81 ジョセフ公子の胸中と異変
あっという間に、ジョセフと約束した日がやって来た。今回はセオ国の王子たちとお茶した時に使った賓客室で彼と対面する。
エドマンドには部屋の外で護衛に当たってもらった。この方が彼に直接会話を聞かれる心配がないからだ。因みに、ジョセフの従者とカールは室内の壁際で待機している。サリーには給仕をお願いしたため、彼女は少し離れたシャンテルの後ろに控えてくれていた。
「ジョセフ様、本日はお時間を作ってくださり、ありがとうございます」
「こちらこそ、お誘いくださって嬉しいです」
笑顔を見せるジョセフに、これから話すことを思うとシャンテルは心苦しくなる。それでも、お互い席に着いたところで口を開く。
薔薇の花束がプロポーズだとは思っていなかったこと。婚約者を誰にするか、ゆっくり考えたいこと。セオ国の王子たちとあまり関われていないため、彼らともう少し交流してみたいことなど、シャンテルの考えを伝えた。
すると、ジョセフが複雑そうな表情で黙ってしまう。シャンテルは、彼なら残念そうな表情を浮かべながらも待つことを了承してくれると考えていた。
どこか思い詰めたような表情に見えて、心配になる。
「あの、……ジョセフ様?」
「私では駄目なのですか?」
小さな声が返ってきて、シャンテルは慌てる。
「いえ、そうではありません。ただ、お返事にもう少しお時間をいただきたいのです」
「それは具体的にどのくらいですか?」
「え? ……特に期限を設けているわけではありませんが、なるべく早く結論を出したいと思っています」
そう伝えると、ジョセフが視線を落とした。
「……シャンテル様は、アイカレンの花が公国で妻や恋人に贈ることが流行っている理由をご存知ですか?」
「いえ」
シャンテルは答えながら首を横に振る。
「まだあの花が見つかったばかりで名前も付いていなかった頃、私の兄が今の妃へプロポーズする時に贈ったんです」
「そうだったのですか」
「二人の仲の良さは国中に知られていますから、花言葉もそれにあやかった内容になっています」
「とても素敵ですわね」
シャンテルがにこりと微笑むと、ジョセフは顔を深く俯かせる。そして、低い声で呟いた。
「……だから、弟の私が失敗するわけにいかないんです」
「っ……?」
初めて聞いた彼の声色にシャンテルは異変を感じた。
そこに、いつもの穏やかなジョセフの姿はない。片手で顔の半分を覆い、もう片方の手で自身の髪をくしゃっと掴んでいる。普段と違う様子に、シャンテルの胸に戸惑いと小さな恐怖が芽生える。
「あの、……ジョセフ様?」
焦点の合わないジョセフが、顔に手を当てたままゆっくり顔を上げた。
「父上のご命令を、果たさなくてはいけない」
「ロマーフ公がどうかされたのですか?」
「貴女を手に入れてこいと言われました」
「え?」
私を手に入れてこい?
それは私を公国へ連れて帰るという意味かしら?
「ジョセフ様、ご存知とは思いますが、我が国は婿入りしてくださる方を探しています」
「分かっています」
呟きながらジョセフは席から立ち上がって、シャンテルの側に歩み寄る。
近くにいるサリーや扉の前で待機しているカールたちも彼の異変に気付いており、彼を止めるべきか一瞬戸惑った。
次の瞬間、ジョセフがシャンテルの肩を掴みながら叫ぶ。
「それでも貴女を手に入れなければ! 父上がお怒りになる!!」
「っ!」
ジョセフ様の様子がおかしい。
シャンテルはそう確信して、一気に恐怖が込み上げた。
「ジョセフ公子! 姫様をお離しください!」
シャンテルの一番近くにいたサリーが真っ先に二人の元へ駆け付ける。
「ジョセフ公子、どうか冷静に。公子に手荒な真似はしたくありません」
サリーの次に駆け寄ったカールがジョセフの腕を掴んだ。
第二騎士団団長であるシャンテルにとって、ジョセフの手を肩から退けるのは、そこまで難しくない。だけど、友好国の王族が相手であるため、シャンテルは躊躇った。
「ジョセフ様、落ち着いてください! シャンテル王女殿下が驚いていらっしゃいます!」
ジョセフの従者がそう声を掛けたが、ジョセフはシャンテルの肩を掴む手に力を込めた。
「いっ……!」
思わず顔を歪めるシャンテルにジョセフは構わず言葉を続ける。
「私を助けると思って、プロポーズを受け入れてください! そうすれば、シャンテル様が王になれるよう尽力致します! 挨拶もありますから、一度公国に行きましょう!! 国を留守にする間、ジョアンヌ様に王位を奪われるのが心配なら、一時的に貴女の弟にこの国を任せておけばいいのです!!」
「な……っ! どうして!?」
呟いた時、シャンテルはアルツールの言葉を思い出す。
『俺以外にも、国賓の中にお前の弟の存在を知る者がいる』
『うちの密偵が夜中にお前を尾行する怪しい影を目撃している。間違いない』
もしかして、あれはジョセフ様の事だったの……?
「シャンテル王女!!」
突然、室内にいるはずのない人物の声がして、シャンテルたちは扉の方へ振り向いた。
「騒がしいと思って入ってみれば、どういう状況だ!?」
「エドマンド皇子殿下!? 勝手に入って来ないように申し上げたはずです!」
すかさず、カールが声を張り上げる。それでもカールはジョセフの腕を掴んだまま、ジョセフから目を離さなかった。
「勝手にではない。一応ノックをして声も掛けた。だが返事がなかった。緊急事態だと判断し、入らせてもらった。まさか、公子が感情的にシャンテル王女を追い詰めるとは」
「エドマンド皇子には関係ありません。今は私とシャンテル様の時間です。出ていってください!」
「俺はシャンテル王女の護衛騎士だ。見過ごすわけにはいかない」
そこまで言うと、エドマンドの雰囲気がそれまでとは変わった。
「っ!!」
ジョセフが息を呑む。
「シャンテルから手を離せ」
殺気にも近い威圧が放たれて、肩越しにジョセフの手の震えが伝わってくる。
それから、ゆっくり肩からジョセフの手が離された。室内には気まずい空気が満ちていた。




