82 ロマーフ公国の企み
「……申し訳ありません。頭を冷やしてきます」
そう言ってジョセフは従者を連れて賓客室を出た。
「しかし、少し頼りなさそうな公子が隠された王子の存在を知っていたとはな」
その一言に、シャンテルの肩がピクッと小さく跳ねる。
その口振りは、エドマンド皇子もレオの存在を知っているの!?
下手なことも言えず、シャンテルは様子を窺うようにエドマンドを見る。目が合って、ふっと笑われたが、それがどういう意味の笑顔なのか分からない。
「別に言いふらすつもりはない」
付け足された一言に内心ホッとする。だけど、下手なことを言うわけにもいかず、シャンテルはやはり何も言い返せない。
「言っておくが、沈黙し過ぎるのも肯定に入るぞ」
言われて、今度は別の意味で言葉に詰まった。
もうここまで言い当てられているなら隠していても意味がない。そう感じて、シャンテルは大きく息を吐いた。
「どこでご存知になったのですか?」
「どこ、か。強いて言うならギルシア王国の連中と同じだ」
と言うことは、デリア帝国もこの国に密偵を配置しているようだ。
分かっていたことではある。だが、たとえ遠回しでもそう宣言されると反応に困ってしまう。何しろエドマンドにアルツールと同じような態度を取るわけにはいかないからだ。
「と言っても、今回の訪問中に俺が見たものを調べさせただけだ。前から知っていたわけではない」
「……え?」
俺が見たものを調べさせた、という言い回しがシャンテルは引っ掛かった。
「では、夜中に私を付けていたのは?」
「あぁ。それは俺だな」
「えっ」
「シャンテル王女を尾行させてもらった」
「び、尾行……」
『俺以外にも、国賓の中にお前の弟の存在を知る者がいる』
言われてみれば、アルツールは国賓の中にレオの存在を知っている者がいると明言していた。
シャンテルを尾行する怪しい影を見ただけなら、ルベリオ王国内の人物だった可能性もあるはずだ。つまり、ギルシア王国の密偵はあの日、エドマンドを目撃したのだ。
「エドマンド皇子、幾ら貴方でも怪しい動きをされているところを発見した場合、問い詰めなくてはいけなくなりますので、お止めください」
「あの一度だけだから大丈夫だ」
「そういう問題ではありません……」
「わかった。もうシャンテル王女を尾行することはないから安心しろ」
シャンテルが半分呆れていると、カールが二人の会話が途切れるのを見計らって「シャンテル様」と話し掛けてくる。
「肩は大丈夫ですか?」
「え、……あぁ。平気よ。それよりも、ジョセフ様のこと考えなくてはいけないわね。せっかくニックに時間を作ってもらったのに、納得してもらえないまま話が終わってしまったわ」
サリーが心配そうな顔でシャンテルを見つめていたので、安心させるために笑ってみせる。
正直、ジョセフのことがシャンテルは分からなくなっていた。穏やかな性格だと思っていたのに、彼にあんな一面があるとは思わなかったのだ。
同盟国の王族であるため、他のどの国の王族よりもよく知っているつもりでいた。
私は……ジョセフ様のこと、全然知らないのかもしれない。
シャンテルはそう考えを改めた。
◆◆◆◆◆
賓客室を後にしたジョセフは宛がわれた客室に戻って、その身をベッドへ投げ出した。
「ジョセフ様……」
従者が心配そうに声を掛けるが、ジョセフは身体を小さくして震えていた。
「どうしよう、……どうしよう、どうしよう、どうしよう!! ……っ! 父上に叱られる!」
ゾッとジョセフは顔を青くする。
視界の隅では、サイドテーブルに無造作に置かれた本国の父からの手紙が目に入って、焦燥感が募った。
「急がなくては! でも、シャンテル様に嫌われたくない!!」
『いいか、ジョセフ。何としてでもシャンテル王女を手に入れてこい。おまえがルベリオ王国の王配となるのだ』
初めてそう聞かされた時、幼い頃から恋い焦がれていた初恋の人と結ばれてもいいと父が許してくれたことが、ジョセフは嬉しかった。
だが、その言葉の続きを聞いて、彼は顔を青ざめさせる。
『子をもうけたら、国王はもちろん、シャンテル王女とジョアンヌ王女を殺せ』
『え……?』
低く放たれた父の声に、ジョセフは自身の耳を疑う。
『お前の子以外の現王家の血筋は例外なく全員葬れ。そして、おまえが摂政としてルベリオ王国の実権を握るのだ』
恐ろしいことをすらすらと口にする目の前の人物がジョセフは信じられなかった。
『おまえと、おまえの兄の子を婚姻させれば、ロマーフ公国とルベリオ王国は再び一つの国として生まれ変わる。その時こそ、ロマーフ王国の誕生だ!』
それは、ジョセフが初めて聞かされた父の野望だった。それまで慕っていた優しい父が、ジョセフは急に怖くなった。
『シャンテル王女を手に入れるまで帰ってくるな。他の婚約者候補を蹴散らしてこい。手段は問わない。うまくやれよ』
つまり、暗に最悪の場合は殺せと言われていることを理解する。
『そんなっ、……父上、無理です。戦争でもないのに、誰かを殺すなんて、私には』
『できないなら、その時はお前が死ぬだけだ』
ギロリと睨み付けられた。恐ろしくなったジョセフは父に逆らうことができなかった。
その日から彼は父の顔色を窺うように暮らし始めた。




