炎の指輪編-2 炎の洞窟なのに寒い
炎の洞窟で、冷たい風が吹いた。
その事実は、四人の足を止めるには十分だった。
目の前には、燃える第二火室が広がっている。
壁の亀裂から赤い炎が漏れ、床には溶岩石が黒く光り、天井からは熱で歪んだ空気が揺れている。
どこを見ても炎。
どこを見ても熱。
それなのに、扉の奥から流れてきた風は、肌を刺すほど冷たかった。
「……炎の洞窟よね?」
リゼが、自分で確認するように言った。
「はい」
リオルは頷いた。
「少なくとも、入口の石碑にはそうありました」
「なのに寒い」
「はい」
「火属性の洞窟で寒いの、だいぶ納得いかないんだけど」
リゼは杖を握り直しながら、眉を寄せた。
彼女は火属性の魔術師だ。
炎の熱や魔力の流れには敏感である。
そのリゼが、不快そうに腕をさすっていた。
ミナも口元を押さえた布を外し、白い息のようなものを吐いた。
「呼気が冷えています。さっきまで熱気で息苦しかったのに……」
ガルドは鎧の表面に触れた。
「鎧が冷えている。外側は熱を受けているはずなのに、内側から冷える感覚がある」
リオルは床に膝をつき、溶岩石へ手をかざした。
表面は熱い。
触れれば火傷するほどだ。
だが、熱の流れがおかしい。
普通なら、壁や床から放たれた熱は空気へ広がり、人の肌へ届く。
しかし、この第二火室では、熱が広がる途中で何かに吸い取られている。
いや、吸い取られているだけではない。
こちらの体温までもが、炎の方へ引かれている。
「熱が奪われています」
リオルは静かに言った。
リゼが顔をしかめる。
「炎が熱を奪うって、どういうこと?」
「通常の炎は、燃えることで周囲へ熱を放ちます。でも、ここでは火属性魔力が逆向きに働いています。炎が燃料を燃やす代わりに、周囲の熱を燃料として吸い上げている」
「つまり、炎が暖めるんじゃなくて、冷やしてる?」
「はい」
「最悪じゃない」
リゼは本気で嫌そうだった。
火の魔術師にとって、熱を奪う炎など、かなり気持ち悪い現象なのだろう。
ミナが自分の指先を確認した。
「長くいると危険です。熱疲労ではなく、逆に低体温に近い状態になります」
「炎の洞窟で低体温……」
リゼがうんざりしたように呟く。
「属性詐欺よ、こんなの」
ガルドが周囲を見回した。
「進むなら対策が必要だ」
「はい」
リオルは第二火室を観察した。
部屋の中央には、炎の柱がいくつも立っている。
だが、その炎は普通の赤ではない。
表面は赤く燃えているのに、芯の部分が黒い。
黒い炎。
それが、周囲の熱を吸い上げている。
第一火室では、熱が下がる瞬間を見つけ、その戻りを少しだけ遅らせて進んだ。
しかし、ここでは違う。
熱が下がる瞬間があるのではない。
熱そのものが、奪われ続けている。
「リオル、どうする?」
リゼが聞いた。
「炎を消すのは危険です」
「でしょうね」
「熱を奪う流れを断つ必要があります。ただし、僕たち自身に付与すると――」
「はいはい、好感度問題ね」
リゼが慣れた調子で言った。
「人には付与しない。じゃあ、服? 空気?」
「服に付与すると、着ている人へ影響が流れる可能性があります」
「服までだめか」
「完全にだめではありませんが、慎重にしたいです」
ガルドが言う。
「では、体の外にある熱へ付与するのはどうだ」
「熱そのもの、ですか」
「体から逃げる熱なら、まだ人ではないだろう」
リオルは少し目を見開いた。
逃げる熱。
体から奪われようとしている熱が、肌を離れた瞬間。
それなら、人に直接付与しないで済む。
「できます」
リオルは立ち上がった。
「対象は、体から離れようとする熱の境目。肌ではなく、肌のすぐ外側にある熱の層です」
リゼが腕をさする。
「それで寒くなくなる?」
「完全には無理です。でも、熱を奪われる速度を遅らせられるはずです」
ミナがすぐに頷いた。
「お願いします。冷えが進むと、判断も鈍ります」
リオルは四人の周囲の空気を見た。
人に付与しない。
服にも直接付与しない。
肌の外にある、ごく薄い熱の膜。
それが炎に奪われる瞬間へ。
「極所付与」
淡い光が、四人の周囲に広がった。
「対象、僕たちの身体から離れようとする熱の境目。性質指定――外へ出る前に一度だけ持ち主を振り返る未練。二十四時間、増大」
リゼが即座に言った。
「熱の未練!」
「熱の放散を遅らせています!」
「言い方!」
だが、効果はあった。
肌を刺す冷たさが、少し和らぐ。
炎に吸い上げられようとしていた体温が、肌の外側で薄く留まる。
暖かいというほどではない。
だが、冷え切る感覚は弱まった。
ミナが自分の手を握り開きする。
「指先が動きます」
ガルドも頷いた。
「鎧の内側の冷えが弱まった」
リゼは少し悔しそうに言った。
「炎の洞窟でリオルの熱未練に助けられるとは思わなかったわ」
「名称は熱未練ではありません」
「でも、今のは熱未練よ」
リオルは反論しかけたが、やめた。
たしかに、そう認識した方がわかりやすい気がしたからだ。
四人は第二火室へ足を踏み入れた。
◇
第二火室は、進むほど異様だった。
壁は燃えている。
床も赤く光っている。
だが、空気は冷たい。
炎の柱に近づくほど、熱ではなく寒気が強くなる。
リゼが自分のスティックの先に小さな火を灯した。
しかし、その火は普段より弱い。
「私の火も吸われてる」
「炎同士でも、熱を奪われるんですね」
リオルが言うと、リゼは不満げに唇を尖らせた。
「同族に裏切られた気分」
「炎に同族意識が?」
「あるわよ、火属性魔術師には」
「そうなんですね」
「今の真面目に受け取るの?」
そんな会話をしている間にも、黒芯の炎柱がゆらゆらと揺れている。
リオルはその揺れに違和感を覚えた。
炎の揺れが、こちらの動きに反応している。
右へ進めば、右側の炎が揺れる。
左へ進めば、左側の炎が黒く深くなる。
まるで、炎がこちらを見ているようだった。
いや。
見ているのではない。
映している。
「リゼさん、火を消してください」
リオルが言うと、リゼは即座に小さな火を消した。
「何か見えた?」
「炎の柱の表面を見てください。近づきすぎずに」
四人は少し離れた位置から、黒芯の炎柱を見た。
炎の表面に、ゆらりと影が映っている。
ぼんやりとしているが、人影に見えた。
こちらの姿だ。
ミナが息を呑む。
「炎に映っている……?」
ガルドが盾を少し上げる。
「鏡か」
「はい。完全な鏡ではありませんが、熱を映す鏡です」
リオルは炎柱を見つめた。
「この炎は、姿ではなく熱の輪郭を映しています。そして、映った熱を燃料として奪っている」
リゼの表情が険しくなる。
「つまり、私たちが炎に映るほど、体温を吸われる?」
「はい」
「だから近づくほど寒いのね」
「おそらく」
リオルは奥を見た。
第二火室のさらに先に、赤黒い通路が続いている。
その奥から、冷たい風が流れてきている。
炎の鏡。
噂のボスがいる場所は、まだ先のはずだ。
だが、この熱を奪う現象は、明らかに鏡の性質を持っている。
「炎の鏡の影響が、ここまで届いているのかもしれません」
リオルが言うと、リゼは少しだけ笑った。
「まだ会ってもないのに、面倒な相手ってわかるわね」
「はい」
「でも、炎の指輪はその先でしょ」
「噂では」
「なら進むしかないわ」
「そう言うと思いました」
リオルは炎柱へ向き直った。
問題は、熱の輪郭を映されること。
映った熱を奪われること。
なら、対策は二つある。
映らないようにする。
または、映ったものを本物だと思わせない。
「まず、映り込みをぼかします」
「鏡を曇らせる?」
リゼが聞く。
「はい。ただし炎そのものをいじると反発が来るかもしれません。炎と僕たちの間にある空気の層へ付与します」
リオルは四人の前方にある空気を見た。
熱で歪み、揺らぎ、炎へ向かって吸われる空気。
その揺らぎへ手を向ける。
「極所付与」
淡い光が、炎柱との間に薄く広がった。
「対象、炎柱に映る直前の熱の輪郭。性質指定――本人に似ているけれど本人ではない似顔絵としての曖昧さ。二十四時間、増大」
リゼが頭を抱えた。
「今度は熱の似顔絵!」
「反射像を曖昧にしました」
「いや、わかるけど!」
炎柱の表面に映っていた四人の影が、ぼやけた。
すると、身体から熱を奪われる感覚がさらに弱まる。
ミナがほっと息を吐いた。
「冷えがかなり軽くなりました」
「鏡が、私たちの熱だと認識しにくくなったんですね」
「はい」
リオルは頷いた。
「ただし、完全ではありません。近づきすぎると奪われます」
ガルドが周囲の炎柱を見た。
「この部屋を抜けるだけなら、十分か」
「おそらく。ただ、奥に行くほど影響は強くなるはずです」
リゼがスティックを握った。
「じゃあ、早く抜けましょ。寒い炎なんて趣味じゃないわ」
四人は炎柱の間を進み始めた。
リオルの付与で熱の輪郭がぼやけ、炎柱は本物の熱をつかみにくくなっている。
それでも、完全に安全ではない。
炎柱の黒い芯が濃くなるたび、肌の外側の熱が引かれる。
リオルの“熱の未練”がなければ、数分で動きが鈍っていただろう。
リゼは火を出したがらなかった。
彼女の火も吸われる。
それは、魔力の消耗だけでなく、心理的にも気持ち悪いらしい。
「自分の火が相手の燃料になるって、ほんと嫌ね」
「火属性に相性が悪い炎ということですね」
リオルが言う。
「炎特化の洞窟なのに、火属性が不利とか、性格が悪いわ」
「炎を扱う者を試しているのかもしれません」
「何を?」
「炎を、ただ熱や爆発として見るだけではなく、何を奪い、何を照らすものなのかを」
リゼは少し黙った。
そして、ぼそっと言う。
「……たまに深いこと言うわね」
「すみません」
「謝らなくていいの。今のは悪くなかった」
リオルは少しだけ目を伏せた。
◇
第二火室の中央には、奇妙な魔物がいた。
炎の犬。
見た目は犬に近いが、全身が赤い炎でできている。
目は青白く、口からは火の粉が漏れていた。
ただし、様子がおかしい。
炎の犬は、床に伏せて震えていた。
燃えているのに、寒そうだった。
リゼが思わず言う。
「火の魔物まで寒がってる」
ミナが心配そうに近づこうとする。
リオルが止めた。
「待ってください。攻撃してくるかもしれません」
「でも、弱っています」
炎の犬は、こちらに気づくと低く唸った。
だが、立ち上がる力もないようだ。
体の炎が、黒芯の炎柱へ細く吸われている。
「この魔物も、熱を奪われています」
リオルは言った。
「炎属性の魔物だから、むしろ吸われやすいんですね」
リゼの顔が少し変わった。
「……助けられる?」
リオルは炎の犬を見た。
魔物だ。
だが、ここでは被害者でもある。
熱を奪われ、動けなくなり、それでも本能で警戒している。
「直接付与はしません」
「知ってる」
「でも、奪われている熱の流れを切ることならできます」
リオルは炎の犬と炎柱の間にある、細い黒い熱の糸を見た。
それは、炎の犬の体を直接縛っているわけではない。
炎柱が映した熱の輪郭を通じて、火の魔力を吸い上げている。
対象は、その糸。
「極所付与」
淡い光が黒い熱の糸に触れた。
「対象、炎の犬から炎柱へ吸われている熱の糸。性質指定――つながっている相手を間違えたと気づく判断力。二十四時間、増大」
黒い糸が揺れ、ぷつりと切れた。
炎の犬の体に、赤い火が戻る。
ぶるっと震えたあと、炎の犬は立ち上がった。
リゼはスティックを構える。
しかし、炎の犬は襲ってこなかった。
こちらをじっと見て、それから第二火室の横穴へ走っていった。
逃げたのだ。
ミナがほっとする。
「よかったです」
リゼも少しだけ安心した顔をした。
「火の魔物に同情する日が来るとは思わなかったわ」
「リゼさんらしいですね」
リオルが言うと、リゼは目を細めた。
「それ、褒めてる?」
「はい」
「ならいいわ」
その時、炎の犬が逃げていった横穴の奥から、小さな赤い光が転がってきた。
火の実のような結晶だった。
ミナが拾う。
「これは?」
リオルが見る。
「火属性魔力の結晶です。炎の犬が落としていったのかもしれません」
リゼが少し嬉しそうにする。
「お礼?」
「かもしれません」
「火の魔物、意外と律儀ね」
リゼはその結晶を受け取った。
だが、すぐにリオルへ差し出す。
「これ、何かに使える?」
「熱を奪う炎への対策に使えるかもしれません」
「じゃあ持ってて」
「リゼさんがもらったものでは?」
「パーティで使う方が大事でしょ」
リオルは一瞬だけリゼを見た。
彼女は視線を逸らす。
「何よ」
「いえ」
リオルは火の結晶を受け取った。
「ありがとうございます」
「あとで返してね。きれいだから」
「はい」
そのやり取りを、ミナが微笑ましそうに見ていた。
ガルドは何も言わず、周囲の警戒を続けている。
◇
第二火室の出口に近づくと、寒さはさらに増した。
もはや炎の洞窟というより、冬の朝のような冷気が漂っている。
壁は燃えている。
床も赤い。
空気だけが冷たい。
異常だった。
リオルの付与がなければ、四人はすでに体温を奪われて動けなくなっていただろう。
出口の前には、また鏡状の金属板があった。
だが、第一火室の扉とは違う。
今度の金属板は、扉ではなく壁一面に広がっている。
そこに、四人の姿がぼんやり映った。
次の瞬間、ミナの白い杖の先が青白く燃え始めた。
「ミナさん!」
リオルが叫ぶ。
ミナはすぐに杖を後ろへ引いた。
火は小さく消える。
だが、杖の先端が少し焦げた。
「反射が速いです」
ミナの声が硬い。
ガルドが盾を前に出そうとする。
リオルが止める。
「盾を映すと、盾が燃えます!」
リゼが壁面の鏡を睨む。
「これ、どうやって抜けるのよ」
リオルは鏡状の壁を見た。
ここはただの仕掛けではない。
炎の鏡の影響が、かなり強い。
壁面に映ったものを燃やす。
ただし、本体を直接燃やすのではなく、反射を通じて熱を奪い、燃焼へ変えている。
なら、映らないようにする必要がある。
しかし、鏡面は通路全体を覆っている。
目を閉じても、こちらの熱は映る。
「熱の輪郭を消す必要があります」
「消すって、体温を?」
リゼが顔をしかめる。
「それは危険です」
「はい。だから、体温ではなく、鏡に映る前の輪郭だけを隠します」
リオルは火の犬が残した火の結晶を取り出した。
赤い結晶は、手のひらの上で柔らかく光っている。
「この結晶は、熱を保つ性質があります。これを使って、囮の熱源を作ります」
「囮?」
「はい。僕たちの熱の輪郭ではなく、この結晶の熱を鏡に見せます」
リゼが少し笑った。
「身代わり火種ね」
「そうです」
リオルは火の結晶を通路の中央へ置いた。
そして、その周囲の空気へ手を向ける。
「極所付与」
淡い光が結晶を包んだ。
「対象、火の結晶の周囲に広がる熱の輪郭。性質指定――四人分の熱がそこにあるように見える、盛りすぎた集合写真としての見え方。二十四時間、増大」
リゼが噴き出した。
「盛りすぎた集合写真!」
「熱の輪郭をまとめて偽装しています」
「言い直しても面白いわよ、それ」
鏡面に映っていた四人の影が薄れ、代わりに火の結晶の周囲にぼんやりと四人分の熱影が浮かび上がる。
鏡面の炎がそちらへ集中した。
結晶が青白く燃え始める。
「今です。鏡面に近づかず、壁から距離を取って進みます」
四人は慎重に通路を進んだ。
火の結晶が囮となり、鏡面はそれを燃やしている。
それでも、完全ではない。
ガルドの盾の縁が少し映り、火花が散った。
リゼの髪の先が熱を奪われ、ぱちっと音を立てた。
リオルは即座に追加付与する。
「対象、僕たちの背後に残る熱の残像。性質指定――本人ではなく、通り過ぎた後の落書きとしての軽さ。二十四時間、増大!」
熱の残像が軽くなり、鏡面の反応が遅れる。
四人は出口まであと少しというところまで進んだ。
だが、その瞬間。
鏡面の奥で、何かが動いた。
巨大な炎の目のようなものが、壁面の中からこちらを覗いた。
リゼが息を呑む。
「今の……」
「炎の鏡の本体ではありません」
リオルは声を低くした。
「でも、影響元です。近づいています」
鏡面の炎が一気に強くなる。
囮にしていた火の結晶が、ぱきんと音を立てた。
「結晶が持ちません!」
ミナが叫ぶ。
リオルは結晶そのものに付与しようとして、止まった。
リゼがもらったものだ。
魔物が置いていったもの。
貴重な熱源。
だが、今は守るより使うべきだ。
「リゼさん、結晶を割ってもいいですか」
「いい!」
即答だった。
「また拾えばいいわ! 今は通る!」
リオルは頷いた。
「極所付与!」
火の結晶の周囲に残る最後の熱へ手を向ける。
「対象、火の結晶が砕ける瞬間に放つ熱。性質指定――最後だけ大げさに目立つ花火としての存在感。二十四時間、増大!」
火の結晶が砕けた。
その瞬間、真っ赤な光が広がる。
熱そのものは強すぎない。
だが、鏡面から見ると、巨大な熱源が突然現れたように見える。
鏡面の炎が一斉にそちらへ向いた。
四人の姿への反応が消える。
「走ってください!」
リオルが叫んだ。
今度は走るしかなかった。
ガルドが先頭で駆け、リオル、リゼ、ミナが続く。
背後で鏡面が火の結晶の残熱を燃やし尽くす。
出口まで、あと数歩。
最後にミナの白い杖の影が鏡面に映りかけた。
リオルは床へ手を伸ばす。
「対象、ミナさんの杖の影が落ちる床面。性質指定――影を一瞬だけ飲み込む控えめな暗さ。二十四時間、増大!」
床の影が薄く沈み、鏡面に映る前に消えた。
ミナが通り抜ける。
四人は第二火室を抜けた。
背後で、鏡面の壁が赤黒く燃え上がる。
だが、もう届かない。
◇
通路の先は、静かだった。
炎は少ない。
だが、空気は冷たい。
そして、奥から微かに金属が鳴るような音が聞こえた。
ちりん。
いや、鏡が震える音だろうか。
リゼは壁にもたれ、荒い息を吐いた。
「……炎の洞窟で寒さ対策することになるなんて、誰が想像するのよ」
ガルドも息を整えながら頷いた。
「厄介だな。炎の相手なのに、火傷より冷えを警戒する必要がある」
ミナは自分の杖の焦げを見て、少しだけ苦笑した。
「また鍛冶屋さんに見てもらう必要がありそうです」
「ぽこん杖、今回は燃やされかけましたね」
リオルが言うと、ミナは少し恥ずかしそうに言った。
「ぽこん杖は正式名称ではありません」
リゼが笑った。
「でも、定着しつつあるわね」
「困ります」
リオルは第二火室の奥を振り返った。
熱を奪う炎。
熱の輪郭を映す鏡面。
炎の鏡の影響。
まだ本体に会っていない。
それなのに、これほど厄介だった。
「炎の鏡は、近くにいます」
リオルは言った。
「おそらく第三火室の奥。そこから、この洞窟全体に反射と熱吸収の性質を広げています」
リゼはスティックを握り直した。
「つまり、炎の指輪も近い」
「危険も近いです」
「わかってる」
リゼは真剣な目で奥を見た。
「でも、ここまで来てわかったわ。炎の指輪は、ただの爆発音三倍アクセサリじゃない」
「そうですね」
「たぶん、この洞窟の炎の性質に関係してる」
「はい。炎を大きくするだけではなく、炎の音、反射、熱の流れを変える道具かもしれません」
リゼは少しだけ笑った。
「ますます欲しくなった」
「そう言うと思いました」
「でしょ」
四人は短い休憩を取った。
水を飲み、体温を確認し、装備の焦げを確かめる。
リオルの“熱の未練”付与はまだ効いている。
だが、第三火室に入れば、さらに強い熱吸収が来るだろう。
リオルは火の結晶が砕けた跡を見た。
赤い粉が、少しだけ手元に残っている。
完全に失われたわけではない。
「リゼさん、結晶の粉が少し残りました」
「ほんと?」
「はい。後で使えるかもしれません」
「よかった。あの火の犬にちょっと申し訳なかったのよね」
「また会えたら、お礼を言いましょう」
「火の犬に?」
「はい」
「……まあ、ありね」
リゼはそう言って、ふっと笑った。
奥から、また金属音が響く。
ちりん。
今度は、はっきりした。
鏡が鳴っている。
炎の鏡が、こちらに気づいている。
第三火室へ続く通路の先で、赤黒い光がゆらりと揺れた。
リゼはスティックを構える。
リオルは周囲の空気を見た。
ガルドは盾を前に出し、ミナは白い杖を握った。
炎の洞窟は、熱いだけではない。
炎は照らし、焼き、そして奪う。
その奥にいる炎の鏡は、映ったものをすべて燃やす。
次に待つのは、正面から近づけないボス。
まだ決定打はない。
それでも四人は、第三火室へ足を踏み入れた。




