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第十七話「落とせる城と落とせぬもの」

ストックがたまったので、少しペースを上げます。

 清洲城に戻ったのは、出発から四日後だった。

 清蔵が門のところで待っていた。俺たちの姿を見て、頷いた。それだけだった。余分な言葉を使わない男だ。

 信長への報告は、その日の夕方だった。


 信長の前に座って、念話を飛ばした。

 『稲葉山の本丸は山上に孤立している。補給は全て下から運ぶ構造で、長期の籠城には向かない。守備兵は本丸だけなら百前後。裏の崖は見張りの死角になっている。人が来ないという前提で守りが組まれている』

 信長が黙って聞いていた。

 『忍びか夜襲か、少数精鋭で裏から入れば本丸は落とせる。実際に俺たちは本丸の近くまで入った。見つからなかった』

 そこで一拍置いた。

 『落とせる城だ』

 信長がしばらく黙った。

 窓の外を見ていた。何かを考えている時の顔だ。俺の報告を聞いていないのではない。聞いた上で、別のことを考えている。

 やがて口を開いた。

 「落とせるだろうな」

 肯定だった。しかし続きがあった。

 「だが、それで美濃は手に入るか?」

 俺は少し考えた。

 稲葉山で犬千代に言った言葉が頭に戻ってきた。当主を斬るだけで国が手に入るなら戦はいらない、と俺は言った。城を落とすことと、国を取ることは別だ。

 しかし信長が言っているのは、それより先のことだった。

 「稲葉山を力で落としても、美濃の家臣は残る。土地は残る。民は残る。それを全部抑えるには、城を落とした後の話が必要だ」

 信長が俺を見た。

 「俺はすでに別の手を打っている」

 調略、という言葉は使わなかった。しかし意味は伝わった。美濃の内側に、信長に通じる者がいる。城を外から崩すのではなく、内側から崩す手が、すでに動いている。

 俺の報告は戦術として正しかった。

 しかし信長が動いている場所は、もっと先だった。


 少しの間があってから、信長が言った。

 「あれはどうだった」

 犬千代のことだ。

 俺は答えた。

 『使える。ただし馬鹿だ』

 信長の口元が動いた。

 「それは変わらんな」

 『変わらない。しかし指示には従った。勝手には動かなかった』

 信長がしばらく黙った。

 俺は続けた。

 『任務は果たした』

 それだけ言った。評価はそれで十分だ。後は信長が決めることだ。

 信長が窓の外を見てから、短く言った。

 「戻れ」

 それだけだった。

 あっさりしていた。しかしそれが信長らしかった。決めたことは短い。


 数ヶ月後、犬千代が城に戻ってきた。

 前田利家として。

 俺は稽古場の端で、それを遠目に見ていた。

 利家が信長に頭を下げていた。信長が短く何かを言った。利家が立ち上がった。それだけだった。

 利家がこちらを向いた。

 俺と目が合った。

 何も言わなかった。

 俺も何も言わなかった。

 念話を飛ばす気にもならなかった。飛ばす必要もなかった。

 関係は変わった。しかし変わっていない部分もある。それでいい。


 その頃、美濃から面白い報が入った。

 「竹中半兵衛が稲葉山城を落とした」という話だ。

 俺はその報を聞いた瞬間、動きを止めた。

 (あの城を?)

 俺が見てきた城だ。裏の崖を登れば本丸に近づける、守りの穴がある城だ。それを竹中半兵衛という男が落とした。

 どうやって落としたのかは、報の中に詳細がなかった。

 (あの方法か?それとも別か?)

 俺が見つけたルートを使ったのか、あるいは別の穴を見つけたのか。どちらにしても、俺以外の者が、あの城の弱点を見つけた。そして実際に落とした。

 (そういうことができる人間がいるのか、この世界に)


 利家に念話を飛ばした。

 『あの城を落とした竹中半兵衛という男、知っているか』

 利家が少し考えてから答えた。「名前は聞いたことがある。若い。稲葉山に仕えていた男だと聞いた」

 内側にいた者が、内側から落とした。

 俺の想定とは違う方法だった。

 『殿にその男を使うよう言え』

 利家が眉を上げた。「俺が言うのか」

 『お前が帰参したばかりだというのはわかっている。しかし報告する機会があれば入れろ。あの城の弱点を理解している男だ。力で攻める者とは違う種類の使い手だ』

 利家が少し考えた。「なぜそこまで言う」

 『戦を終わらせる側の人間だからだ。落とすだけなら力があればいい。しかし終わらせるには、別の頭がいる』

 利家が黙った。

 しかし聞いていた。


 その夜、清蔵から話を聞いた。

 竹中半兵衛は、すでに藤吉郎が押さえていた。

 俺は少しの間、それを聞いて動かなかった。

 藤吉郎。信長の家臣で、犬千代が追放されていた時期に世話をしていた男だ。城下で何度か見かけたことがある。小柄で、目が速い。損得の計算が体に染み込んでいる種類の人間だと思っていた。

 その男が、すでに動いていた。

 俺が「使え」と思った人間を、俺が言う前に藤吉郎が取っていた。

 (先を読んでいたのか、それとも動き続けた結果か)

 どちらにしても、俺より早かった。


 蔵に戻って、横になりながら考えた。

 稲葉山は落とせる城だった。俺はそれを確かめた。しかし信長はそれを力では落とさなかった。別の手を使っている。

 竹中半兵衛は稲葉山を落とした。しかしそれは美濃を取ることにはならなかった。信長の調略とは別の動きだ。

 藤吉郎はその半兵衛をすでに押さえていた。

 戦は、落とすだけでは足りない。

 城を落とすことと、国を取ることは違う。国を取ることと、その後を治めることも違う。どの段階にも、必要な人間がいる。

 力で崩す者。内側から切り崩す者。人を集める者。先を読む者。

 俺は偵察をして、戦場の神経として動いてきた。それは俺の役割だ。しかしこの世界には、俺とは違う場所で別の戦をしている者たちがいる。

 藤吉郎がその一人だということを、今夜初めてはっきりと意識した。

 (戦は、落とすだけでは足りない)

 (人を取る戦がある)

 それが今夜、俺が得たもう一つの答えだった。


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