84 アンジェラへの返事
婚約式の翌日。シャンテルは賓客室でアンジェラと向き合っていた。
室内はカールとサリー、それからアンジェラの侍女がいて、エドマンドには部屋の外で護衛してもらっている。
前回、人目を避けて彼女と話した時とは違い、今回は話を濁しても会話を成立させることができる。そのため、昼下がりのお茶会という形で会話の場を設けた。
挨拶を交わして、少し雑談したところでシャンテルは真剣な表情で話を切り出す。
「アンジェラ様、ご提案いただいていた件のお返事をさせてください」
そう口にした途端、彼女の表情も真剣なものに変わった。
「答えを出されましたのね」
「はい。正式にお受けしたいと考えています」
アンジェラは三度瞬きして、それから嬉しそうに微笑んだ。
「それを聞いて安心しましたわ。わたくしたちにとって朗報ですから」
わたくしたちというのは、シャトーノス侯爵家にとって、という意味だろう。
だが、シャンテルには少しだけ心配していることがあった。
「アンジェラ様、実は昨日の婚約式が始まる直前、バーバラ妃殿下とジョアンヌと言い合いになってしまい、少し目立つ騒ぎになってしまったのです」
国王との婚約はアンジェラが心から望んだものではない。それでも、彼女の人生における大切なイベントの一つだ。
シャンテルは後ろ立てになってもらう以上、隠したくなかった。それに、既に人伝に耳にしている可能もある。だから、気分を悪くさせてしまったのではないかと、不安に思っていた。だが、シャンテルの心配をよそにアンジェラは案外ケロリとしていた。
「その件でしたら侍女から聞きましたわ」
「……そうでしたか」
「バーバラ妃殿下が難癖を付けてきたのですわよね? シャンテル様が気に病む必要はありませんわ」
「それでも大事な式の前に騒ぎを起こしてしまい、申し訳ありません。……アンジェラ様は勿論、侯爵様にも申し訳ないと思っています」
「心配いりませんわ。お父様とは式の後にお話ししましたが、得に気にしていませんでしたもの。もし気に障っていたら、わたくしはこのお茶会をお断りしていたはずですわ」
つまり、シャンテルの後ろ立てにならない判断になっていた場合、このお茶会がなくなっていたということのようだ。
「それを聞いて安心しました。広いお心のお二人に感謝いたします」
「こちらこそ、シャンテル様が決断してくださったことに感謝いたしますわ」
お互い感謝の言葉を交わして微笑む。
「因みに、お聞きしたいのですが、他に協力してくださる方がいらっしゃったりするのかしら?」
その問い掛けに、シャンテルは視察中にも考えていた他の後ろ楯候補が頭を過る。昨日のジョセフとのことも一瞬頭を過ったが、思考からパッと追い払った。
「婚約者候補の方であれば、可能性があるといったところです」
「なるほど。……つまり、誰と婚約するかによる、ということですわね」
「えぇ」
「そちらに関しては、王家の事情やシャンテル様の好みもありますし、この国を大切にしてくださる方であれば、大歓迎ですわ」
そう告げて、アンジェラがにこっと微笑む。だけど次の瞬間、彼女の目の色が変わった。
「それで? わたくしはエドマンド皇子かアルツール王太子がシャンテル様の本命候補だと思っていましたが、どうなんですの? 最近ジョセフ様にプロポーズされたとお聞きしましたわ」
「え、……ええと……」
再びジョセフとのお茶を思い出して、シャンテルは目が泳いだ。
いつも食事会で顔は会わせているが、正直なところ彼とどう接していいか分からなくなっている。それはあの日、初めてジョセフを怖いと思ったことも理由の一つだ。
「確かにプロポーズされましたが、お返事を待ってもらっています。もう少し他の方とも交流したいとお伝えしましたので……」
シャンテルが曖昧に笑って答えると、アンジェラは何かを察したようだ。彼女はそれ以上追求してこなかった。
その後は他愛のない会話をして、後日また二人でお茶会を開く約束をしたあと、会はお開きになった。
シャンテルは夕食までの時間で書類を片付けようと、執務室を目指して移動する。
その時、「シャンテル様!」と、後ろから呼び止める声がした。
っ、この声は……!
立ち止まって、ゆっくり振り返る。そこには、後ろから追いかけてくるジョセフの姿があった。




