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最強付与術師リオルは付与したくない  作者: 逆瀬ゆうり


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20/30

炎の指輪編-4 鏡に映らないもの

 第三火室から一度下がった四人は、第二火室の手前にある黒い岩棚で休息を取った。


 休息といっても、安心できる場所ではない。


 背後には熱を奪う黒芯の炎。

 前方には映ったものを燃やす炎の鏡。

 空気は冷たく、壁は赤く、呼吸をするだけで体力が削られる。


 それでも、炎の鏡の前に立ち続けるよりはましだった。


 ミナは全員の手足の冷えを確認し、温めた布を配った。


「指先の感覚はありますか?」


「あるわ」


 リゼは指を握ったり開いたりした。


「ちょっと冷たいけど、魔法は使える」


「無理に強い火を出さないでくださいね。熱を吸われると、魔力の消耗が早くなります」


「わかってる。火属性魔術師が火を出すなって言われる洞窟、ほんと腹立つけど」


 リゼは不満そうに言いながらも、素直に布で手を温めている。


 ガルドは盾の縁を確認していた。


 炎の鏡に一瞬映っただけで、盾の端は青白く焼けている。

 まだ使えるが、何度も受けられる状態ではない。


「盾を正面に出せないのは厳しいな」


「はい」


 リオルは頷いた。


「鏡に映った時点で燃やされます。防御のために構えるほど、大きく映ってしまう」


「守るほど燃える盾か。嫌な相手だ」


「本当に」


 リオルは鏡の性質を、拾った黒石の上に図で整理していた。


 熱は映る。

 影も映る。

 物体も映る。

 火も映る。

 空白、つまり真空のような“何もない場所”さえ映る。


 鏡というより、対象の存在そのものを拾う魔導装置だ。


 そして、映ったものを燃やす。


 属性相性は無視される。

 火の魔法も、火の魔物も、熱を持つものとして燃やされる。


 リゼはリオルの図を覗き込み、眉を寄せた。


「こうして見ると、かなり無茶な性能ね」


「はい。正面から突破するのは危険です」


「でも、音はまだ試してない」


 リゼは自分のスティックを軽く握った。


「鏡は光や熱を映す。影も拾う。魔力も燃やす。でも、音は映らないかもしれない」


 リオルは頷いた。


「試す価値はあります。ただし、洞窟内で爆発音を使うと、反響でこちらにも影響が出ます」


「そこよね」


 リゼは唇を尖らせた。


「爆発音三倍が好きな私としては、ぜひ堂々と鳴らしたいところだけど、ここでやったら自分たちの耳が終わるわ」


「耳だけで済めばいいですが、落石や炎の反応もあります」


「わかってるわよ。だから、今回は小さくやる」


「小さく」


「爆発音三倍の小さい版」


「それは小さいのでしょうか」


「小さいわ。私基準では」


 リオルは少し不安そうだった。


 ミナが耳を守る布を準備しながら言う。


「音を試すなら、まず反響の確認からですね」


「はい」


 リオルは黒石の上に、第三火室の簡単な図を描いた。


「鏡に直接音を当てる前に、入口付近で小さな音を出して、鏡の反応を見るのがいいと思います」


「音だけなら、物体は映らない。熱もほとんどない」


 ガルドが言う。


「ただし、音を出すための火花や空気の振動は映るかもしれん」


「その通りです」


 リオルはリゼを見る。


「リゼさん。火を使わずに、小さな破裂音だけを出せますか?」


 リゼは少し考えた。


「できるわ。火属性魔法というより、熱膨張を利用した空気弾ね。炎は出さない。空気を一瞬だけ弾く」


「それなら、反射される可能性は低いかもしれません」


「ただ、私のユニークスキルは爆発音三倍だから、空気弾でも音が大きくなる」


「それが今回、必要かもしれません」


 リゼの目が少し輝いた。


「でしょ?」


「ただし、制御できる範囲で」


「わかってる」


 リゼは少しだけ笑った。


 爆発音。


 彼女が笑われても、嫌いにならなかった自分の特徴。


 今まで実用性よりも趣味のように見えていたその音が、もしかすると攻略の鍵になるかもしれない。


 リオルはそれを見て、少しだけ嬉しくなった。


 リゼの好きなものが、ただの派手さではなく、ちゃんと意味を持てるなら。


 それは、きっと悪くない。


   ◇


 四人は再び第三火室の入口へ向かった。


 炎の鏡は、変わらず中央に立っていた。


 赤い鏡面がゆらゆらと揺れ、上部には炎の指輪がはまっている。


 鏡面に近づきすぎない位置で、四人は足を止めた。


 リオルは最初に、熱の輪郭をぼかす付与をかけ直した。


「極所付与」


「対象、僕たちの前方にある熱の輪郭。性質指定――鏡に映る前に、ただの陽炎として流れる曖昧さ。二十四時間、増大」


 四人の熱影がわずかにぼやける。


 さらに、足元の影にも付与する。


「対象、足元の影の先端。性質指定――目立つ前に床へ戻る控えめさ。二十四時間、増大」


 これで数秒程度なら、鏡の反応をずらせる。


 リゼはスティックを構えた。


「じゃあ、いくわよ」


「最小でお願いします」


「はいはい」


 リゼは炎を出さず、スティックの先の空気をほんの少しだけ圧縮した。


 そして、指を鳴らすように魔力を弾く。


 ぱんっ。


 小さな破裂音が鳴った。


 ただし、リゼのユニークスキルのせいで、実際には普通の三倍ほど響く。


 第三火室の壁が、かすかに震えた。


 鏡面が揺れる。


 だが、燃えない。


 リオルは目を見開いた。


「反応しました。でも、燃やしていません」


 リゼの口元が上がる。


「音は燃えない」


「少なくとも、今の規模では」


 ガルドが鏡を見る。


「鏡面が揺れた。効いてはいる」


 ミナも頷いた。


「ただ、ダメージというより、少し驚かせた程度でしょうか」


「なら、もう少し大きくする」


 リゼが言うと、リオルはすぐに首を横に振った。


「段階的にお願いします」


「わかってるって」


 リゼは次に、空気弾を二つ作った。


 左右の壁へ向け、同時に破裂させる。


 ぱんっ、ぱんっ。


 音が洞窟の壁で反射し、鏡へ向かう。


 鏡面が先ほどより大きく波打った。


 鏡の上部にはまった炎の指輪が、小さく赤く光る。


「指輪が反応しました」


 リオルが言うと、リゼは目を輝かせた。


「やっぱり音に関係してる!」


「はい。炎の指輪は、鏡の反射機構とつながっている可能性があります」


「じゃあ、音で指輪を揺らせば外れる?」


「まだわかりません」


「試す価値はあるわね」


 リゼはスティックを握り直した。


 だが、その瞬間。


 鏡面が、ぼうっと赤く膨らんだ。


 直後、リゼが鳴らした空気弾の反響が、鏡の中に映った。


 音そのものではない。


 音によって震えた空気の輪郭。


 それが、薄い波紋として鏡に映った。


 その波紋が青白く燃える。


 火は空中を走り、音の通った道筋を焼いた。


「下がって!」


 リオルが叫ぶ。


 音の軌跡が燃えた。


 四人のすぐ横を、青白い炎が線のように走る。


 直接当たらなかったが、熱ではなく冷気のような痛みが肌を刺した。


 リゼは慌てて杖を下げる。


「音そのものは燃えないけど、音が通った空気の振動は映るってこと?」


「はい」


 リオルの声は硬かった。


「鏡が学習したのかもしれません。最初の音は燃やせなかった。でも、二度目で音の軌跡を拾った」


 ガルドが盾を構える。


「厄介だな。試すほど対策される」


「単純な魔物ではなく、魔導具に近い反応です」


 ミナが周囲を見る。


「今の炎、こちらを直接狙ったというより、音の道を燃やしましたね」


「はい。音を使うなら、僕たちから鏡へ向かう直線上で鳴らすのは危険です」


 リゼは悔しそうに鏡を見た。


「でも、音に反応するのは確か。指輪も光った」


「そこは重要です」


 リオルは考え込む。


 音は燃えない。

 だが、音が通った空気の振動は燃やされる。

 指輪は音に反応する。


 では、音を自分たちから出さなければ?


 第三火室の壁や床を鳴らす。

 遠くで反響させる。

 または、鏡自身に音を出させる。


 逆転の発想。


 鏡に映らないものを探すのではなく、鏡自身の反応を利用する。


「鏡に、自分自身の音を聞かせることはできるでしょうか」


 リオルが呟く。


 リゼが振り返る。


「自分自身の音?」


「はい。鏡面が揺れるなら、その揺れにも音があります。鏡が自分で鳴った音なら、音の発生源は鏡自身です」


 ガルドが低く言う。


「自分の音なら燃やせない可能性があるか」


「少なくとも、燃やせば自分の反応経路を燃やすことになります」


 リゼの目がまた輝いた。


「それ、面白いじゃない」


 ミナは少し不安そうに言う。


「でも、鏡自身を大きく鳴らすにはどうすれば?」


「振動です」


 リオルは床の魔力溝を見た。


 鏡は床の溝から魔力を受け取っている。

 その魔力流に直接干渉すると、先ほどは逆に活性化した。


 だが、魔力そのものではなく、台座の下にある石の振動ならどうか。


「床を鳴らします」


「床」


 リゼが半笑いになる。


「出た、床の出番」


「床は重要です」


「知ってる」


 リオルは鏡から距離を取り、床の小さな亀裂へ手を向けた。


「極所付与」


 淡い光が、鏡の台座へ続く床の石目に沿って走る。


「対象、台座へ続く黒石の石目。性質指定――小さな振動を鏡の足元まで届ける糸電話としての伝わりやすさ。二十四時間、増大」


 リゼが小声で言う。


「床の糸電話」


 リオルは続けた。


「リゼさん、今度は壁ではなく、この石目の手前で小さく空気弾を鳴らしてください。音ではなく振動を床へ入れます」


「了解」


 リゼはスティックの先を床に近づけ、小さな空気弾を弾いた。


 こんっ。


 軽い音が床に響く。


 リオルの付与した石目が、その振動を台座へ送った。


 鏡の枠が、かすかに震える。


 ちりん。


 鏡自身が鳴った。


 炎の指輪が赤く光る。


「鳴った!」


 リゼが叫ぶ。


「でも、燃えません!」


 リオルも声を上げた。


 鏡は自分の振動を燃やせない。


 少なくとも、今は。


「もう一度!」


 リゼが床へ音を入れる。


 こんっ。


 ちりん。


 鏡が鳴る。


 指輪が光る。


 三度目。


 こんっ。


 ちりん。


 炎の指輪が、わずかに揺れた。


 リゼが笑った。


「いける! これ、指輪を外せるかも!」


 だが、鏡は黙っていなかった。


 四度目の振動を入れようとした瞬間、鏡面が大きく波打った。


 床の石目が鏡面に映る。


 振動の通り道が、赤い線として鏡に映った。


 次の瞬間、その石目が青白く燃えた。


 床が燃えた。


 というより、床の中を通る振動の道が燃やされた。


 リオルの付与が途中で焼き切られる。


「切られました!」


 石目が黒く焦げ、振動が届かなくなる。


 リゼが舌打ちした。


「学習早すぎでしょ!」


「鏡が、床の振動経路を対象として認識しました」


 ガルドが前に出る。


「下がるぞ。床が崩れるかもしれん」


 四人は少し後退した。


 焦げた石目は、しばらく青白い火を残していたが、やがて消えた。


 鏡は再び静かになる。


 炎の指輪は、わずかに揺れただけで、まだ枠にはまったままだった。


 リゼは悔しそうに唇を噛む。


「あと少しだったのに」


「手応えはありました」


 リオルは言った。


「鏡自身の音なら燃やされにくい。指輪も反応する。ただ、外部から振動経路を作ると、それを見つけて燃やされる」


「つまり、鏡に勝手に鳴ってもらう必要がある?」


「はい」


「そんな都合よく鳴ってくれる?」


 リオルは鏡を見た。


 鏡面は赤く揺れている。


 先ほどから、こちらが何かを試すたびに、鏡は反応している。


 反応するたびに、鏡面は揺れる。

 揺れるたびに、音が出る。


 つまり、鏡を鳴らすには、鏡に反応させればいい。


 だが、反応させれば燃やされる。


 どうすれば燃やされずに反応だけを誘えるのか。


 それがまだ見えない。


   ◇


 次に試したのは、反射の逆利用だった。


 鏡は映ったものを燃やす。


 ならば、鏡自身を映したらどうなるのか。


 リゼが最初にその案を出した。


「鏡を鏡に映せば、自分を燃やすんじゃない?」


 ガルドが考える。


「別の鏡を用意する必要があるな」


「この洞窟に鏡なんて……」


 リゼは言いかけて、自分のスティックに付いた小さな金属飾りを見る。


「これ、磨けば反射する?」


「小さすぎます」


 リオルは周囲を見る。


 第三火室の壁は黒いが、ところどころ金属鉱脈が露出している。

 赤い光をぼんやり返している部分がある。


「壁の金属面を利用できるかもしれません」


 ミナが不安そうに言う。


「でも、反射面を作ったら、それ自体が燃やされるのでは?」


「その可能性は高いです。なので、直接反射ではなく、歪んだ反射を作ります」


「歪んだ反射?」


「鏡が自分だと認識しきれない程度に、でも鏡の一部を映す」


 リゼが腕を組む。


「またギリギリね」


「はい」


 リオルは壁の金属鉱脈へ手を向けた。


「極所付与」


 淡い光が、壁の鈍い金属面に広がる。


「対象、壁面の金属鉱脈の反射の鈍さ。性質指定――鏡を映すには不完全だが、鏡に自分の気配を感じさせる程度の曖昧な反射。二十四時間、増大」


 リゼが笑った。


「曖昧な反射。リオルらしい」


 壁の金属面が、ぼんやりと鏡の赤い光を返した。


 炎の鏡の鏡面が揺れる。


 自分の気配を感じたのか、反応している。


 しかし、燃えない。


「効いてます」


 リオルが言った。


 炎の指輪が、またわずかに光る。


 鏡面は、自分自身の反射を処理しようとしているらしい。


 リゼが小声で言う。


「このまま混乱してくれれば」


 だが、鏡面の揺れはすぐに止まった。


 次の瞬間、壁の金属面が青白く燃える。


 付与した反射の曖昧さごと、焼き払われた。


 壁面が黒く焦げる。


「だめか」


 ガルドが言った。


「一瞬は迷ったようですが、反射面を燃やされました」


 リオルは冷静に記録する。


 リゼは髪をかき上げた。


「本当に嫌な鏡ね。ちょっと迷っても、すぐ答えを出してくる」


「ただ、完全ではありません」


 リオルは焦げた壁を見た。


「迷いました。ほんの一瞬ですが」


「そこを伸ばす?」


「可能性はあります」


 鏡に自分自身を認識させる。

 だが、はっきり映すと反射面を燃やす。

 曖昧すぎると迷うだけで終わる。


 また、決定打にはならない。


   ◇


 次に試したのは、燃やさせる対象を増やすことだった。


 リゼが小さな火花を無数に生み、リオルがそれぞれの熱の輪郭を薄く分ける。


 鏡に大量の小さな対象を映させ、処理を追いつかなくさせる作戦だった。


「極所付与」


「対象、リゼさんの火花それぞれの熱の輪郭。性質指定――一つ一つは小さいのに、別々の存在に見える細かな主張。二十四時間、増大」


 無数の火花が、第三火室に散った。


 鏡面に、百近い光点が映る。


 青白い炎が次々と走った。


 火花が燃やされる。

 燃やされる。

 燃やされる。


 だが、鏡の処理は速かった。


 リゼの火花は、ほとんど一瞬で焼き尽くされていく。


「数で押してもだめ!」


 リゼが叫ぶ。


「処理能力が高すぎます!」


 リオルも苦い顔になる。


 しかも、火花が焼かれた余波で、冷気が強くなった。


 鏡が燃やしたものから熱を奪い、さらに自分の力へ変えている。


 ミナが声を上げる。


「冷えが強くなっています。長く続けるのは危険です!」


「中止します!」


 リオルは付与を切った。


 火花が消え、鏡面も静かになる。


 リゼは悔しそうに杖を下げた。


「私の火が、完全に餌じゃない」


「この鏡相手に、火を増やすのは相性が悪いですね」


「言われなくてもわかったわ」


 リゼは少しだけ落ち込んだように見えた。


 リオルは、言葉を探した。


「でも、リゼさんの火でわかったことがあります」


「何?」


「鏡は処理能力が高いですが、対象を燃やすたびに冷気が増す。つまり、燃焼と熱吸収は連動しています」


「それが?」


「熱を奪えない対象なら、燃やしても力に変えられないかもしれません」


 リゼは少し考えた。


「熱を奪えない対象……」


 ガルドが言う。


「完全に冷えたものか」


「あるいは、熱を持たないもの」


 ミナが続ける。


「でも、真空のような空白も燃やされましたよね」


「はい。だから、ただ熱がないだけでは足りません」


 リオルは図を更新する。


 音は燃えにくいが、振動経路は燃える。

 自己反射は迷うが、反射面を燃やす。

 数で押すと処理される。

 熱があるものは餌になる。

 熱がない空白も対象になる。


 やはり決定打がない。


   ◇


 何度目かの試行のあと、四人は再び入口付近まで下がった。


 疲労が濃い。


 熱いのに寒い。

 燃えているのに凍える。

 炎の鏡を相手にしていると、感覚が狂ってくる。


 ミナは全員に温かい薬湯を飲ませた。


「これ以上続けると危険です。特にリオルさん、付与の回数が多すぎます」


「まだ大丈夫です」


「その“まだ”が一番危ないです」


 ミナの声は柔らかいが、譲らない。


 リオルは少しだけ黙り、頷いた。


「わかりました。あと一回だけ試して、駄目なら一度撤退します」


「一回だけです」


「はい」


 リゼも静かに言った。


「私も、それでいい」


 リオルはリゼを見た。


 彼女は鏡の上の炎の指輪を見ている。


 欲しい。


 その気持ちは消えていない。


 けれど、無理に突っ込むつもりもない。


 リゼは大きく息を吐いた。


「指輪は欲しい。でも、ここで誰かが燃えるのは違う」


「はい」


「だから最後に一回。逆転の発想で試す」


「逆転の発想?」


 リゼは鏡を指さした。


「燃やされるのがだめなら、燃やさせる」


「それは今までも」


「違う。鏡が燃やしたくなるものを、こっちが用意するんじゃない。鏡が燃やして当然だと思ってるものを、燃やしても意味がないものに変える」


 リオルは目を細めた。


「つまり、鏡の燃焼判定を空振りさせる」


「そう」


 リゼはスティックを握る。


「私の火じゃだめ。音も経路を燃やされる。反射もだめ。なら、鏡が一番燃やしたがるもの――私たちの熱の輪郭を、燃やしても熱が取れない“抜け殻”にする」


 リオルは息を呑んだ。


 熱の輪郭を偽装するだけでは、見破られる。

 だが、熱の輪郭そのものを抜け殻にする。


 本体から切り離された、熱の形だけ。


 燃やしても、本体から熱を奪えない。


「できます」


 リオルは言った。


「ただし、非常に短時間です。熱の抜け殻を作るには、僕たちの周囲の熱を一度だけ薄く剥がす必要があります。冷えます」


 ミナが表情を引き締める。


「何秒ですか」


「三秒。長くても五秒」


「それ以上はだめです」


「はい」


 ガルドが盾を構える。


「その間に何をする」


「鏡に抜け殻を燃やさせて、反応が空振りした瞬間に、指輪の留め具へ音を入れます」


 リゼが頷く。


「鏡が燃焼処理に入った一瞬だけ、指輪の反応が遅れるはず」


「成功すれば、指輪が緩むかもしれません」


「失敗したら?」


「鏡に学習されます」


 リゼは笑った。


「なら、これが今日最後の一回ね」


 四人は位置についた。


 リオルが熱の抜け殻を作る。

 鏡がそれを燃やす。

 リゼが床の振動ではなく、空中の短い音を指輪近くへ届ける。

 ガルドは万一の反応に備え、盾を斜めにして退路を確保。

 ミナは全員の体温低下を見て、即時撤退を判断する。


 リオルは深く息を吸った。


「いきます」


 彼は四人の周囲の熱へ手を向ける。


「極所付与」


「対象、僕たちの肌の外側に留まる熱の表層。性質指定――本体から離れた抜け殻として三秒だけ形を保つ薄皮。二十四時間、増大」


 ぞくり、と寒気が走った。


 四人の周囲に、赤い薄皮のような輪郭が浮かぶ。


 鏡が即座に反応した。


 鏡面に、四人の熱の抜け殻が映る。


 青白い炎が走る。


 抜け殻が燃える。


 だが、本体は燃えない。


「今!」


 リゼがスティックを振った。


 空気弾。


 ただし、鏡へ向けるのではない。

 上部の指輪の近く、黒い枠の縁へ向かって、極小の破裂音を発生させる。


 ぱんっ。


 爆発音三倍。


 小さな音だが、鋭い。


 指輪が赤く光る。


 留め具が、わずかに震える。


 鏡面の燃焼処理が一瞬だけ遅れた。


 いける。


 そう思った瞬間、鏡面の奥で赤い目のような光が開いた。


 炎の鏡が、熱の抜け殻を燃やしながら、同時に音の軌跡を拾った。


 青白い炎が、音の通り道を燃やす。


「避けて!」


 リオルが叫ぶ。


 リゼの頬のすぐ横を、青白い炎が走った。


 髪の先が少し焦げる。


 ガルドが盾で退路を示し、ミナがリゼの腕を引いた。


 リオルはすぐに熱の抜け殻を解除する。


 体に熱が戻る。


 だが、強烈な寒気が残った。


 四人は入口まで後退した。


 鏡は揺れている。


 炎の指輪も揺れている。


 しかし、外れてはいない。


 リゼは壁に手をつき、息を整えた。


「……惜しかった」


「はい」


 リオルも肩で息をしている。


「留め具は揺れました。でも、外れるほどではありません」


「決定打にはならず、か」


 ガルドが言った。


 ミナがすぐにリゼの髪を確認する。


「火傷はありません。髪が少し焦げただけです」


「髪で済んだならいいわ」


 リゼはそう言ったが、悔しさは隠せない。


 リオルは鏡を見た。


 今回の試みで、かなりのことがわかった。


 熱の抜け殻は有効。

 燃焼処理の空振りも起こせる。

 音で指輪は揺れる。

 だが、鏡は同時処理ができる。

 こちらの音の軌跡を拾われると危険。


 あと一歩。


 だが、その一歩が遠い。


 リゼは静かに言った。


「今日は撤退ね」


 リオルは驚いてリゼを見る。


「いいんですか」


「いいわよ。あんたもミナも限界に近いし、ガルドの盾もこれ以上燃やせない。私の髪もこれ以上は困る」


 リゼは少し笑った。


「それに、完全に負けたわけじゃない。指輪は揺れた」


「はい」


「次は外す」


 その声には、悔しさと同じくらい、確かな手応えがあった。


 リオルも頷いた。


「次は、音の軌跡を燃やされない方法を探します」


「あるの?」


「まだわかりません」


「正直ね」


「でも、糸口はあります」


 リオルは鏡の上部、炎の指輪を見た。


 指輪はまだ、黒い枠にはまっている。


 だが、さっきよりほんの少しだけ、傾いていた。


 ミナもそれに気づいた。


「本当に動いていますね」


 ガルドが頷く。


「なら、次が勝負だな」


 四人は第三火室を後にした。


 背後で、炎の鏡がちりんと鳴る。


 その音は、挑発のようでもあり、警告のようでもあった。


 炎の指輪は、まだ届かない。


 だが、届かない場所にあるだけではなくなった。


 炎の鏡を倒す糸口は、確かに見え始めていた。

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