78 気まずい久し振りの朝食会
「お二人とも、一旦この話は終わりにしましょう。廊下で話すことではありませんし、急なことで私も混乱しているので、少し考えさせていただきたいです」
シャンテルはそう申し出て、ジョセフが「分かりました」と了承したことであの場は解散となった。
シャンテルはそのままエドマンドに護衛騎士として同行してもらい、執務室へ向かった。
執務机に座っても、頭の中は先ほどのことで一杯で書類を捌くどころではない。
そう言えば、あの場ではうやむやになってしまったけれど、戴いた薔薇の花束の花言葉って何だったのかしら?
ちらり、と成り行きで持ってきた花束が置いてあるローテーブルに目を向ける。
後で侍女たちに部屋に飾ってもらうつもりをしているが、視界に入る度に今朝の出来事を思い出して複雑な思いになりそうだと思うと、半分どうしていいか分からなかった。
薔薇はプロポーズにも使われる。そのため、花言葉が愛にまつわるものであることはシャンテルも何となく理解していた。だけど、ちゃんと意味を知らないことに気付く。
サリーたちは知っているかしら? と考えて、後で聞いてみようと目の前の書類に視線を落とす。だが、なかなか集中できない。
そんな時、思い出したのは視察でジョセフと花畑から帰って来た時にエドマンドが言っていた意味ありげな言葉だ。
『よりによって薔薇か』
あの言葉は花言葉のことだったのかもしれない。そうでなければ、アルツールが知っていたら意外だ、という感想は出てこないだろう。
ふと、シャンテルの視線が扉に引き寄せられる。
尋ねたら、エドマンド皇子は答えてくれるかしら?
そんな甘い考えが浮かぶ。だが、彼が素直に教えてくれるとは思えない。下手すると、護衛騎士の座を勝ち取った時のように、取引を持ち掛けられるかもしれない。
そんな考えを振り払うように、シャンテルはブンブンと首を振る。それから深呼を吸して、改めて目の前の書類に視線を落とした。
その後、朝食の時間になり、シャンテルは久し振りに婚約者候補たちと王城で揃って朝食を摂った。
「シャンテル。何があった?」
突然のアルツールからの問い掛けに、心当たりがあるシャンテルは「えっ」と肩を跳ねさせる。
「……何のことでしょう?」
「先ほどから、そわそわしているだろう。それに、エドマンド皇子もジョセフ公子を警戒している。だが、公子は面白いぐらいに誰とも視線を合わせようとしない。いつもなら人の顔を見て話を聞いている奴が、だ。何より、何のことか聞き返している時点で心当たりがあるんだろう?」
言われて、シャンテルは言葉に詰まった。
誤魔化そうとして無意識に出た言葉で、何かあったと認めてしまったようだ。だが、密偵を抱えているアルツールが詳細を知らないということは、早朝だったこともあって目撃者はいなかったらしい。
「だからと言って、直球で確かめるのはどうかと思いますよ」
ロルフの一言に、「何だと?」とアルツールが睨み付ける。それを「まぁまぁ、落ち着いてください」とホルストが宥めた。
「エドマンド皇子、何か言ったらどうだ」
「ノーコメントでお願いします」
にこりと胡散臭い笑顔を向けられて、アルツールがイラついた顔をする。だが、思い当たることがあったのか、その表情をハッとさせた。
「もしかして、抜け駆けか?」
ピクリとジョセフの肩が僅かに跳ねる。アルツールはそれを見逃さなかった。
「なるほど。視察中から公子の動きは気になっていたが、まさか本当に抜け駆けとはな。ということは薔薇が関係しているな」
「薔薇?」
呟いたロルフとホルストが首を傾げると、アルツールが得意げに口を開く。
「公子は視察中にシャンテルと出掛けた先で薔薇の髪飾りを渡している」
「なっ、アルツール王太子殿下、勝手に話すのはおやめください」
シャンテルはアルツールを睨み付ける。幾ら何でも人のプライベートをペラペラ話すのは許せない。
「そんなに怒るなら、最初から話してくれれば良かったものを」
「それとこれとは話が別です」
むっとしたシャンテルはアルツールに突っかかる。その様子を目にしたロルフとホルストは少しだけ気持ちを焦らせていた。
シャンテルとアルツールは従兄妹として幼い頃に顔を合わせていたためか、他の国賓たちより距離感が近い。お互い立場がある中で、言い合いできることが何よりの証拠だろう。
ロルフたちが視察中にジョアンヌに付き纏われていた間、ジョセフがシャンテルと出掛けたことは耳にしていた。だが、贈り物をしていたことは初耳だ。
護衛騎士のエドマンドと違い、自分たちはシャンテルと会える時間が少ない。
完全に後れを取っている。そう、思わずにはいられなくて、二人は机の下でギュッとこぶしを握る。
「薔薇の花言葉は愛にまつわるものらしいな。そんな花を模った髪飾りをプレゼントしたのは、偶然とは思えない。シャンテル、まさかとは思うが絆されてはいないだろうな?」
「なっ、仮にそうだとしても、アルツール王太子殿下には関係ありません!」
そう答えたものの、数時間前のことを思い出して顔が少し赤くなる。その様子にアルツールの中で、半分からかうつもりで発した言葉が、本当かもしれない、という疑念に変わっていく。
「本当に絆されたのか?」
「ですから、そういうのではありません!」
シャンテルが少し声を張り上げた時、「ギルシアの王太子」とエドマンドが呼んだ。
「シャンテル王女が可哀そうだから教えてやろう。指摘通り、抜け駆けがあった。ジョセフがシャンテルに十二本の薔薇の花束を贈ってプロポーズした」
「っ!?」
エドマンドの言葉にシャンテルは勿論、その場にいたジョセフ以外の全員が驚いた顔をした。そこには、部屋の隅に控えている使用人も含まれる。
「十二本の薔薇の花束には『私の妻になってください』という意味がある。メッセージカードも添えられていたようだが、書かれていた内容は分からない。俺が知っているのはここまでだ。これで納得してもらおうか」
思いがけず、薔薇の花束の意味を知ったシャンテルは頬が熱くなった。
メッセージカードにも似たようなことが書いてあったことを踏まえると、ジョセフは本気のようだ。
その時、暫く黙っていたジョセフが顔を上げた。
「エドマンド皇子、人の気持ちを他の方へバラすなんてあんまりです」
「朝食会の間、だんまりを決め込むつもりだった公子には言われたくありませんね」
どちらも笑顔を浮かべている。だけど、二人とも楽しくて笑っているわけではないことは、その場にいた誰もが感じていた。
こうして、最悪な雰囲気のまま久しぶりの朝食会は幕を閉じた。




