90 側妃親子 VS 第一王女
会議の翌日。
騎士団の訓練を終えたシャンテルが執務室に籠っていると、ノックの音が響いた。
「シャンテル様、バーバラ妃殿下の侍女が訪ねてきているようです」
扉の外を確認してくれたカールがそう教えてくれる。
エドマンドが護衛騎士になってから、バーバラの侍女が訪ねてくるのは久しぶりだった。珍しいわねと思いながら、シャンテルは室内に通すよう指示する。
「っ、失礼いたします!」
エドマンドが扉の前にいる手前、侍女は慌てた様子ながらにも、しっかりとした挨拶で入ってきた。そして、シャンテルの前に立つ。
「バーバラ妃殿下より、至急シャンテル様をお連れするように指示を受けました。今すぐ移動をお願いします」
息を切らしているところを見るに、ここまで走って来たようだ。
「今ですか?」
「はい」
いつもとは違う急かし方に、何かあったことが窺える。昨日会議があったことを踏まえると、ジョアンヌ関係である可能性が高い。だが、バーバラの部屋を訪ねるのであれば、カールやエドマンドでは一緒に中に入れない。
何か言い掛かりをつけられた時のために、シャンテルの味方になってくれる侍女に動向してもらう必要がある。
「わかりました。すぐに私の侍女を呼んできます」
「お急ぎください!」
小さく舌打ちが聞こえた気がしたけれど、聞かなかったことにした。シャンテルは執務室を出ると、エドマンドに声を掛ける。
「エドマンド皇子、これから一度私の自室に寄って、バーバラ妃殿下の元に向かいます」
「そうか。だが、自室に向かう必要はなさそうだ」
彼の言葉に「えっ?」と声を漏らす。だが、すぐにその意味を知ることになる。
自室の方向から、こちらに向かって急ぎ足で廊下を進む二人の人物を見つけたからだ。
「クレイグ様とサリー? ……もしかして、エドマンド皇子の指示ですか?」
「バーバラ妃殿下の侍女が慌てた様子で訪ねて来たので、急ぎの呼び出しかと思いまして」
「っ、ありがとうございます!」
久しぶりにエドマンドの勘の良さに驚かされたが、今はありがたかった。
サリーと合流したシャンテルは、バーバラの侍女を先頭にエドマンドとカールを引き連れて、急ぎ足で廊下を進む。
目的の部屋にたどり着くと、バーバラの侍女が扉をノックした。
「バーバラ妃殿下、シャンテル様をお連れしました」
少しして、扉が開くと室内から別の侍女が顔を出した。
「お入りください」
促されて、シャンテルはサリーと共に足を踏み入れる。
「やっと来たわね」
これでも急いで来たつもりだが、バーバラは苛立ちを顔に滲ませていた。そんな彼女の側にはジョアンヌがいる。
「ジョアンヌから視察公務を奪ったそうね?」
まるで、シャンテルがそうしたかのような発言だ。
「妃殿下、ジョアンヌは視察を単なる旅行と捉えていたため、外されたのです」
「違うわ! お姉様がわたくしを悪く言ったからよ! そのせいでわたくしの公務の量を増やすとまでニックに言われたわ!」
「正確には私とジョアンヌの公務の量を均等にするだけです」
そう告げると、「均等ですって?」とバーバラが眉をつり上げた。
「貴女は社交界に顔を出さず、毎日騎士のマネをして遊んでいるのだから、ジョアンヌより多く公務をこなして当然でしょう!?」
バーバラがそう声を張り上げる。
確かに、シャンテルは社交が苦手で社交界にはあまり顔を出さない。だけど、それはジョアンヌがシャンテルの悪い噂を流していることで余計に足が遠のいているからでもあった。
それに、シャンテルは騎士団の団長として訓練を行っているのであり、遊んでいるわけではない。
「貴女は自ら進んで公務を多くしている。だから、今まで通りの割り振りにするよう、国王陛下に進言なさい。それから、視察公務こそジョアンヌと均等にするべきよ。シャンテルばかり王都の外で遊ぶなんて不公平です」
「不公平?」
シャンテルは思わず聞き返す。すると、バーバラが「当然でしょう?」と言葉を返した。
「城下に外出できる機会は等しくあるべきだわ」
その発言は、昨日の会議でのジョアンヌの発言とよく似ていた。
「……妃殿下も視察公務の役割を正しく理解していらっしゃらないのですね」
「何ですって?」
シャンテルがポツリと呟くと、バーバラが睨み付けてきた。だが、シャンテルは怯まずに言葉を返す。
「そのようなお考えだから、ジョアンヌは視察公務から外されたのです」
「国を見て回るのだから、旅行のようなものでしょう。そこで、国民の暮らしを見て、彼らと触れあう事に意味があるのですよ」
「視察に必要なことはそれだけではありません。それが理解できない以上、ジョアンヌに視察を任せるわけにはいきません」
「お姉様っ! お母様の仰ることにに逆らうの!?」
毅然としたシャンテルの返しに、ジョアンヌが焦ってそう口にした。
「逆らうもなにも、私は本当の事を言ったの。それと公務の振り分けに関しても、私はニックが言った通り、均等にすることに賛成だわ」
そうすればシャンテルの負担も軽くなるからだ。
「シャンテル! 妹に仕事を押し付けて、それでも、姉ですか!? ジョアンヌが可哀想だとは思わないの?」
その言葉に思わず笑みが零れる。
ジョアンヌの書類を私に押し付けておいてよく言うわ。
「何がおかしいの!」
「いえ。ただ、それくらいで音を上げていては、ジョアンヌは王位に相応しくないと証明することになりますがそれでいいのでしょうか?」
「王位は今関係ないでしょう!」
「いいえ。あります。王になれば今より難しい案件の公務がもっと増えますから」
「それは誰かが判断して支えれば良いのです!」
「お飾りの王では、家臣や国民が可哀想です」
「っ~~!」
今日のシャンテルは、バーバラが言葉を重ねれば重ねるほど言い返していた。いつもなら諦めるか、謝るかだった目の前の娘がバーバラには別人のように見えていた。
急にどうしたというの!? いえ、今思えば婚約式の時もそうだったわね?
「お話しが以上でしたら、私は失礼いたします」
「待ちなさい! まだ終わっていないわ!」
「そうですわよ! お父様にわたくしの視察公務を残すことと、公務量を今まで通りにすると、進言すると約束して頂戴!!」
身を翻していたシャンテルは、振り返って彼女たちに顔を向ける。
「先ほども申し上げた通り、ニックの考えに私は賛成ですので」
そう言い残して、シャンテルはバーバラの部屋を出た。
部屋の前で待機していたカールとエドマンドが、シャンテルたちが出てきたことに気付いて、こちらを向く。
「今日は怪我していないか?」
「勿論です。怪我するとこの方が希ですから」
エドマンドは生き生きとしたシャンテルと誇らしげなサリーの表情を目にして、ふっと微笑む。
「……今日は妃殿下に言いくるめられなかったようだな」
「えぇ」
「何事もなくて安心いたしました」
「カール、ありがとう」
「今日の姫様はとてもかっこよかったですよ! エドマンド皇子殿下とカール様にも見ていただきたかったです!」
「ふふっ、大袈裟よ」
四人は楽しそうに話しながら、軽い足取りで執務室へ戻っていった。
この時のシャンテルはこの後、ルベリオ王国を揺るがすような手紙を受け取るとは思ってもいなかった。
ここまでお読みくださりありがとうございます!
次のお話から展開が変化しますので、ここまでを4章とさせていただきます。
5章は一週間ほどお休みをいただいて、7/31~8/3までのいずれかから開始予定です。
まだもう少し考えたい箇所もあるのですが、ストックが貯まってきたので、5章開始から更新頻度を増やします!
少しだけ毎日更新するか、二日に一度か、週四にするかまだ迷っていますが、週三更新は確定です!
これからも応援よろしくお願いします!




