83 婚約式前の一波乱
夕方、執務室に顔を出したニックにシャンテルはジョセフとの話が失敗に終わったことを告げた。そのため、落ち着いた頃に改めてジョセフの都合のいい時間を教えてもらえないか従者を通して確認してほしいと頼んだ。
それから数日後、遂にアンジェラと国王の婚約式を迎えた。厳かな雰囲気の式は、王家とシャトーノス侯爵家の身内で行われた。
アンジェラは上質な生地を使った白のシンプルなマーメイドラインのドレスを身に纏っていた。脚が長く、身長もそれなりに高い彼女にぴったりのドレスだ。
婚約式のドレス姿でこれだけ美しいのだから、ウェディングドレスはもっと美しいものになるだろう。
式の最中、シャンテルはシャトーノス侯爵家の席に視線だけを向けた。
いつも気難しそうに見える侯爵が娘の晴れ姿を前にして優しげで、だけど複雑そうな表情を浮かべていた。
国のためとはいえ、アンジェラがこの婚約を本当の意味で望んでいないことを知っているからなのかもしれない。
だけどシャンテルが王になれば、アンジェラはこの婚約や婚姻を解消できる可能性が高い。
私が王になるなら、彼らの想いも背負うことになる。だけど彼らが後ろ立てになってくれると思うと、とても心強かった。
婚約式での王家の席順はバーバラ、シャンテル、ジョアンヌと、とても居心地の悪い並びだった。
両隣から鋭い視線を向けられ、バーバラからは会場に着くなり「あら、珍しく時間に間に合うように来たのね」と、遠回しな嫌みが飛んできていた。
「貴女の仕事が遅いせいで、わたくしたちが尻拭いする羽目になったのよ」
今回、バーバラに書類仕事が上乗せされたことに関してはそうかもしれない。だが、いつもジョアンヌの尻拭いをしているのはシャンテルだ。しかも、それを押し付けてくるのがバーバラであることも多い。
普段のシャンテルなら、波風を立てないように「申し訳ありません」と思ってもいない謝罪を口にしていただろう。だが、王になると決めた彼女はそうしなかった。
「妃殿下、視察期間中の書類を肩代わりしてくださり、ありがとうございます」
「まぁ! 開き直るつもり?」
バーバラがムッと感情を顕にした。
「そういうわけではありません」
「まぁまぁ、お母様落ち着いて」
ジョアンヌが宥めに入る。すると、彼女がシャンテルを見て憎悪のこもった声で口を開く。
「お姉様はジョセフ公子にプロポーズされたからって浮かれているんだわ」
それを聞いて、当たり前ではあるがジョセフとの件がジョアンヌの耳にも入っていたことを知る。
「それでも、お姉様なりに頑張っていらっしゃるのよ」
小馬鹿にしたような笑みを滲ませて、ジョアンヌはそう付け足した。
「そうだとしても、こういうのははっきり言わないと駄目よ!」
そう言うと、バーバラの視線がシャンテルに戻る。
「視察中、他国の王族のご案内とおもてなしもしていたジョアンヌは貴女より報告書に書くことが多いのですよ。孤児や貧民の支援をしていただけの貴女が音を上げるのは、怠けている証拠です! ニックを丸め込んで仕事をサボるなんて、恥を知りなさい!」
孤児や貧民の支援をしていただけですって?
憶測交じりの言葉に、シャンテルに少しの苛立ちが沸き上がる。だけど、それを淑女の笑みで覆い隠す。
「妃殿下の仰る通り、私は孤児や貧民の支援を行いました。ですが、他にも国費を投資した現場や被災地域の復興確認、ランダムに選ばれた街の視察も行っています。勿論、他国の皆さまのおもてなしも大切です。ですから、彼らには自由時間に好きな場所を観光してもらえるように、案内役の騎士を数名用意していました」
「だったら、その騎士たちが役目をサボってジョアンヌに仕事を押し付けたのね! 全く、第二騎士団は躾がなっていないわ」
ふんっと鼻を鳴らしたバーバラに、シャンテルは「いいえ」と否定する。
「ジョアンヌが勝手に先導したため、彼らは護衛に徹する他なくなったのです。つまり、ジョアンヌが騎士たちの仕事を奪ってしまったのです」
「は?」
バーバラから低く短い声が漏れる。だけど、シャンテルは構わずに言葉を続ける。
「ジョアンヌはそのまま婚約者候補の方々と交流しながら、視察先で買い物を繰り返しました。それが彼女が今回の視察で行ったことです」
「なっ、ジョアンヌに変な言い掛かりをつけないで頂戴!」
「そっ、そうよ! わたくしだって視察先で国民の話を聞いたりして、国民とも交流していましたわ!」
殆ど何もしていなかったことをバラされたからなのか、少し前までバーバラを宥めていたジョアンヌも、感情的に訴えかけてきた。それでもシャンテルは冷静に続ける。
「それは、私や婚約者候補の皆さまもされていたことです」
「……っ」
返す言葉が見つからないのか、ジョアンヌが黙り込む。シャンテルはすかさず彼女に問い掛けた。
「ジョアンヌは今回の視察で国民と交流をして、何か得られましたか?」
すると、彼女の表情にシャンテルを小馬鹿にしたような笑みが戻る。
「勿論よ。国民から感謝の言葉をいただきましたわ」
確かに、国費を投資した対策現場や被災地域の視察で、視察団一行は感謝された。だが、ただ感謝されただけではない。それに、今回の視察で訪れた場所に施した対策や復興に、ジョアンヌは一切関わっていなかった。全てシャンテルが対応した案件だ。
「それだけ?」
「それだけですって? 多くの国民が喜んでいたのに、お姉様は見ていませんでしたの?」
「勿論見ていたわ。でも、国民が喜んでいたのは私が進めた案件ばかりよ。彼らが感謝していたことの中に貴女が関わったものはあったかしら?」
「っ、それは……」
途端にジョアンヌの目が泳いで言葉が途切れた。返す言葉が見つからず、唇を噛み締めている。
あるわけないわよね。だって、貴女は日々の書類仕事ですら、私に頼るほどだもの。それに、お父様も面倒な案件は私にしか振らない。ジョアンヌが何か考えて、それを行動にしていない限り、関われた案件があるはずがないのよ。
「私は、視察ではいつも良かったことだけじゃなくて、他に困っていることや改善点がないかも聞いているの。ただ、支援した結果を眺めているだけじゃないわ。視察中、貴女はそれを『時間の無駄だ』と言っていたけれど、国民が喜んでいたのは、そうやって改善を重ねてより良いものになった結果なのよ」
「っ、少しうまくいったからって、偉そうにしないで!」
ジョアンヌが声を上げた。もうすぐ式が始まる会場は関係者が集まっている。
その中には勿論、シャトーノス侯爵夫妻もいて、ジョアンヌが急に大声を上げたことで、こちらの様子を伺っていた。
「ジョアンヌの言う通りよ。ジョアンヌはね、貴族と交流を深めて人脈を築くため、様々な方とお会いしているの。普段、騎士団の訓練をしているか執務室に閉じこもってばかりの貴女とは違うのよ!」
確かに、お茶会や夜会といった社交界に頻繁に出席しているジョアンヌは人脈が広い。おまけに、嘘の情報でシャンテルに虐げられている妹王女を演じているとはいえ、人心を掴むことに関しては上手かった。そこは、シャンテルに足りないところだ。
だがジョアンヌは、ただお茶会と夜会を楽しんで遊んでいるだけだ。
夜会は貴族たちがうっかり口を滑らせたりして、何気ない発言から不正が発覚したり、新しい政策のヒントになる会話がされており、様々な情報が転がっている。
だから、社交が苦手なシャンテルも身内の夜会には頑張って出席するようにしている。以前参加したハムデアミ公爵家の夜会がそうだ。
ジョアンヌも書類仕事をきちんとこなしていれば、官僚たちが提案してきた案件を実現するための、力になってくれる人を見つけることができるかもしれない。
だけど、書類仕事をシャンテルに押し付けている彼女には、その情報や人脈をうまく使いこなせる知識や経験がなかった。
シャンテルは宝の持ち腐れね、と思った。
これ以上騒がしくするのは良くないと考えて会話を終了させるため、口を開く。
「妃殿下、出過ぎたことを言ってしまいました。今日はお父様たちの大切な日ですから、この辺で終わりにしましょう」
会場で多少注目を浴びたことで、バーバラもそれ以上シャンテルに言葉を投げかけることはなかった。




