄の境目。性質指定――足を縛るのではなく、立つ場所として役目を分ける冷静さ。二十四時間、増大」
砂鉄が、土から少しだけ分離した。
磁力に引かれる砂鉄。
ガルドを支える土。
その役目が分かれる。
ブーツの鋲はまだ重い。
だが、足全体が地面に縛られる感覚は弱まった。
ガルドは一歩、踏み出した。
重い一歩。
だが、確かな一歩。
マグナが笑う。
「動いたな、絶対不動」
ガルドは低く答えた。
「ああ」
そして、盾を構え直す。
「だが、俺が動いたのではない」
ガルドは足を止めた。
その瞬間、【絶対不動】が発動する。
「立つ場所を、仲間が作った」
マグナの目が、少しだけ変わった。
◇
戦況は少しずつ動き始めた。
リゼは火そのものではなく、光と熱をずらして使う。
セナの追尾矢は魔力や熱を追うため、光だけを残せば一瞬だけ視界を乱せる。
ミナは治癒魔力を大きく出さず、地面をぽこんと叩いて小さな回復を巡らせる。
「えいっ」
ぽこん。
弱い打撃。
だが、ガルドの腕の疲労が少し戻る。
セナの矢はミナの治癒魔力を追うが、彼女が地面経由で小さく流せば、追尾先が薄くなる。
リオルは土、砂鉄、空気、影に細かく付与していく。
「対象、セナさんの矢が追う魔力の残り香。性質指定――本体ではなく通り道にも同じくらい興味がある優柔不断さ。二十四時間、増大」
「対象、マグナさんの引きが強まる直前の砂鉄の並び。性質指定――全員で同じ方向を向く前に、少し相談する協調性。二十四時間、増大」
「対象、リゼさんの火花が消えた後の光の余韻。性質指定――矢に撃ち落とされた後も、ちょっとだけ眩しい負け惜しみ。二十四時間、増大」
リゼが叫ぶ。
「光の負け惜しみ!」
「効果はあります!」
「そこは認める!」
マグナは不動のまま、引きと離しを切り替える。
ガルドの盾を引く。
鎧の金具を弾く。
リゼのスティックの先の金属飾りをずらす。
ミナの白い杖に巻かれた金属輪を揺らす。
セナはその隙を狙い、追尾矢を撃つ。
矢は曲がる。
火を落とす。
治癒を狙う。
リオルの付与が残した魔力の糸さえ追う。
強い。
ただの弟子ではない。
この二人は、動かない者と動く者の連携を極めていた。
マグナが中心を作り、セナが外から射抜く。
磁力で敵の姿勢を崩し、追尾矢で逃げ道を塞ぐ。
ガルドはその中で、何度も盾を取られかけ、足を縛られ、動きを止められた。
だが、そのたびに立ち直った。
リオルが立つ場所を整える。
リゼがセナの視線を乱す。
ミナが疲労を戻す。
そして、ガルドは気づいた。
自分の不動は、ただ止まるだけではない。
仲間が作った場所に立つことで、意味が生まれる。
自分が動けないから、仲間が動く。
仲間が動くから、自分の不動が中心になる。
それが、不動庵の言う“パーティ行動を美とする”ということなのかもしれない。
「ガルドさん!」
リオルが叫ぶ。
「次の引きは盾ではなく、左肩の金具です!」
マグナが目を細める。
「読まれたか」
彼が引きを発動する。
ガルドの左肩が前へ引かれる。
だが、ガルドは逆らわなかった。
引かれる力に合わせて、盾をわずかに回す。
それは攻撃ではない。
防御でもない。
磁力を利用した、盾の角度変更。
セナの追尾矢が飛ぶ。
狙いはリオル。
しかし、ガルドの盾の角度が変わったことで、矢の進路上に盾の縁が入る。
矢は盾を避けようと曲がる。
その瞬間、リゼが火花を散らした。
「こっちよ!」
矢は魔力の濃い火花へ一瞬だけ引かれる。
リオルがさらに、矢の周囲の空気へ付与した。
「対象、追尾矢の周囲の空気。性質指定――曲がるなら、少し大回りしたくなる余裕。二十四時間、増大!」
矢の軌道が大きく膨らむ。
セナが驚く。
「あ、まずっ」
矢は大回りしすぎて、マグナのすぐ横を通った。
マグナは動かない。
だが、矢にまとわりついた微細な砂鉄が、彼の磁力範囲に入った。
マグナの磁石の不動が、無意識に反応する。
引き。
矢に付着した砂鉄が、マグナへ吸い寄せられる。
矢そのものの軌道が、わずかにマグナ側へずれた。
セナが叫ぶ。
「マグナ、離して!」
マグナが即座に離しへ切り替える。
だが、その切り替えの瞬間。
ガルドが踏み込んだ。
いや、踏み込んだというより、体重を前へ乗せた。
大盾を地面に突き立て、【絶対不動】を発動したまま、盾の面だけを押し出す。
普通なら届かない。
だが、マグナ自身がさっき“離し”を使った。
ガルドの盾に残っていた金属への反発が、逆に盾を前へ押した。
マグナの力を、ガルドが利用したのだ。
「むっ」
マグナが初めて声を漏らす。
ガルドの盾の縁が、マグナの胸元に触れた。
衝撃は小さい。
だが、マグナの足元の砂鉄が乱れる。
片足が、半歩だけ後ろへ滑った。
庭が静まり返った。
リゼが目を見開く。
「動いた?」
リオルも息を止める。
ミナが小さく言った。
「一歩……ではありませんね」
半歩。
勝利条件は、一歩動かすこと。
まだ足りない。
マグナはすぐに姿勢を戻した。
だが、その顔には笑みがあった。
「いいな。今のは危なかった」
セナは弓を構え直しながら言う。
「こっちの連携を逆に使われた。面白い」
ガルドは息を吐いた。
今の感覚。
マグナの引きと離し。
盾の重さ。
仲間の誘導。
自分の不動。
全部が一瞬だけ噛み合った。
まだ不動波ではない。
だが、何かが見えかけた。
「もう一度だ」
ガルドは言った。
「今度は、一歩動かす」
◇
マグナとセナの動きが変わった。
先ほどまでより、本気になったのがわかる。
マグナは引きと離しを細かく切り替え、ガルドの盾だけでなく、庭の砂鉄全体を動かし始めた。
小さな黒い波が、地面を走る。
セナの矢は、その砂鉄の波を目印に曲がる。
追尾弓と磁石の不動が、さらに噛み合った。
リゼの魔法は撃ち落とされる。
ミナの回復は追われる。
リオルの付与の残り香さえ矢に狙われる。
それでも、ガルドは動じなかった。
彼は前へ出ようとするのをやめた。
代わりに、立つ場所を決めた。
「ここだ」
庭の中央より少し手前。
マグナとの距離はまだある。
普通なら盾は届かない。
だが、ガルドはそこに立った。
リオルはすぐに気づいた。
そこは、マグナの引きと離しがちょうど交差する地点だ。
盾を引く力。
鎧を弾く力。
砂鉄を動かす力。
それらがぶつかり、わずかな乱れを生む場所。
「ガルドさん、そこに立つんですね」
「ああ」
「なら、支えます」
リオルはガルドの足元へ手を向けた。
「極所付与」
「対象、ガルドさんの足元に集まる引きと離しの境目。性質指定――押されても引かれても、立つ理由を忘れない芯。二十四時間、増大」
足元が淡く光る。
ガルドは大盾を構え、完全に止まった。
【絶対不動】。
マグナの目が鋭くなる。
「正面から耐えるか」
「違う」
ガルドは低く言った。
「受ける」
マグナが引きを使う。
盾が前へ引かれる。
セナが矢を放つ。
矢はガルドの盾を避け、後方のリオルを狙う。
リゼが火花を散らす。
ミナが地面をぽこんと叩く。
リオルが矢の追尾をずらす。
すべてが動く。
その中心で、ガルドだけが動かない。
引き。
離し。
矢の風圧。
火花の熱。
地面の振動。
仲間の声。
全部が盾へ集まる。
ガルドはそれを、ただ受けた。
そして、大盾の下端で地面を強く押した。
どん。
小さな音だった。
だが、庭の砂鉄が円形に揺れた。
マグナの足元にも、その揺れが届く。
マグナの表情が変わった。
彼の磁力の流れが、一瞬だけ乱れたのだ。
ガルドは驚いた。
今のは攻撃ではない。
ただ、受けた力を足元へ落としただけ。
だが、それが波になった。
不動波。
まだ名前をつけるには弱い。
だが、確かにその芽があった。
開祖の老人が縁側で目を細めた。
「ほう」
マグナは笑った。
「今の、もう一度来たら危ないな」
「なら、来る前に決める」
セナが矢を三本同時につがえた。
「ごめんね。ちょっと本気」
三本の追尾矢が放たれる。
一本はリゼの火を追う。
一本はミナの治癒魔力を追う。
一本はリオルの付与の残り香を追う。
リゼが火を消す。
ミナが魔力を散らす。
リオルが付与の糸を切る。
だが、三本の矢はそれぞれ途中で曲がり、最後には同じ場所へ向かった。
ガルドの背後。
パーティの中心。
「まとめて来ます!」
リオルが叫ぶ。
ガルドは動かない。
動けば、中心が崩れる。
彼は盾を地面へ突き立てた。
「来い」
リゼが叫ぶ。
「ガルド!」
「大丈夫だ」
ガルドは短く言った。
リオルはその言葉を信じた。
盾そのものではなく、盾の前にある空気と地面へ付与する。
「対象、ガルドさんの盾前方の空気。性質指定――三本の矢を別々ではなく、一つの流れとして受け止めるまとまり。二十四時間、増大!」
「対象、盾の下端が触れる地面。性質指定――受けた力を前へ返すのではなく、足元から円へ逃がす広がり。二十四時間、増大!」
三本の矢が盾へ当たる。
かんっ。
甲高い音。
ガルドは受けた。
矢の衝撃。
追尾の魔力。
セナの意志。
マグナの磁力場。
それらが盾を通じて、ガルドの足元へ流れる。
ガルドは動かない。
だが、力は動く。
盾から地面へ。
地面から砂鉄へ。
砂鉄からマグナの足元へ。
波が広がった。
今度は先ほどより大きい。
黒い砂鉄が円形に震え、マグナの足元の磁力が乱れる。
「っ」
マグナが踏ん張る。
だが、そこへリゼが光だけの火花を放った。
セナが反射的に矢を向ける。
その瞬間、セナの弓がわずかに下がった。
ミナが小さく地面を叩く。
「えいっ」
ぽこん。
回復ではない。
今回は、ガルドの足元へほんの少しだけ力を戻すための打撃。
リオルが最後に、マグナの足元の砂鉄へ手を向けた。
「対象、マグナさんの右足の下に集まる砂鉄の波。性質指定――今だけ、不動の足場ではなく、届いた力を伝える証人としての正直さ。二十四時間、増大!」
砂鉄が、ガルドから届いた波を隠さず伝えた。
マグナの右足が、ずれた。
半歩。
さらに半歩。
合わせて、一歩。
庭が静まり返った。
マグナは自分の足元を見た。
そして、笑った。
「動いた」
セナが弓を下ろす。
「やられたね」
開祖の老人が、木槌をこつんと鳴らした。
「勝負あり」
その声が庭に響く。
「《帰路の灯》の勝ちじゃ」
◇
リゼが大きく息を吐いた。
「勝ったぁ……」
ミナもほっと胸を撫で下ろす。
「皆さん、怪我はありませんか?」
「ない」
ガルドが答えた。
だが、彼は自分の足元を見ていた。
さっきの感覚が残っている。
受けた力が、ただ消えるのではなく、足元へ落ちて波になる。
相手を傷つけるほどではない。
だが、確かに届いた。
マグナが近づいてきた。
「今のは不動波の芽だな」
ガルドは顔を上げる。
「芽か」
「ああ。まだ波は弱い。でも、絶対不動の受けた力を地面に逃がし、それを周囲へ伝えた。俺の磁力場が乱された」
セナも笑う。
「私の矢の力まで使われた感じ。ちょっと悔しい」
リゼが胸を張る。
「うちの盾役、やるでしょ」
「お前が胸を張るのか」
ガルドが言うと、リゼは当然のように返した。
「パーティだからね」
その言葉に、ガルドは少しだけ黙った。
パーティだから。
不動は、ひとりでは置物になりかねない。
だが、来てくれる仲間がいるなら。
動いてくれる仲間がいるなら。
自分は、ただ動かないだけではなく、中心になれる。
リオルが近づいた。
「ガルドさん、今の感覚は?」
「まだ掴みきれていない」
「でも、確かに波が出ていました」
「ああ」
ガルドは大盾を見た。
「俺一人では出せなかった」
「でも、出したのはガルドさんです」
リオルは真面目に言った。
「僕たちは場所を整えただけです」
ガルドは一瞬、リオルを見た。
そして、静かに頷いた。
「そうか」
開祖の老人が縁側から言った。
「一番弟子を動かした。ならば、次はわしじゃ」
庭の空気が、一気に重くなった。
リゼが老人を見る。
「ついに開祖戦?」
「そうじゃ」
老人はゆっくり立ち上がった。
いや、立ち上がったように見えた。
しかし、足はほとんど動いていない。
座っていた場所から、体の位置だけが自然に縁側の前へ移っていた。
リオルは目を細める。
動いていないのに、移動した。
いや、周囲が動いたのか。
不動波の開祖。
その存在感は、マグナとはまるで違った。
「ルールは簡単じゃ」
老人は穏やかに言った。
「わしに一撃届かせよ。仲間との共闘はもちろん可。不動系の戦いにおいて、仲間がいることも強さのうちじゃからな」
リゼがスティックを握る。
「相手は一人?」
「わし一人じゃ」
ガルドは老人を見た。
一人。
だが、全く安心できない。
開祖は静かに続けた。
「ただし、わしの不動波は少々癖がある」
老人の足元の砂が、静かに震えた。
「わしが不動である間、物理は通らぬ」
ガルドの盾を握る手が強くなる。
「さらに、魔法も通らぬ」
リゼの目が細くなる。
「そして、不動波は戦闘参加者すべてに届く。敵味方の区別はない。わしが戦闘終了を認識せぬ限り、距離も関係なく、微弱なダメージが入り続ける」
ミナの表情が変わった。
「継続ダメージ……」
リオルも息を呑んだ。
物理無効。
魔法無効。
距離に関係なく、戦闘参加者全体へ継続ダメージ。
あまりに理不尽な不動系スキル。
リゼが乾いた笑いを漏らす。
「一人なのに、全然一人じゃないわね」
老人は楽しそうに笑った。
「わしは不動じゃからな。来るなら、お主ら全員で来い」
ガルドは大盾を構え直した。
今の勝利で見えた芽。
それが、この開祖に通じるのか。
わからない。
だが、ここからが本当の修行だった。
不動波の開祖との戦いが、始まろうとしていた。




