79 胸に引っ掛かること
「今度はジョセフ公子と噂になるとは思いませんでしたよ。それも、プロポーズとは……」
朝食後、シャンテルの執務室にやって来たニックは頭を抱えていた。
「それに関しては私も驚いているわ。しかも、もう貴方の耳に届いているなんて」
そう答えながら、シャンテルはこめかみを押さえる。
今朝のプロポーズを目撃した者はエドマンドの他にはいなかったものの、朝食会の席でアルツールが追求し、エドマンドがバラしたことで、給仕をしていた使用人からあっという間に広がったようだ。
この件でジョアンヌがシャンテルを問い詰めに来るのも時間の問題かもしれない。
「確認ですが、シャンテル様はどうされるおつもりですか?」
「……分からないわ」
彼と二人で庭園を巡ってお茶をした時、婚約を考えてほしいと言われて、シャンテルは少しドキドキした。それから、視察中に花畑に出掛けたあの日、少なくともシャンテルはジョセフを意識した。
婚約するならジョセフかセオ国の王子がいいという考えも、変わっていない。
だけど、上手く言えない引っ掛かりが胸の中にあった。それに、まだセオ国の王子たちとは十分交流できたとは言えない状況だ。
それに、今朝はいつもとジョセフ様のご様子が違ったような気がするのよね。まぁ、プロポーズしようと決めていたのだから、不思議ではないけれど……
「もう少しゆっくり考えたいの。それに、ロルフ王子とホルスト王子とはあまり関われていないから、彼らともっと話してみたいし」
それを聞いたニックが小さく息を吐く。
「では、私の方で噂の火消しを行います」
「ええ。お願いするわ」
「ジョセフ様にも従者を通してシャンテル様のお考えをお伝えしておきます」
ニックはそう付け足して、「では本日の予定ですが」と早速今日の報告に移ろうとする。
「待って」
シャンテルは殆ど反射的にニックの話を遮った。
ニックから従者を通してシャンテルの考えを伝えてもらうのは楽で簡単だ。だけど、それでは駄目な気がした。少なくとも、ジョセフは薔薇の花束やメッセージカードまで用意してくれたのだ。
時間を掛けて思いを伝えようとしてくれた相手には、こちらも面と向かって話すべきだと感じた。
「ジョセフ様には私から伝えさせてほしいの。返事を待ってもらうのだから、私からお伝えするほうが誠意も伝わると思うわ。それに婚約者候補として、話す機会にもなるでしょう?」
告げると、ニックが瞬きを繰り返す。
「……それは構いませんが、ご公務は大丈夫ですか?」
ニックの視線が彼が部下と一緒に持ってきた書類の山に向けられる。
半分はシャンテルの署名を必要とするもので、もう半分は国王の決裁を求めるものだ。書類の日付からして、国王があまり書類仕事をしていないことが窺えた。この状態で最近の自分は書類を溜めたことがないとはよく言えたものだ。
「来週は国王陛下とアンジェラ様の婚約式もありますし、あまり予定を詰め込まない方がいいと思いますが」
「あっ」
婚約式! そう言えば、視察のことで頭がいっぱいで忘れていたわ!
それに今日は休みだが、明日からは第二騎士団の訓練も再開する予定だ。
「……幸い、視察の報告書は殆ど書けているから、何とかするわ。だから、近い内にジョセフ様と落ち着いて話す日程を調整してもらえるかしら」
「畏まりました」
「それと、報告書にも記載するけれど、先行して調べてほしいことがあるの」
そう前置きして、シャンテルはセレナルドとタールムの街で領主に納める税が一年前から徐々に上がり、半年で倍になっていた旨を話した。
「なるほど。確かに地方で急に税金が倍になるのは、少し不自然ですね」
「えぇ。しかも、隣りの領地の街を観光した時は、そのような傾向もなかったから、その差も気になるわ。今回視察できなかった周辺の街も含めて、税収がどう変化しているか調べてほしいの」
「では、税収が上がった領地は国に納める額も増えているはずですから、そちらから当たってみます」
「えぇ。お願いね」
その後、いつも通りニックの報告書を聞いたシャンテルは彼が退室したあと、引き出しから便箋を取り出す。
私の答えも決まったことだし、早めにアンジェラ様とのお約束も果たさなくちゃ。
そう考えてペンを走らせたあと、シャンテルは山のように積まれた書類に手を伸ばした。そして、その日の夜遅くまで作業に没頭した。




