80 無意識に反応する第一王女
翌日もシャンテルは早朝から書類に追われていた。午前中に第二騎士団の訓練をこなし、書類仕事の合間に視察の報告書を仕上げて、夕方に執務室を訪ねたニックに提出した。その際、ジョセフとの約束を二日後に取り付けたことを教えてくれた。
それまでの間に、できるだけ書類を捌く必要がある。だが、婚約式の準備で忙しいという理由で国王に回っていた王族の署名が必要な書類が従者を通してシャンテルの元に流れてきた。更に、ジョアンヌが報告書の作成や婚約式で着るドレス選びで忙しいからと、彼女が視察中に溜めていた書類までもがバーバラ経由で回ってきた。
シャンテルの執務机には自身と国王、それからジョアンヌの書類が積まれており、全部で五つの山ができている。
「…………ニック助けて。さすがにこの量は捌けないわ」
いつもより少し遅れて朝の報告にやって来たニックに、シャンテルは珍しく弱音を吐いた。
執務机に積まれた書類の量に、ニックが静かに目を見開く。こんなことになっているとは思っていなかったようだ。
「何ですか、これは」
「お父様の従者とバーバラ妃殿下から渡されたの」
瞬間、ピクリとニックの眉が持ち上がる。
「どうやら、皆さまに少々お灸を据えないといけないようですね」
そう言って、ニックはシャンテルに割り振られた書類の一部と、国王とジョアンヌの書類を回収した。
「国王陛下とジョアンヌ様の分は量を調整して、もう一度彼らに渡します。これは他の方の署名では受け取らないと、釘を刺しておきましょう。調整で減らした分は、シャンテル様が溜めていた分と合わせてバーバラ妃殿下に依頼します」
「妃殿下に? そんなことをして大丈夫なの?」
後で文句を言うために呼び出されそうだと感じていると、ニックが微笑む。
「問題ありません。妃殿下はこの一週間、仕立屋や宝石商を呼んで、ずっとお部屋に閉じ籠っていらっしゃいました。ですから、皆さまよりお時間があるのでしょう。何か言われても、ジョアンヌ様同様、シャンテル様もお忙しいとお伝えしておきます」
ニックの微笑みにエドマンドと近いものを感じたシャンテルは少しゾクッとした。彼を怒らせてはいけない。そう思ったけれど、お陰で書類が減るわ! と、嬉しくなった。
「ありがとう」
一言伝えて、シャンテルはニックからの報告を聞く。そして彼が去る直前に、昨日書き上げたアンジェラへの手紙を託した。
書類が減ったことで、シャンテルの心にゆとりができた。そのため、昼食は一昨日のお昼から欠席していた婚約者候補との食事の席に足を運ぶことにした。
シャンテルが執務室を出ると、エドマンドが振り向く。
「宮廷官僚殿がようやく動いたようだな」
「えっ?」
何のことか分からず声を漏らすと、「今朝、部下と共に大量の書類を抱えて執務室から出てきただろう」と付け足される。
「その数時間後、ジョアンヌ王女が怖い顔でこの廊下にやって来たが、俺を見て顔を強張らせると、そのまま通り過ぎていった」
「そうだったのですか?」
部屋の戸締まりをして、シャンテルはエドマンドに向き直る。
「大方文句を言いに来たのだろう。なかなか面白い豹変ぶりだった」
そう言いながら差し出された手を見て、シャンテルは視察中に彼と恋人繋ぎをした時のことを思い出して固まってしまう。
頬が僅かに熱を持って赤くなる。そんな異変に気付いたエドマンドが小さく微笑んだ。だけど、今の彼女はそれに気付かない。
本人は無意識かもしれないが、明らかに意識している反応を見せるシャンテルを前に、エドマンドの悪戯心が刺激される。
「どうかしたか?」
ズイッと顔を近付けたエドマンドにハッとして、シャンテルは一歩後ずさる。恥ずかしさが込み上げてきて、慌てて口を開いた。
「いっ、いえ! 何でもありません! 早く行きましょう!!」
誤魔化すように早口で告げると、シャンテルは勢いに任せて彼の手を取って歩き始めた。




