89 宮廷官僚の報告
ニックはシャンテルの報告を受けて、すぐに調査を開始していた。そして、セレナルドの街があるトラスー伯爵領とタールムの街があるワテナム子爵領の過去十年分の税収報告書と、納められた国費が記載された資料を探したという。
「こちらが、各領地の税収報告書です」
ニックがシャンテルに書類の束を渡す。
シャンテルはそれを手に取って、金額に目を通した。
十年前から順に確認すると、多少前後の差額はあるが、どちらの領地も前年と似たような数字が並んでいた。だが、六年前の書類から税収が徐々に上がり、ちょうど国防費を確保するために増税を促した二、三年前から更に増加していた。
「資料の二枚目がバーバラ妃殿下が纏められた資料です。国費として納められた金額が記されています」
それを聞いて資料をめくったシャンテルは、思わず目を見開いた。
「これは……」
バーバラがまとめた金額は四年ほど前から税収報告書より低い金額で記されていた。
「御覧の通り、税収報告書と金額が乖離していました。そこで、税収の内訳を細分化するため、ここにいるケネスたちをトラスー伯爵領とワテナム子爵領へ分けて派遣し、それぞれの領地で街ごとの税収を調べさせました」
ニックが彼の側に控えている部下の一人を紹介すると、ケネスが恭しくお辞儀する。
「シャンテル様が仰っていたようにタールムの街では一年前から大幅な増税がなされています。ですが、同じ領地でもほかの街の幾つかで数年前から似たようなことが起こっていたのです」
「それは、半年ほどで税金が倍額になったということ?」
「増加ペースや規模は街によって異なりますが、おおよそ、その傾向にあります」
「だけど、バーバラ妃殿下が纏めた資料にはそれが載っていない」
そう口にして、ある可能性が頭に浮かんだ。
「……つまり、本来は国費として納められるはずの税収がなかったことにされているということね?」
「えぇ。そうなります」
「まさか、妃殿下が意図的に……?」
そんな悪い予感が頭を過る。
「その可能性が否定できず、この件を官僚全員に共有するにはリスクがあると判断しました」
確かに、大勢に周知するには危険な情報だった。ベオ侯爵と親しい家の官僚が耳にすれば、調査していることをバーバラに話してしまう恐れがあるからだ。
「ニックは本来納められていたはずの国費がどこに流れたと考えているの?」
シャンテルは冷静に質問する。
「先ほども申し上げた通り、バーバラ妃殿下が意図的に資料を改ざんして隠した可能性がある以上、彼女の懐に入っていてもおかしくありません」
「やっぱりそうよね……」
それはシャンテルも真っ先に頭を過ったことだった。
「ですが、そうであれば妃殿下の散財癖も少し納得できます。王族個人に割り当てられた金額があるとはいえ、頻繁に仕立て屋や宝石商を呼ぶのは不思議でしたから」
彼の部下も何か思うところがあったのだろう。ケネスをはじめ、数人が小さく頷いていた。
「もう一つは、バーバラ妃殿下を通してベオ侯爵に流れている可能性があります」
「ベオ侯爵に?」
「はい。数年前からベオ侯爵家は羽振りが良くなっているようですので」
「それは知らなかったわ」
「それから、他の領地も調査を進めると、似たような状態の領地の資料が見つかったのですが、そのどれもがベオ侯爵の派閥に属している貴族の領地だということがわかりました」
「じゃあ、この件はベオ侯爵も関わっている可能性があるということ?」
「断言はできませんが、何らかの関りがあると考えています。バーバラ妃殿下の独断という可能性も捨てきれませんが、規模が大きいですから。仮にベオ侯爵とバーバラ妃殿下の共謀だとすると、立場が危うくなれば両者共に否定するか、どちらか一方に罪を擦り付ける可能性もあります。慎重な調査が必要でしょう」
ベオ侯爵もバーバラ妃殿下も強かな人物だ。ニックの懸念は最もと言えるだろう。
「わかりました。この件は内密に進めましょう。とりあえず、資料から消えた国費がどこへ流れているか調べなくてはいけないわね」
「シャンテル様、ニック様、いっそのこと、国費の管理権限をご婚約されたアンジェラ様に移譲するのはどうでしょう?」
ケネスの提案にシャンテルはニックと顔を見合わせる。
「いい考えだとは思うけれど、アンジェラ様には王妃教育もあるから、ご負担にならないかしら?」
「では、王妃教育の一環として取り組んでもらうのはどうでしょう?」
「それは言い考えですね。バーバラ妃殿下からアンジェラ様へ引き継ぎもできますし、アンジェラ様なら早い段階で過去の資料がおかしいことに気付いてくださる可能性もあります」
ニックの言葉にケネスが「なるほど」と頷く。
「王妃教育の講師と一緒に確認しながらの作業になりますし、シャトーノス侯爵家はベオ侯爵家とは対立関係にありますから、不正に関わっている可能性もないでしょう。強いて言えば、バーバラ妃殿下にこちらの狙いを悟られる可能性があるといつたところでしょうか」
「……そうね。だけど、不正が明るみに出れば、シャトーノス侯爵家の力も借りてバーバラ妃殿下を追求できるかもしれないわ」
そうなると、シャンテルはシャトーノス侯爵家に、大きな借りがもう一つできることになりそうだ。
「シャトーノス侯爵家が動いてくださるのなら、ありがたいことです。宮廷はどこにベオ侯爵家と繋がっている人物がいるか分かりませんからね」
ニックはそう言うと、この部屋に残っていた部下たちを見回す。
「皆さん、くれぐれも他に悟られないようにお願いします」
ニックに応えるように「はい」と揃った声がする。
「一先ず、私は国王陛下に国費の管理について、アンジェラ様に王妃教育の一環として取り組んでもらえないか、相談してみます」
「分かったわ」
「ことが動けば、関係者の行動に変化があるかもしれません。何かあれば私かシャンテル様に報告するように」
「私も何か分かれば、ニックに報告するわね」
こうして、消えた国費の件の調査は、ここにいる少数の官僚たちと進めることが決まった。




