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最強付与術師リオルは付与したくない  作者: 逆瀬ゆうり


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19/30

炎の指輪編-3 炎の鏡


 第三火室へ続く通路は、奇妙なほど静かだった。


 第一火室では、炎が壁のように燃えていた。

 第二火室では、熱を奪う黒芯の炎が揺れていた。


 だが、今いる通路には炎がない。


 壁は黒い。

 床も黒い。

 天井も黒い。


 ただし、暗いわけではなかった。


 どこからともなく赤い光が差している。


 炎は見えない。

 なのに、炎の光だけがある。


 リゼはスティックを握り直した。


「……嫌な静かさね」


 リオルも同意した。


「熱の流れが、ほとんどありません」


「炎の洞窟で?」


「はい。熱がないのではなく、どこかへ吸われています」


 ミナが自分の指先を温めるように握った。


「リオルさんの“熱の未練”がなければ、かなり冷えていたと思います」


「熱の未練という名前では……」


 リオルは言いかけて、諦めた。


 もう定着しかけている。


 ガルドは大盾を構え、通路の奥を見据えていた。


「何かいる」


 その声に、全員が足を止める。


 奥から、金属が震えるような音がした。


 ちりん。


 炎ではない。


 鏡が鳴る音。


 リオルは息を整えた。


「おそらく、この先です」


「炎の鏡?」


 リゼが言う。


「はい」


「いよいよね」


 声は軽く聞こえたが、リゼの表情は真剣だった。


 炎の指輪。


 リゼが欲しがっているレアアイテム。

 つけるだけで爆発音三倍。

 彼女なら、ユニークスキルと合わせて爆発音九倍。


 正直、実用性はかなり怪しい。


 だが、リゼにとっては特別なものだった。


 自分のユニークスキルを、笑われる特徴ではなく、自分らしさとして受け止めるための象徴。


 だからリオルは、ここまで来た。


 もちろん、安全第一で。


「リゼさん」


「何?」


「無理だと判断したら撤退します」


「わかってる」


「本当に?」


「本当よ」


 リゼは一度だけ、杖の先で床を軽く叩いた。


「欲しいけど、命と引き換えにするほど馬鹿じゃないわ」


 リオルは頷いた。


「なら、大丈夫です」


「何が?」


「リゼさんは、ちゃんと戻ることを考えています」


 リゼは少しだけ黙った。


 そして、ふっと笑う。


「帰路の灯だからね」


 ガルドが短く言った。


「行くぞ」


 四人は、通路の先へ進んだ。


   ◇


 第三火室は、巨大な円形の空間だった。


 最初に目に入ったのは、炎ではない。


 鏡だった。


 火室の中央に、背丈の何倍もある巨大な鏡が立っている。


 鏡面は赤く、まるで溶けた金属のように揺れていた。

 枠は黒い金属でできており、そこには炎の紋様が無数に刻まれている。


 鏡の周囲には、炎がない。


 だが、鏡そのものが燃えているように赤く輝いていた。


 そして、その鏡の上部。


 黒い枠の中央に、小さな指輪がはまっていた。


 赤い石を抱いた、細い金の指輪。


 リゼが息を呑む。


「あれ……」


「炎の指輪でしょうね」


 リオルが言った。


 リゼの目が、一瞬だけ輝いた。


 だが、次の瞬間には表情を引き締める。


 指輪の下で、巨大な鏡面がゆらりと揺れた。


 鏡に、こちらの姿が映る。


 リオル。

 リゼ。

 ガルド。

 ミナ。


 ただし、普通の鏡像ではない。


 熱の輪郭。

 魔力の流れ。

 影。

 呼吸。


 それらが混ざった、赤黒い像だった。


 リオルはすぐに叫んだ。


「下がってください!」


 四人が反射的に後ろへ跳ぶ。


 直後。


 鏡に映ったリオルたちの像が、青白い炎に包まれた。


 同時に、四人の立っていた場所の空気が燃えた。


 ぼうっ!


 床の上に、四つの炎が立ち上がる。


 そこには誰もいない。


 だが、もし下がっていなければ、全身を燃やされていた。


 リゼが顔をしかめた。


「映ったものを燃やすって、こういうこと」


「はい」


 リオルの声も硬い。


「鏡像を起点に、対象の熱と魔力を燃焼へ変換しています。炎属性への耐性は関係ありません」


「つまり、火属性の私でも普通に燃える」


「はい」


「嫌な鏡ね」


 ガルドが盾を前に出そうとする。


 その瞬間、鏡に盾が映った。


 盾の表面が赤く光る。


「ガルドさん、盾を下げて!」


 リオルが叫ぶ。


 ガルドは即座に盾を斜めに倒した。


 次の瞬間、盾の縁が青白く燃えた。


 金属が焼ける音がする。


 じゅうっ。


 ミナが慌てて近づこうとするが、リオルが止めた。


「近づかないでください! ミナさんまで映ります!」


 ミナは足を止めた。


 ガルドは盾を確認する。


「縁が少し焼けた。だが使える」


「盾を正面に向けられないのは痛いですね」


「防御の要が映るだけで燃える。厄介だ」


 リゼはスティックを構えた。


「なら、鏡面を見ない角度から火を――」


「待ってください」


 リオルが制止するより早く、リゼは小さな火花を横へ放った。


 攻撃というより、様子見だ。


 火花は鏡の横を回り込むように飛ぶ。


 だが、鏡面が揺れた。


 火花が映る。


 次の瞬間、火花そのものが青白く燃え上がった。


 火が、火に燃やされた。


「うわ、気持ち悪い」


 リゼが本気で嫌そうに言った。


 火花は一瞬で消えた。


 鏡面は何事もなかったように赤く揺れている。


「炎属性も関係なし、ね」


「はい。属性相性ではなく、“映ったものを燃焼させる”という判定が先に来ています」


「火だろうが水だろうが、映ったら燃えるってこと?」


「おそらく」


 ミナが小さく言った。


「火属性の魔物も対応できないという噂は、本当だったんですね」


 第二火室で見た炎の犬。


 あの魔物も、炎でありながら熱を奪われていた。


 この鏡の前では、火でできた存在ですら燃やされる。


 リオルは鏡を見た。


 見た瞬間に、鏡面にリオルの輪郭が映る。


 ぼうっ。


 彼の足元の空気が燃えかけた。


 リオルはすぐに横へ動く。


 火は空振りするように消えた。


「見ただけで反応が速いです」


 リゼが言う。


「近づけないわね」


「はい。距離が近いほど反応が速くなります」


 ガルドが周囲を見る。


「鏡面を隠せばいいか」


「試す価値はあります」


 リオルは床に落ちていた黒い石を拾った。


 そして、鏡に映らないよう、低い姿勢で石を横へ転がす。


 石は鏡面の前を通った。


 映る。


 燃える。


 石が青白い炎に包まれ、灰のように崩れた。


「物もだめ」


 リゼが言う。


「布を投げても燃えるでしょうね」


「はい。煙も燃える可能性があります」


「煙が燃えるって何よ」


「鏡に映れば」


「ほんと嫌な鏡」


 ミナが白い杖を握りながら言った。


「鏡に映らない場所から、床を伝って何かできませんか」


「床を伝って……」


 リオルは床を見た。


 第三火室の床は、黒い石でできている。

 鏡の周囲には、円形の溝が刻まれていた。


 その溝には、赤い光が流れている。


 炎の鏡は、この溝から魔力を得ているようだ。


「床の魔力溝を止めれば、鏡の力が弱まるかもしれません」


 ガルドが言う。


「壊すか」


「無理に壊すと、熱が暴発する可能性があります」


「では、付与か」


「はい」


 リオルは鏡を見ないように視線を下げ、床の溝へ手を向けた。


 鏡そのものではなく、溝を流れる赤い魔力。


「極所付与」


 淡い光が床の溝へ伸びる。


「対象、鏡の足元を巡る魔力溝の流れ。性質指定――鏡へ届く前に少しだけ道草を食う寄り道。二十四時間、増大」


 リゼが小声で言う。


「魔力が道草……」


 しかし、効果はあった。


 赤い魔力の流れが一瞬だけ遅くなる。


 鏡面の揺れが弱まった。


 リオルはすぐに小石を投げる。


 小石が鏡に映る。


 燃える。


 ただし、燃えるまでの時間がほんの少し遅くなった。


「遅くはなりました」


 ミナが言う。


「でも、通れるほどではありません」


「はい」


 リオルは唇を引き結んだ。


 ほんの少し反応を遅らせるだけでは足りない。


 リゼがスティックを握る。


「反応が遅いなら、速い攻撃でいける?」


「危険です」


「でも、私の無詠唱なら」


「リゼさんの火が映った瞬間、燃やされます。火の速度より、鏡の判定の方が速い可能性があります」


「やってみないとわからないでしょ」


 リゼの声には、焦りが混ざっていた。


 炎の指輪は目の前にある。

 だが、鏡が邪魔をして近づけない。


 彼女にとっては、自分の火が通じないことも悔しいのだろう。


 リオルはリゼを見た。


「試すなら、最小でお願いします」


「わかってる」


 リゼはスティックの先に、ごく小さな火線を作った。


 針ほどの細さ。

 爆発ではなく、光に近い火。


 それを、鏡面の端へ向けて放つ。


 火線は速かった。


 ほとんど一瞬で鏡面に届く。


 だが、届く直前。


 鏡面に火線が映った。


 青白い炎が走る。


 リゼの火線は、鏡に触れる前に燃やされて消えた。


 リゼは歯を食いしばった。


「だめか」


「リゼさん」


「わかってる。無理撃ちはしない」


 そう言いながら、悔しさは隠せない。


 リオルは何か言おうとしたが、言葉が見つからなかった。


 火の魔術師が、火に拒まれている。


 それはたぶん、リオルが付与術を使いたくても使えない時の苦しさに少し似ている。


 ガルドが低く言った。


「別方向から見るか」


「別方向?」


「鏡なら、背面があるはずだ」


 リゼが顔を上げる。


「回り込む?」


「はい」


 リオルは第三火室を見渡した。


 鏡は中央に立っているが、周囲にはある程度の空間がある。

 ただし、正面を避けて横へ回ろうとしても、鏡面はわずかに湾曲しており、広い角度を映している。


「完全な背面へ回り込めば、鏡面に映らないかもしれません」


 ミナが尋ねる。


「その道はありますか」


「あります。ただ、途中で鏡の端に映る危険があります」


「なら、鏡に映る前の熱の輪郭をぼかす?」


 リゼが言う。


「第二火室でやったように」


「はい」


 リオルは頷いた。


「加えて、足元の影を薄くします。鏡は熱だけでなく、影にも反応している可能性があります」


 ガルドが言う。


「俺が先に行く」


「盾は下げてください。大きく映ると危険です」


「わかった」


 リオルは四人の前方にある空気と足元の影へ付与した。


「極所付与」


「対象、鏡に映る直前の熱の輪郭。性質指定――本人ではなく、通りすがりの陽炎としての曖昧さ。二十四時間、増大」


「対象、足元から伸びる影の先端。性質指定――鏡に見つかる前に床へ溶ける控えめさ。二十四時間、増大」


 四人の姿の輪郭が、少しだけぼやける。


 ガルドを先頭に、ゆっくりと鏡の横へ回る。


 一歩。

 二歩。

 三歩。


 鏡面が揺れる。


 リオルは息を止めた。


 ぼうっ!


 少し離れた場所の空気が燃えた。


 四人本体ではない。


 リオルの付与でぼやけた熱の輪郭を、鏡が誤認したらしい。


「今のはいける?」


 リゼが小声で聞く。


「数回なら」


「数回?」


「誤認した熱像を燃やされ続けると、付与が削られます」


「急ごう」


 四人は慎重に、しかし少し早く進んだ。


 鏡面は何度も揺れ、周囲の空気を燃やした。


 そのたびに、リオルの付与した陽炎が削られていく。


 あと少しで鏡の側面。


 だが、その時、鏡の枠に刻まれた炎の紋様が赤く光った。


 鏡面が、ぐにゃりと曲がる。


 正面だけを映すはずの鏡が、まるで水面のように湾曲し、横にいる四人の姿を捉えた。


「横も映すの!?」


 リゼが叫ぶ。


「戻ってください!」


 リオルが叫ぶのと同時に、鏡面に四人の像が映った。


 青白い炎が一斉に立ち上がる。


 ガルドが盾を斜めにして、直接反射を避ける。

 リゼが火花で燃える位置を照らす。

 ミナが後退しながら全員の足元を確認する。


 リオルは床に手を伸ばした。


「対象、僕たちの背後の床に残る熱の足跡。性質指定――本体よりも目立つ囮としての騒がしさ。二十四時間、増大!」


 四人の足跡が赤く光った。


 鏡は一瞬、そちらを燃やす。


 その隙に四人は元の位置へ戻った。


 床の足跡が青白く燃え、消える。


 リゼは息を吐いた。


「回り込みもだめ」


「はい」


 リオルは鏡を見る。


 鏡面はまた正面へ戻っている。


 まるで、今の回り込みを見て学習したようだった。


「この鏡、反応が変わる」


 ガルドが言う。


「こちらの動きに合わせているな」


「はい。単純な罠ではありません」


 リオルは額の汗を拭った。


 暑いのか寒いのか、もうわからない。

 体温を奪われないように付与しているが、精神的な消耗が大きい。


 ミナがすぐに水を差し出した。


「リオルさん、休憩を」


「ありがとうございます」


 リオルは水を飲んだ。


 リゼは鏡を睨んでいる。


「火もだめ。回り込みもだめ。盾もだめ。物もだめ。煙も多分だめ」


「かなり厳しいですね」


 ミナが言う。


 リオルは周囲を見た。


 第三火室は広いが、隠れる場所はほとんどない。

 床の溝は鏡へ魔力を送り、壁は黒く、炎はない。


 つまり、この部屋全体が鏡のために設計されている。


 鏡に映るものは燃える。

 映らなければ近づけるが、鏡は角度を変えて映してくる。

 熱の輪郭をぼかしても、何度も使えば見破られる。


 リゼが低く言った。


「リオル。炎の指輪を取る方法はある?」


 リオルはすぐには答えられなかった。


 指輪は鏡の上部、黒い枠にはまっている。


 鏡を倒せば取れるかもしれない。

 だが、倒すために近づけば燃やされる。

 遠距離攻撃は映されて燃える。

 鏡面を隠そうとしても、隠すものが燃える。


 ガルドが言う。


「鏡そのものではなく、支えを狙うのはどうだ」


「支え?」


「鏡は立っている。足元か背面に支柱があるはずだ」


 リオルは床の魔力溝を見る。


 確かに、鏡の下部には黒い台座がある。

 そこから赤い魔力が流れている。


「台座を止められれば、鏡面の反応が鈍るかもしれません」


「ただし、台座も映る?」


 リゼが言う。


「こちらの攻撃が映る可能性が高いです」


 リオルは小石を拾い、床の溝に沿って台座へ向けて転がした。


 小石は鏡面の正面を避け、溝に沿って進む。


 しばらくは燃えない。


 だが、台座に近づいた瞬間、鏡面の下部に小石が映った。


 ぼっ。


 燃えた。


「近づくと映されますね」


 ミナが言った。


「でも、途中までは行けました」


「はい」


 リオルは考える。


 物体が近づくと映される。

 熱も影も映される。

 なら、形を持たないものなら?


 音。

 振動。

 温度差。

 真空。


 鍛冶屋で偶然生まれた、極所的な真空状態を思い出す。


 空気を退かせすぎた結果、蒸気の中に小さな空白が生まれた。


 鏡は、空白を映せるのか。


 いや、危険だ。


 真空は周囲の空気を引き込み、圧力差を生む。

 生き物の近くでは使えない。


 だが、台座の近くに小さく作れば、魔力の流れを乱せるかもしれない。


「一つ試します」


 リオルが言うと、リゼがすぐに反応した。


「何を?」


「台座の近くに、ごく小さな空白を作ります」


「真空?」


 リゼの表情が変わった。


「鍛冶屋でやったやつ?」


「はい。ただし、もっと小さく、台座の魔力溝の上だけです」


 ガルドが低く言う。


「危険は」


「あります。なので、全員少し下がってください」


 ミナが心配そうに見た。


「リオルさん自身は?」


「僕も距離を取って、床の溝を対象にします」


 リオルは床の魔力溝を見た。


 台座まで続く細い赤い流れ。


 そこへ直接触れるのではなく、流れの上にある空気の一粒。


「極所付与」


 淡い光が、床の溝を伝って台座近くへ伸びる。


「対象、台座へ入る直前の魔力溝の上にある空気の一点。性質指定――そこにいることをやめる静けさ。二十四時間、増大」


 リゼが小さく呟く。


「空気に退職願出したみたいな付与ね」


 次の瞬間、台座の手前に小さな透明な穴が生まれた。


 極所的な真空。


 周囲の赤い魔力が、その空白へ引かれる。


 鏡面が揺れた。


「効いてる?」


 リゼが言った。


 しかし、その直後。


 鏡面に、その“空白”が映った。


 何もないはずの空間が、黒い円として鏡に映る。


 そして、燃えた。


 黒い円が青白い炎に包まれ、逆に台座の魔力が一気に活性化する。


「まずい!」


 リオルはすぐに手を引いた。


 真空がつぶれ、周囲の空気がぱん、と弾ける。


 台座から炎が噴き上がった。


 鏡面の反応が弱まるどころか、逆に強くなる。


 リゼが叫ぶ。


「撤退!」


 ガルドが盾を斜めに構え、炎を直接映さないようにしながら後退する。

 ミナがリオルの腕を掴みかけて、直接触れてもいいか一瞬迷い、それでも掴んだ。


「リオルさん、下がって!」


「すみません!」


「謝るのは後です!」


 四人は第三火室の入口付近まで戻った。


 鏡は追ってこない。


 だが、台座の炎はしばらく強く燃え続けた。


 やがて、静かに元の赤い揺らぎへ戻る。


 リゼは肩で息をしながら、リオルを見た。


「今の、危なかったわね」


「はい。すみません」


「責めてない。試した結果、鏡は空白も映せるってわかった」


 リオルは目を伏せる。


「ですが、危険な試し方でした」


 ガルドが言う。


「撤退判断は間に合った。次に活かせばいい」


 ミナも頷く。


「怪我はありません。大丈夫です」


 リオルは三人を見た。


 焦っていた。


 リゼのために指輪を取りたい。

 その気持ちが、少し判断を急がせたのかもしれない。


「次は、もっと慎重に試します」


 リゼは少しだけ笑った。


「私のために焦ってくれたなら、まあ、ちょっと嬉しいけど」


「え」


「でも、焦って怪我したら怒る」


「はい」


「そこは忘れないで」


 リオルは小さく頷いた。


   ◇


 炎の鏡は、静かに立っている。


 指輪はその上にある。


 近い。


 だが、近づけない。


 あれこれ試した。


 小石は燃えた。

 盾も燃えた。

 火も燃えた。

 回り込みは見破られた。

 熱の輪郭の偽装も長くは持たない。

 台座への干渉は、逆に鏡を活性化させた。

 真空さえ、鏡に映されて燃やされた。


 決定打がない。


 リゼは悔しそうに鏡を見つめていた。


「嫌になるくらい、強いわね」


「はい」


 リオルも同意するしかなかった。


「ただ、わかったこともあります」


 ミナが尋ねる。


「何でしょう」


「鏡は、“存在するもの”だけでなく、“存在しない空白”も映します。熱、影、火、物、空気の欠落。どれも対象になる」


 ガルドが腕を組む。


「なら、映らないものを探す必要がある」


「はい」


 リゼが眉を寄せる。


「映らないもの……」


 彼女は自分のスティックを見た。


 火は映る。

 音はどうか。


 爆発音。

 炎の指輪。

 鏡。

 反射。


 リオルも同じことを考えていた。


 鏡は光を映す。

 熱を映す。

 影を映す。

 魔力を映す。

 空白すら映す。


 だが、音は?


 音そのものは、鏡に映るのか。


 まだ試していない。


 リゼがぽつりと言った。


「音は、燃えるのかしら」


 リオルはリゼを見る。


 リゼもリオルを見た。


 その目には、さっきまでの悔しさとは違う光があった。


「次、試す価値はありそうですね」


「ええ」


 リゼはスティックを握り直す。


「ただし、爆発音三倍を試すなら、耳の準備がいるわね」


「洞窟内なので、かなり危険です」


「わかってる。だから、今すぐはやらない」


 リゼは深く息を吐いた。


「まずは作戦会議」


 ガルドが頷く。


「よし。一度、入口まで戻って休む」


 ミナも賛成した。


「体温も確認しましょう。長くここにいると冷えます」


 リオルは鏡を見た。


 炎の鏡は、静かに赤く揺れている。


 まるで、こちらの試行錯誤を楽しんでいるかのように。


 まだ勝てない。


 まだ決定打はない。


 だが、ひとつだけ糸が見えかけていた。


 鏡に映らないもの。


 炎の指輪が増幅するもの。


 リゼのユニークスキルが、最も派手に示すもの。


 爆発音。


 音。


 次の手は、炎ではなく音にあるのかもしれない。


 四人は第三火室から一度下がった。


 背後で、鏡がちりんと鳴る。


 まるで、次の挑戦を待っているように。

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